第318話 屍人の村①
外から外からドンドン、ガタガタと戸を叩いたり、揺すったりする音が響き、窓から大勢の屍人が覗いている。それを見てポポやナズナはすっかり怯え、部屋の片隅で抱き合って震えている。ユウキは扉の前で魔法剣を構え、アレクは囲炉裏に火を起こし、薪や廃材をくべて火を大きくしていた。このような事態を招いた張本人のお漏らしリリアンナはというと、カバンを漁って替えのパンツを探していた。
「ユウキちゃん、マズイ、非常にヤバいよ」
「なに、まさか屍人が侵入してきたの!?」
「違うの! 替えのパンツがないの。どうしよう…、そうだ! ユウキちゃんのパンツ貸してくれない? リリアンナ一生のお願い!」
「くっそ、こんな時に悠長な…。ホラ、これ貸すからさっさと穿け!」
ユウキはマジックポーチから1枚のパンツを取り出すと、リリアンナに向けて投げつけた。パフっと顔に当たったパンツを手に取ったリリアンナ。それは布面積の少ないブラックレース地のエロい紐パンだった。
「うわ…、なにこのエロスケぱんつ。ユウキちゃんってこんなの穿いてるの? 布が小さい上にスッケスケじゃん。ユウキじゃなくてエロキだね」
「まあ、いいか…濡れパンよりマシだわ」
「だーれがエロキよ。失礼しちゃうね!」
アレクの真後ろでケツを丸出しにしてパンツを穿き替えるリリアンナ。ポポとナズナがその様子をジーっと見て「エッチなパンツだ…」と呟き、窓の外の屍人も着替えをガン見している。アレクは心の中で「見たいvs見ちゃいけない」の戦いを繰り広げている。
『エロキとはいい得て妙じゃの。それよかユウキよ。屍人は火に弱いぞ。魔法で焼き尽くすがよい。ただし、接近されるでないぞ、噛まれたり傷つけられたりしたら、屍人化してしまうからな』
(ヤダ、怖いね…。とにかくエロモンの助言心得た)
『儂、最近、エロモンが本名のように思えてきた…。酷くないか?』
「何言ってんのよ。エロモンのくせに。ちゃんと本名は分かってます…。あれ? 何だっけ…。あ、そうそう、ハゲざんす三世!」
『全く違うわ! なんじゃそりゃ』
再び戸をガタガタし始めた屍人たち。このままでは家の中に侵入を許してしまいそうだ。ユウキは囲炉裏端の方を向き、
「ポポ、精霊さんに外の屍人の様子を聞く事出来ないかな。ナズナちゃんは何か魔法は使える? 確かオーグリスは魔力を持っているのよね」
と聞いてみた。
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
「それ、もういいから! 気に入ったの!?」
「あはは…。わたし、風の魔法が使えます。でも、あまり威力のある魔法は使えないです。せいぜい風圧で相手を押し返すくらいしか…」
「上等! ナズナちゃんこっち来て」
トテテとナズナがユウキの側に駆け寄って来ると、ポポも来て精霊との交信結果を伝えて来た
「闇の精霊さんとお話が出来たです。外には30人位の屍人がウロウロしているです。この家の前には10人位集まっているです」
「ありがとう、ポポ」
「よーし、わたしが閂を外して戸を開けたら、ナズナちゃんは魔法で屍人を外に追いやって。そしたらわたしが炎の魔法で燃やし尽くすから。ポポはリリアンナとアレク君の側に戻ってて」
ユウキはナズナの肩をポンと叩くと、戸のつっかえ棒を外し、閂に手を掛け、目で合図を送る。ナズナは「すぅ~、はぁ~」と深呼吸して、全身に魔力を巡らすと、頷いてユウキに合図を送った。
ナズナの準備が出来たのを確認したユウキは勢いよく閂を外すと、戸を開け放って大きく後ろに下った。開放された戸の向こうに屍人が蠢いているのが見え、家の中に侵入しようとしている。屍人の不気味で悍ましい姿にナズナはビビってしまった。
(ひっ…、怖い…)
「ナズナちゃん、魔法を放って! 勇気を出すんだ。頑張れ!」
ユウキは大きな声で励ます。ポポもリリアンナもアレクも大きな声でナズナを応援し始めた。
「ナズナ、頑張るです。根性見せろや! 精神注入、仏恥義理!!」
「ナズナちゃん勇気出して。大丈夫、お漏らししてもユウキちゃんのどスケベパンツあるから!」
「ナズナさん、頑張って!」
「う、うん!」
(私が頑張らなきゃみんなが、アレク君が屍人にされちゃう。そんなのイヤだ。ここで頑張らなきゃ。役に立たなきゃ! アレク君も応援してくれてる。ポポちゃんは何言ってるか分かんないけど!)
「風よ、屍人を押し出せー! えーい!」
ナズナが前に出した手の先から強い風の流れが生み出され、入り口に入ろうとしていた屍人を押し返そうとするが、押し戻すには威力が足りず、動きを止めるに留まっている。炎の魔法を使うにはもっと家から離さなければならない。ユウキは大きな掛け声と共に、長さ2m程の閂用の棒を力いっぱい横にスイングして屍人に叩きつけた。
「どっせーい!」
強烈な打撃を受けた屍人は体をくの字に折り曲げて後ろの屍人を巻き込んで吹っ飛んだ。それを見たナズナは魔力を高めて風の流れを強め、体勢を崩された屍人の群れを押し返した。
「よっしゃ! よくやったよナズナちゃん。今度はわたしだ!」
「はいぃ~。もうだめですぅ…」
屍人の群れが家から離されたのを見て、ユウキは外に飛び出し、地獄の炎を呼び出して叩きつけた。
「ダークネス・ヘルフレイム!」
地獄から呼び出された超高温の炎が屍人の群れを包み込むと、屍人は断末魔の咆哮を上げて灰も残さず燃え尽きた。仲間の屍人が焦滅したのを見て、他の家々を覗いていた屍人が集まって来る。ユウキは再び地獄の炎を次々と呼び出し、屍人を炎で包み込んで行った。
「オオ………オォ ォォ…。……ォォ ォ……ォ」
最後の1体が燃え尽きたのを見て、一息ついたユウキは慎重に辺りを見回すが、屍人の姿は見えない。念のためポポを通じて精霊に確認するようお願いしたが、辺りにはもういないという。気づくと雨はすっかり止んでいて、雲の隙間から星も見えていた。家の中に戻ったユウキはしっかりと戸締りすると、念のため、マジックポーチから魔力回復薬を1本取り出して全部飲んだ。
「うん、魔力が回復した感じがする。これ便利だね。さて、わたしらの被害はリリアンナのお漏らしだけで済んで良かった」
「えへへ…、面目ない」
「ホントに師匠は…。尿道の締まりが緩いんじゃないですか」
「し、失敬な! 締りはイイと思うよ。使ったことないけど」
「リリアンナはどこの締まりを言ってるの?」
「さあ、ナズナはわかりません」
「みんなバカなこと言ってないでもうひと眠りするです。精霊さんはもう安全だと言ってます。朝までは時間があるので寝ましょうなのです」
ポポの一言で全員休むことにした。アレクは囲炉裏に薪をくべると寝袋に入って横になった。ナズナは少し迷ったがアレクと同じ寝袋に潜り込む。それを見てリリアンナは「にひひ」と笑って、アレクと並んで毛布に包まり、ユウキは「チッ…」と舌打ちすると、ポポと並んで横になった。
(しかし、何で屍人が現れたんだろう…。何が原因なのか調べておいた方がいいね。…ん? あれ…? お腹が変。うっ、い、イタタタ…)
ユウキのお腹が急にグルグルと鳴って、ぎゅううう…と渋り出した。
「あ痛っ! 痛い…く…お腹が、や、ヤバイ、も、漏れそう…。と、トイレに…」
「ユウキ、どうしたです?」
「な、なんか急にお腹が渋り出して…。マズイッ! トイレ行って来る!!」
毛布から飛び出て、内股歩きでヨチヨチとトイレに向かうユウキを見て、リリアンナがぼそっと言った。
「魔力回復薬を1瓶一気に飲むからよ。一口で十分効果あるし、それでもお腹が緩くなるのに…。あれは体内の水分が下痢便となって全部出るわね」
「師匠、ユウキさんに説明してませんでしたよ。一口で十分効果あるって」
「だったっけ?」
「あんたら…。なのです」
ポポが呆れていると、トイレの方から「ぶびびびび! びしゃびしゃー!」と物凄い音が聞こえて来た。
「あ~あ、自称超絶美少女もこの音で全て台無しなのです。これからは超絶下痢便女と呼びますです」
「あーははは! ポポちゃん酷い。あははは」
「リリアンナは、いい年こいて小便漏らした尿漏れ失禁女です。ユウキといい勝負です」
「師匠は笑えませんよ。もう24でしょう。恥ずかし過ぎです」
「面目ない…」
「うわーん、お腹痛いよ、下痢便が止まらないよー! なんでー。排泄音が凄いよー。恥ずかしいよー。お、お尻の穴も痛いよー うえええん!」
静けさを取り戻した廃村に、ユウキの泣き言と豪快な排泄音がいつまでも鳴り響いたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝…
「うう…酷い目に遭った…。まだお腹の調子が悪い…」
『災難じゃったのう』
(全くだよ…。エロモンやアース君にもすっかり音を聞かれちゃったし…)
『なに、儂にとっては最高のご褒美じゃ。しかし、昨晩の排泄音は壮絶だったのう。くく…、思い出しただけで背骨がゾクゾクするわい』
(死にたい…。もしかしてエリス様にも見られたかな。最悪だわ、くそ、リリアンナめ…)
「いや~、昨夜のユウキちゃんの排泄音は凄かったねー。ブリブリブババババッ!って。あんな音初めて聞いたよ」
「アンタは薬の副作用を無くす努力しなさいよ! 毎回あれじゃ使えないよ。全くもう」
リリアンナがにやにやとユウキに近付いて来て、肩をポンと叩いてからかって来た。ムカついたユウキが思わず言い返したところで、ポポが温かいスープを運んできてくれた。
「ユウキ、あったかいスープです。これ飲んでお腹を温めるです」
「ありがと、ポポ」
温かいスープを飲んで萎える心を立て直し、人心地ついたユウキは窓から外を覗いて見ると、雲はまだ多いものの、青い空が見えている。しかし、地面は大分ぬかるんでいて歩くにもドロドロになりそうだし、馬車も走らせることが難しそうだ。それに風も相当強く吹いている。屍人発生の原因を調査するには難儀しそうな感じだ。
「晴れてはいるけど、地面はどろどろだ。でも、屍人の発生原因を調査しなきゃ」
「ユウキちゃん。あの屍人ってやっぱり…」
「うん、この集落の人たちだろうね…」
ユウキとリリアンナは顔を見合わせて、深くため息をついた。この集落の人たちは、幸せな日常を送っていたに違いない。しかし、何故屍人と化したのか、生きとし生けるものを喰らい尽くす魔物となってしまったのか…。原因を調べて対処しておかないと彼らも浮かばれないだろうし、後々面倒な事にもなり兼ねない。
この事実にリリアンナは、ただのアルラウネ探しがポポの件といい、屍人の件といい、えらい冒険になってしまったなあと思うのであった。
(分かっているんだけどね…。でも、ユウキちゃんへの支払いが増えるのがつらいなあ…)
マジックポーチから取り出した防水加工した皮のロングブーツを履いたユウキは、同じ物をもう一つ出すとポポを呼び寄せた。
「ポポ、わたしと一緒に集落を見て回ろう。ここの人たちが屍人化した原因を確認したい。ポポの精霊と交信できる力が必要なの。手伝ってほしい」
「分かったです。ポポにお任せなのです」
リリアンナとアレク、ナズナに絶対に家から出ないよう言い聞かせ、留守番を任せるとユウキとポポは集落の調査のため家を出た。天気は良いが風が強く、山の木々が大きく煽られてザアザアと音を立てている。ただ、集落の中の道は乾き始めていて思ったほど歩きにくくないが、所々に大きな水溜まりができている。
「ポポ、何があるか分からないから、わたしから絶対離れないでね」
「ハイです。でもユウキ、ちょっとウンチ臭いです」
「我慢せい…。グスン」
ユウキは悲しみを胸に集落の調査を開始したのであった。




