第321話 アルラウネの「アルフィーネ」
アレクの指さした先には、大きな球形の植物体の上に咲いた花の上に美しく豊かなバストを持った女性の上半身が載った魔物がいた。
「ユウキ、アルラウネです。花の精霊さんが教えてくれました」
『ふむ、儂も始めて見るのう。さすがに美しい姿じゃ。敵意は無いようじゃが…』
「花の精霊さんによると、アルラウネは心優しい魔物で、この一帯を守ってくれているとのことです。でも、何か訴えたいことがあるようです」
ポポとエドモンズ三世がアルラウネを見て敵意がないことを教えてくれる。
「訴えたいこと? なんだろうね」
『おっぱいの先から出る糖蜜を吸ってもらいたいとかかな? 儂、喜んで吸っちゃうぞ』
「あんたは、ほんっとうに最低なカスだね」
『褒めるな。恥ずかしいではないか』
「どこが褒めてるっていうのよ!」
相変わらずのエドモンズ三世を連れて、アルラウネに向かってゆっくりと近づくユウキ。アルラウネはじいっとユウキを見つめたまま動かない。
『この視線…。昨晩、儂の気配探知で感じたモノと同じじゃ』
ユウキとエドモンズ三世はアルラウネの手前まで近づいた。少し離れたところではリリアンナやポポたちが心配そうに見ている。ユウキはアルラウネを観察してみた。球形の植物体は直径2mほどで緑色の大きな葉が何枚も重ね合わせたようで、頂上部は様々な色彩の花びらが開いていて、その中心に女性体が載っている。
女性体は人間の年の頃15~17歳位の茶色い瞳をした大きな目をした美少女で、植物体まで伸びた髪の毛は緑色、人間と同じ肌色をしており、胸はユウキと同じくらいのビッグバスト。植物で編んだようなブラで覆っている。身長は地面から2.5m位で、そのうち女性体は1m程。もの言いたげにユウキを見下ろしている。
「えっと…。あなたがアルラウネ? 滅多に人前に現れない魔物だと聞いてたけど。昨晩もわたしたちの事見てたそうだね。一体なぜ?」
『アルフィーネ…』
「え?」
『アルフィーネ。わたしの名前…』
「あ、アルフィーネ…。可愛い名前だね。あなたにピッタリ。わたしはユウキ。隣のアンデッドはエロスケベ三世。ワイトキングでわたしの眷属になってくれているの」
『エロスケベではない! エドモンズ三世じゃ! 全く…最初のエしか合ってないではないか』
『ユウキ…。エロスケベ…』
『こやつも儂の名を覚える気はないな』
ユウキはリリアンナたちを手招きして呼び寄せると、全員を紹介した。すると、アルフィーネは自分について語りだした。それによると、アルフィーネたちはヴェルゼン山麓一帯の深い森や高地のお花畑を住処にしているアルラウネの一族で、人里離れたこの地で平和に暮らしていたが、ある日アルラウネの出す糖蜜を狙うゴブリンの集団が現れ、抵抗したものの戦闘向きではないアルラウネは次々と餌食になり、もうこの一帯のアルラウネはアルフィーネと数体の仲間を残して狩り尽くされたのだという。
(またゴブリンか!)
気が付くと、アルフィーネの背後に数体のアルラウネが現れた。全員怯えた目をしており、助けを求めているように見える。
『このままでは、わたしたちは全滅してしまう。そうなるとアルラウネの加護を受けているヴェルゼン山の豊かな森は失われ、この地一帯は荒れ果ててしまうの。お願いですユウキ。ユウキたちが現れたのは何か…そう、わたしたちの願いが奇跡を呼び寄せたのだと思います。それに、あなたからは不思議な力を感じる。お願い! わたしたちを助けて』
「…………」
『ユウキ。こやつらの願い、聞き届けたらどうじゃ』
「アルフィーネ。ゴブリンの群れはどのくらいの数なの?」
『50~60体くらい。中には魔法を使うやつもいます』
(魔法を使うゴブリン…。ロディニアにはいなかったな。でも関係ない。ゴブリンは全て倒す。お姉ちゃんの命を奪ったヤツらは絶対に許さない)
「わかった。ゴブリンを退治を引き受ける。でも、ただというわけにはいかない。対価をいただくよ」
『対価…。わたしたちは、人族のお金なんて持ってません。どうしたら…』
「お金はいらない。このリリアンナは薬師でね。自称創薬研究家なの。彼女は病で苦しむ人のために多くの病気に効果のあるアルラウネの花を求めてここまで来たの。人の世界ではアルラウネの花は万能薬の原料として知られている。だから、あなたたちの花を分けて欲しい。それが対価。どう」
アルフィーネは仲間のアルラウネと相談し始めた。しばらく様子を見ていると話がまとまったようで、アルラウネたちは頷きあうとユウキに向かって条件を飲むと伝えたのだった。
ユウキはリリアンナとアレク、ナズナそしてアルラウネを1ヶ所に集めると、キャンプの準備をさせた。そしてアース君を出して護衛をお願いすると、エドモンズ三世、ポポを連れ、アルフィーネを案内役にゴブリン討伐に向かうことにした。
「ユウキちゃん。気を付けて行ってくるんだよ。この子たちは任せておいて。でっかいゲジゲジ君もいるし、安心して戦ってきてね。必ず帰って来ること。依頼主の命令だからね」
「ありがとう、行ってくるね。でもゲジゲジじゃなくてアースロウプレアだからね。ほら、アース君もいじけないない」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アルフィーネ、ゴブリンの住処は近いの?」
『はい。この先に洞窟があって、そこが巣になってます。あ、あそこです』
「エロモン、ポポ、探索お願い」
「もう、すっかり便利屋扱いなのです。精霊族の不思議系少女という設定は霧散霧消したのです。今やただの探索係です」
『儂なんぞ、出会った頃からずーっとエロモン呼びのままじゃぞ。最近、自分の名前が分からんようになってきたわ』
「それ、痴呆症ってやつなのです」
『冷たいポポたん…。これはこれでいいのう。ククク…。愉悦愉悦』
『ユウキ、この2人大丈夫なんですか?』
「うん。言動と性格はアレだけど、能力は高いのよ」
『そうなんだ…』
『ふむ。気配探知完了じゃ! 確かに洞窟の中にはゴブリンがおる。ノーマル80、ホブゴブ15、正体不明1じゃな。それとアルフィーネのバストは92cm、ええ乳しておる』
「土の精霊さんが教えてくれました。正体不明はゴブリンマジシャンです。炎系魔法を使うそうです。あと…、アルラウネの喰われた残骸が数多くあるそうです…」
『…………』
「アルフィーネ、そんな顔しないで。敵はとるから。見てて、あなたが感じた力の正体を。それは暗黒の力。闇の世界に封じられし死の戦士たちよ、今ここにその封印を解く。出でよ、強化高位死霊兵!」
ユウキを中心として魔法陣が展開され、その中から骸骨大戦士と暗黒骸骨騎士が合わせて10体現れた。死霊兵たちはユウキとポポ、アルフィーネを中心として円陣を組む。予想外の出来事に魔物であるアルフィーネも驚きを隠せない。
「さて、戦いの準備は整った。後はどうやってヤツらをおびき出すかだけど…」
『ユウキ、それはわたしに任せてくれませんか?』
「何か方法があるの? 大丈夫なの?」
『見ててください。わたしもお役に立ちたいんです』
「わかった…。エロモンはポポとアルフィーネを守ってね」
『うむ、任せられよ。ツンデレっ子と正統派美人魔物は儂が守る!』
「キモイです。この骸骨オヤジ」
『来た来た…。大好きな相手にわざと冷たい態度をとる思春期の少女。ククク…ゾクッと来るわ』
『どこまでポジティブなんですか…』
「真面目にやってよ、もう…。死霊兵整列! 突撃隊形!!」
暗黒騎士たちは号令に従い、ユウキを先頭に2列縦隊をとる。ユウキはマジックポーチから愛用の鉄の槍を取り出して構え、アルフィーネに準備が整ったと合図を送った。合図を受けたアルフィーネは洞窟の近くまで行き、両手を胸の前で組んで魔力を高める。
『フローラル・スウィート!』
アルフィーネからとても良い花の香りが漂ってきた。今まで嗅いだことのない妖しくも香しい匂いは洞窟の中に流れていく。ある程度香りが入ったところでアルフィーネはエドモンズ三世のところまで戻ってきて、ポポと一緒に背中に隠れた。
しばらくすると、洞窟の奥がギャアギャアと騒がしくなり、大人数の足音が聞こえてきた。ユウキはぎゅっと槍の柄を握りしめる。やがて、小柄で緑色の肌をした醜悪な魔物が多数洞窟の奥から現れた。ゴブリンの姿を確認したユウキはさっと手を上げ、前に振り下ろした。
「突撃!」
ユウキとポポ、アルフィーネの姿を確認したゴブリンたちはギャアギャアと興奮した様子で襲い掛かってきた。そのゴブリンたちをツヴァイヘンダーやバトルアックスで武装した暗黒騎士たちが迎撃する。ユウキもまた鉄の槍を振りかざして戦闘の渦中に飛び込んで行った。
『ウォオオオオンン!』
次々とゴブリンを屠っていく暗黒騎士たちを見て、怒りの咆哮を上げてホブゴブリンが踊りこんできた。そのホブゴブリンを迎え撃ったのはユウキ。ハルバードを振りかざした1体の胸板に素早く槍を突き刺し、脚蹴りして槍を抜き様に横に薙いで背後から襲いかかろうとしたゴブリンの首を跳ね飛ばす。
「ダークネス・ランスッ!」
ユウキの周囲に十数本の魔法の槍が浮かび上がり、一斉に発射された。高速で飛翔する魔法の槍に逃げることも敵わず、次々と体を貫かれ絶命するホブゴブリンたち。ユウキの破壊的な攻撃の前に15体いたホブゴブリンは、瞬く間に2体にまで減っていた。
圧倒的な力の差にたじろぐホブゴブリンに向かって鉄の槍を投擲し、1体を串刺しにすると、恐怖で動きを止めた残る1体に素早く近づき、ミスリルダガーで喉元を切り裂いた。最後のホブゴブリンは喉元から勢いよく血を噴き出して地面に倒れ伏す。
『見よ、ユウキのあの姿を。あの豊かなバストをプルプル揺らしながら、阿修羅のごとく戦う美女の姿を。正に神話に伝わる狂戦士そのもの。尻相撲…ではなくて、エロボディバーサーカーの称号は伊達じゃないのう』
『……凄い』
「ホントです。とてもケツから轟音を立てて下痢便を垂れていた女とは思えないです」
『わっはっは! ポポたんの毒舌も絶好調じゃのう』
倒したホブゴブリンから鉄の槍を抜いたユウキの周りに、ゴブリンを全滅させた暗黒騎士たちが集まってきた。ユウキは彼らに「いつもありがとね」とお礼を言うと、冥府へ送還した。そして周りを見回すが…。
「あれ? そういえばゴブリンマジシャンが見当たらないな…」
キョロキョロと周囲を見回すユウキを見て、ポポとアルフィーネはどうしたのかと不審に思って近づこうとしたその時、目の前の空間が揺らいで、緑色の肌をしたメスのゴブリンが突然現れた。ポポたちがビックリして立ち止まると、メスのゴブリンは持っていた杖を振りかざし、杖の先に火球を作り出した。
『よくもあたしの男たちを殺してくれたねえ。覚悟しな!』
『おおっと、覚悟するのはお主の方じゃ』
『バイオ・クラッシュ』
ゴブリンマジシャンが火球を撃ち出すよりも早く、エドモンズ三世の必殺魔法が浴びせられる。急激に内臓が自己崩壊する苦しみに苦悶の表情を浮かべ、最後を悟ると火球をポポとアルフィーネに向かって撃つ体勢をとった。
『ぐふっ…。何をしたか分からないけど、た…ただでは死なないよ…。道連れにしてやる。ファイア、ボ…』
火球魔法を唱える寸前、走り寄ってきたユウキがゴブリンマジシャンの体を槍で背後から貫いた。その瞬間、ゴブリンマジシャンの意識は闇の底に沈み、倒れると同時に自ら作り出した火球によって体が炎に包まれた。こうして、この地でアルラウネを絶滅寸前まで追い込んだゴブリンは全滅したのであった。
倒したゴブリンの死体を暗黒の炎で処分するユウキの背中を見ていたアルフィーネが、感極まったのか泣き出した。
『うう…。みんなの仇、とってもらいました…ぐす。ありがとう、ユウキさん…』
静かに泣くアルフィーネの体を優しく撫でるポポ。そこにゴブリンの処理を終えたユウキがやってきて、リリアンナたちの元に戻ろうと声をかけた。
(ふう…。これでリリアンナの依頼もおしまい。ただの探索同行が、とんでもない大冒険になっちゃったなあ。ヴィルヘルム様もオーウェンさんも怒っているよね、きっと…)
先を歩くポポとアルフィーネを見ながら、ユウキがこれまでの出来事を思い出し、帝都に戻った時のことを考え、少々不安になっていると、ポンと頭に手が置かれ、なでなでしてきた。ユウキが手を置いた主を見るとエドモンズ三世が「心配するな」と言わんばかりの表情で見ていた。
頼もしい相棒の心遣いに安心したユウキは、頭の上に載せられたエドモンズ三世の手に自分の手を重ね合わせると、ニッコリ笑顔で頷くのであった。




