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第326話 レオンハルトの忠告

 ミュラーとともに、屋敷の裏庭に来たレオンハルト。日はすっかり暮れて辺りは真っ暗になっている。庭の一角の樹木が立ち並ぶ中で立ち止まり、ミュラーをじっと見つめる。その表情は厳しい。


「おい、話があるんじゃねぇのか」

「…………」


「な、なんだよ…」

「…………」


「用がないなら帰るぞ」

「てめぇ…」


「てめぇ、ユウキちゃんを好きだって言ってたな。一目ぼれだと、嫁にしたいと言ってたな。本当にそうなのか? 今でもそう思ってるのか?」

「あ、ああその通りだ。オレはユウキちゃんが好きだ。嫁にしたいと思ってる」


「本当か? その気持ちに偽りはないんだな」

「勿論だ。サザンクロス号で出会ってからというもの、オレは彼女の事しか考えられん。好きすぎる。ユウキちゃんが好きすぎる。本気で嫁にしたいと思ってる」


「ユウキちゃんは、お前の気持ちを知っているのか?」

「あ、ああ…知ってる」


「…………」

「な、なんだよ。何が言いたいんだよ」


「なら何故、あのルゥルゥとかいう女を纏わりつかせるんだ。ユウキちゃんが好きならハッキリと断るべきだろうが」

「いや、それは…」

「満更でもねえ顔しやがって…。二股かけようってのか」


「ち、違う! オレはユウキちゃん一筋だ! ユウキちゃんだけを愛する男だ!」

「とてもそうは思えねぇがな。なら、ルゥルゥと別れろ。そして、二度と近づけるな」


「それは分かってるんだが…」

「出来ねぇなら、二度とユウキちゃんに近づくな。そして、彼女のことを語るんじゃねぇ…」


 レオンハルトの迫力にミュラーはタジタジとなるが、皇子としての矜持が気持ちを奮い立たせ、何故そんなことを言うのか聞いてきた。


「なんで、そんな事お前に言われなきゃならねえんだ。まさか、本当はお前もユウキちゃんのことが好きなのか? それとも、まさかルゥルゥが…」

「…違う。そんなんじゃねぇ。俺はな、ユウキちゃんは幸せになってほしい。それだけを願っているんだ。ユウキちゃんはな、ロディニアで辛く悲しい思いをし、居場所や愛する人全てを失ってこの地に来たんだ。自分の幸せや生きる意味を探し、安住の地を求めてな…」


「これだけは教えといてやる。ユウキちゃんには相思相愛と言っていいほどの男がいたんだ。その男は任務で異動する際に「戻ってきたら迎えに来る」と言ったそうだ。その時のユウキちゃんは心底嬉しそうだったと…。しかし、男が戻ってきたら、その隣には別な女がいた。それを知ったユウキちゃんの悲しみはとても見ていられなかったそうだ…」


「これはな、ユウキちゃんを良く知る人物から聞いた事実だ…。だから、俺はユウキちゃんを裏切る奴は絶対に許せん! 彼女の心を傷つける奴は絶対に許さん!」

「ミュラー、これだけは言っておく。ユウキちゃんが好きなら絶対に彼女を裏切るな。彼女だけを見続けろ。それができないならユウキちゃんに手を出すな。もし、彼女を泣かせるような事をしてみろ、その時はてめぇの命を貰うぜ…」


 レオンハルトは再度厳しい視線を向けると、ミュラーを置いて屋敷の方に戻って行った。一人残されたミュラーは、レオンハルトが語ったユウキの過去、それと自分の気持ちを思い浮かべる。そこに、「カサッ…」と草を踏みしめる音がした。


「ミュラー君」

「フォルティか…。聞いていたのか…」


「ええ…」

「そうか…」


「ミュラー君、この件に関しては、私はレオンハルト君と全く同意見だわ。本当にユウキちゃんが好きなら真摯に向き合ってほしい。彼女は強そうに見えても繊細な心の持ち主よ。一度壊れた心は二度と壊してはいけないの。中途半端な気持ちならユウキちゃんに近づかないで。私が言いたいのはそれだけよ」


 フォルトーナはそう言うとレオンハルトを追って駆け出した。ミュラーは楽しそうに自分に話しかけてくるルゥルゥの事を思うと、どうしたらよいのか分からなくなってしまうのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「レオンハルト君!」

「フォルティ姉さん…」


「ごめんなさい。ミュラー君との話を聞いてしまったのよ。ルゥルゥちゃんに関しては、レオンハルト君と全く同意見よ。ただ、ひとつだけ分からない事があるの」

「分からないこと?」

「ユウキちゃんのこと」


「エヴァも言ってた事だけど、ユウキちゃんには秘密があるでしょう。それがこの地に来た理由よね。先ほどの話でその一端に触れたわね。私はエヴァの大切な友人であり、私の恩人であるユウキちゃんを助けていきたい。だから知りたいの。彼女のことを」


「…とりあえず、あんたの娘さんのところに戻ろう」


 フォルトゥーナとレオンハルトが屋敷の食堂に戻ると、エヴァリーナがぷんすかしながら待っていて、リューリィが不安そうに外を眺めているところであった。


「どこに行ってたんですの!? せっかくアルフさんが時間を取って下さったのに、誰もいなくて戻ってこないから、お話を聞くのは明日に延期になりました。もう、勝手に動いては困ります! それに、時間も遅くなってしまったので、私たちはお屋敷に泊めてもらえるとのことです。宿には使いを出してもらいました」


「あらぁ~、ごめんね~。許してエヴァ」

「あの…、ミュラーさんは一緒じゃないんですか?」

「ミュラー君なら裏庭にいるわよ。そうだ、リューリィ君、迎えに行ってあげて」

「はあ…。仕方ないですね」


 仕方なしといった感じでリューリィが食堂を出て行った。その後姿を見ながらレオンハルトが尋ねる。


「なあ、部屋は個室か?」

「はい、男子は3人部屋。私とお母さまは同室です」

「好都合ね。エヴァ、大事なお話があるの。お部屋に行きましょう。レオンハルト君も一緒に来て」


 エヴァリーナは「?」となるが、フォルトゥーナのいつになく真剣な表情を見て、当てがわれた部屋に2人を案内した。部屋にはベッドが2つのほかにテーブルもあって、お茶の用意がしてあった。


「それでお母さま、大事な話ってなんですか?」

「ユウキちゃんのことよ」

「ユウキさんの…? どういうことです?」


「エヴァは前々からユウキちゃんには何か秘密があると言ってたわね」

「はい…。一緒に旅をしていた際に、時折とても寂しそうな表情をすることがありました。それと魔槍ゲイボルグにフランさんさえ圧倒する戦闘力、強力な爆発魔法…。何か私たちとは違うモノを持っていると…。それが何か?」


「レオンハルト君はロディニアでユウキちゃんと懇意にしていた。そして彼女の秘密を知っている。だから教えてもらいましょう。彼女が何者なのか」

「えっ…。ユウキさんの、秘密…」


「…………」

「レオンハルト君。私たちはユウキちゃんの味方よ。彼女は娘の大切な親友であり、兄妹の絆を取り戻してくれた人。そして、私の夢の一歩を踏み出させ、叶えてくれた恩人よ。何があろうと私たちはユウキちゃんを守るわ。だから教えて。彼女は何者なの?」


「…フォルティ姉さん、信じていいんだな。絶対にユウキちゃんの味方になってくれるというその言葉を」

「ええ、信じて」

「私も同じです。ユウキさんは大切なお友達ですから」


「そして、この事は誰にも言わないでほしい」

「約束するわ」


「………。ロディニアの暗黒の魔女の話は知ってるか」

「ええ、ロディニア王国の魔物戦争の終盤で突然現れ、王都を破壊し、大勢の国民を虐殺したという、暗黒魔法を使う魔女…だったわよね。えっ! ま、まさか…!」


「そうだ。それがユウキちゃんだ…」


「…ウソでしょ」

「そんなバカな事、信じられません! ユウキさんが…。あの心優しいユウキさんが、大勢の人を殺した魔女だなんて!!」


「姉ちゃん、声がでかい」

「あ、すみません…。興奮して、しまいました…」


「黙って聞いてくれ。今から俺の知っていることを全て話す。ただ、これだけは分かってほしい。ユウキちゃんが暗黒の魔女になったのは自分の本意ではない。彼女を政争の道具として魔女に仕立て上げ、国民の憎悪を向けさせて迫害し、魔女裁判にかけやがったヤツら、純粋すぎる彼女の愛を裏切った馬鹿野郎、彼女の宝とも呼べる親友の死…。様々な原因が彼女を追い詰めた結果なんだ。悪いのはユウキちゃんじゃない。俺たちロディニアのヤツらさ…」

「そして、彼女はロディニアで辛く悲しい思いをし、居場所や愛する人々全てを失い、悲しみだけを背負ってこの大陸に来た。自分の居場所、自分の幸せ、そして自分の生きる意味を見つけるためにな…。だから、俺はユウキちゃんに幸せになってほしい。それだけは知っておいてくれ…」


「レオンハルト君…」


(これでようやくわかりました。ユウキさんが時折見せる悲しげな顔…。あれは、失った大切な人たちを思い浮かべていたからなのですね。暗黒の魔女…、だから何だというの? ユウキさんが何者であろうと、エヴァはユウキさんの親友です。ユウキさんの幸せを見つける旅、エヴァも全力で応援しますわ)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ミュラーさん…」


 真っ暗な裏庭の林の中にポツンと佇むミュラーを見つけたリューリィは、そっと声をかけた。いつもの溌溂とした様子がなく、落ち込んだ様子に心配になる。


「リューリィか…」

「どうしたんですか、元気がないようですけど」


「……………」

「黙っててじゃ分かりませんよ」


「オレは…、自分の気持ちが分からなくなった…」

「何があったんですか?」


 ミュラーは肩を落として、ユウキが好きなのに最近はルゥルゥにも心動かされつつある事、レオンハルトとフォルトゥーナからユウキが好きなら一途になれ、ルゥルゥと縁を切り、それが出来ないなら今後ユウキに近づくなと厳しく忠告された事を小さな声で話した。


「オレはユウキちゃんが好きだ。その気持ちに変わりはない。だが、ルゥルゥの気持ちを考えると…、あの笑顔を見ると簡単に突き放すことに罪悪感を感じるんだよ…」


「なあ、オレはどうしたらいいんだ…」

「ミュラーさん…。(もしかしてルゥルゥさんの事、好きになりかかっているのでは…)」


「ボクはミュラーさんの問いに答えることができません。決めるのはミュラーさんです。ユウキさんとルゥルゥさん。どちらを選んでも後悔しないようにしてください。ボクはそれしか言えません」


「リューリィ…」


「さあ、部屋に戻りましょう。もう時間が遅いので、ボクたちの分はお屋敷に部屋を用意してくれたそうです」

「ああ…。わかった…」


(ミュラーさん…。困っている人、自分に好意を示してくる人を見捨てられないという弱点が露呈してしまった。しかも、今回はユウキさんが絡んでしまっている。結局は自分自身で決めるしかないんだけど…。ただ、ここでユウキさんを選んでも相手にされるかは別問題。一方、ルゥルゥさんは明らかに好意を示してる…。難しいですね。仮にボクが同じ立場だったらどっちを選ぶだろう…。ボクならきっと…)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 レオンハルトが当てがわれた部屋に戻った後、エヴァリーナはベランダに出て夜空を見上げる。帝国とは違った星空を見て、今は別の空の下にいる親友の女の子を想う。


(ユウキさん…。私はずっとあなたの友です。そして、この任務が終わったら、また一緒に旅をしましょうね…)


 親友に思いを馳せるエヴァリーナを背後からきゅっと抱きしめるフォルトゥーナ。振り向くと、そこには優しい母親の顔。その顔を見ていると、先ほどの話が、ユウキが受けた辛く悲しい現実が思い出され、何故だか急に心が締め付けられて胸がいっぱいになり、涙が零れ落ちる。そして、自分の胸で泣きじゃくる娘を抱きしめるフォルトゥーナの目にも涙が浮かんでくるのであった…。


 リューリィが部屋に戻った後もミュラーは裏庭に置かれたベンチに座って、1人考えていた。自分は一体どうしたらいいのか、答えは自分にしか出せない。今の状態ではユウキを選ばなくても彼女は何とも思わないであろう。友人関係は続けられるかもしれないが…。そう思うと少し悲しかった。しかし、ルゥルゥを断った場合、彼女は大きく傷つくだろう。しかし、自分の取る道はひとつしかない。ミュラーはある決意をもって立ち上がった。

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