第313話 奇跡の薬
里の広場では篝火を焚いて大勢のオーガがユウキの帰りを待っていた。そこにリリアンナがやって来て様子を尋ねて来た。
「ユウキちゃん帰って来た?」
『いやまだだ。薬師様、ポポの様子はどうだ』
「んー、今はアレクが見てくれているわ。みんなで集めてもらった薬草から解熱剤と滋養強壮薬を創薬して与えたけど、もう限界だね。早く特効薬を与えないと、明日の夜…、いや昼まで持たないかも知れないわね…」
『そんな…』
すっかり日が暮れてもユウキは戻ってこない。何かあったのかと里の者たちがさわさわし始めた時、里の入り口から山の方向を見ていたテッサと子供たちが、坂を駆け下りてくる人影を見つけた。
『あーっ、帰って来たよ!』
「はあ、はあ…。着いたあ…。リリアンナ、リリアンナはどこ!」
「ここよ、ユウキちゃん! 良く帰って来たね。キナキナは取って来た!?」
ユウキはコクコクと頷くと、マジックポーチから頭陀袋を取り出して渡した。リリアンナは袋を開けて中を確かめると間違いなく本に書いてあったキナキナの特徴を持っている。
「間違いない。キナキナだ」
「ふにゃ~。よかったぁ~」
その場にバッタリ倒れるユウキを近くにいたオーガが慌てて抱きかかえた。リリアンナはぐったり倒れるユウキに滋養強壮剤を投げ渡すと大きな声で叫んだ。
「誰か、アレクを呼んできて! あと、火の魔法を使える人いたら手伝って!」
『あの…、わたし炎系の魔法使えます』
リリアンナの前に長い銀髪をおさげにした美しいオーグリスの女性が進み出て来た。
「助かる! 貴女は?」
『テッサの母で、カグヤといいます』
リリアンナはガンツたちにお願いして大きめの鉄の板を持ってこさせ、そこにキナキナの樹皮を並べた。
「カグヤさん、キナキナの樹皮を薬に使うためには数日間天日に干して乾燥させる必要があるんだけど、今回その時間が無いのよ。だから、火の魔法の応用で樹皮を熱して乾燥させてほしい。ただ、決して焼け焦がさないように気を付けてもらいたいの。焦がしたら使えなくなるからね。難しいお願いだけど出来る?」
『…やってみます』
カグヤは樹皮の上に手をかざして、掌に向けて魔力を流し込む。いつの間にか来たのかテッサが腰のあたりにしがみ付いている。ぽんやりと橙色の玉が形成され、樹皮に向けて温かい熱を発し始めた。熱によって鉄板も暖められ、ゆっくりと樹皮の水分を蒸発させていく。
『熱し過ぎないように…。結構、魔力の操作が難しいわね…』
ユウキは少しの間気を失っていたが、目を覚して体を起こすと空腹に襲われ、お腹がグ~っと鳴った。そう言えば里を出てから何も食べてない。そこにユウキが目覚めた事に気付いたサクヤが肉や野菜がたっぷり入ったシチューを持ってきた。
『ユウキさん、お腹すいたでしょ。シチュー持って来たから食べて』
「はいぃ~。ありがとうございますぅ。お、美味しい! めっちゃ美味い!」
『あはは、豪快に食べるねえ。いっぱいあるからお代わりして』
「言われなくても!」
キナキナの樹皮を乾かし始めてから2時間経過した。リリアンナとアレクは本を確認しながら抽出液を取るための準備を進めている。カグヤはずっと屈んだ体勢を取っているため、身体が筋肉が攣り、足が痺れて痛くなっていたが、我慢して乾燥作業を続ける。しかし、屈んでいるのが段々辛くなってきた。
『もうダメ…。限界…』
カグヤがふらっとして倒れそうになり、リリアンナとアレクが駆け寄って支え、地面に座らせて足を延ばさせた。
『うう~、足がジンジンして…。うひゃひゃひゃ! テッサ、足に触らないで!』
「うん、丁度いい感じに乾いてる。ありがとうカグヤさん。アレク、抽出作業を始めるよ!」
「ハイ師匠! 準備は出来てます」
リリアンナはアレクと共に抽出作業を始めた。乾燥したキナキナの樹皮を細かく刻み、消毒用に持ってきた濃度の高い酒精に浸し、少量の水と少量のカリ岩塩の粉末を溶かしてかき混ぜ、別のガラス瓶に移す。そうやって何本ものガラス瓶を使って作業を続ける。
「リリアンナたち、大丈夫かな」
『信じて待つしかないわね』
「だね…」
食事を終え、滋養強壮剤を飲んで元気になったユウキはポポの枕元に来て、様子を見ながら額のタオルを交換している。サクヤやカグヤ、テッサも来て心配そうに高熱でうなされるポポを見つめる。
窓の外を見ると、篝火の周囲にオーガたちが集まって、創薬作業が終わるのを見つめていた。
いつの間にか眠ってしまったらしい。ユウキが目を覚ましたら外は既に明るくなっていた。ベッドの脇ではサクヤとテッサが布団を敷いて寝ていた。カグヤはもう起きてどこかに行ったようだった。
「ふあ…もう朝か。ポポはどうかな…」
「熱は下がってないね。顔も真っ赤だし、体拭いてあげるか…。薬は出来たのかな」
ポポの体を起こして、寝間着を脱がせ体を拭いてあげる。ちなみにポポの胸は「ちっぱい」系だ。しかし、腰は細くお尻は大きめで形が良くて可愛い。汗でべとべとの体を冷たいタオルで拭いてあげると少し呼吸が楽になったようだ。そこに、バタバタバタと走り込んで来る音がして、ズザザーッと部屋の前で止まり、バーンと勢いよく寝室の戸が開いた。
サクヤとテッサがビックリして飛び起きる。入って来たのはリリアンナだ。その後ろにアモスやガンツたち里のオーガたちがぞろぞろと着いてきた。
「出来たー! 出来たよユウキちゃん! ポポちゃんの薬。その名も「キニーネ」。間に合ったああ!」
「おおー、やったねリリアンナ。おめでとう」
見るとリリアンナの髪の毛はボサボサ、目の下には隈が出来ている。一晩中寝ないで創薬をしていたのだろう。ユウキはリリアンナとアレクの頑張りに素直に敬意を払うのであった。
「早速飲ませるよ。キニーネはとても苦いから、飲みやすい水薬にした。水分の補給にもなるしね。ユウキちゃん、ゆっくり飲ませてあげて」
「うん、わかったよ」
薬瓶を受け取ったユウキは、頭を抱き起し、瓶の口をポポの口に当てて少し水薬を口に含ませるとコクンと喉を鳴らして飲み込んだ。少しずつ薬を飲ませて、瓶の中身が全部なくなると。頭を枕に置き、毛布を掛ける。
「半日もすれば熱も下がって来ると思うけど、数日は朝昼夕の3回ずつ飲ませるようにして、熱が下がったら少しずつスープや柔らかい薬粥を食べさせてあげるといいわ」
薬の与え方や注意点をサクヤやガンツに教えたリリアンナは、彼らに後を任せてキッチンに向かい、ユウキも後に続いた。テーブルにはカグヤが用意してくれた朝食が準備してあって、有難くいただくことにした。
「アレクはどうしたの?」
「ははっ、疲れて眠っちゃった。カグヤさんが自宅に連れ帰って寝かせてくれてる。あたしも、食事が終わったらカグヤさん家で寝かせてもらうわ。疲れた…眠りたい」
食事を終えたリリアンナは、里の広場でポポに薬を飲ませたからもう大丈夫だと言うことを説明すると、全員おおーっと声を上げて、感謝の言葉を次々に述べていた。リリアンナはひらひらと手を振ると、おぼつかない足取りでカグヤの家に入って行った。
ユウキはポポの様子を見ようと思ったが、帝都を出てから風呂に入ってないなと気が付き、急に体の匂いが気になって来た。
「ねえ、エロモン。あいつらまだ花蓮沼にいると思う?」
『いや、もうおらんじゃろうて。遭遇したのは偶然だと思うぞ』
「よし…」
ポポはサクヤたちが見ているので任せると、ユウキはアモスの家の裏に回り、人気が無いのを確認し、転移魔法を発動させ、花蓮沼に移動した。
「ここなら人もいないし、水浴びするには最高だね。そう言えばグレイトグリズリーの死体がないな。アイツらが持って行ったのかな?」
ユウキは真理のペンデレートからアース君を呼び出すと、池の周りを囲み、防壁になってもらって周囲から見えないようにした。
「アース君、ゴメンね。エロモンはド変態だから水浴びを見せたくないの」
『問題ない。我が周囲を警戒しよう。ゆっくりと水浴びを楽しんでくれ』
黒真珠のイヤリングをマジックポーチに収容し(ケチ!という嘆きが聞こえた)、服と下着を脱いで全裸になり、ゆっくりと池の中に入る。池の水は冷たかったが、汗や皮脂の汚れが流れ去っていくようでとても気持ちいい。水深が腰のあたりまでの場所まで移動すると、一度ざぶんと頭の先まで潜って全体を濡らし、タオルで体を擦り、髪の毛を手で揉んで汚れを落とす。
「むっふっふー。超絶美少女の水浴び。正に水の妖精現るって感じだね」
『自分で美少女って言いきる所が凄いな』
「アース君、この際だから言っておきますけど、可愛い、美少女、巨乳はわたしのアイデンティティーなの。この3つを否定されたらわたしには何も残らないの」
『何とも薄っぺらいな』
「ひど! だってー、女の子が男の子にモテる要素って女子力だと思うんだよね。ちょっとした可愛らしい仕草とか、気遣いとか、さり気ない部分でのアピール力っての? わたし、この女子力ってヤツが壊滅的にダメなんだよね。そしたら外見に賭けるしかないじゃない。なんか、言ってて悲しくなってきた…」
『そうかな。主は十分女子力も持ち合わせていると思うが。何より心が優しい』
「そ、そう? ありがと。アース君に褒められると嬉しいな。ちょっと自信でた」
『我は主が大好きだ。こんな姿の我を受け入れた度量の大きさ、接するときの優しさ。我は主と一緒にいるのがとても嬉しい』
その後もアース君がユウキの事を褒めるので、恥ずかしくなったユウキは顔を赤くしながら体や髪の毛を洗う作業を再開し、ついでに汚れた服や鎧等も洗って池から上がると、服を着てアース君の背中に上りって服と鎧を並べて干した。乾くまでの間、昼寝をすることにして横になったが、その間もずーっとアース君はユウキを褒めまくる。
「わかったから! もうわかったから! もーやめてー」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
花蓮池の畔でぐっすり寝込んでしまったユウキがオーガの里に戻ったのは、夕方近くになってからであった。
アモスの屋敷に戻ったユウキがポポの部屋を訪れると、リリアンナやアレク、アモスたちが集まっていた。
「ポポの様子はどう?」
「あ、ユウキちゃん。どこ行ってたの?」
「うん、ちょっと森の様子見てきてた」
「ユウキさん。ポポさんの熱は下がりました。もう、ほぼ平熱です」
「ホント!」
アレクがポポの熱が下がった事を教えてくれたので、ユウキも額に触れてみる。あれだけ熱かった体温がほとんどユウキと同じくらいまで下がっていた。呼吸も落ち着いている。
(あの薬、ホントに効いたんだ。リリアンナって実は凄い人?)
皆が見守る中、ピクっと体が動かしたポポがゆっくりと目を開いた。美しい緑色の瞳がその場にいた人たちを見回す。
「気が付いた? 体はどう?」
ポポの瞳に映ったのは、見慣れたオーガではなく、初めて見る人族の女性。優しげな瞳で覗き込んでいる。ポポは擦れた様な小さな声で尋ねた。
「キミ…たち、誰?」




