第317話 ヴェルゼン山麓の廃村
オーガの里で盛大に見送りを受けたユウキとリリアンナたちはポポという精霊族の少女を新たな仲間に加え、当初の目的地であるヴェルゼン山へ向かって馬車を進めていた。
青い空と山の緑が美しく、様々な小鳥の囀りが聞こえ、道端には黄色や紫色をした小さな花が咲いていて、とてものどかだ。しかし…。
「ねえ、ホントに付いて来ちゃっていいの?」
馬車を止めたユウキが御者台から荷台を見る。隣に座っていたポポも同様に後ろを振り向いた。
「う~ん…。いいんじゃね」
「リリアンナ、そんな無責任な事でいいの?」
荷台にはリリアンナと弟子のアレクの他にもう1人乗っていた。同乗していたのはオーグリスで名前はナズナ。年は14歳でアレクより2歳年上。何よりとんでもない美少女だ。そう、ユウキたちの壮行会でアレクと親し気に会話していた美少女本人だった。
「私、アレク君の事が大好き。壮行会が終わって、もう離れ離れになるんだと思ったら、胸が苦しくて泣いちゃったんです。そうしたら、お父さんとお母さんが「自分の幸せは自分で掴みなさい。オーガだって人だって愛する気持ちは同じ。アレク君と一緒に行きなさい。そして認められ、愛してくれるよう頑張りなさい」って背中を押してくれたんです」
アレクの隣に座って「えへへ…」と照れ笑いするナズナ。そのキュートな笑顔にユウキは「はあ…」とため息をついた。ふとアレクを見ると顔を赤くして俯いている。
(人間の中にもあれほどの美少女は中々いないよ。アレク君には刺激が強すぎるよ。それに、ナズナってハーフでもないのにオーグリスの特徴である角が無いんだよね。何故だろう? 聞いてみるか)
「ナズナちゃんって角が無いんだね。なんで?」
「はあ、お父さんに聞いたら先祖返りなんだそうです」
「先祖返り?」
「はい。何でも遥かな昔、オーガは人族と同じ姿だったそうで、人族の労働力として使役されていたとか。でも、人族同士の戦争で強靭な兵士を欲した側が、魔法の力でオーガを作り替えたんだそうです。そして、長い時間を経て魔物として進化したのが今の私たちなんだそうで…。それで、ごくまれに私のような昔の姿のオーガやオーグリスが生まれる事があるんだそうです」
「だから先祖返りか…」
(あの里のオーガたちは、きっ人間との戦争に巻き込まれず、穏やかな生活を長い間続けて来たんだろうな。だから、人に近い考えを持つに至ったのかな。じゃあ、角が小さかったルナは先祖返りに近かったオーグリスだったのかも。だから愛を知ったのかもしれない)
「私、リリアンナさんの事、師匠って呼んでよいですか? アレク君と一緒に創薬を教えてほしいです!」
「うむ。その意気や良し! 弟子として認めましょう」
「やたっ! アレク君、よろしくねっ!」
「うん。ナズナさん、一緒に頑張ろう」
嬉しそうにアレクの手を握るナズナを温かく見るリリアンナ。ユウキは大丈夫かなーと思ってしまうが、今更帰れとも言えないし、放り出す訳にもいかない。何より依頼主のリリアンナが受け入れてしまっている。
「仕方ないか。ま、大勢の方が楽しいからいいよね」
「ユウキ、早く行くです。夜は雨が降るです。風の精霊が教えてくれました」
「ポポ、ほんと?」
「はい。夕方には降り始めるです」
「ヤバ…。ヴェルゼン山の麓の村まで急ごう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
途中、昼食は馬車を走らせながら、携帯食で済ませて走り続ける事約半日。日も大分傾いて来た頃、東の空に黒く大きな雨雲が見え始めた。雲の中では稲光も見える。
「うわわ…。馬さんゴメン、もう少し頑張って!」
「ユウキ、馬車が跳ねて、お尻…お尻が痛いです。ふぎゃあ!」
「ポポ、我慢して」
ユウキがちらっと荷台を見ると、リリアンナたちがバインバインと飛び跳ねて転がり、呻き声を上げている。しかし、今は気を使っている暇はない。雨が降る前に村に行かなければと気が焦る。
30分ほど馬を走らせると、目的の村が見えて来た。黒い雲はまだ遠くにあって、雨が降るまでまだ時間がありそうで、ユウキはホッとする。馬車を村に入れるが、何か様子がおかしい。10軒ほどの質素な家が左右に並んでいるが、ずれも古びて人の気配がない。家の周りも雑草に覆われ、荒れ果てた畑らしい跡も見られる。
「草ぼうぼうランド、です」
「面白いこと言うねポポ。しかし、ここは廃村だったんだ…」
「あたた…腰が痛い…。ここが地図の村だよね、どうして放棄されたのかな」
「詮索してる暇はないよ。もう間もなく雨…、いや嵐が来そうだ。どこかの家に入ってやり過ごそう」
ユウキの一言で全員馬車から降り、手分けして家々を確認し始めた。どの家も人が住まなくなって久しいようで、屋根や壁が壊れていて、とても雨宿りできる状態じゃない。その時、ポポがユウキに声をかけた。
「ユウキ、この家は大丈夫みたいです」
ユウキとリリアンナにアレク、ナズナが集まって来た。ユウキが中に入ると土間があって、囲炉裏付きの座敷がある。その奥に板間と便所があった。何より屋根と壁がまだしっかりしていて、雨漏りの心配もないようなのが大きい。また、外に馬小屋があって、馬を休ませることも出来そうだった。
「ポポ、雨はあとどの位で来るかな?」
「…………風の精霊さんは、あと2時間くらいと言ってますです」
「よし! この家を拠点にしよう。馬車に積んでいるバケツと雑巾を持ってきてお掃除だ。ポポとナズナちゃんは馬を馬小屋に入れて、マジックポーチから飼葉を出すから馬に食べさせてくれる? わたしとリリアンナは家の中を掃除しよう。リリアンナはバケツに水を入れて。ポポ、荷馬車も馬小屋に入れてね。アレクは他の家々から薪になりそうなものを持ってきて。何なら壊しちゃってもいいよ。では、作業開始!」
ユウキの合図でそれぞれが作業を開始した。ユウキは荷馬車から箒とモップを持ってくると、モップをリリアンナに渡した。2人で掃除をしていると、アレクが薪になりそうな板材や木の枝を運んできて土間に置くとまた取りに向かう。馬と馬車を馬小屋に収容して、エサを与え終えたポポとナズナも掃除に参加した。最後に残った便所は全員でじゃんけんし、負けたユウキは涙目になりながら掃除に向かうのだった。
たっぷり2時間かけて掃除を終えた一行。リリアンナの魔法で水を出してもらい、石鹸でキレイに手を洗った後、囲炉裏に薪をくべて火を着けて体を休めると間もなく、雨が降り出し、瞬く間に大雨となった。
「お掃除間に合ってよかったね。しかし、凄い雨だね。ポポがいてくれてよかった」
「ポポは有能です。もっともっと褒めるがよいぞ、なのです」
「はいはい、凄い凄い」
「投げやりすぎぃー。なのです」
囲炉裏に掛けた鍋で塩漬け肉と乾燥野菜を使ってシチューを作り全員で食べる。季節は晩夏で気温も高いはずだが、山間の土地であり、雨も降っていることから少し肌寒く、温かいシチューが体に染み渡る感じがする。
食事と片付けが終わり、お茶を飲みながら明日以降の予定を話し、ひとつしかないガラス窓から雨の様子を見ていると、突然空がピカッと光ってドガガァーンン…ゴロゴロゴロ…と雷鳴が轟いた。
「きゃあっ!」
女の子らしく悲鳴を上げたのはユウキだった。意外な人物の悲鳴にリリアンナたちはビックリしてしまう。
「わあ、ビックリしたなー、もう…。へええ~、ユウキちゃんって雷怖いんだー。意外だなあ。ぷくく」
「意外とヘタレなのです」
「わ、私も少し怖いな…」
「ナズナちゃんは僕に掴まってるといいですよ」
「ポポちゃんって、大人しめの可愛らしい女の子かと思ったけど、結構毒舌だよね。精霊族ってこんな感じなの?」
リリアンナがまじまじとポポを見るが、当の本人はあまり気にしてはいない様子。その間にも雷は次々と鳴り響き、猛烈な雨が降りしきる。
雷鳴が轟くたびにビビるユウキを全員で冷かしていると再びピカピカっと空が光り、ゴロゴロゴロ…ドゴゴォオオーン! と近くに雷が落ちた音が響く。ユウキは蹲ってまたも大きな悲鳴を上げた。
「きゃああああーーっ!」
「おわ、今度は近いね…。どっかに落ちたかな」
リリアンナが窓辺から空を見上げて呟いた。その間、何度も稲光が空を走り、ゴロゴロと雷鳴が鳴り響く。ユウキはすっかり怯え、アレクにしがみ付いてるナズナも少し涙目だ。
(怖い怖い、雷怖い。ジャッジメントの恐怖が蘇るぅ…。雷怖いよ、溶かされちゃうよー)
ブルブル震えるユウキの背中をポンポン叩きながら、ポポがユウキを励ました。
「もう、しっかりするです。風の精霊さんによると、雷雲はここから離れつつあるです。おっぱいが無駄にでっかいくせに情けない女なのです」
「ありがとポポ。でも、おっぱいは無駄じゃないモン。大きいは正義だモン」
「何言ってるんですか、こいつは…なのです」
ポポの言った通り雷雲は遠くに離れたようで、時折空が紫色に光るものの、雷鳴は小さくなった。しかし、雨は一層強くなったような気がする。
「はあ、怖かった。でも雨は全然弱まらないね…。こりゃ止んでも道はドロドロだし、道が乾くまでしばらくこの廃村に留まるしかないね」
「うう、期間が延びるとユウキちゃんへの支払いだけが増えていく。つらひ…」
「おほほ、毎度アリー!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
深夜…、雨は大分小降りになって来たが、まだ、ぴちゃぴちゃと地面に当たる雨音が響いている。ユウキたちは寝袋や毛布を出して、囲炉裏を囲んで横になり就寝していた。囲炉裏の火は既に消え、小さなランプに灯した明かりが周囲をぼんやりと照らしている。
「う…、んん…」
外から何か聞こえた様な気がしてユウキが目を覚ました。耳を澄ませるが雨音しか聞こえない。
「ん…、気のせいかな。寝よ寝よ…」
再び毛布に包まって目を瞑る。隣で寝ているポポは可愛い寝息を立てている。ウトウトし始めたユウキの耳に、雨音とは違う音が聞こえて来た。
「………ォ ォォ…。……ォォ ォオ……」
(やっぱり外から何か聞こえる)
ユウキはポポを起こさないように毛布から出ると、ランプの灯りを消し、窓辺に立って外の様子を伺う。外は小雨が降っているがうっすらと明るく、家の前の道までは何とか見渡せる。息を殺して外を見ていると、山の方から何かが近づいて来るのが見えた。
(何か来る。人影みたいだ。数は10? ううん、もっといる…)
「オォオオ…、アォオオオ…、ォォオ…ゥォォォ…」
近づくにつれ、何者かが発する声が大きくなる。その声は地の底から湧き出て来るような低い音で、間違いなく生者が発するものではない。ユウキは一旦窓辺から離れ、リリアンナを揺さぶって小声で起こした。
「ん…、どうしたのユウキちゃん。おしっこ? お便所1人で行けないの?」
「違うわ! 外から何かが近づいて来る。危険な魔物かも知れない。リリアンナ、入り口の閂を確認して」
「えっ! わ、わかったわ」
リリアンナはガバッと起き上がると言われた通り、出入り口の閂がしっかり掛かっていることを確認する。また、念のためつっかえ棒もして外から開かないようにした。そして、寝ているポポやアレク、ナズナを起こし始めた。
「ううん、どうしたんですか師匠。おしっこですか。1人で行ってくださいよ」
「違うわよ! あたしって1人でお便所にも行けない女に見えるってか!? 違くて、なんかお化けが近づているってユウキちゃんが言ってるの!」
「お…お化けですか! 怖い」
ナズナが女の子らしく両手を口元に持ってきて怖がると、それを見ていたポポが真似をして「怖いです」と言い、リリアンナを笑わせた。
「静かに…。見えて来た」
「ウオォオォオオ…」と低い唸り声を上げて村内に現れたのは歩く死体。身に纏った服はボロボロに朽ち果て、肉は崩れて所々骨が見えている。光を失った目は虚ろで、何かを探して彷徨っているように見える。数は40~50人位で、男や女、子供の姿も見える。
「屍人だ、なんでこんな所に…。見つかったらマズイ。みんな隠れて」
屍人は1軒1軒家の中を覗いている。ユウキたちがいる家の窓に1体の屍人が近づき、中を覗いて来た。全員窓から見える範囲の死角に入り、やり過ごそうと息を潜める。
覗いていた屍人が離れ、列に戻って行った。やり過ごせたと思ったユウキだったが、ホッとするのは早かった。家の中でみんなが一斉に動いたため、舞上ったホコリがリリアンナの鼻腔を刺激し、我慢の限界を突破させた。
「へ…へ…、ヘーックション!!」
「バ、バカッ!」
「だ、だって、ムズムズ君が来ちゃったんだもの。我慢できないよって、くしゃみをした衝撃で少しお漏らししちゃった…。やだぁ、恥ずかし…」
「キャアアアアアッ!」
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
ナズナが悲鳴を上げ、ポポが謎の言葉を発して窓の外を指さす。そこには大勢の屍人が不気味な顔を寄せつけていて、恐怖でリリアンナが腰を抜かしていた。ユウキが魔法で何とかしようと身構えた時、今度はドンドンと入り口を叩く音がし始めた。
「もうっ! リリアンナのバカー! どーすんのよー」




