第316話 ルゥルゥの初恋
ケモケモダブルピース団全員が一ヶ所に集められ、団員の前に亀甲縛りのルゥルゥと海老反り縛りの副団長が転がされている。
「くそ…。おいザンダ、大丈夫か」
「へい、あっしは大丈夫ですが。お頭こそ凄ぇ格好ですね…。羞恥刑ってやつですか」
「お前ら、あたいたちをどうするつもりだ!」
「当然、ウル国の警備隊なりに引き渡しますわ。盗賊は立派な犯罪、ウルの法律で裁かれることになると思います」
ルゥルゥを見下ろしてエヴァリーナが答える。輸送隊の責任者も同意見で、荷役作業員に命じて街道の修繕作業を命じるとともに、開通後は直ぐに近くの町に連絡を送ると言って来た。それを聞いて山賊団はがっくりと肩を下ろし、大きな悲鳴を上げた。
「そんなそぶりを見せても無駄ですわよ。警備隊が来るまで大人しくしてなさいな」
「お前がそっちのリーダーか? 頼む、あたいはどうなっても構わないから、部下たちは見逃してくれよ。頼むよ、襲撃の責任者がいればいいだろ」
「ダメです。逃がしたら、またその者たちが他の輸送隊を襲うかもしれません」
「頼む、頼むよ! ウルでは盗みは重罪なんだ。特に外国の輸送隊を狙った者は厳しく罰せられるんだ。良くて山奥の鉱山送り、下手すりゃ死刑にされちまう。お願いだ、この襲撃は全部あたいが悪いんだ。責任はあたいが取る。こいつらは見逃してくれよ!」
「いけませんお頭! お頭が捕まったら間違いなく山奥の鉱山送りになって、荒くれ鉱夫の慰み者にされちまいます。そこの姉さんとあんちゃん、お願いだ。オレたちはどうなってもいい。お頭だけは助けてくれ。頼む…」
「頼むよ…。知っての通りウルは豊かな国じゃねえ。山がちで耕作地に乏しく、食料は不足している。奥地の山から出る鉱石や魔晶石、木材を他国に売って、食料や日用品を輸入している。だから帝国やヴェルト三国に比べると物価も高いんだ。特にこの辺りの村々は貧しくて日々の食料を得るにも苦労している。他国に出稼ぎに行こうにも、最近出国が厳しく制限されていてな出国許可が降りねえ。密出国は問答無用で死刑だし、どうにも困っていた所で、近々大規模な輸送隊がここを通るって聞こえて来たんだ」
「そこで村の全員で輸送隊を襲おうって話になった時に、お頭を誰にするかと相談していたら、村長の娘のルゥルゥさんが名乗り出てくれたんだ。病気の親父の代わりに自分が責任を取るって言って…」
輸送隊を襲撃したのが、生活に困った村人と聞いて驚いたが、犯罪は犯罪。見逃すことは法令遵守の精神を逸脱することになり、社会の混乱を、次の犯罪を招く危険がある。ここは、どのような理由があるにせよ、心を鬼にしてでも犯罪に手を染めた罰は受けねばならない。社会秩序を守るのは宰相家に生まれた自分の責務でもあるとエヴァリーナは考えている。
「ダメですわ。理由に同情するところもありますけど、犯罪は犯罪です。相応の罰を受けねばなりません」
エヴァリーナの返答に、ルゥルゥを始め、ケモケモダブルピース団の全員が顔に絶望の色を浮かばせる。
(くそ…、ゴメン親父、村のみんな。あたいが不甲斐ないばっかりに…)
「エヴァ、見逃してやれよ」
その言葉に全員が驚き、その人物を見た。
「ミュラー!? 何を言っているんですの、あなた」
「だから、見逃してやれよ」
「お前、何か理由でもあるのか?」
レオンハルトがミュラーの肩をポンと叩いて聞いてきた。リューリィはミュラーの意図を悟った様にニコッと笑って親友のミュラーを見ている。
「ん…、理由なんてねえよ。ただ、コイツ等は追い詰められて、やむを得ずオレらを狙って来たんだろ。だったら助けてやるっていう選択肢もあっていいんじゃねえか? おい、商会長さんよ」
「え、は、はい。何でございましょう」
「あんた、荷役作業員が足りなくて困ってるって言ってたよな」
「ええ、そうですが…」
「じゃあコイツ等をアンタの商会で雇ってやれよ。獣人は人より力も強いから大いに役立つと思うぜ。コイツ等も日銭は稼げるし、お互いにいいじゃねえか。正式な雇用となればそのまま、帝国に出て働くことも出来ると思うがな。商会が身元保証をすれば問題ないと思うぜ」
「ふむ…、そうですね。確かに最近の若者は3K(きつい、汚い、危険)を避ける傾向があって、荷役作業員も高齢化して作業効率が落ちているのも事実。ならば、この方々を我が社で雇用するのも有りか…」
「決まりだな。お前らはどうする? 帝国の商会だが社員として雇われれば、金は稼げるぞ。家族に仕送りも出来る」
「希望があれば、我が社が所有する社宅も貸し出ししましょう。ご家族で住むことも出来ますよ」
思わぬ話にケモケモダブルピース団の全員が驚き、大声を上げて喜びを表した。綱を外されて自由になったザンダを始めとして、次々にミュラーと商会長に感謝の言葉を述べ、輸送隊の荷役作業員たちに迷惑をかけたと謝罪した。早速、商会の社員が全員の住所氏名、家族構成を確認し始め、終わった者から街道整備に参加して行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミュラーはルゥルゥを立たせると、帯剣していたダガーを抜いてロープを切断し始めた。ルゥルゥはロープから解放される間、じーっとミュラーの顔を見つめている。そこにレオンハルトが声をかけて来た。
「お前、上手くまとめたな。あの采配、中々良かったぞ」
「当然だ。男ならルゥルゥの仲間を心配する顔を見たら助けたいと思うのが当然だ」
(えっ…!)
「レオンハルトと言ったな。ユウキちゃんに会ったら、オレ様の素晴らしさをちゃんと伝えてくれよ。絶対だぞ」
「わははは、わかったわかった」
「もうミュラーったら…。私だけ悪者みたいになっちゃったですわ」
「実際、悪役令嬢顔だから仕方ないのでは」
「なんですって!」
ピューっと逃げるティラの背中に石を投げるエヴァリーナにリューリィが近づいて来て、優しく微笑んだ。
「エヴァリーナ様にはエヴァリーナの立場や役割ってものがあるんですよ。犯罪を犯した者に法による罰を与えるのは当然ですし、ウルだって帝国と同じ法治国家です。ですから法に背いた者を法によって罰するというエヴァリーナ様の判断は間違っていません。ただ、ミュラー様は、あの様な方々を放って置けないんですよね。それがあの方の良い所なんですけど、弱点でもあるんですよね…」
「リューリィさん…。そうですわね、ありがとうございます」
「うふふ、良かったわねエヴァ。ちゃんと理解者がいて」
「お母様…。はい!」
(あたいを助けたい。それが当然って…。な、なんだろうこの気持ち。胸の奥がキュンと熱くなって、ドキドキが止まらないよ。こんなの初めて…。す、好き? これが好きになるってこと?)
ルゥルゥの全身がバフッと赤くなって、まともにミュラーを見ていられない。視線を感じたミュラーが訝し気にルゥルゥを見る。
「どうしたんだお前、仲間の下に行かねえのかよ」
「あ、あの、あたいや村のみんなの事、助けてくれてありがとう。あ、あたい…、アンタの事が好きになっちゃったみたい。あの…、ずっとアンタの側についていていいかな。こんな気持ち初めてなんだ。よかったら、あたいの事お嫁さんにしてくれない?」
「あたい、アンタのこと、す、好きなの。初めてなんだ、こんな気持ち」
『え~~~っ!!』
キュッとミュラーに抱き着いたルゥルゥ。大きなおっぱいがミュラーの体にぎゅうっと押し付けられる。ルゥルゥの大好き発言と大好きホールドにエヴァリーナ、フラン、ソフィにティラが一斉に驚きの声を上げた。当事者のミュラーは押し付けられる爆乳に目じりを下げてだらしない顔をしている。
「ま、まあ…結構お似合いっていうか…」
「相手にされないユウキちゃんより、ルゥルゥを恋人にした方がいいかも」
「おっぱいも大きいし、見て、あのミュラーの顔。スゲーだらしない」
「亜人との結婚を皇帝陛下が許してくれますかね」
「さあ…?」
「でも、ここにユウキがいたら、どうなったかな?」
ぼそっとフランが呟いた。エヴァリーナはその光景を想像してみる。
「意外と修羅場になったりして…」
ミュラーとルゥルゥ。その周囲で騒ぎまくるエヴァリーナたちを離れた場所から見ていたフォルトゥーナは何とも騒がしく楽しそうだなあと温かく見守るのであった。
「エヴァ、困難な任務を与えられてどうしていたのかなと思ってたけど、楽しそうにやってるなー。ホント、仲間に恵まれてよかったわ」
「姉さん、ゼノビアに到着したらどうするんだ。娘さんの手伝いをするのか?」
「うーん…、迷ってるのよねー」
「レオンハルト、私たちはどうするの」
エマとレイラが聞いてきたが、レオンハルトは少し悩んだ末、様子を見ようと言い、2人はわかったと頷くのであった。
「そう言えばハインツはどうしたのですか?」
「ああ…、あの脳内お花畑はそこにいますよ」
エヴァリーナがハインツの姿が見えないことを心配して聞くと、ソフィが荷馬車の一角を指さした。そこには山賊騒ぎも何のその。いちゃいちゃもじもじと体を寄せあって仲良く戯れているハインツとタニアがいた。
「アイツら…、私がこんなに苦労してるというのに、イチャイチャしやがって…。天誅!」
桃色空間の2人にエヴァリーナ怒りのハリセンチョップが炸裂した! バシーンといい音とが鳴り、衝撃でハインツとタニアはもんどり打って倒れる。
「なに、あれ…。野蛮な女ってイヤだよね。でも大丈夫、あたいは尽くす女だよ。ミュラー大好き。子供は3人欲しいな」
「やめろ! くっつくな! オレはユウキちゃん一筋なんだ。お、おっぱいで誘惑しようとしても無駄だぞ! オレはユウキちゃんだけを愛する男だ、抱き着くんじゃねぇ…、くっ、とってもいい匂いがする」
「あ~あ、もう滅茶苦茶…」
1人冷静なリューリィ。緊縛師としての裏の顔を持つ、パーティの良心と呼ばれた男の娘は、騒動を収めるため荒縄を手に取って、ギャーギャー騒ぐ仲間たちに静かに近づいて行くのであった。




