第329話 エヴァリーナ、新たな目的地へ
「あ、暗黒の魔女…、ですって」
「はい。えっと、どうかされました?」
顔を青ざめさせ、動揺を隠せないエヴァリーナを見てラサラスやシェルタンが不審な視線を向ける。ラサラスが視線を動かすと、部屋の隅にいる護衛の2人も同じように動揺しているのが見て取れた。
「い、いえ…、少し驚いてしまって…。でも確かロディニア王国の公式発表では暗黒の魔女は討ち取られ死亡したとあったと思いますが…」
「確かに。しかし、妖狐タマモの占いでは、暗黒の魔女は生きていて、この大陸にいると出たようです」
「そ、それで暗黒の魔女はどこに?」
「そこまでは分かりません。我が国の隠密が探っているようですが、いまだ掴んではいないようです。まあ、容姿も不明なので、探しようがない…ってところでしょう」
「そうですか…。(よかった。見つかってはいないのですね)」
チラと後ろを見ると、2人もほっとした様子で座っている。
「おい、ラサラスといったな」
「ミュラー?」
「お前の兄貴の企てを阻止するのは構わんが、俺たちは独自に動くぜ。お前は俺たちの行動の自由と情報を提供してくれればいい」
「なんだと貴様! たかが冒険者のくせに王女様に無礼な口を利くとは!」
「うるせぇ、言ってなかったが俺は帝国第1皇子だ。王女より格上だ、問題ねぇ。引っ込め三下」
「な、なんだと…」
「お止めなさい、サーグラス」
「……ハッ」
「どうしたんですか。ミュラー、突然にそんな事言い出して」
「エヴァ、安易にこいつらを信用するな。ここは敵地だ。うっかり信用して寝首を搔かれるなんて事もあるかもしれん。用心するに越したことはない」
「考えすぎでは。ラサラス王女はそのような方ではなくてよ」
「いや、ボクもミュラーさんの意見に賛成です。エヴァリーナ様は本物である証拠をお見せしましたが、王女様は見せていない。そこで信用しろというほうが難しいと思います」
「リューリィさんまで…」
エヴァリーナがそっと背後に視線を向けると、フォルトーナは難しい顔をして目をつむり、レオンハルトは腕組みをして事の成り行きを見守っている。アレフとタニアはわたわたしてエヴァリーナとラサラスを見比べている。
「……、それでは、お互いに信用できるものを連絡員として交換しませんか。そしてそれぞれの活動について情報共有を図るのです。我々の側からは妹アルテナを派遣します」
「ミュラー、どうします?」
「(体のいい人質か…)いいんじゃねえか」
「では、私の側からはハインツという者を派遣します。ハインツは帝国のガーランド伯爵家の嫡男で私のいとこです。身分的には問題ないと思います」
「なら、私も行きます!」
「タニア!」
「ハインツ様は私の夫となられる方。なら、苦楽を共にするのも妻となる私の務めです!」
「うふふ、微笑ましいな。こちら側は了解です。シェルタン大臣、お願いしますね」
「わかりました。姫」
「穏健派は全面的にエヴァリーナ様に協力いたします。今の平和の世を、ウルの平和を守るため、是非とも共闘したく存じます」
ラサラスはそう言うと、今一度エヴァリーナと握手し、会談の成果に満足した表情をして、護衛の兵とともに城に帰っていった。ただ、サーグラスだけはミュラーに厳しい視線を向けると、小さく舌打ちして部屋を出たのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、メンバーが泊まっている宿で、会合ができる部屋を借り、全員に昨夜の件を話して聞かせたエヴァリーナは、ハインツとタニアに連絡係として、穏健派のシェルタン国務大臣の下に行くよう指示すると、2人はしっかと抱き合い見つめ合って、頬を桃色に染めながら了解した。
桃色空間の2人を無視し、次にソフィは輸送隊と一緒に帝国領に戻り、ジョゼ村駐屯地に待機して帝都との連絡、物資の調達。ティラはアレフの屋敷で部屋を借り、そこをベースとしてソフィとの繋ぎを行うよう命じた。駐屯地との連絡にはアレフの商会に協力をもらうことにした。
「お母さまたちは帝国にお戻りになるんですの?」
「そうね…、私たちは一旦国に戻るわ。そしてヴィルヘルムに武断派と穏健派の実情を報告するわ」
「そうですか…。できれば、人数が足りないのでお手伝いいただければと思ったのですけど、仕方ありませんわね」
「なら、オレとエマ、レイラは残るぜ」
「えっ、よろしいんですの?」
「ああ、暗黒の魔女も関わるとなると、無関係じゃいられねえからな。なんせ、俺はロディニアで魔物戦争と魔女に関わってきたからな」
「助かりますわ。よろしくお願いします」
「じゃあ、私は行くわね(ユウキちゃんのことは任せて)」
フォルトゥーナが目で合図すると、レオンハルトとエヴァリーナは小さく頷いた。
「エヴァリーナ様、私もジョゼまでフォルトゥーナ様と一緒に行きます。ティラ、後で魔道通信機を送るからね」
「冥府魔道を行く女ティラ…。でも1人は寂しい。早く通信機送ってね」
「それでは、残ったメンバーでタンムーズ山脈に行き、武断派が何を行っているか、確認しようと思います。レオンハルトさんが加わってくださったので、メンバーも充実したことですし、パーティを2つ作ろうと思います。第1が私とミュラー、リューリィさん、フランさんとアルテナ王女。第2がレオンハルトさんたちにルゥルゥさん。よろしくて?」
全員が異論なしと頷いた。
「そういえば、アルテナ王女はいつ合流するんですか?」
「え…っと、間もなく来られると思いますけど」
リューリィが尋ねた直後、部屋の扉が「バーン!!」と大きな音立てて全開になった。エヴァリーナたちが驚いて扉の方を見ると、そこには年の頃10歳くらいの1人の亜人の女の子が、威張りんぼポーズで偉そうに立っていた。
「お前たちか! わらわの下僕に志願したという帝国の者どもは!」
「なんだぁ、このクソ生意気そうなガキは」
「ガキではない! 無礼だぞ。女にモテなさそうなスケベ顔したヤツ!」
「あら、正鵠を得た表現ですわね」
「こ、この、クソガキ!!」
ミュラーはずかずかと女の子の傍に行くと、ガコンと頭に拳骨を落とした。
「ふぎゃん! い…痛いよ。ふぇえええん、ふぎゃああああ!」
「ミュラー、なんてことするんだよ。可哀想じゃないか」
「女の子に酷いですわ。だからユウキさんに嫌われるんですよ」
(あーあ、また失点を重ねて…。まったくもう)
ルゥルゥとエヴァリーナが女の子に駆け寄り、よしよしと宥めるが、女の子はえぐえぐと泣き続ける。エヴァリーナが拳骨されたところを触ると、たんこぶができていた。エヴァリーナはキッとミュラーを睨み、久しぶりのハリセンチョップを力いっぱいぶちかました。バシーンと景気のいい音が鳴り響き、あまりの痛さにミュラーが蹲る。
「いってぇー!」
「当たり前です。女の子の頭にたんこぶが出来てますわよ。謝りなさい!」
「ふぎゃああああん。痛いよう、わああああん」
「お、おい。悪かったよ。ごめん、謝るから泣き止んでくれよ」
「うぇえええ…、わ、わらわをアルテナと知っての狼藉…。許さないんだからぁ」
「ゲッ、この子がアルテナ王女だったのか!? 誰か客の連れかと思った」
「全くミュラーったら…。報酬のユウキさん使用済みパンツの件、考えなくてはいけませんね」
「ほらほら、泣き止んで。可愛い顔が台無しだよ」
「うう…、ひっぐ、ひっぐ…、グス…」
ルゥルゥがアルテナ王女を優しく抱きしめる。大きな胸に抱かれた王女は、温かい肌の感触に安心したのか、やっと泣き止み、涙をふくとおずおすと部屋の中に入ってきた。屈んで目線を合わせたエヴァリーナは、ニコッと笑って自己紹介した。
「初めましてアルテナ王女様。私は帝国宰相ヴィルヘルムの娘、エヴァリーナと申します。エヴァと呼んでくださいね。王女様とは今日からしばらくの間、行動を共にする仲間です。仲良くしてくださいね」
「う、うん。わらわはアルテナ。ラサラス姉さまに言われてここに来た。兄上の企みを止めるため、お前たちに協力しなさいって…。だから来たのに、いきなり拳骨は酷いのだ…」
「本当に申し訳ありませんでした。では、私の仲間を紹介しますね」
「リューリィです。よろしく、お姫様」
「わあ、すっごい美人だ。お姉さまよりキレイかも…」
「アルテナ様、こいつ男です」
「へ?」
「男です」
「……………」
「ハイ次!」
「フラン。よろしく、王女様」
「わあ、戦士スタイルがカッコいいぞ! お前、強そうだな」
「うふふ、彼女は大陸最強戦士決定戦で史上最年少で2連覇した強者ですわよ」
「おお、それはすごいぞ! でも、胸がわらわより出てない…。男の子みたいだな!」
「がーーーん!」
「ルゥルゥ。国境近くの村出身で、最近仲間になったんだ」
「さっきはありがとう。お前のおっぱい、すっごくおっきいな。フランとやらに分けてあげたらどうだ」
「無自覚追撃発動。フランに100のダメージ! ですわ」
「俺はミュラーだ。いきなり拳骨して悪かったな」
「う、うん。わらわも悪かった。いきなり非モテブ男なんて言っちゃって」
「さっきより酷ぇぞ…。分かってやってるな、このクソガキ!」
「む、クソガキじゃないもん! このスケベ顔!」
「この…」
「む~~」
「ふふ、もう仲良くなって。よかった、よかったですわ」
(そうなのか…)
(そうは見えないよね…)
遠巻きに騒動を見るレオンハルト、エマ、レイラは何となく不安になるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「皆さん、準備はできましたわね。では、タンムーズ山脈に向かって出発しますわ」
「うむ、案内はわらわに任せて!」
やっと本来の任務に就くことができたエヴァリーナ御一行。ここまでの道のりは決して平坦ではなかったが、ラサラス王女に出会い、アルテナ王女という新たな仲間を得て、いよいよ武断派が待つタンムーズ山脈に向けて出発する。そこには何が待ち受けているのだろうか。困難な任務だが世界平和のため、人々の幸せな暮らしを守るため、何より大好きな親友のため、必ず目的を達成させて見せると決意を新たにするエヴァリーナであった。
「オレ、段々ユウキちゃんから離れて行くような気がする。ユウキちゃん、オレのこと忘れないでくれよ…」
「ミュラーさん、諦めも肝心ですよ」
「うるせえ、リューリィはいつも一言多いんだよ!」
「さあ、ミュラーとやら、わらわを肩車するのだ!」
「くっそ、なんでオレばっかり、酷い目に…。(ん、アルテナの太もも、けっこうもちもちスベスベでいいじゃんか…)」
「見て、ミュラー様の顔、あれは不埒な考えをしてる顔よ」
「ホント、レオンハルトの爪の垢でも飲ませたいわね」
「ミュラーって、実はロリコンだったの? だから、あたい振られたんだ…」
レイラとエマ、ルゥルゥが、にやけた顔でさりげなくアルテナの太ももをナデナデしているミュラーを見て、ひそひそと話す。それを聞いたレオンハルトはぼそりと呟いた。
「お前ら…、仮にも大帝国の皇子にキツイ物言いだな…」
全く纏まりのないメンバー。エヴァリーナは不安感でいっぱいになる。頭の中では「前途多難」という文字がぐるぐると渦巻いているのであった。
いつもこの物語を読んでくださっている皆様ありがとうございます。
次のユウキの冒険の地はスバルーバル連合諸王国になります。どんな出会いと冒険が彼女を待っているのでしょうか。楽しみにしてください。
作者の都合で申し訳ないのですが、話のストックが底をつきかけてまして、今まで週5日の投稿をしていましたが、しばらくの間、週2回程度の掲載ペースに落とさせてもらいます。頑張ってペースを上げて、なるべく早く週5日掲載に戻しますのでご容赦ください。
これからも、健気なユウキを応援してくださいね。




