第33話 持たざる者の悲哀
季節は夏になった。ユウキはララやアルと一緒に学園に向かっている。
「もう、大分暑くなったね~。もう少しで夏休みだけど、その前に野外学習と期末試験があるんだよね~。憂鬱だよ」
「ふふ、ユウキは勉強苦手だもんね。それにしても…」
ララは夏服になったユウキを見る。艶やかな黒髪にかわいい花飾り。夏用の半そでブラウスは胸の部分がはち切れんばかりで、チェック柄の短めのスカートに包まれた形のいいお尻から伸びている素足がまぶしい。
「ここまで、女として差があるとへこむ。ほら、アルなんて、ユウキの姿まともに見れてない…」
アルはずっと、ユウキから目を逸らしたままだ。
「何言ってるの。ララの夏服姿だって、とっても可愛いよ」
「ありがとう、その一言で救われるよ…」
教室に入るとユーリカが挨拶してきた。
「おはようございます。ユウキさん、ララさん」
「ユーリカ、おはよう!」
ユウキとユーリカが並んだ瞬間、ざわ…ざわざわ…ざわ...と教室が騒めき、思春期男子の熱い視線が激しく自己主張する二人の胸に注がれる。ララとカロリーナは憎々しげに男子たちを睨み付けた。
「ララさん、何ですかねこれは。そんなに脂肪の塊がいいんですか?」
「カロリーナさん、所詮胸なんて飾りにすぎんのです。貧乳こそ美。自信を持ちましょう。でも…」
「うらやましい!!」
二人の心の叫びが教室に響き渡った。
ララとカロリーナ、他の女生徒達を見る男共はいない。持てる者と持たざる者の悲哀がここにあった。
その日の昼休み、Cクラスの仲良し4人組とフィーアの5人は、食堂からめいめいに好きなものを取って、中庭の木陰に座って昼食を食べていた。
「確かに、私のクラスにもユーリカさんほど立派なものをお持ちの方はいませんよ。学年…いや、学校一かも知れません」
ララとカロリーナの話を聞いたフィーアが率直な感想を言った。
「ユウキさんも中々ですが、いや、凄いですね」
「……(くそ!)」
ララとカロリーナの精神が荒んできた。
「ま、まあ、胸の話は終わりにして、別な話をしようよ」
雰囲気が悪くなってきたことを敏感に感じたユウキは話題を変えた。
「そういえば、この間の事件に関係してですけど…」
フィーアが切り出した話にユウキとララが身を固くする。
「王国憲兵隊がスラム街の一斉摘発を行ったようですよ。あそこは犯罪の温床でしたからね。組織化されたグループもあったようですし、憲兵隊も踏み込むきっかけが欲しかったみたいですね」
「犯罪組織かあ、怖いね。私みたいな美少女なんて、いつ狙われてもおかしくないし」
「カロリーナは大丈夫だと確信します。相手だって選ぶ権利ありますよ、胸も小さいですし」
「ユーリカがひどいことを言う!」
カロリーナとユーリカがふざけ合っている側で、ユウキとララは顔を見合わせるのであった。
「ねえユウキ、あんな事またあるのかな?」
「う~ん、どうかな…」
「でもまあ、ララは大丈夫でしょ。アルがいつも守ってくれてるし」
「えっ!?」
「あれ以来、アルはずっとララの側で守っているんだってね。カロリーナがぼやいていたよ「羨ましい、妬ましい」って。ボクも守ってくれる彼がほしいなぁ」
「や、やだ…。もうユウキったら、からかわわないでよ、もー」
(ふふっ、真っ赤になっちゃって、ほんと、ララは可愛いなあ)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ある日、学園の帰り道にユウキは思いがけない人物に出会った。
「やあ、今帰りかい」
「あ、あなたは、あの時の捜査官さん。あの時はお世話になりました」
「いいんだよ、仕事だからね。ああ、僕はアレックス・リードだ。こっちは…」
「フレデリカです。リード中尉の副官をしています」
「あの、友達から聞いたんですけど、スラム街の一斉摘発を行ったとか…」
「おや、情報が早いね。ああ、その通り。あそこは憲兵隊の頭痛の種だったからね。君の事件をきっかけに、一気にやってしまったのさ。お陰で、いくつかの犯罪グループの幹部をとらえることができたよ。ただ…」
「ただ?」
「君の事件に繋がる手がかりは見つけられなかったんだ」
「そうですか…」
「まあ、スラムの清掃はできたし、暫くは大丈夫と思うよ。でも、何かあったら直ぐに知らせてくれ」
「はい、わかりました。教えてくれてありがとうございます。それじゃ」
ユウキはアレックスたちにお礼を言うと、足早に去って行った。
「あの子がユウキさんですか。ならず者を何人も倒すような人には見えませんね」
去って行くユウキの後ろ姿を見て、フレデリカが率直な感想を言う。しかし、アレックスは別なことを考えていた。
(ユウキ・タカシナ。今年の1月初め、連絡馬車に乗るために、イソマルト村に突然現れた娘。村の住人や村の周辺に住んでいる者で該当する人物はいない。どこに住んでいたか不明…か。面白いね)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夏休みを1ヶ月後に控えたある日のホームルームで「授業の前に連絡事項がある」と担任のバルバネスがクラス全員を見回して学年訓練の説明を始めた。
「廊下の張り紙を見ていたと思うが、来週から1年生全員参加の野外実習がある。場所は王都から1日ほど東に行った「アルカ山」。この山を各クラス混成のグループに分かれて2泊3日で踏破する「踏破訓練」だ」
「準備の内容とグループ割は、後ろに張り出しているからよく見ておけ。あと、各グループには3年生と2年生が1名ずつ、指導者として同伴する。誰が付くかは当日わかる。説明は以上だ。質問はあるか? 無いなら1時限目の授業を始めるぞ」
休み時間、ユウキはカロリーナと一緒に張り紙を確認していた。
「グループは全部で10,各クラスから男子2名、女子2名だね。ええと、ボクは第10グループか。あ、カロリーナと一緒だ。あとフィーアも同じグループだ」
「おお、やった。ユウキとなら楽しくやれそう! ララとユーリカは?」
「私たちは第8グループで一緒です」
「ん? ララは何で顔赤くして下向いてんの」
「ふふ、カロリーナ。私たちのグループにはBクラスのアル君も一緒だからです」
「チッ…、リア充め」
「さあ、ララはほっといて、私たちと一緒の男子を確認しましょ」
ユウキとカロリーナは再度張り紙を見る。
「えーと、フレッドくんと、げーヘラクリッドじゃん」
「げーとは心外ですな、ケロリン殿。ユウキ殿よろしくお頼み申す」
「こら! ケロリンって、わたしゃカエルじゃないわよ。まったく」
「ふふ。あっ、フレッドくん、よろしくね」
ユウキがニコッと笑ってフレッドにあいさつすると「よろしく」と返してきた。そのフレッドの背中にクラスの男共の妬みの視線が突き刺さった。