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第335話 完全敗北悪役令嬢!

 床にペタンと座り込んで泣き出すクラリス。それを上から見下ろすアンジェリカ。クラリスの身の上話を聞いた今、何となく心苦しいと思いつつも、これも殿下のためと心を鬼にする。


「クラリス…。お前は人であって人ではない。そのような者が王族たるジュリアス殿下の傍にいることは認められない。立場を持つ者にはそれに相応しい人物が傍にいるべきなのだ。それはお前ではない。残念だが…」


「うぐ…、うう…、ぐす…」


 アンジェリカはユウキの持っていた剣を奪うように取ると、クラリスの顔前に向けた。ギラリと光る剣先を見て、涙が止め処なく溢れる。


「クラリス、お前の心情は痛いほどわかる。だが、私も幼き頃から殿下1人を愛し続けてきたのだ。その気持ちは誰にも負けるものではない。だが、今はその事は脇に置こう。私が言いたいのは、お前は殿下にふさわしい存在ではない、この一点に尽きるという事だ。多くは言わん、今すぐこの場から去れ!」


「ぐす、で…、でも私…殿下が、殿下が大好きで…、絶対に離れたくない…」

「もう一度言う。殿下に近づくな。さもなくば…」


 クラリスはフルフルと首を振る。


「私は人の世界が好き。明るくて楽しくて、魔人の集落にいてはわからなかった「生きる」という意味を感じられた。そして、その中で殿下に出会った。奇跡だと思った。初めて好きという感情が芽生えた! 人を好きになるのに理由なんてない! 人を愛するのに立場なんて必要ない! 私は…私は、殿下が好き。傍にいたい、ただそれだけ…、それだけなのよぉ…。ぐす…うう…、うぁああ…」 


 クラリスは床に突っ伏して泣き出した。アンジェリカは剣にグッと力を入れるが、その剣を持つ手を押し下げた者がいた。


「殿下…」

「もういい。もうやめろアンジェリカ」


 しくしくと泣くクラリスの前にジュリアスが立ちはだかった。アルベルトとジュリアンも、他の2人のメンバーも同様にクラリスを庇うように立つ。アンジェリカはジュリアスたちの迫力に怯み、剣を下ろして数歩後退した。


「うう…、ぐす…ぐすん…」

「さあクラリス、立つんだ」


 ジュリアスがクラリスの手を取って立ち上がらせ、キュッと優しく抱きしめ、アンジェリカに厳しい表情を向けた。


「アンジェリカ、お前が何を言おうと私はクラリスを愛している。初めて串焼きを二人で食べたあの時、私は彼女の笑顔に心を奪われた。その時にクラリスを妻にすることが運命づけられていたと思う。魔人? それがなんだ。元は人ではないか。我々と何が違う。彼女ほど周囲を気遣い、何事にも一生懸命で人を笑顔にする女性はいない。そのような事がお前にできるか?」


「わ、私は…」

「出来まい、貴族の権威を笠に着て、立場を主張するだけのお前にはな!」


「最後に言う。私はお前を愛せない! 私が愛するのはクラリスただ一人だ。彼女以外にあり得ない!」


「で、でも殿下、彼女は魔人です。アレシア公がお許しになるはずがありません!」

「お前のダメなところはそういうところだ、アンジェリカ。魔人? 違うな。クラリスはステキな女性だ。それ以上でもそれ以下でもない。私の妻は彼女以外にあり得ない。もし、彼女を害しようとする者がいるなら、それが親であっても全てをかけて戦う。私は権威などいらない。必要なのは権威よりクラリスの愛だ!」


「で、殿下…。嬉しい…」


 愛する二人はしっかりと抱き合い、熱いキスを交わす。そして腕を組みながら神殿広間を出て行った。アルベルトたちグループメンバーは二人を冷やかしながら後に続くが、去り際にアンジェリカに向かい「クッソムカつくぜ、この女はよ」と侮蔑を込めた言葉を浴びせたのだった。


 ジュリアスとクラリスが去った神殿広間は物音一つせず、静寂が支配していた。ユウキもポポもエドモンズ三世も完全に空気と化し、魔人と戦闘になった場合に備えて呼び出した骸骨大戦士や暗黒骸骨騎士たちも微動だにしない。


 どのくらい時間が立ったろうか…。ユウキが申し訳なさそうにアンジェリカに語りかけた。


「ア、アンジェ、ゴメンね。まさかこうなるとは…」

「完全にユウキの作戦が裏目に出たのです。あの女の正体をばらし、殿下の目を覚ましてアンジェに向けさせるどころか、かえって2人の絆を深めた結果になったのです」


『そうじゃのう…。ワイト・サーチで深層心理を読んだ時からこうなる予感がしてたんじゃが、自信満々なユウキの顔を見てたら言い出せなくてのう…。実はクラリス、すごくいい子だったんじゃ。魔人としての能力も、防御系魔法が使える程度しかなかったし…』


「やはりポポの悪い予感は的中したのです。ユウキはアンジェに土下座し、罰として下着姿でアンデッド音頭を踊るべきです!」


「うう…、うわぁああああん! ふぇええええん!」


 突然、感情のコントロールが効かなくなったアンジェリカが、お嬢様らしくない声を上げ、しゃがみ込んで大声で泣き出してしまった。ユウキがジャンピング土下座をして床に頭を擦り付け、涙声で謝る。


「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。わたしの完全な読み違えで、アンジェに止めを刺してしまった。なんとお詫びしたらよいのか。許して下さぃいい」


「ユウキ…ユウキのばかぁ…。ふぇええええん!」


 大失恋のショックで床にペタンコ座りをし、天井に顔を向けてわあわあと泣き続けるアンジェリカ。その前でひれ伏すしかないユウキ。ポポはそのユウキの背中をポンポンして顔を上げさせると、スッと骸骨戦士たちの方に指を向けるのであった。


 大泣きするアンジェリカの背中を撫でて、優しく語りかけたのは以外にもエドモンズ三世だった。


『アンジェリカよ、儂もお前の気持ちはようわかる。愛する者に振り向いてもらえない辛さがの。儂もそうじゃった。心から愛した妻に日々、キモイだの変態だの加齢臭だのと罵られ、挙句の果てに浮気までされておった。終いにゃ浮気男との愛に邪魔だからと塔に幽閉されてしまい、アンデッドにまでなってしもうた』


「アホモンズ…」

『アホではない! まったく。じゃがなアンジェリカ、儂は今楽しいぞ。ユウキと出会って旅をして、様々な人と出会い友好を刻んでおる。このアンデッドがじゃぞ。面白いと思わんか?』


「…………」

『アンジェリカ、お主はまだ17じゃ。これから多くの人との出会いがある。その中にはお前をしっかりと受け止めて、愛してくれる男が現れる。絶対に現れる。儂はお前の心の奥底を読んだ。本当のお主は花や小鳥や小動物を愛する心優しい娘じゃ。クラリスが現れて嫉妬心が少しだけ大きくなってしまっただけじゃ。ジュリアスにはお主の真の姿が見えなかった。だからの、あの男とは縁がなかったとさっさと諦めて、新しい男を見つけるがよい。なに、お主も中々の美少女。男なぞ選り取り見取りじゃ』


「エドぉ…、うわあああん! あり…ありがとぉおお!」


 アンジェリカがエドモンズ三世に抱きついて泣きじゃくる。感動的な場面だが、ワイトキングに抱きついて泣く美少女という、知らない人が見たらあまりの絵面にドン引きするだろう。


「アンジェ、向こうを見るです」

「…ポポ?」


 声をかけてきたポポの指さした方向を見たアンジェリカは、涙が止まるほど驚いた。そこには…。


「はぁ~ 冥府ハ~ディ~ス~ 一度ぉはおいぃでぇ~♪ あれに見えるは針の山♪ どんとなぁ~♪ 冥府よいとこ 輪になっておぉどぉれぇ~♪ それ!♪」


 どエロい下着姿となったユウキが、これまた鎧と武器を脱ぎ捨てて骸骨一丁になった暗黒騎士や大戦士たちと怪しげな音頭を唄いながら輪になって踊っていたのであった。


「な、なにあれ!?」

「アンジェの心を破壊した罰として、アンデッド音頭を躍らせているです。さあ、心ゆくまで堪能してください。さあ!」


『鬼じゃ、この娘…』

「ユウキ、泣いてるんだが…。心なしか暗黒騎士たちも…」


 それから1時間、ユウキたちしかいない暗い地下の神殿広間でたっぷりと踊らされたユウキが下着姿でえぐえぐ泣いている。暗黒騎士たちも肩を抱き合って小さく震えている。アンジェリカとエドモンズ三世にはかける言葉が見つからない。ポポがユウキの前に立った。


「ユウキの浅はかな考えでアンジェは完全に振られ、失恋してしまいました。この罪は重いです。さあ、心を込めて謝罪するのです!」

「ポポ。気持ちは受け取ったからもういいよ」

「ダメなのです。ここできちんとしておかないと、この女はまた調子に乗ってつけあがるのです。そのデカイおっぱいも生意気です」


「ポポ…」

「なんですか、乳女」

「いい加減に…、しろーー!!」

「ぎゃあああああ!」


 堪忍袋の緒が切れたユウキが再びオーバーヘッド・バックブリーカー改、新技名「真・巨乳スペシャル」を仕掛けた。再び神殿広間にポポの絶叫が響き渡る…。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 訓練から数日後、精神的疲労から回復したユウキ、肉体的ダメージが抜けたポポは預けていた馬車を受け取り、オルディスを立とうとしていた。


「あの後、アンジェとお話しする機会がなかったね。最後にもう一度謝りたかったな」

「噂話を集めてくれた風の精霊さんによると、殿下とクラリス、親にも認められて晴れて公認カップルになったそうなのです。結局、ユウキは愛のキューピッド役だったのです」

「その話、もうやめて…」


 馬車を進めてオルディス郊外まで来た時、道端に立って手を振っている女性がいた。馬車を止め、近づいてきた女性を見る。


「ア、アンジェ!」

「おはよう。ユウキ、ポポ」


「あ、あの…。訓練の時はごめんなさい。もう一度謝りたかったの。会えて良かった…」

「いいんだ。もう忘れる事にした」

「そう…。ならいいんだけど」


「アンジェはどうしてここにいるです?」

「ああ、冒険者組合にユウキたちが馬を引き取りに来る日がわかったら教えてくれとお願いしていたんだ。私も一緒に旅に同行したくてね。そして、ここで待っていたってわけ」


「ええっ! そんな突然に…。家は? 学校はどうするの?」

「家は…、追い出された。アレシア公に迷惑をかけた件、殿下との婚約を破棄された件、実家の信用を失墜させた件などで、多大な迷惑をかけたからな。仕方ないと言えば仕方ないが、幽閉されたり、どこか辺境の下級貴族の嫁に出されるよりはましさ」


「学校は退学した。やっぱり殿下とクラリスを見るのは辛くてな…。届けを出した日、校舎を出たところで同級生たちが出てきたんだ」


「お別れを言ってくれたの?」

「いや、負け犬と指さされたよ。だから学校にも未練はない」


「酷い…。わかったわ、一緒に行きましょう」

「ありがとう、恩に着る」


「ただ、わたしたちの旅に目的地はないの。わたしの安住の地を探す…。それが目的だから。それに、冬になったら、一旦帝国のシュロス・アードラー市に戻るつもり。それでもいい?」

「ああ、全てユウキに任せる。旅の理由が気になるが、いつか聞かせてもらえればいい」

「うん、いつか…ね」


 アンジェが馬車の荷台に乗り込むのを確認したユウキは馬車を走らせた。次の目的地はスバルーバル連合諸王国西の小国リューベック。期待に胸を膨らませ、3人の少女は青く広がる空の下、まだ見ぬ地に向かうのであった。

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