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第331話 悪役令嬢の依頼

「ユウキ、眠そうなのです」

「うん、なんか眠れなくて…」


 ユウキは宿に戻った後も、ずっとあの出来事が頭から離れず、なかなか寝つけなかった。朝食を摂った後も何もする気が起きなかったが、ずっとぼんやりしている訳にもいかず、とりあえず街中に出てみた。

 ポポは別に行きたい場所があるというので、財布の中にお金を入れて渡すと、パタパタと商店街のほうに走って行ってしまった。1人になったユウキは公園にでも行ってみようかと思ったが、自然と足が昨日の学園に向くのであった。


 学園の門に到着したユウキは、そっと中を伺う。今は授業中なのか前庭やグラウンドに人気は全くない。目立たないように中に入って校舎の傍まで行ってみるが、さすがに校舎内に入るのは躊躇われることから、中庭に行ってみることにした。こそこそと物陰に隠れながら移動する姿は完全に不審者そのもの。


「だって、見つかる訳には行かないし…」


 やがて、午前の授業が終わった事をしらせるチャイムが鳴った。ユウキは中庭の一角に植えられている庭木の陰に隠れた。それと同時に学生たちが大勢やってきて、友人同士ベンチに座ったり、芝生にシートを広げてグループで食事を摂ったりと楽しそうに休み時間を過ごし始めた。


 生徒たちの会話の多くの話題は近く始まる魔物討伐訓練のグループ編成であったり、女の子のコイバナだったりと他愛もない話が多かったが、その中で昨日のアンジェリカのザマァ話が聞こえてきたので、ユウキは聞き耳を立ててみた。


(距離があるので、断片的にしか聞こえないな…)


 それでも彼らの話を要約すると、アンジェリカとジュリアス殿下は幼い頃から決められた許嫁同士で、彼女のほうがベタ惚れだったらしいが、殿下はアンジェリカの事はあまり好きではなかったらしい。決定的になったのは、数か月前、特待生としてクラリスが殿下のクラスに特別編入してきた頃からで、急接近した2人に嫉妬したアンジェリカは、何かと言いがかりをつけて、クラリスを遠ざけようとするものの、かえって2人の絆を深める結果となってしまっているとのことだった。


(ありがちな話だね。しかし、アンジェリカ自身も随分と嫌われているようだ…。何故だろう)


 ユウキがそんなことを考えていると、中庭にアンジェリカがやってきた。彼女の姿に他の学生たちの表情に緊張が走る。アンジェリカはある女子グループに近づき、


「お前たち、訓練の編成は決まったのか? 私のメンバーに加えてあげてもよいが」


 と声をかけたが「…結構です」といって、女子グループは立ち去ってしまった。去り際に「誰がアンタなんかと…」という小さな声がユウキの耳に入った。

 アンジェリカは別の男女のグループや、女の子のペアにも声をかけようとするが、目線が合うと、皆立ち上がって校舎のほうに戻って行く。とうとう中庭にはアンジェリカ以外誰もいなくなった。


(…なにあれ。頼み方も最悪だけど、嫌われているにしても酷すぎない?)


 1人になったアンジェリカは、力なくベンチに腰かけ、俯いて小さくため息をつく。そこに男女の楽しそうな声が聞こえてきた。ユウキが声のするほうを覘き見ると、やって来たのは3人の男子と1人の少女。


(ジュリアス殿下とクラリスたちだ。何て間が悪い…)


 腕を組みながら、幸せそうな顔をして会話をする2人、殿下の友人の2人の男子(アルベルトとジュリアンという名が聞こえた)も楽しそうに会話に交じる。アンジェリカは4人の姿にベンチから立ち上がって、声をかけようとするが、ジュリアス殿下たちはアンジェリカを無視して通り過ぎた。アンジェリカはその背に手を伸ばしたが、悲しげな表情をして、また、ベンチに座り込んでしまった。


(ちょっと、これは酷いんじゃない? それに、あのクラリスという女、アンジェリカをチラ見して笑ってた…。なんか腹立ってきた)


 午後の始業のチャイムが鳴った。生徒たちが校舎に駆け込む足音が聞こえるが、アンジェリカはベンチに座ったまま動こうとしない。俯いたまま魂をどこかに飛ばしたように座り続けている。あまりにも寂しそうな姿にユウキはいてもたってもいられず、茂みの中から飛び出した。


「アンジェリカさん!」

「!!」


 アンジェリカが驚いて立ち上がり、鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をして、駆け寄ってきた美少女を見つめ、小さな声で問いかける。


「だ、誰だお前…」

「わたしはユウキ・タカシナ。昨日の騒ぎの際に、あなたに声をかけた者です」

「…あ、あの時の女か」

「ですです」


「…で、何しに来たのだ。ここは貴族の子弟が学ぶ学園の中、関係者以外無断侵入してはいけないはずだが」

「すみません…。でも、どうしてもアンジェリカさんの事が気になってしまって…」


「ふふ、可笑しなヤツだな。見ず知らずの他人が気になるなんて…」

「それで、お前は何者なんだ?」


「わたしは…。そう、わたしは彷徨える旅人。この世界で自分の居るべき場所を見つけるために旅をする冒険者。しかもAクラスの超絶巨乳美少女冒険者のユウキでーす」


「あははは、面白いヤツだお前は。それでこの私に何用だ。この、惨めな女に…」

「え、えっと、そうですね。実はわたし、アンジェリカさんに凄く共感する部分がありまして、何かご協力できる事がないかなと…」


「私に協力なんて…」

 ふっと暗い顔をして、俯くアンジェリカ。沈黙の風が2人の間を吹き抜けるが、ハッとして顔を上げ、ユウキを見る。


「お前、冒険者といったな。しかも、年恰好は私と同じくらい…。年はいくつだ?」

「17歳です。間もなく18歳になりますね」

「そうか…」


 しばらく考え込んだアンジェリカは、ユウキの泊まっている宿を聞くと、明日朝迎えを寄越すからと言って、校舎に戻っていった。ユウキはその寂しそうな後姿から目を逸らす事ができなかった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌日、準備を整えたユウキとポポは宿の前で迎えが来るのを待っていた。


「ポポは昨日何してたの?」

「冒険者らしい装備を買いに行ってたのです。ユウキから貰ったお金は全部使っちゃったのです。お陰でいいモノが買えたのです」

「全額使っちゃたの! 金貨3枚だよ。ま、まあポポが喜んでいるからいいか…」

「ユウキならそう言ってくれると思ったです」


 ユウキはため息をついて、自分とポポの服装をチェックする。ユウキはコスモス色の長袖ワンピースに、ひざ下までのチェック柄をあしらったハーフグレーのロングスカートにパンプス。腰のベルトにマジックポーチを装着している。アップにした髪に真っ赤なリボン。ポポは可愛い花柄のブラウスにエンジ色のミニスカート、白の靴下に茶色のローファーを履いている。濃黄色のヘアバンドが緑色の髪に良く似合っている。


「まだ教えて貰ってないですが、どこに行くのです?」

「言ってなかったっけ? アンジェリカさんの家…だと思う」

「なんと、悪役令嬢さんの所ですか。昨日、一体何があったのです?」


 ポポと別れてから、アンジェリカの様子を見に学園に忍び込んだ事を話して聞かせていると、1台の豪華な馬車が2人の前に停車した。中から白髪瘦身でピシっとしたスーツを着た中年紳士が降りてきて、ユウキの名前を確認すると、馬車に乗るように言ってきた。

 ユウキとポポが馬車に乗り込むと、紳士は御者に銘じて馬車を発車させる。外側も豪華だったが、中も豪華でふっかふかの座席はとても乗り心地が良い。しかし、紳士がじいっとユウキの顔を見つめてくるので、何となく居心地は悪かった。


 30分ほど馬車に揺られていると、大きな邸宅が並ぶ一角に入った。どうやら貴族が住む区画のようだ。馬車はその中の1軒のお屋敷に入る。屈強そうな衛兵が守護する門からよく手入れされた庭園の中を通り、白い壁が美しく輝くお屋敷の前に停車した。紳士が先に降りて馬車の戸を開く。ユウキとポポは緊張しながら降りると、アンジェリカと数人のメイドが待っていた。


「よく来てくれたな、ユウキ。と、そちらのお嬢さんは?」

「ポポなのです。最近、精霊族という唯一のアイデンティティーを失い、自分の存在意義は一体何なのだろうかと考える14歳なのです」


「? よくわからんが、面白いヤツだということはよくわかった。私はアンジェリカ。よろしく」

「こちらこそ。なのです」


 ユウキとポポはアンジェリカの私室に案内された。小さな丸テーブルに紅茶とお菓子が用意されていて、アンジェリカ自らカップに紅茶を注ぎ、ユウキとポポの前に置いてくれた。


「さて、ユウキに来てもらったのは他でもない。私の魔物討伐訓練に同伴してもらいたいのだ。昨日見られたように、私は学園内で嫌われていてな…。誘っても断られるし、誰もメンバーに入れてくれないのだ」

「この訓練は2年生の必修科目でな。これを受けないと進級単位が貰えないのだ。だから、必ず受けなくてはならんのだ…。ユウキは冒険者といったな。どうだろう、協力してもらえないだろうか」


「ええ、それは結構なのですが、学園の試験に冒険者を入れてもよいのですか?」

「いや、基本的には冒険者を雇うことは認められていない」

「それでは、無理なのでは」


「ただ、例外規定もあってな。この試験は1グループ3人以上が必要条件なのだが、どうしてもグループメンバーが見つからないときは、学園長から特別に許可を得られれば、2人まで助っ人を雇い入れることができる。どうだ?」

「…そうですね。わたしはアンジェリカさんに協力すると言いました。お手伝いします」

「ポポはユウキに付いていくだけです。でも、ひとつ聞きたいです。なんでアンジェは皆に嫌われているですか」


「…………」


 急に下を向いて黙り込んだアンジェリカ。やがてポツリ、ポツリと語りだした。アンジェリカの家であるメイヤー侯爵家は祖父の代に最も隆盛を極め、発言力も大きく、力を背景に強引に物事を意のままに進めるため、他の貴族からは畏怖とともに恨みも買っていた。生まれたばかりの孫のアンジェリカをアレシア公の孫ジュリアスと強引に婚姻を結ばせたのも祖父であるという。

 しかし、昨年祖父が亡くなってから、貴族たちの反撃が始まり、メイヤー家の威信も発言力も大きく下がり、政治に関しても蚊帳の外。没落の一途を進んでいるため、貴族の子弟である同級生たちも反撃とばかり、あからさまに嫌悪感をむき出しにしてくるのだという。


「それでも、アレシア公は私とジュリアス殿下の婚姻は破棄なさらなかった。私の祖父との大切な約束だからと言ってな。私はそれが嬉しかった。小さい頃から料理、裁縫などの家事全般から妻としての作法、舞踊、学問を叩き込まれたが、私は全然苦ではなかった。ジュリアス殿下の妻になることは私の夢だったから…。初めてお会いしたのは5歳の時だったか…。一目で好きになったよ。あの頃から私は彼を愛してしまったんだ…」


「だが、あのクラリスという女が現れてから全てが狂ってしまった。ジュリアス殿下とあの女、クラリスが急接近し、私を見向きもしてくれなくなった。だから、私はクラリスに対し厳しく接したよ。でもそれが、彼女に対するイジメを誘発してしまい、全て私の責任とされてしまった。私はジュリアス殿下にあの女が近づいた時だけ注意していただけだったのに…。すべて私のせいにされて…。結果、ジュリアス殿下から嫌われ、友人もいなくなり、私は孤独になった…」


 アンジェリカは、今まで溜め込んでいた想いを一気に吐き出した。そして顔を上げてユウキとポポを見てぎょっとした。2人は目から涙を滝のように流して泣いていたのだった。


「が、がわいぞうずぎるぅうう。あんじぇりがざん、がわいぞうずぎるぅ」

「ポ、ポポの涙腺が破壊され、元に戻らないですぅ。うぇええええん…」


「そ、そうか…。私のために泣いてくれてありがとう。だが、少々ドン引きだな…」


 しばらくして泣き止んだユウキ。しっかりとアンジェリカの手を取った。


「アンジェリカさん! いえ、アンジェと呼ばせてもらいましょう。魔物討伐訓練で優秀な成績残してジュリアス殿下に認めてもらいましょう。そして、アンジェこそがお嫁さんに相応しいと再認識してもらうんです。わたし、精一杯頑張ります」


「あ、ありがとう…。そこまで入れ込まれても困るがな…」

「ユウキ、何か考えがあるですか?」

「さあ…?」

「この女は…。いつも行き当たりばったりなのです」


 アンジェリカは明日にでも学園長に許可を得るための相談をするといい、夕方にユウキたちが投宿している宿で訓練について打ち合わせることにした。宿に送られる帰りの馬車の中でユウキはクラリスについて考え事をしていた。


(殿下の好みとクラリスが合致していたとしても、接近して虜になるのが早すぎる…。それに、アンジェを見て笑ったあの顔。あまりいい感じじゃなかったな。クラリスには何か秘密があるね。訓練で暴ければいいけど…。エロモン、エロモン聞こえてる?)


『何じゃ? 儂のことなんか忘れていたじゃろう。この薄情おっぱい娘は』


(もう、忘れてなんかないよ。もしかしたらエロモンの助力をお願いするかもって、言おうとしたの!)


『ふーん。ま、いいけどぉ。女子の秘密を暴くのじゃろう。儂の最も得意とする分野じゃな。まーかせとけって。全て赤裸々に、白日の下に晒してやるわ。カーハハハハ!』

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