第312話 魔人ヘルゲスト
ユウキはオーガの里から細い山道を走っていた。とにかく急がねばなたない。1分でも1秒でも早く里に戻らなければならない。その想いがユウキの足を全力で動かしている。
「はあ、はあ、はあ…。ここの二股はどっちに行くんだっけ。地図によると…右か!」
二股を右に入り緩い登り坂となった小道をひたすら走る。やがて目印となる大きな楡の木が見えて来た。ユウキは楡の木に手を着いて、深呼吸して息を整え、マジックポーチから水筒を出して、水をごくごく飲んだ。少し休憩してある程度体力を回復させると。再び地図を見た。
「楡の木の側から下りの小道が出ているはずだけど…。どこかな…、あ、あった! でも藪が凄いね。枝払いしながらじゃなきゃ進めないよ」
リリアンナから貰った虫よけの薬を首筋や腕、足の露出している部分にたっぷり塗って、けもの道のような小道を覆う草や木の枝をコアブレードで払いながら下り始めた。高周波振動のお陰でどんな生木の枝でもスパスパ切れる。
枝や草を払いながらしばらく下ると急に視界が開けた。ちょっとした草原が広がり、その先にほぼ真円形をした大きな池が見えた。
「ここが花蓮池…」
コアブレードを鞘に納め、池のほとりに近付いて覗いて見る。池の水は限りなく透明で、池底の砂や沈んだ木の枝、その回りを泳ぐ小魚の群れまではっきり見える。
「キレイな水だなあ。お魚さんも気持ち良さそう」
「おっと、浸っている場合じゃない。お日様も大分傾いて来たし、キナキナを探さなきゃ」
ユウキはキナキナの特徴を書いたメモを取り出し、テッサが見たという場所を探して辺りを歩き回った。
(えーと、葉は対で生えてて、葉が付いている枝は赤くて、花は筒型で淡いピンク色をしている…。むむ…、ないな…)
池の周囲を歩き回りながら、きょろきょろと探すがなかなか見つからない。夕方近くなって空がやや赤くなってきた。ユウキは焦るがキナキナは見つからない。よそ見をして歩いていたら太くて大きな木の幹に頭をガツンとぶつけてしまった。
「あいたぁ~。もう! 痛いじゃないの!」
ユウキが頭をさすりながらぶつかった木を見上げると、高い場所に生えている枝に生えている対性の葉に筒形の淡いピンク色の花がたくさん付いている。それは探し求めていたキナキナの木だった。
「こ…、これだぁ! やっと見つけた!」
「でも、こんな大きな木だったんだ。わたし、大きな木と思わなくて下ばかり見てた。見つからないはずだよ」
早速ミスリルダガーを使って、キナキナの木の皮を剥ぎ、頭陀袋に詰め始めた。周りを見ると何本ものキナキナが生えているのが見える。ユウキは皮を剥ぎ過ぎて傷めないよう、木を変えながら少しずつ皮を剥いだ。30分ほどの作業で袋は一杯になったので、マジックポーチに収容した。
「この位あれば十分でしょう。空も大分赤くなってきた。危険が危なくなる前にさっさと里に戻ろう」
池の周辺まで戻ると、背後の深い草むらがガサガサと音を立て、不自然に揺れ始めた。
「グレイトグリズリー!?」
ユウキは振動波コアブレードを鞘から抜いて、黒真珠のイヤリングに触れた。黒い空間から音もなく静かにエドモンズ三世が現われた。魔物を前にしているため、いつもの高笑いは抑えている。
音のする方から、体高5mにもなる熊の魔獣が木々の間からヌッと姿を現した。グレイトグリズリーはズシン、ズシンと地響きを立てて1歩ずつ近づいて来る。しかし…。
「んん…」
『様子がおかしくないか?』
ユウキたちまで後10mとなった時、歩みを止めて動かなくなる。そして、ずるっ…と首の部分から頭が胴体から離れて地面に落ち、胴体もそのままズズン…と倒れ伏した。
「な、なに? どうしたの?」
『何者かに殺られたようじゃの…』
グレイトグリズリーを検分しようとして動いたユウキをエドモンズ三世が制した。ユウキが訝し気に見るが、エドモンズ三世は正面を向いて硬い表情をしている。すると、ガサガサと草をかき分ける音がした。
「きゃはははは! こんな所で倒れてたよ。図体ばかりデッかくて、よっえええーの!」
「もー、ちょっと待ちなさいよ! 1人で先にイッちゃだ・め・って言ってるでしょ~」
「……………」
(なんなの、コイツ等…。人間みたいだけど…人じゃ無い…)
藪の中から現れたのは3人の人物。1人は12歳から13歳位の真っ赤なロングヘアをツインテールにした女の子。肌の色は白く、髪の毛と同じ真っ赤な瞳をしたつり目は勝ち気そうな印象を与える。身長は135cm位で、寸胴な体をぴったりフィットした白をベースに赤とオレンジのラインが入ったボディスーツを着ている。両手には赤い刀身をした刀を持っていた。もう1人は身長180cm位の腰まである銀髪をした痩身の優男。肌は青白く、耳がエルフのように三角形をしている。最後に現れたのは身長2mを超える大男で浅黒い肌、金色の瞳、三角形の耳。全身黒い服に顎下まで覆うマフラー、黒のマント姿で、凄まじい威圧感を放っている。背中に自分の身長ほどもある巨大な剣を背負っていた。
3人はユウキとエドモンズ三世を見つけると、興味深そうに近寄って来た。
「あらぁ~、こんな所に人間の女の子と、アンデットがいるわよ。あらあらあらぁ~」
「へぇええ~、何コイツ。剣なんか持っちゃってさ。生意気じゃん! 殺っちゃっていい?」
赤い髪をした少女が剣を構えて近づいて来る。
「………待て」
少女を黒マントの男が止めた。
「…お前は何者だ。何故、アンデッドを従えている」
「人に名を訪ねる時は自分から名乗るのが礼儀だと思うけど…」
「なに! この女、クッソ生意気じゃん! ムカツク!」
「…オレの名はヘルゲスト」
興奮する少女を片手で制し、黒マントの男は自分の名を名乗った。
「ユウキ。それが私の名。このアンデッドはわたしの従魔」
『ヘルゲスト…。どこかで聞いた名じゃな』
「グレイトグリズリーは、あなたたちが倒したの?」
「……………」
(だんまりか…。何とかこの場から離れなきゃ。こいつらは危険な感じがする)
「な、何にしてもこの魔獣を退治してくれてありがとう。じゃあ、さよなら」
ユウキは3人を正面に見据えたまま、警戒を解かず、エドモンズ三世と一緒に少しずつ後退する。その様子をつまらなそうに見る少女。
「あーっ! もう我慢できねえじゃん! いいよね! 殺ちゃっていいよね、ヘル!」
少女はヘルゲストと名乗った男に言うと、身を低くして地面を蹴り、ユウキに向かって攻撃して来た。一瞬で間合いを詰め、矢継ぎ早に繰り出される2本の剣をコアブレードで受け止め、はじき返す。少女は楽しそうに笑いながら攻撃してくる。
「きゃはははは! 結構やるじゃん。たっのしー! あたしはラデュレー。死神ラデュレー。覚える必要はないじゃん。お前ここで死ぬから。きゃはっ! 死ね死ね死ねぇー!」
「くっ! 戦闘狂か!? 小さいからすばしこいじゃん」
「口真似すんな!」
『気を付けろユウキ、こ奴らは人でも魔族でもない。魔人じゃ!』
「あら、よく気が付いたわね、骸骨さん。あなたの相手はわたしよぉ」
優男はエドモンズ三世に向けて手刀を放ってきた。顔面に迫る手刀を宝杖で間一髪で受け止める。見ると手先が剣のように鋭く尖っている。
『肉体を武器に変化させるとは…。恐ろしいのう』
「うっふふふ、この骸骨さん面白いわね~。あたし、初撃を躱されたの初めて。あたしの名は唐揚レモン。よろしくね」
『珍妙かつ宴会の時に嫌われそうな名前じゃのう。儂の名はエドモンズ三世。死霊王ワイトキングじゃ』
「うふふ、死霊王って怖いわね~。貴様は死ね!」
『もう死んどるわい』
「きゃはは! 死んじゃえ、ブラッドブレードッ!」
「死ね死ね物騒なのよっ!」
左右のブレードを交互に振って反撃の隙を与えず攻撃してくるラデュレー。ユウキは素早くコアブレードではじき返し、体勢を崩したところで胴体を斬りつけるが、ボディスーツに阻まれ、傷を負わせることが出来ない。
(あんなレオタードみたいなスーツなのに、防御力が高い…。魔力をもっと込めないと)
「オラオラ! 考え事してる余裕あるってか。バカにすんなじゃん! 喰らえ!」
「必殺! アルティメット・ライザー・アタック!」
2本の剣が光り輝いてプラズマ化し、超高温のレーザーブレードと化した。一瞬でも触れれば熱によって蒸発してしまうだろう。高々とジャンプしたラデュレーがブレードをクロスさせてユウキ目掛けて逆さ落としに突っ込んでくる。
「殺った!!」
ラデュレーがブレードを振りぬいた瞬間、ユウキの立っていた場所が大爆発を起こし、凄まじい土煙が上がった。
『ユウキ!』
「アンタは、よそ見している暇があるのッ」
唐揚レモンの手刀攻撃を宝杖で弾き、レモンの顔を掴んで動きを止めるエドモンズ三世。
「ぐっ、乙女の顔を掴むとは、ヒドイ!」
『黙れ! いい加減頭に来たわ。死ね、バイオ・クラッシュ!』
地面に立ち、勝ち誇るラデュレー。女の死体を探すが、土煙が晴れた後に、あるはずの死体が無い。
「んにゃ?」
「どこ、見てるの?」
背中にぞくりと強い殺気を感じて振り向くと、ユウキが身を屈め、全魔力を込めた振動波コアブレードを振り抜いていた。ズル…と音がして、両断されたラデュレーの上半身が地面に落ちる。
「あれ? おかしいな。あたいの下半身が立ってるのが見えるじゃん…。なん…で…」
ラデュレーの攻撃が当たる瞬間、転移魔法を発動し、背後を取ったユウキは全魔力をコアブレードに流して高周波を極限まで高め、ボディスーツの防御力を上回る力でラデュレーの胴を薙ぎ払ったのであった。
「エロモン、無事? 逃げるよ!」
ユウキは、唐揚レモンを倒したエドモンズ三世に駆け寄ると黒真珠に戻して、手も出さず、ただ立って様子を見ていたヘルゲストをちらと見て転移魔法を発動した。
ユウキが消え去ったのを見送ったヘルゲストは表情も変えず、倒れている2人の側に行くと、左右の腕に魔力を込め、再生の波動をラデュレーと唐揚レモンに放った。暫くすると、ラデュレーの胴体が繋がり、唐揚レモンがむっくりと動き出した。
「ヘルゲスト様、申し訳ありません。ただのアンデッドがあんな技を使うとは…」
「悔しいッ! あの女、絶対に見つけ出してぶち殺してやるじゃん!」
駆け出そうとするラデュレーをヘルゲストが遮った。
「ヘル、邪魔をするな!」
「もう終わりにしろ。我々の目的はあの女を殺す事ではない。やつはたまたまここで出会っただけの人間…。放っておけ。我々の目的は邪龍ガルガ様復活の手助けをする事。人間と争うのはその後だ。復讐はその時果たせ。行くぞ」
「わかりました。ところでヘルゲスト様、邪龍様の居場所の目星はついているのですか」
「いや、全くわからん…」
「全然ダメじゃん」
最後に気の抜けたような会話をしつつ、3人の「魔人」は薄暗い森の中に消えて行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「とんでもない奴らに出会っちゃったね」
『魔人とは、古の世に現れ、人間たちと争ったと言われる伝説の存在じゃ。通常の人間を超越した力(魔力や妖術・神通力など)を持った存在と言われておる。本当に存在していたとは驚きじゃ』
「ふーん。確かに手ごわかったし、もう二度と関わりたくはないな」
『じゃな。しかし、あ奴等、何で、あんな山奥をうろついていたんじゃ』
「うーん、なんだろね? 道に迷ってた?」
『んな訳あるかいな』
「あははははっ。だよねー」
実はユウキの指摘は正鵠を得ていたのであったが、2人は知る由もない。
魔法で里の近くに転移したユウキは、一応警戒しながら山道を歩いていた。日はもうほとんど沈みかかり、夕闇が辺りを包みかかっている。キナキナを探すため山道を走り回った上に、魔人の少女と激しく戦ったため、既に体力は尽き。へとへとで歩くのも億劫になっていた。
「ふぎゃん!」
足元がもつれて草むらに気躓き、べしゃんと思いっきりこけた。「あたた…」と呻きながらパンパンと土を払って立ち上がり、登りとなった坂を歩き出す。
「ポポ…、大丈夫かな。早くキナキナ届けないと…」
坂の頂上に立つと下った先に里の灯りが見えた。
「里が見えた! もう少しだ…。動け、わたしの足!」
ユウキは疲れた体に気合を入れて里に向かって走り出した。




