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第328話 王女ラサラス

 アレフから穏健派の中心人物と連絡が取れ、今夜、この屋敷で会談を行う段取りができたと連絡があった。相手は3人。よってこちら側も最低限の人数でお願いしたいとの申し入れがあったため、エヴァリーナは会談同席者の調整を行っていた。


「そうですね…。このメンバーだと私とミュラー、リューリィさんは確定でしょう。それに護衛という名目でお母さまとレオンハルトさんをお願いしたいです。後のメンバーは宿で待機してください」


 他のメンバーが宿に戻った後、5人が食堂で夕食を頂いていると、タニアがやってきて1枚のメモをエヴァリーナに渡した。メモを読み、了解した旨をタニアに伝えたエヴァリーナは全員に向けて手を開き、指を9本立てた。


 時刻は午後7時。会談までまだ間がある。メイドさんが出してくれたコーヒーを飲みながら、何をすることもなく待つ。


「あ~あ、早くこの任務終わらせてユウキちゃんに会いに行きてぇな。彼女にオレの気持ちを伝えて、お嫁さんになってもらいたいぜ」

「気持ちを伝えれば結婚できると、何故そう短絡的に考えられるのか不思議です」


「リューリィ…、最近、オレに厳しくないか?」

「そんなことないですよ。ただ、ボクも任務を早く終わらせたいというのは同意です」


「でもユウキさん、お兄様と随分と仲良さそうでしたわね…。お兄様も満更ではないようでしたし、もしかして、意外といい関係になっていたりして…」

「そうねぇ。ユウキちゃん、ヴァルター君とのプールデートすごく楽しみだったらしいし、イレーネがすっごく2人を押してるのよね。フランちゃんも気が気じゃないでしょうねー」


「もしかして、これって地獄の三角関係ってヤツですか。うわ、どろどろの恋愛小説みたいですね」

「リューリィさん、顔が笑ってますわよ…」


 そんな話をしてミュラーをからかっていたら、時間はあっという間に進み、予定の時刻になった。タニアが再びやってきて、会談相手が到着したので、貴賓室にご案内しますと言ってきた。


「では、行きましょうか。皆さん」


 貴賓室は屋敷の3階にあった。大商人ともなると貴族や王族とも付き合いがあるため、会社だけでなく、自宅にも用意しているのだという。しかし、気になるのはそういう事ではなく、武装した獣人兵が階段の踊り場や廊下の所々に立っていることだ。


「タニアさん、これはどういうことですの?」

「はい、今宵この屋敷においでになられたのは高貴なお方です。この兵士はその方々の護衛です」


「こちらです」


 案内されたのは帝国製の豪華な調度品で飾られた一室。大きなシャンデリアが部屋を明るく照らしている。タニアからソファに座って待つよう言われ、エヴァリーナを真ん中にして、両脇にミュラーとリューリィが座る。フォルトーナとレオンハルトは部屋の隅に移動し、椅子を並べて座った。

 10分ほど待つと、別室に繋がるドアが開けられて、アレフが入室し恭しく頭を下げる。それを見てエヴァリーナたちも立ち上がった。


 初めに入室してきたのは、犬族の亜人の戦士だった。身長は190cmとミュラーよりも大きく、がっしりとした体格にハーフプレートを着こみ、ロングソードを帯剣している。続いて、熊族の亜人で年齢は60を超えているだろう。良く焼けた肌に深い皺、しかし茶色い瞳の目から放たれる眼光は鋭いものがある。そして、最後に入ってきたのは年齢20歳前後の白狼族の亜人の女性。銀色に輝く美しい髪、ふさふさの尾を持った清楚な美人だった。

 白狼の美女が上座の真ん中に立ち、ニコッと笑顔を作ると挨拶してきた。


「初めまして。私はウル国の王女ラサラスです。こちらは国務大臣のシェルタンと親衛隊長のサーグラスです」


「私は、カルディア帝国宰相ヴィルヘルム・クライスの娘。エヴァリーナ・フレイヤ・クライスです。お目にかかれて光栄ですわ、ラサラス王女」

「オレの名はミュラーだ」

「ボクはリューリィと言います。よろしくお願いします」


「それと背後に控えているのは私の護衛でフォルトーナとレオンハルトです」

 エヴァリーナに紹介された2人は小さく礼をする。


 全員が着座すると、タニアが紅茶を運んできて、それぞれの前にセットされたカップに注いでいく。紅茶の香しい匂いが心を落ち着かせる。


「あら…、あなたの瞳、神秘的な紫ですね。帝国宰相のご令嬢は魔族なのですか? たしか、宰相殿は人族と聞いておりましたが…」

「ええ、私の母がラファール出身ですので…。私は人と魔族のハーフなのですわ」

「まあ、そうでしたか…」


(宰相令嬢を騙る誰かと思ったのか?)

ミュラーはそんな懸念を持つが、表情には出さない。


「証拠はあるのか?」

「え?」

「貴女が帝国宰相の娘である証拠だよ」


 サーグラスが厳しい口調で問いかける。今の説明では納得していないようで、本当に信頼してよいのか疑っているようだ。


 エヴァリーナは胸元から宰相家の紋章が入っているペンダントを取り出し、ヴィルヘルムから貰った全権委任の書状を見せる。それを見たシェルタンは間違いない事をラサラスに説明した。


「エヴァリーナ様には不快な思いをさせてしまいまして、申し訳ありませんでした」

「全くだぜ」

「こら、ミュラー」


 ミュラーの発言にサーグラスがガタンとテーブルを鳴らして立ち上がる。ラサラスは手で制して、少し困った顔をした。


「お止めなさいサーグラス。今このウルでは武断派と穏健派で激しい内部闘争が行われています。このため、誰もが神経質になってしまって…、申し訳ありません」

「いえ、怪しむのは当然のことですわ。では、本題に入ってもよろしいでしょうか」


 エヴァリーナは、帝国ではウル国武断派による、世界の運命をも左右しかねない、恐ろしい陰謀が密かに行われているとの情報を入手したことから、武断派と対立している穏健派と接触し、その陰謀の全容を掴み、帝国へ情報としてもたらすこと。可能なら穏健派と手を組んで陰謀を阻止するか、遅延させることを密かに命じられ、そのためにウルに潜入した事を説明した。


「そうですか…。帝国ではある程度の情報を掴んでいるようですね。あなた方のおっしゃる陰謀やその首謀者は掴んでおりますか?」

「いいえ、邪龍復活を画策しているとしか…」


「では、順を追って説明しましょう。まず、ご存じの通りウル国は山がちで平地に乏しく、耕作地も少ないのです。それに、他国に比べて産業も発達しているとは言えません。タンムーズ山脈から産出される鉱石類や魔鉱石、木材加工品、キノコや山野草等の林産物の輸出が主な産業で、それらで得られた外貨で食料品や日用品、金属資材等を輸入しているのが現状です。このため、毎年の貿易収支は赤字で帝国やイザヴェルからの借入金でまかなっている状況です。このため、国は貧しく仕事を求めて他国に出稼ぎに行く者が多いのです。そのまま他国に定住する者も少なくありません」


「このままでは長い歴史を持つウルが消滅してしまう。武断派はこの状況を憂い、未来にウルを残すには、新たな土地が必要と考えたのです」


「新たな土地? まさか…」

「そう、そのまさかです。武断派とは戦争によって新たな土地を奪い、獣人優勢の新たな秩序を構築する。そのような思想を持った者たちの派閥なのです」


「リーダーは私の兄、ウル国第1王子ハルワタートです。他の王子や財務大臣をはじめとする閣僚の殆ども全て兄を支持し、武断派に属しております。また、ウル国軍最高司令官バルドゥス将軍を指揮下に収め、国軍も掌握しております。さらに、妖狐タマモも兄に付いたと…」


「妖狐?」

「はい、我が国建国の祖に付き従った妖怪で、様々な術を使い人心を惑わすとされる狐です。姿は10歳くらいの少女ですが、年齢は1,000歳を超えているといいます」

「1,000歳! とても信じられない」


「その他、ウルの5大豪商のうち3つも兄を支持してますし、新聞の世論調査でも兄を次期国王と支持する国民が全体の6割を超えている次第で…。一方の私たちは日々勢力を落としている状況なのです」


「国王はどうしておられるのです?」

「父は、穏健寄りの中立でした。でも、しばらく前から体調を悪くして伏せってしまって、今じゃ実質国政は兄が…、ハルワタートが取り仕切っている状態なのです。噂では何か薬を盛られたと…。面会しようにも絶対安静と合わせてもらえないのです」

「まあ…」


「気に入らねえな…」

「ミュラー、もう少し王女様のお話を聞きましょう」


「次に穏健派についてお話しします。穏健派は現在の他国連携、協調体制を維持し、他国の力を借りて産業を発展させ、国を豊かにするという考えの下に集まった派閥です。互いに覇権を争った人と獣人、亜人それに魔族は過去の確執を乗り越え、今やお互いを尊重し、共存する平和な世となっています。穏健派は今の時代こそあるべき姿と捉え、守っていく…。そう考える思想を持った人々の集まりです」


「穏健派のリーダーは、私、ラサラスが務めさせていただいています。後は隣に控える国務大臣のシェルタン。親衛隊長のサーグラス。親衛隊は穏健派に属します。あとは妹のアルテナが主なところです。大豪商はアレフ殿ともう1つ、サルガス家がこちら側です」


「なるほど…。大体の背景は分かりました。ウル国が精強な獣人戦士を要するといっても、わが帝国とでは戦力に差がありすぎて勝負にならない。それで邪龍を復活させると…。ウルでは邪龍の存在を信じているのですか?」


 エヴァリーナは問題の核心部分に踏み込んで聞いてみた。ラサラスは難しい顔をして話すべきか悩んでいるようであったが、心を決めて口を開いた。


「数年ほど前のことです。タンムーズ山脈の鉱石採掘場で作業中、人工的に掘られた洞窟を発見しました。鉱山局で調べたところ、最奥に石板が収められた遺跡があり、その石板にはこう書かれていたのです」


『アースガルドの民 グリトニル ユーダリル ビル……を滅ぼした魔龍を……封印す 決して目覚めさせてはならぬ 封印の地… 神の神殿……永遠に…』


「所々破損していましたが、概ねこのような内容でした」

「断片的で分かりませんが、アースガルドという場所の民が、私たちが邪龍と呼ぶ龍をどこかに封印した…。と、読み取れますわね」


(おい、フォルティ姉さん。アースガルドって…)

(ええ、あの地底に埋もれた都市の事だと思うわ。プレートの解読が進んでいないので分からないけど…)


 アースガルドの名を聞いてフォルトーナとレオンハルトは坑道調査で発見した遺跡のことだと認識したが、目線で確認し合うと、ここは黙っておくことにした。


「それで、ウル国立大学が中心になって調査したところ、「アースガルド、グリトニル、ユーダリル」が古代魔法文明の都市国家の名前だと判明しました。よって、あの石板に書かれていることは事実ではないかと…。神話で語られる邪龍と勇者の下りは実際にあったことなのではないかと推察されるに至りました」


「……………」


「話はここで終わるはずだったのですけど、兄は、ハルワタートはこの邪龍を復活させ、これによって戦争を有利に運び、新たな世界構築を図ろうと考えたのです。そして最近、邪龍封印に関する新たな手掛かりを得たらしく、軍の一部を動員してタンムーズ山脈で何かをしているようなのです」


「私は、何とかして兄を止めたいのです。でも、私には力がなくて…」


「話は分かりましたわラサラス王女。武断派の企みは阻止しなければならないと思います。どうです、手を組みませんか? 帝国皇帝も平和の世を望んでおられます。帝国宰相である我が父もそうです。帝国は貴女のお力になりましょう」


 ラサラスはシェルタンとサーグラスと顔を突き合わせ、ひそひそと打ち合わせを始めた。大分長い時間話し合った後、エヴァリーナに向かって了承したと伝えた。


「お申し出について承諾いたします。ぜひ、私にお力をお貸しください、エヴァリーナ様」


「エヴァでいいですわ」

「では私もラーサでお願いします」


 エヴァリーナとラサラスは立ち上がってしっかりと握手した。しかし、話はまだ終わりではなかった。続いてラサラスからもたらされた話は、エヴァリーナを驚かせるに十分な内容だった。


「もう一つ、最近入手した情報なのですが、ハルワタートが邪龍のほかに探し求め、手に入れようとしてるものがあるのです」

「それは?」


「暗黒の魔女。北の大陸ロディニア王国を破壊した暗黒魔法の使い手です」

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