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第320話 ヴェルゼン山の花畑

 ユウキとポポ、リリアンナたちは屍人の集落を後にして、ヴェルゼン山の麓に到着したところで夜になった。怪物との戦闘で大分時間を食ってしまったため、アルラウネが生息するとされる中腹付近まで行くにはさらに1日程度はかかるだろう。一行は山道脇の適当な場所に馬車を止めると、夕食の準備を始めた。適当に石を積んで竈を作り、寸動鍋を置いてシチューを作り始める。出来上がるまでの間、エドモンズ三世やアース君の話題で盛り上がった。


「ユウキちゃんの従魔? 眷属だっけ? あのエドモンズ三世っていうアンデッドとゲジゲジ君は凄かったねー」

「ポポもビックリです。ビックリしすぎて噴水のようにお漏らししてしまいました。もうリリアンナを笑えないです…」


「おまけにエドモンズ三世さんにスリーサイズから好きな男のタイプ、性感帯に乙女の秘密まで全部ばらされたのには参ったなー」

「全くです…。アレク君にあんなことやこんなことして、強引に結婚に持ち込もうとした計画までばらされてしまいました…。アレク君への想いも知られてしまったし…。恥ずかしい」


「ナズナちゃんは秘密でも何でもないでしょう。とっくにバレバレだよ」

「そうだそうだ。アレクもナズナちゃんのこと好きだってさ。恋愛に関してあたしのほうが教えを乞いたいくらい。彼氏いない歴=年齢を絶賛更新中だよ」

「2人の幸せそうな顔見てると、猛烈にぶち壊したくなる衝動が抑えられない…。なぜだ」

「本当にユウキは残念な女なのです」


 リリアンナは秘蔵の酒をバッグから取り出すとグイっと瓶ごとあおり、ユウキに渡す。ユウキは酒を受け取るとぐびぐびと喉を鳴らして胃袋に流し込む。モテない女同士の悲しい酒盛りが始まった。アレクとナズナはそんな2人を他所に仲良く夕食のシチューを食べ始めた。思春期男女が楽しそうに笑い合う姿は微笑ましい。ラブラブカップルを見て益々酒を飲む量が増えるユウキとリリアンナ。ポポはユウキの隣で1人もくもくとシチューを食べる。夜はまだ長い。


『大丈夫か? ユウキは酒が弱いはずじゃが…。しかし、女のヤケ酒か、悲しい姿よのう』

 見張りのため呼び出されたエドモンズ三世が、少し離れた場所で心の痛みを肴に酒盛りするユウキとリリアンナを見ながらぼそりと呟いた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


翌日…


『うぉえええええ』

『げろげろげろ…』


 エドモンズ三世が危惧した通り、ユウキとリリアンナは酷い二日酔いとなって、2人仲良く並んで草むらにキラキラしたモノを吐き出している。


「全くこの2人は年長者のくせに情けないダメ女なのです。特にユウキは下痢便と嘔吐のコンボですか。いくら美人女子でもこんな姿を見たら、どんな男も逃げ出すのです」


「ポポちゃんて、ホント容赦ないね」

「褒めないでください。照れてしまいます」

「全然褒めてないよ」


「ナズナさん、ポポさん。ふざけてないで片付け手伝ってください。師匠、ユウキさん、胃腸薬飲みますか? 師匠特製の強力なヤツがありますよ」


『絶対イヤ!』

(作った本人まで拒絶する…。きっと恐ろしい副作用があると見たです)


『仕方ないのう。治癒魔法をかけてやる。2人ともこっち来い』


 夜間見張りを終えたエドモンズ三世が真っ青な顔をして半分虚ろな目をしたユウキとリリアンナに声をかけると、嘔吐のし過ぎで体力を使い果たした2人がよろめくように近づいてきた。エドモンズ三世は「やれやれ」と言いながら治癒魔法をかける。しばらくすると魔法の力でユウキとリリアンナの体調はすっかり回復したのであった。


「いやー、面目ない…」

「全くです。こう見えてもポポは心配してたんですよ」


 ふくれっ面をしてユウキをぺしぺしするポポの頭を撫でながら「ごめんね」と謝る。そしてリリアンナたちと一緒に片付けをして、荷物をユウキのマジックポーチに収容すると、荷車を藪の中に隠し、馬だけを連れてヴェルゼン山中腹に向かう細い山道を徒歩で登り始めた。エドモンズ三世はイヤリングの中に入ってもらった。


 ヴェルゼン山は標高約1,900mの比較的高い山で、7合目から頂上までは草木がなく急峻な岩場が続く高山地帯となっているが、5合目付近までは緩やかな裾野が広がり、豊かな森に覆われている。目指すは5合目付近の深い森の中。アルラウネが出現すると噂される場所だ。アルラウネを捕まえようと多くの冒険者や狩人が森に入ったが、いまだ誰も捕獲したことがない。目撃情報すら数えるくらいしかなく、幻の魔獣と言われる所以だ。


「結構深い森だね…」

「凄い…。色んな種類の薬草がたくさん生えてるわ。ユウキちゃん、ここで少し薬草採取していいかな」


 リリアンナが目をキラキラさせながらお願いするので、ユウキは休憩を取ることにして、シートを広げ、調理用の魔道コンロを出してお湯を沸かしてお茶を飲むことにした。お湯が沸く間、リリアンナたちの様子を見ると、アレクとナズナにあれこれ指示を出しながら薬草採集に勤しんでいる。カップに注いだ熱々のお茶をポポに渡し、ユウキもフーフーして一口飲むと、じんわりと体が温かくなってくる。


(静かだなあ…。小鳥の声と虫の声、不思議と煩いと感じないんだよね。そう言えば、虫の音を楽しむことが出来るのは日本人だけって聞いたことあるけど、ホントなのかな…)


 気が付くと、ポポがユウキに寄りかかって転寝うたたねをしている。その寝顔がとっても可愛くて、そっと頭を太ももに載せて、膝まくらをしてあげるのだった。

 どれくらい時間が経ったろうか、リリアンナたちはまだ薬草採集をしているようだ。声は聞こえるが姿は見えなくなった。声のする方向を見ていたユウキはいつしか眠くなり、膝枕の姿勢のまま眠ってしまった。このため、居眠りをするユウキを木々の奥から見つめる視線があった事に気付くことはなかった。


「ユウキちゃーん!」


 ユウキを呼ぶ声に目を覚ますと、リリアンナたちが頭陀袋一杯に薬草を採集して戻って来るのが見えた。


「ユウキちゃん、見て見て。薬草がこんなに一杯! これを売ればユウキちゃんの延長料金が払えるわ。嬉しい~」

「よかったですね、師匠。売った残りで色々な薬も作れそうです」

「アレク…。見える、見えるわ。あたしたちの未来が。極貧から抜け出し、人並みの生活を送るあたしたちが…。もう雑草茶と雑草スープからオサラバよ~」


(よかったね。と言いたいとこだけど悲惨過ぎる…)


「リリアンナ。間もなく日も傾いて来るし、今日はここで野宿しない? ポポも寝ちゃってて、起こすのも可哀そう」

「いいわよ。じゃあ、あたしとアレクでテントを張るわね。ナズナちゃんは夕食の準備をお願い。ユウキちゃんは動けないみたいだから」


 リリアンナはユウキのマジックポーチからテントを3張り取り出して、アレクと一緒に張り出した。ナズナは魔道コンロの上に寸動鍋を置いて、乾燥野菜を使ったスープを作り始めた。また、別に火を起こして以前ユウキがグランドリューで買ったマスの干物に串を刺して焼き始める。


 テント張りを終えた2人が戻ってきたタイミングでスープが出来、干物が焼き上がった。ユウキはポポを起こすと、全員で楽しく話をしながら食事を始める。いつしか日も落ちて辺りは暗闇に覆われ、たき火の灯りだけが周囲を照らす。空を見ると満天の星が煌めいていて、全員で夜空を見上げると、リリアンナが星々の名前や言い伝えなどを教えてくれた。ポポもナズナもそれぞれの里で伝わる話を聞かせてくれる。ユウキは日本にいた頃は天文の話も好きだったので、リリアンナたちの話はとても面白く、この世界の神話、伝説も種族によって色々と伝わり方が違うんだなあと感心するのであった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


「大分夜も遅くなったね…。明日は早めに出発するから、もう寝ようか」

「そうだね。じゃあ、アレクは1人でテント使って。あたしとナズナちゃん。ユウキちゃんとポポちゃんでペアになろうか。あ、見張りはどうする」

「見張りはエロモンにお願いするから大丈夫だよ」


 ユウキはエドモンズ三世を出して見張りをお願いし、ポポと一緒に歯を磨いてテントの中に入った。テントの中で服を脱ぎ、下着姿になると水筒の水でタオルを濡らし、ポポの体を拭き、次いで自分の体も拭いてから寝袋に入った。


 全員がテントに入ったのを見届けたエドモンズ三世は、やれやれと火の側に腰掛けて、気配探知を発動させた。しばらく何事もなく静かな時間が過ぎ、テントの中からはユウキたちの寝息が聞こえてくる。満天の星空を眺めながら、ユウキとの出会いから今までの事を思い浮かべていると、探知範囲ギリギリのエリアに何かが引っかかったのに気づいた。


『む…。なんじゃ?』


 気配のする方向を見るが、闇が深く流石のエドモンズ三世でも見通せない。しかし、確実に何かがいる。


『…この気配。魔獣か? こちらの様子を伺っておるな』


 エドモンズ三世が立ち上がって気配に向かって数歩進むと、唐突に気配が消えた。


『儂の動きを察知して、探知範囲外に移動したか…。危険なモノではなさそうじゃが、一体何者じゃ?』


 その後、再びたき火の側に腰掛けて見張りを続けたが、再び気配を感じる事はなかった。朝になり、起きて来たユウキに気配の事を伝えると「うーん…」と唸って考え込んだ。


「今日には目的の場所に着くけど、例の怪物の件もあるし、何が起こるか分からないからエロモンにはこのままわたしたちに同行してもらおうかな。気配探知で索敵係してほしいな」

『うむ、任せておけ。全身全霊を持ってツンデレ少女ポポたんとエッチな妄想で頭が一杯な思春期度数200%のナズナの安全は絶対に守ってみせようぞ』


「誰がツンデレですか!」

「この骸骨キモイ…。私はアレク君に守ってもらうから」


『クフフ…。思春期少女からキツイ言葉をぶつけられる…。正に愉悦。これ以上ない悦びじゃ…。ゾクッと来るものがあるのう』


「エドモンズさんって、本当にド変態だねぇ」

「能力は高いんだけどね…。変態発言で全部台無しにしちゃうんだ」


 ユウキとリリアンナは2人の思春期少女にバシバシとしばかれ、満足そうな表情をして先頭を歩くエドモンズ三世を見てしみじみと感想を語るのであった。


 5合目まで向かう急坂な山道は登山する者もいないのか、細く荒れ果てており、雨水が土砂を流して石がむき出しとなっていて歩きにくい。また、道の両側には背の高い草が生い茂っていて、時折ピシピシと顔や腕に当たって不快な気分にさせる。一方で高度が高くなるにつれ、木々が高山性の低木樹となり、日の光が入るようになって鬱蒼とした感じがなくなってきた。


「ひい、はあ。ひい、はあ…。ま、まだ着かないのかな…」


「ほら、しっかりしてリリアンナ。体力ないなぁ。もう少しだよ」

「もう少し…ウソだ。ユウキちゃんはウソをついている。もう少しと言って、あたしを騙すつもりなんだ」


「しっかりしてよ。もう」


 さらに山道を2時間ほど登ると突然視界が開けた。目の前に赤、白、黄色…様々な色の花が咲き乱れるお花畑が広がっていた。その美しさにユウキたちは幻想の世界に迷い込んだような錯覚すら覚える。

 お花畑は数百m四方の広さを持ち周囲には低木の林が点在し、麓に向かって大きく視界が開け、山々の景色や谷を流れる川、遠くには広い平野が見渡せて、とても眺めがよい。


「やっと到着したね…。ここがアルラウネが出現するといわれる場所だね」

「うん。アルラウネの花はどんな病気にも効く万能治療薬の原料となるの。何としても捕まえたいわ」


「リリアンナ。アルラウネがいたらどうするの? 殺すの?」

「まさか。捕まえてお花を少し分けてもらったら解放するよ。あたし、無駄な殺生は嫌いなの」

「うん、それを聞いて安心した」


「師匠、アルラウネってどんな姿なんですか?」

「えーとね…、薬学図鑑によるとね、大きな球形の植物体の上に美しい八重咲の花があって、その上にこれまた美しい女性の上半身があるの。そして、お…、おっぱいの先から甘ーい糖蜜を出すんですって。ちょっとエッチだね…」


「もしかして、あんな感じですか?」

「ん?」


 アレクが指さした先はお花畑の真ん中付近。そこには、いつの間に現れたのか、1体の魔物がじいっとこちらを見ていたのだった。

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