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第334話 悪役令嬢と急展開

 ジュリアス殿下とクラリス、他のグループたちが3階に向かう階段を降りている。しかし、全員の顔は青ざめ、恐怖に引きつっていた。なぜなら、途中2階の部屋や通路で見た魔物たちが全て惨殺死体となって転がっていたのを目の当たりにしたからだった。状況から見て先行したアンジェリカと冒険者のグループがやったに違いないが、クラリスにはとても信じられなかった。


(なんなの、この状態は。私たちに襲い掛かる魔物がいないって、アイツらが全部倒したっていう事なの? 信じられない…)


 彼らが3階に降り立った時、通路の奥から女性の悲鳴が聞こえてきた。それはユウキにバックブリーカーをかけられたポポの悲鳴だったが、それがわからない彼ら全員は立ち竦んでしまう。


「…ここで立っていても仕方ない。行こう」


 ジュリアスが全員に声をかけ、集団ととなって周囲を警戒しながら進む。ジュリアスはクラリスの小さな手をしっかりと握る。クラリスは繋がれた手を見て、心の奥底が温かくなり、自然と表情が緩む。ふと、視線を感じて上を見上げると、ジュリアスも優しく自分を見つめていて、恥ずかしさで慌てて俯いた。


「ここが目的地か…」


 自然と集団となったグループのリーダーとなったジュリアスが、神殿遺跡の中に足を踏み入れた。大きな広間の奥に、薄明りに照らされた戦神ローガスの巨大な像が立っている。しかし、周りを見回しても魔物の姿はない。その事に安堵した何名かの生徒は魔鉱石を拾いにかかった。ただ、その中でクラリスだけは何故か悪い予感がしている。


「特に何もないようだが…」

「殿下、先行したアンジェリカたちはどうしたのでしょう」

「だな、どこに行ったんだ?」


 アルベルトとジュリアンが周囲を見回して、アンジェリカたちがいないことに不審を持つ。ジュリアスもまた、その点が気になっていた。クラリスもぎゅっと握る手に力を入れて周囲を見回す。ローガス像に視線を向けると、像の周囲に魔の波動を感じた。それも今までになく強大な力だ。


「殿下! 像の周囲に魔の波動を感じます。何かいます!」


 クラリスの声にその場の全員がローガス像を見る。沈黙が周囲を包む…。突然、静寂を引き裂いて、大きな高笑いが辺りに響き渡った。


『ククク…、ハハハ、ワーハハハハハ! アーッハハハハハ! ウワハハハハハ!!』


 高笑いと共に現れたのは、豪華な王族の衣装を身にまとい、頭に宝冠、手に宝杖を持った全身骸骨のアンデッド。


「ワ、ワイト…」


 生徒の誰かが呟いた。ジュリアスを始め、生徒全員が今まで見てきたモノとは全く異質の魔物の出現に怖気を振るう。何せ、ワイトはゾンビやスケルトンといった下級アンデッドとは全く異なる不死の怪物なのだ。


『ワイトなどではない、愚か者どもめ。儂は死霊の頂点に君臨する王の中の王「ワイトキング」、エドモンズ三世じゃ。ククク、恐怖におののけ人間ども。お主らの魂、喰らいつくしてやるわ』


「ワイトキング…。見る者の恐怖心を増大させて精神を操り、生者を殺して同じワイトにするという。高い知識と魔力を有して魔法を使う恐るべき魔物…。そんな強力な魔物が何故こんな場所に…」


 ジュリアスはワイトキングが現れた事にショックを受けていた。だが王族の矜持が自分を奮い立たせ、大きな声でエドモンズ三世に問いただした。


「ア、アンジェリカたちはどうした!」


「アンジェリカ? おお、少し前に来たクソ生意気そうな女3人組の事か」

「そ、そうだ…」


 エドモンズ三世は「パチン」と指を鳴らした。すると、ローガス像の背後からぞろぞろと骸骨大戦士スケルトングレーターウォーリア暗黒骸骨騎士スケルトンダークナイトが現れた。その圧倒的な迫力に恐怖を抱いた多くの生徒は悲鳴をあげて出口に殺到し始めた。


「お、お前たち待て!!」

「殿下を置いて逃げるのか! 待つんだ!」


 アルベルトとジュリアンが大声で止めるが、恐怖にパニックになった生徒の行動はとまらない。悲鳴を上げながら逃げ去ってしまった。残されたのはジュリアスとクラリス、アルベルト、ジュリアン、そして当初からグループに参加していたアベルとマリナという男女の計6人だけになった。


「…………」

 ジュリアスは剣に手をかけて、エドモンズ三世を睨む。


『ククク…。仲間に逃げられても守るべき者のため戦おうとする…。その気概やよし。だが、これを見よ!』


 エドモンズ三世が宝杖をローガス像に向けると、陰から出てきたのは3人の少女。全員武装解除されて、巨大な戦斧を持った骸骨大戦士に囲まれている。


「アンジェリカ!」

「殿下!」


 思わずアンジェリカの名前を呼ぶジュリアス。クラリスは軽く嫉妬を覚えるが、気持ちは既に自分にあると思い直し、深呼吸をして心を落ち着かせる。


「ワイトキング、アンジェリカをどうするつもりだ。直ぐに開放しろ!」


 エドモンズ三世はニヤリと笑うと、ゆっくりとクラリスに近づいて行く。逃げようにも背後に暗黒骸骨騎士がジュリアスたちを囲んでいて逃げられない。


『なに、儂が用があるのはそこの娘じゃ。大人しくしていれば危害は加えんし、アンジェリカとやらも解放しよう。ただし、儂に敵意を向ければ、お主ら全員素っ裸にして永遠にアンデッド音頭を踊らせるぞ。アーッハハハハハ! それがイヤなら大人しくしとれ!』


(アンデッド音頭って何よ! もう、調子に乗って、あのエロワイトは!)


 ジュリアスたちを睨みつけ、ひとしきり高笑いするエドモンズ三世。ユウキを見ると「早くやれ!」と目で催促してくる。ポポも侮蔑の視線を向け、アンジェリカは不安げな顔をして見つめている。これ以上ふざけていたら、ユウキの怒りを買うだけだと考えたエドモンズ三世は、本来の目的を行うため、クラリスに宝杖を向けた。何が起こるのかとクラリスは身構え、ジュリアスたちは彼女を守ろうとエドモンズ三世の前に立ち塞がる。


『ワイト・サーチ!』

「な、なに…」


『ワイト・サーチとは儂固有のスキル。婦女子限定でスリーサイズから恥ずかしい思い出、人には言えない秘密、ありとあらゆるものを覗き見出来る能力なのだ!』


「最低最悪な能力ね…」

 クラリスは、じいっと顔を寄せて見つめてくるワイトキングに2、3歩後ずさる。


『ユウキよ、お前の想像どおりじゃ。このクラリスとか言う女。人間ではない!』

「! な、変な事言わないで下さい! 私は見ての通り人です!」

「その通りだ。クラリスのどこが人ではないというのだ。彼女は立派な人ではないか」


 エドモンズ三世が自信満々に、クラリスの周囲を歩き回る。突然の宣言にアンジェリカは驚き、ユウキは確信した。クラリスと初めて出会ったとき、不思議な波動を感じていた。その波動は以前に出会った者たちに似ている。ヴェルゼン山で出会った者たちに…。ユウキはそれを確かめたかったのだ。ユウキからの目線の合図にエドモンズ三世は頷く。


『クラリス。お主は…』

「な、なんですか? まさか私を魔物とか言わないでしょうね」


『お主のバストサイズは82のB! 微乳系女子じゃなっと、いやそうではなくてだな、お主は魔物ではない。だが、人や亜人、魔族でもない。お主は「魔人」じゃ』


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「魔人…」

『そうじゃ。遥か昔の伝承に語られる人間を超越した力を持った存在。それがクラリスじゃ』


「な、何言ってるの。私は人です。ま、魔人なんてものじゃありません。そもそも魔人なんて知りません。私は人なんです。ジュリアス殿下信じてください!」


「当たり前だ。私は誰よりもクラリスという女性を知っている。そして心からクラリスを愛している。彼女が魔人である訳がない。そもそも魔人とは伝承の中での存在で、現実にいるはずがない!」


「殿下…。そこまで…」

 アンジェリカが悲しみに満ちた目でジュリアスを見る。


「魔人はいるよ」

「なにっ!」

 

 突然ユウキが発言し、全員の視線が集まる。


「わたしは、帝国領内のヴェルゼン山という場所で魔人と出会って戦った。その魔人はヘルゲストと名乗っていた。他にラデュレーと唐揚げレモンっていうふざけた名前のやつもいたけど…。奴らは人ならざる力を持った恐ろしい相手だった。クラリス、貴女はヘルゲストの仲間じゃないの?」


「違うわ! 私はヘルゲストなんかの仲間なんかじゃないっ! あっ…」

「正体を現したわね。クラリス」


 ユウキは鞘から魔法剣を抜き、エドモンズ三世と並んでクラリスに迫る。アンジェリカとポポは不安げな様子で見守り、クラリスは俯いて小さく震えている。そこに、ジュリアスが前に出てクラリスを庇う姿勢をとった。


「殿下…」

「クラリス、正直に話してくれ。お前が人だろうが魔人だろうが関係ない。何か訳があるのだろう。聞かせてくれないか」


「でも…、うう…。はい…」

「そうです。その骸骨が言う通り、私は魔人です。でも、魔人はもともとは人なのです」


「ええっ!」

 その場の全員が驚きの声を上げる。


 遥か昔に栄えた古代魔法文明世界では、国家間の戦争や自ら生み出してしまった魔物との戦いのため、様々な武器とともに能力のある人間を選び、魔術的改良を加え、戦闘に特化した人間…「魔人」を作り上げた。人ならざる能力を持った魔人は凄まじい力を発揮し、幾多の魔物の戦いで魔法文明世界に勝利をもたらしたが、ある時代、魔人が組織化し、人間に対して反逆した事があった。初期はその能力で人間を圧倒したものの、強大な魔法科学と国家間連携により、徐々に追い詰められ、結局は敗北するに至った。生き残った魔人は人里離れた場所に目立たないように拠点を作り、再起を期そうとしたが…。


「魔法文明は魔人に対してセーフティを仕掛けていたんです」

「セーフティ? とはなんだ」


「魔人同士で子をなさないように、男女から繁殖能力を奪い去ったんです。でも、不妊処置は完全ではなく、極低確率ですが妊娠することは可能だったので、私たちは何とか命をつないで細々と拠点を維持してきたんです。でも、魔人の寿命は人間と変わりません。長い年月の間に魔人の人口は減り、今では十数人程度までになってしまった」


「この状況を憂いたヘルゲストは何名かの同士を連れ、魔法文明の後継たる人間世界に復讐をすべく、何かを探す旅に出ました。そんな事をしても意味がないのに…」


「残った魔人はどうしたんだ?」


「はい殿下…。私を含めた残りの魔人は話し合った結果、今更人間に戦いを挑むのも違うのではないかとの結論に達し、拠点に残って静かに生を全うすることに決めました。でも、私はただ歳をとって朽ち果てるのはイヤだった。そんなの幸せでも何でもない。だから、人間世界に行ってみようと思ったんです。外の世界はどんなだろうか、新たな人生があるかもしれないって思って、両親に書置きだけして出てきたんです…」


 クラリスの告白は続く。予想とは違った内容にユウキは少し動揺していた。


(あれ? なんか思ったてのと違う)

『ユウキ、この作戦失敗かも知れぬぞ』


「途中、農園などで働いてお金を稼ぎながら、オルディス市に来た私は驚きました。大勢の人、初めて見る亜人や獣人。その誰もが生き生きしていた。沈鬱な拠点の雰囲気とは違う明るい世界に気持ちが高揚したんです。そして、街中を見て回っているうちに、ジュリアス殿下を見かけたんです」


「お姿を見た瞬間、体中が痺れたように感じました。全身が熱くなって心臓がドキドキしておしっこが漏れそうになってしまったんです!」


(最後、ちょっとおかしいです。リリアンナの薬でも飲んだですか)


 一瞬で心奪われたクラリスは、こっそりジュリアスの跡をつけた。そのうち、串焼き屋台の前で食べてよい物かどうか逡巡し、うろうろするジュリアスに話しかけたくて、きっかけをつくるため、屋台で串焼きを2本買い、1本を差し出した。


「ああ、覚えている。突然、真っ赤な顔をした女の子が私に串焼きを差し出してきたので驚いたな。ベンチで並んで座って食べた串焼きはとても美味しかった。あれ以来だ、串焼きが大好物になったのは」

「殿下…。嬉しい…」


 クラリスが顔を真っ赤にして俯く。アンジェリカはその様子を見て何とも言えない気持ちになった。


(クラリスは私の知らない殿下を知っている…。私は殿下の好物を知っていただろうか…)


 その後、ジュリアスがオルディス高等学園に在籍して寮生活を送っていると知ったクラリスは、せめて友人になりたくて、住み込みアルバイトをしながら猛勉強し、途中編入試験で優秀な成績を得て特待生枠で見事入学を果たした。そして、ジュリアスに近づくと、ジュリアスもあの日に出会った女の子を気にかけていて、偶然の(ジュリアスから見れば)出会いに一瞬で恋心が燃え上がり、相思相愛のような関係になったのだという。


 クラリスの告白は終った。神殿遺跡の広いホールが静寂に包まれる。ユウキもこれは予想していなかった。ポポはジト目でユウキを見、エドモンズ三世は明後日を向いてポリポリと頬骨を搔き、暗黒骸骨騎士や骸骨大戦士たちもどうしたらよいかわからずに、所在なさげに立っているだけだ。そこに、意を決したアンジェリカがジュリアスに声をかける。


「殿下、お分かりになりましたでしょう。クラリスは人ではなかった。殿下のお相手としては相応しくありません。どうか、目を覚ましていただきたい」


 アンジェリカの指摘にクラリスはペタンと床にしゃがみこんで、泣き出してしまった。

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