第325話 ウル国首都ゼノビア
「ようやく到着しましたわね」
エヴァリーナたちを乗せた輸送隊は、途中ケモケモダブルピース団に襲われたこともあって、予定より1日遅れでゼノビアに到着した。
ウル国首都ゼノビアは、国土のほぼ中央に広がる盆地にあり、ほぼ円形をした都市で東西南北に走る大通りが市街地を4つに分け、それぞれ一般住宅街、高級住宅街、商業区画、軍事区画に分けられている。また、高級住宅街の一角に学校や図書館、文化施設、医療施設が並ぶ区画が置かれていて、各区画の役割が明確にされているのが特徴である。そして、この人口40万人を有する都市を周囲20kmにも及ぶ高さ10mの城壁が囲んでおり、ウルの人々は畏敬を込めて「城塞都市」と呼んでいる。
なお、この国を治める王の宮殿は中央区画にあり、周囲を3重の堀で囲われている。
「城塞都市か…。近くで見ると中々に迫力があるな…」
「あはは、ゼノビアはウルの人々にとって世界に自慢できるほど機能的に作られた都市ででありながら、難攻不落の要塞都市でもあるからね。でも…」
城壁の壮大さに感嘆の声を上げたミュラーに、ルゥルゥが話しかけるが都市の北側を見て口ごもった。ルゥルゥの意図を悟ったタニアの顔も曇る。
不審に思った一行が都市の北側を見ると、遠くで小さくしか見えないが、城壁の外側にある低い山々の斜面に沿ってバラック造りの粗末な小屋がたくさん立ち並んでいた。
「あれは?」
「はい、あそこは職がないか、あっても低賃金の日雇いしか働き口がない、貧しい方々が住んでいる場所です。あそこは地盤が弱いので、防災上住んではいけない場所なのですが、ゼノビアの中には住む場所がないし、仕方なくあそこに…。国も自己責任ということで黙認している状態なのです」
「フン! 国は口先ばかりで貧しい連中には何もしてくれやしないのさ。ここのお嬢さんのような金持ちばかり優遇してさ」
タニアが説明した後、ルゥルゥが厳しい言葉を投げつける。タニアはしゅんとして俯いてしまった。ハインツはタニアが悪いわけではないと慰め、エヴァリーナとミュラーは武断派と穏健派の政治闘争が国政の不安定化を招き、経済政策や福祉政策まで手が回らないのだろうと考えていた。
城塞門の警備兵に通行手形を見せ、確認を得てゼノビア市内に入る。商業区画は南西区域にあるため、一旦、大通りの中央交差まで進み、そこから商業区画に向かう。目的地は輸送隊の荷の積み下ろしを行うターミナルとなっている。
混雑する市内を慎重に進むため、エヴァリーナはゆっくりと市内を観察することができた。ゼノビアの建物は木造や石造り、モルタル造りの多い帝国やヴェルト三国の国々とは異なり、日干しあるいは焼きレンガを積み重ね、その上に漆喰を塗った単純な形のものが多い。また、一般の家々には窓ガラスはなく、木製の扉を開け閉めするようになっていた。
(大分、帝国とは街並みが異なりますわね…。帝都に比べると質素というか質実剛健というか、華麗さはない実用一辺倒って感じがします。何事にも実直な獣人の個性が出ているようです)
「お、おい、止めろよルゥルゥ。オレにくっつくんじゃねえ!」
「だってぇ~。ミュラーのこと大好きなんだもん。ソフィとティラっちに聞いたよ。ミュラーっておっきいおっぱいの娘が好きなんだって? ほらどう? あたしのおっぱい。ほらほらほーら」
「やめろー! オレはユウキちゃんのおっぱい以外は受け付けねえぞ! くそっ、ルゥルゥのおっぱい柔らかいじゃねえか…。はっ! ダメだダメだ!」
「何してるんですの、破廉恥な! もうここは任務地なんですよ。ふざけないでください。ミュラー、あなた、ユウキさんを裏切る真似をしないでくださいね」
「お、おう…」
「ふん! 余計なこと言うなよ。恋は自由でしょ。この、胸なし悪役令嬢」
「な…、なんですってえ! 誰が悪役令嬢ですか! それに私の美貧乳をバカにしやがってぇ~。このデカ乳とケツしか取柄のない脳無しバカ女のくせに!」
「なんだと! やるか!」
「面白い、表出ろ!」
「もう、いい加減にしてくださいよ。事あるごとに喧嘩して…。ルゥルゥさんは自重してください。エヴァリーナ様も落ち着いて…。お嬢様がチンピラみたいに振舞っちゃいけませんよ」
顔を真っ赤にして激高する2人の間にリューリィが割って入り、宥めにかかる。その様子を見ていたソフィ、ティラ、フランのペタン子3人組は「また始まった…」と呆れたようにため息をつくのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゼノビアに入って1時間、輸送隊はようやく商業区画の荷役ターミナルに到着した。係員が荷物を積んだ大型の荷車をそれぞれの待機所に誘導し、荷役作業員が荷下ろし作業を開始する。そして、降ろされた荷物を荷受け先の商会職員が確認し、作業員に命じて受け取っていく。元ケモケモダブルピース団の連中も、一生懸命汗を流して作業をしていて、ルゥルゥもその様子に感銘を受け、このような采配をしてくれたミュラーに深く感謝していた。
荷役作業を見ていたエヴァリーナたちの下に母親のフォルトゥーナとレオンハルトたちがやってきた。輸送隊が帝国に戻るのは3日後という事で、それまでは同行するという。
「お母さまがご一緒だと心強いですわ」
「うふふ、エヴァったら。それにしてもあれは何?」
フォルトゥーナの視線の先には、ミュラーとその背中にしがみついて、たわわな胸を押し付けているルゥルゥ。ミュラーはだらしなく、鼻の下を伸ばしている。そして、それを見てため息をつくリューリィ。
「まあ、ずうっとあんな感じなのですわ。私としても、どうにかしたいんですけど…」
困った風にエヴァリーナが言った後、フォルトゥーナとレオンハルトを見て驚いた。2人は今までになく厳しい目をミュラーに向けていたのであった。
「あの野郎…」
「これはいけないわね…」
(お、お母さま…。いつもふわふわして笑顔を絶やさないお母さまが、こんな厳しい顔をするなんて…。初めて…)
そこに、エマとレイラがタニアを連れて来た。今回の輸送隊の積み荷の中に、タニアの父親が経営する商会の荷物もあったとの事で、困っていたタニアを助け、強盗団から荷物を守ってくれたお礼をしたいのだという。
「父から皆様を家に連れてくるよう言われまして…。是非、いらして下さいませんか」
「え、ええ…。ありがたくお受けいたしますわ。ね、お母さま」
「そうね。行きましょう。いい、レオンハルト君」
「ああ…。エマ、レイラ。ほかの連中に声をかけてきてくれ」
エマとレイラが全員に声をかけ、集まったところでタニアの案内で、彼女の家に向かう。聞くと彼女の家は高級住宅街にあるため、父親の手配で馬車を用意したとの事だった。
高級住宅街に向かう馬車の中でもルゥルゥの乱行は増すばかり。ミュラーの膝の上に載って腕を首に回しぴったりと体を密着させて甘えた声を出す。満更でもないミュラーの様子に、何故かフォルトゥーナとレオンハルトの機嫌が悪くなる。間に挟まれたエヴァリーナとリューリィは何となく居心地が悪い。こんな時こそ空気を読まないハインツが必要なのだが、奴は別の馬車にタニアと一緒に乗っている。ペタン子3人組とエマ、レイラも微妙な空気を読んでタニアの馬車に乗り込んでいた。
馬車に乗って30分ほど移動すると高級住宅街の区画に入った。良く手入れされた広い道を進むと目指すタニアの家があった。エヴァリーナの家には及ばないものの、流石、ウル屈指の豪商の家だけあって、総大理石造り3階建ての大きなお屋敷だった。正面玄関にずらりと亜人のメイドが勢ぞろいし、礼を捧げてタニアの客人を迎える。
エヴァリーナたちが馬車を降りると、タニアが1人の紳士に近づき、二言三言話すと、その紳士は笑顔を浮かべて近づいてきた。
「あなた方が娘のタニアを助けていただいた上、荷物を盗賊から守って下さったのですか。この度は本当にありがとうございました。私はアルフ・ボレアリスと申します。見ての通り狐族の亜人です」
エヴァリーナが代表して挨拶しようと口を開きかけた時、黒い影がサッと前に進み出て、アレフに向かって深々と敬礼をすると、手を取って膝まづく。出遅れたエヴァリーナが「しまった!」と思ったが後の祭り。
「御義父上!」
「お、義父上…?」
「私、カルディア帝国貴族ガーランド伯爵家が嫡男、ハインツ・ガーランドと申します。そして、タニア・ボレアリス様を心から愛する、愛の伝道師であり、愛の狩人」
「は、はあ…」
「あのバカ…」
「私は、ある任務を負を帯びてこちらに参る途上、タニア様に出会い、一目で心奪われました。帝国のスカした貴族の女どもにはない清楚さ、気品、美しさ…。話してみて分かった優しさと慈愛…。彼女と私は今や相思相愛の身。彼女が女学院卒業の暁には、私との結婚をお認めいただきたい。そして御義父上と呼ばせてください!」
「え、えーと、あまりにも突然な話だね…」
「お父様、私もハインツ様を愛しています。彼は道中私を命がけで助けてくださいました。彼はとても素敵な人です。お願いです、私、もう彼しか見えない…」
「なんなのコレ…。なんの喜劇が始まったのよ」
「し、しかし、帝国貴族様のご嫡男に平民の…、亜人の娘ではハインツ様のご両親も了解しないのでは」
「問題ありません。ウルに入国前、ジョゼ村の帝国駐屯地で魔道通信機を借りて両親に話し、タニア様を紹介したら、滂沱のごとく涙を流して喜んでおりました!」
「軍の施設を私用で勝手に使って…。あのバカ…」
「ほ、本当かいタニア」
「はい…。息子をまともにしてくれてありがとうと言われました。そして、結婚も許すと…、むしろお願いしますと言われ、土下座までされました」
「???」
「ま、まあ…。そこまで2人が愛し合ってるなら認めざるを得ないが、少し心の整理をする時間をくれないか?」
「はい、お父様」
見つめ合うハインツとタニア。2人の間には愛し合う者だけが纏う愛のオーラが輝いている。一方、毒気を抜かれた周囲の人々は只々、目の前で展開される愛の劇場を傍観しているしかなかった…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ボレアリス家の心づくしの晩餐を受け、人心地付いたエヴァリーナであったが、本番はこれから。アレフから色々とこの国の情勢を教えてもらわなければならない。ボレアリス家経営の宿に部屋を手配しているとのことで、ペタン子3人組とエマ、レイラは使用人に案内され、先に宿に向かった。
「ルゥルゥさん。あなたも皆と一緒に先に宿に戻っていてください」
「え~、ヤダよ。あたしはミュラーと一緒にいる」
「これからアレフさんと大事な話があるんです。あなたには関係のない話なので、邪魔なんです」
「ヤダよ~。悪役令嬢の言うことなんか聞きませんよ~」
「こ、このアバズレ女…」
「ルゥルゥ。エヴァの言うことを聞け。宿に戻っててくれないか」
「ミュラー…。わかったよ、先に戻ってる。終わったらあたしの部屋に来てね」
「ば、ばか! 行く訳ねぇだろ!」
「…チッ」
「レオンハルト君、落ち着いて」
「すまねぇ。フォルティ姉さん」
「(お母さま…)はあ…ったく…。では、私はアレフさんに話が出来るか聞いてきます」
エヴァリーナが食堂を出て行ったタイミングで、レオンハルトがミュラーに声をかけた。
「おい」
「…ん、なんだ?」
「ちょっと顔かせ」
レオンハルトが外に出るよう合図し、食堂を出るとミュラーもその後に続いた。フォルトゥーナは一瞬、思案したが2人の後を追った。1人残されたリューリィは「はぁ~」と大きなため息をついて、憂慮を浮かべた顔で3人の背中を見送るのであった。
5話ほどエヴァリーナの活躍の話が入ります。
こっちはこっちで盛り上がってきました。




