第330話 ユウキ、悪役令嬢と出会う
「ここがアレシア公国の首都、オルディスかぁ。すっごく賑やかな町だね」
ユウキとポポは帝国の国境を越えた後、スバルーバル連合諸王国最北に位置するアレシア公国に入り、いくつかの小さい町や村を経由して、公国の首都オルディスに来ていた。
スバルーバル連合諸王国はいくつかの独立した小国家が、中央国家である聖王国エトルリアの王を「聖王」として頂き、連合を構成する国々は独自に王を立てて独立した内政を行うという形態をとっている。「聖王」は諸王国全体に係わる外交と軍事、中央国家の政治のみを司る。
アレシア公国は、連合諸王国の北側に位置し、帝国との国境に接していることから、その交易によって経済、文化、魔法技術が発達した活気のある国で、アレシア公フェリプス二世が治める、人口380万人の諸王国の中では最も大きな国である。
「以上、観光ガイドの説明でした」
「ポポも、もっと文字が読めるようになりたいのです。勉強中なのですが、人族の文字は精霊族の文字と構成が違ってて難しいのです。まだ、簡単な文しか読めないのです」
「大丈夫だよ。ゆっくり勉強していけばじきに読めるようになるよ。それより、あの屋台の串焼き、美味しそう~。買ってくるから待ってて」
「ホントにユウキは食いしんぼなのです。美少女なのに女らしさが欠けているのです」
とはいうものの、串焼きのいい匂いに、ポポのお腹もグウ~と可愛い音を立てるのであった。2人は塩コショウのよく効いた串焼きを頬張りながら、大通りを中心街に向けて歩き始めた。食べ歩きは多少品が悪いと思いながらも、これも旅の醍醐味と割り切ったユウキ。見ると、ポポも幸せそうな顔をして、ほっぺたいっぱい膨らませて、美味しそうに串焼きを食べている。
オルディスの商店街を抜け、繁華街に入る手前に目指す冒険者組合があった。この国ではロディニア同様「組合」組織となっている。ユウキは組合の厩舎に回って、連れてきた馬と馬車の保管(餌代込みで管理料銀貨1枚)を頼んだ。
馬を預け終えると正面に回って入口に手をかける。スバルーバル連合諸王国で最も大きい国だけあって、組合施設も大きく、大勢の冒険者がいるようで、扉越しでも中の喧騒が聞こえてくる。
案の定、中に入ると依頼の掲示板や飲食スペースでは大勢の冒険者たちが単独で、あるいはパーティで依頼の物色をしたり、飲み食いをしながら打ち合わせ等をしていた。あまりの煩さにポポはビビってユウキの服を掴んで離さない。
(この光景は、どこの国でも変わんないな…)
周囲を見ながらカウンターに近づき、受付の女性に諸王国での活動をするために、登録証の更新をお願いした。ユウキが差し出した冒険者登録証を見て、受付嬢は驚いてユウキと登録証を交互に見る。
「こ、これ、Aクラスの…。え、貴女が? ウソ…。でも本物だし…。え、女の子が」
「あの…。早くお願いしたいんですけど」
「え、は、はい~。少しお待ちください~」
ふう、と息を吐いてカウンターに背を向けて組合内を見ると、ユウキの金色プレートを見た一部の冒険者が驚きの目線を向けているのに気づき、背中がむず痒くなるのを覚えた。
「ユウキ、一気に有名人なのです」
「まあ、Aクラス冒険者は滅多にいないからね…」
奇跡的にトラブルも無く、所定の手続きを終えたユウキは、大衆食堂で昼食をとった後、オルディスの街中をぶらぶらしてアレシア公の宮殿を見たり、エリス神殿に行ってみたり(エリスとフレイヤとで女子トークした)、商店街でランジェリーショップやアクセサリー店、名物の屋台などを覗いてみたりして、観光気分を満喫したのだった。
夕方に近い時刻となった頃、高い塀に沿った静かな道を歩いていたユウキとポポは、高等学校と思われる生徒とすれ違うようになった。
「この塀の向こうは学校なのかもね」
「可愛い制服なのです。ポポも着てみたいのです」
「………(想像中)。無理して着ている感がして、痛いだけだよ」
「チクショーメ!! なのです」
学生たちは友達同士で仲良く話したり、ふざけあったりして楽しそうだ。ユウキもついロディニアでの学園生活を思い出す。少しセンチになったユウキの視界に、手を繋いで歩く学生アベックの姿が入った。男子は優しそうな爽やか系男子で、女子は笑顔のステキな可愛い子だった。同級生だろうか、何人かの男子に冷やかされ、2人は真っ赤になって照れていて、とても初々しい。しかし、この女だけは別な感情を抱く。
「幸せそうな顔しやがって…。妬ましい。あの幸せをぶち壊したくなる衝動が抑えられない。闇の感情が湧き上がってくるわ…」
「ホントにユウキはダメ女なのです。他人の幸せを喜べないと自分にも幸せは来ないのですよ」
「ポポごときに正論を言われるとは…。ユウキ一生の不覚。トホホ」
しょんぼり項垂れるユウキと学生を物珍しそうに見るポポ。やがて、学校の正門と思われる場所に来たが、どうも様子がおかしい。門の内側に人だかりが出来て、女性の怒鳴る声が聞こえる。2人は野次馬根性丸出しで、門の中を覗いてみる。そこでは数人の美形男子を女学生が叱りつけているところであった。
「女子が男子にケンカを売ってる?」
「ユウキ、よく見るです。男子生徒の前に女の子がいるです。どうも、あの子が怒られてるようなのです」
「ん…、どれどれ…」
ユウキは位置をずらしてよく見ると、ポポの言う通り、背筋をピンと伸ばして姿勢のよい、艶やかな金髪をくるくるの縦ロールにした、ややつり目の大きな目に赤い瞳を持つ美少女が、胸の前で腕を組んで、目の前にいる下級生らしい女子生徒を怒鳴っている。
怒鳴られている方の女子生徒はミディアムウェーブの薄茶色の髪に、深い藍色の瞳した目をを持つ、儚げな感じがして守ってあげたくなるような美少女だった。
「貴様! いい加減に身の程をわきまえないか!」
「ジュリアス殿下と平民のお前とでは身分が違う! さっさと離れろ!」
「アンジェリカ、そこまでにしろ」
「殿下はこのような下賤の者の我儘をお許しになられるのですか!」
「やめろと言っている」
「しかし、殿下。私は殿下の婚約者として、この女の行動を見過ごすわけにはいきません」
「だって私…、お帰りになられる殿下をお見かけして、サヨナラを言いたかっただけで…」
「そうしたら、殿下が少し歩こうって言ってくださったので…、その…迷惑だったら断っていただいても…」
「図に乗るな貴様! 今すぐ殿下から離れろ、殿下の隣にいていいのは婚約者たる私だけだ!!」
縦ロールの女子生徒が顔を真っ赤にして大きな声で叫ぶが…。
「やめろ!!」
殿下と呼ばれた男子生徒が縦ロールを一喝した。縦ロールの女の子はビクッとして一瞬で顔を青ざめさせる。ユウキとポポは目の前で繰り広げられる女の嫉妬劇場を固唾を飲んで見守る。
「俺はクラリスを愛している。お前が何を言おうとな。婚約は親同士が決めたこと。俺はお前を婚約者と認めていない。俺に二度と近づくな」
「それと、今度の魔物討伐訓練はクラリスを俺たちのメンバーに加える。いいね、クラリス」
「は、はい! 嬉しいです殿下…」
「そ、そんな事が許されるとでも!? あっ、待ってください、殿下」
ジュリアス殿下はクラリスの腕をとって門から出て行った。殿下のクラリスを見つめる目は慈愛に満ち、クラリスは優し気な笑顔を返す。
「アンジェリカさん、あまり殿下を困らせないでくださいね」
「やれやれだぜ。嫉妬なんてみっともねぇ。聞いてるこっちがイライラするぜ」
「私は殿下を愛してる。だから、殿下のためを思って言っているのだ。お前らに何がわかる。待ってください、殿下!」
なおも追い縋るように手を伸ばすアンジェリカ。しかし、殿下とクラリス。友人と思わしき男子生徒はアンジェリカを無視して去っていった。俯いてその場に立ち尽くす。大勢の目の前で屈辱を受けたせいか、その肩は小刻みに震えている。また、周囲で見ていた生徒たちもアンジェリカを慰めるどころか、「ザマァ…」とか、「いい気味よ」などと同情する素振りもなく、三々五々散っていき、とうとうアンジェリカ以外誰もいなくなった。
少し離れたところで見ていたユウキは彼女の気持ちが痛いほどわかった。理由はどうあれ、愛する人に振り向いてもらえない辛さ、苦しさ、悲しさ…。愛する人が自分ではない女の子に向ける笑顔とそれを見た時の絶望感。自分もそのような思いをしてきたから。だから、おせっかいとは思いながらも、声をかけずにはいられなかった。
「あの…、大丈夫?」
「誰だ、お前は…」
「えっと、私の名前はユウキ。悪いとは思ったけど、今の騒ぎをずっと見てしまってて…」
「フン、同情でもしようってのか。余計なお世話だ」
「そんなつもりじゃ…」
アンジェリカは、差し伸べたユウキの手をパンと払うと、貴族の矜持がそうさせるのか、胸を張って帰って行った。しかし、ユウキは見た。夕日に照らされた彼女の目に涙がいっぱいに溜まっていたのを…。
「…………」
「ユウキ、わたしたちも帰りませんか、なのです」
「う、うん。そうだね、宿に戻ろうか」
ユウキは、どうにもアンジェリカの事が気になり、彼女の帰った方向をしばらくの間、見続けるのであった。
世の中の流れに乗ってみました。悪役というよりは、嫌われ令嬢だったかも…。




