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第311話 精霊族の少女「ポポ」

 翌朝、日が昇ると同時に目覚めた一行は朝食を食べ、準備を整えてオーガの里に移動を始めた。馬車の手綱は手下のオーガに任せ、ユウキは荷台でキングと地図を見ながら里の位置を確認している。


「ここが当初の目的地ハルツ山地の最高峰ヴェルゼン山…。オーガの里は山地の西側…か。ヴェルゼン山からは少し離れちゃうね。仕方ないか…」

「ねえチンポキング。里に続く道はどれ?」


『チンポキングって酷えあだ名だな…。オレはガンツっていうんだ。この街道をしばらく道なりに進むと、この辺りでハルツ山地に向かう脇道がある。その脇道は途中で二股に分かれていて、左に進めばヴェルゼン山方面に進み、右に行けば里の方に行く。まあ、道案内は俺たちに任せとけ』


 その後、ガンツはリリアンナとポポの症状について話し出したので、ユウキは荷車の後ろに移動して景色を見る事にした。南に進むに連れ、平坦な地形から低い山々が遠くに見え始め、地形の変化が現れて来た。

 街道沿いに広がるこの辺りは牧草地となっていて、多くの牛が放牧されていた。遠くには牧場主の家や牛舎と思われる建物も見える。その風景は牧歌的でのんびりしていて、心が癒される感じがする。


 途中、街道沿いの茶屋などで休憩を取りながら進むと、ガンツが言っていた脇道が見えて来た。手下は馬を操って脇道に入り、山地の西側に向かって馬を進める。脇道は荷馬車がやっと通れるほどの幅しかなく、道も整備されているとはいいがたい。轍に車輪がとられる度に荷車が跳ね、浮いたお尻が荷台に叩きつけられて痛い。我慢できなくなったユウキは中腰になって、膝で衝撃を受ける体勢を取った。


「うごご…。道が悪い。キツイ。アレクは大丈夫かな…」


 御者台にいたアレクはいつの間にか荷台に降りてきて、リリアンナの体に掴まって衝撃に耐えていた。揺れに耐えるため必死そうな顔をしていて、ちょっと可愛いと思ってしまうユウキだった。


 道は途中から山道になり、道の両脇は鬱蒼とした森になった。徐々に勾配が急になった山道を上りながら進むこと2時間ほどで、尾根の頂上に出た。今度はやや下り勾配になった尾根道を進むと、やがて視界が開け、眼下に小さな集落が見えて来た。


『あれがオレたちの里だ』


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 つづら折りの山道を降りて小さな川に架かっている木製の橋を渡ると里の入り口に到着した。


『ちょっと待っててくれ』


 ガンツと手下の2人が里の中に入って行く。ユウキとリリアンナは荷馬車から降りて様子を見る。里は粗末な策で囲われ、土壁と板葺き屋根で造られた家は30軒くらいあるだろうか。家の数から見ると人口は多くても200人程度だろう。家の周囲には畑も見られ、柵の周囲には木が植えれられていて、どの木もオレンジのような黄色の実をたくさん付けている。ふと視線を感じると、家々の陰から子供たちがこちらをじーっと見ていた。ユウキがニコッと笑ってひらひらと手を振ると、皆家の陰に引っ込んでしまった。


「むむ、わたしがあんまり美人で可愛いから、恥ずかしいのかな」

「んな訳ないじゃん。人族が珍しいだけだよ」


 リリアンナの容赦のないツッコミ。ユウキは心に50のダメージを受けた。


「違うもん! わたしが可愛いから隠れたんだもん! 可愛いは正義だもん」

「もんもん煩いわね。はいはい、ユウキちゃんは可愛い可愛い」

「投げやりすぎぃー」


「もう、師匠もユウキさんもふざけないで下さい。ほら、向こうから里の人がきましたよ」


 3人の中で一番のしっかり者のアレクが指さした方を見ると、ガンツが老オーガと数人の男女を連れて来るところだった。


『待たせたな。紹介するぜ、このジジイは里の長老アモス。オレの親父だ。こっちはオレの女房のサクヤ。後は里の若い衆代表のサンとハンだ』


「あたしは薬師のリリアンナ。この子は弟子のアレクよ」

「わたしは2人を護衛している超絶可愛い美少女冒険者のユウキです。よろしく」


「こだわるわねー。そこまでこだわると、いっそ清々しいわー」

「美少女&可愛いは、わたしのアイデンティティーなので」


『フフッ。アナタの連れて来た子たち、面白いわね』

『ウォッホン! いいかな? あんたたちがポポを見てくれるというのは本当か?』


 サクヤがユウキとリリアンナの掛け合いを見て笑い、アモスが本当にポポを見てくれるのか聞いてきた。


「ええそうよ。かなり大変な症状みたいね。高熱が出て時折痙攣も起こし、薬草も効かないとか」

『そうなんじゃ。人族の薬師は病気や薬の知識も豊富と聞く。見てくれるのは大変ありがたいんじゃが…』


「なにか懸念でも?」


 アモスの表情が曇るのを見たユウキが聞き返した。「うむ…」と言って黙り込んだアモスに変わってサクヤが答える。


『実は、見ての通りこの里は貧しくて、薬師さんに払える報酬がないのよ。話では人族の薬はとても高価だとか…』

「なーんだ、そんなことかあ」


 リリアンナが明るく笑い飛ばしたので、オーガたちはキョトンとする。


「いいよ、いいよ報酬なんて。あたしはポポちゃんを助けたいと思ったから来たの。報酬なんて気にしないで。さあ、グズグズしてないで早く案内して。アレク、馬車から荷物持ってきてちょうだいな」

「はいっ、師匠」


『オラたちも荷物持ち手伝うべ。ハン、早く来いや』

『おう! 坊ちゃんごと運んでしまうべ』

 そう言うとサンとハンはアレクごとカバンを抱えて歩き出した。


「ユウキちゃん。行こう」

「ハイサッサー。可愛いは正義」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 案内されたのは、里の一番奥の比較的大きな高床式の家。ここがガンツの住む長老宅だという。階段を上がり、中に入るとサクヤが一番奥の部屋の戸を開けて中に入るように手招きした。リリアンナが先に入り、アレクとユウキが続く。後からアモスやガンツ、サクヤも入って来た。

 部屋の窓辺に置かれたベッドに寝かされていたのは13~14歳位の女の子。ちょっとくせっ毛気味の金髪に白い肌。整った顔立ちの美少女だ。耳がエルフのように三角形をしているのが特徴となっていて人とは異なる種族である事がわかる。しかし、エルフでもないようだ。高熱のせいか顔は真っ赤で、息も荒く額にはたくさんの汗が浮かんでいる。


 サクヤが魔法で木桶に水と氷を入れて、手ぬぐいを浸した後、良く絞ってポポの額に乗せる。しかし、直ぐに湯気を出してしまい、あまり効果はないようだ。リリアンナが額に手を乗せたがあまりの熱さに直ぐに手を引っ込めた。


「凄い高熱…。これは大変だわ」

「いつからこんな熱なの?」


『4~5日前からじゃよ。元気だったのが、急に熱を出して倒れたんじゃ。時折。痙攣も起こして息をするのも苦しそうなんじゃ。このままでは…』

「そうね…衰弱が進んで、最悪死ぬかも…。でもこんな高熱が出る病気、初めて見た」


「とにかく熱を下げなきゃ。ユウキちゃん、額と脇の下を冷たいタオルで冷やして。アレク、カバンの中に解熱剤入れてきたっけ?」

「今探してます。師匠」


「冷やす前に体を拭いてあげるかな…。汗だくで可哀そう」


 ユウキは男たちを部屋から追い出し、ポポの毛布を捲って寝間着のボタンを外し、熱で汗をかいた体をタオルで拭いてあげた。サクヤが着替えのシャツを持ってきたので、着替えさせていると、腕の付け根に治りかけの小さな虫刺されの跡を見つけた。


「あれ? ここ、腫れてる。虫に刺されたのかな?」

『ホントだ…。全然気づかなかった』


 ユウキの声に、サクヤも覗き込んで虫刺されの跡を見たが、今まで気づかなかったという。アレクから解熱のポーションを受け取ったリリアンナは、2人の声にハッとした感じでポポの側に来て、虫刺されの跡を観察し始めた。


「ちょっと見せて…。どれどれ…、腫れが小さいね。蚊に刺されたみたいだ…。蚊…蚊ぁ!」

「ユウキちゃん、解熱剤をポポちゃんに飲ませておいて。少しは熱が下がるハズよ」


「リリアンナ、ちなみに副作用は?」

 ユウキがそれとなく尋ねる。リリアンナの薬は副作用も強いのだ。


「おしっこが激烈に近くなり、止まらなくなる!」

「サクヤさん。おまるを準備しておいてください」

『わ、わかった…』


 リリアンナはカバンの中を漁り出すと、1冊の分厚い本を取り出した。部屋備え付けの机の前に座ると凄い勢いでページをめくり始めた。


「この本は大昔に古代文明の遺跡で発見された薬学の本を、あたしの先代のそのまた先代の師匠が翻訳した希少なモノなの。半分以上は意味不明だけど、確かこの中に蚊に刺されて高熱が出る病気の項目があったような…。どこだったかな…」


 リリアンナが調べている間に、ユウキとサクヤがポポを着替えさせて薬を飲ませ、額に冷たいタオルを当てて寝かせた。部屋を追い出した長老やガンツが再び中に入ってポポの様子を見る。薬が効いたのか、呼吸が少し楽になったようだ。ユウキが部屋の入り口を見ると里のオーガが大勢集まって、心配そうにポポを見ている。


「あったー!」

 リリアンナが大声を上げて本を高く掲げた。


「見つかったの? で、ポポの病気は何なの?」

「マラリヤ。蚊によって媒介され、激しい高熱や痙攣、筋肉痛が主な症状。適切な治療をしないと死亡する確率も高い危険な病気とある」


『なんと! して、治療方法はあるのか?』

「えーと…、特効薬があるわ。キナキナという木の樹皮から抽出した成分から薬を作って与えればいいみたい」


『キナキナ…。聞いた事が無いのう。ガンツ、知っとるか?』

『いや、知らねえな…。誰か知ってる奴いるか?』


 お見舞いに来ているオーガたちは誰もキナキナを知らないという。リリアンナは本に書いてある挿絵を見せるが、全員首を傾げるばかり。


(マズイわね…。治す手段が見つかっても、材料が無いんじゃお手上げだね。エロモンはキナキナって知ってる?)

『いや、初めて聞くのう…。そもそも、儂はその手の知識はないんじゃ』


(エッチでド変態な知識はいっぱいあるのにね。役に立たないなあ)

『思春期専門博士と呼ぶがよい』


 リリアンナが心底困ったようにポポを見る。解熱剤で少しは熱が下がったようだが、対症療法では根本治療にはならない。効果が切れれば再び熱が上がるだろう。アレクがポポの額に乗せているタオルを交換してあげている。


『わたし、見たことあるよ』


 全員が声をした方を見る。部屋の入り口に立っていたのは10歳位の可愛いオーグリスの子。その子は本の挿絵を指さすと、


『その木、見たことある』ともう一度言った。


『テッサか。どこで見たのじゃ! 早く、早く教えんか。ああ~、聞こえんなぁ』

「どこの獄長なのよ、このおじいちゃんは。テッサちゃんまだ何も言ってない」(ユウキ)


『えっとね。花蓮池の近くに生えていたよ』

『花蓮池だと…。お主、そんな遠くの場所まで何しに行ったのじゃ』

『お友達みんなで森の中でかくれんぼしてたら、はぐれちゃって、歩き回ってたら花蓮池まで行っちゃったの。そこで確かに見たよ』


「花蓮池って?」

『里から歩きで半日ほどの場所にある小さな池じゃ』


「じゃあ、直ぐに行きましょう!」

『でも、最近花蓮池の辺りに凶暴な魔獣が住み着いたんだべ』

『行くのはやばやばだっぺ。テッサが無事だったのは奇跡なんだな』


 サンとハンだけでなく、集まったオーガたちも花蓮沼の魔獣の話にしり込みしてしまい、取りに行くと名乗り出る者がいない。ユウキは魔獣について聞いてみた。


「魔獣って?」

『ワシらの背丈の倍以上もある巨大な熊じゃ』

『そうそう。仲間が見たって言ってたけど、とっても凶暴な姿してて、口から氷のブレスを吐くって言ってたね』


 アモスとサクヤの説明でユウキはピンときた。サヴォアコロネ村で出会った巨大な魔獣と同じものだ。


(グレイトグリズリーだ。こんな所にもいたのか…。確かに強敵だけど、エロモンのバイオ・クラッシュを浴びせれば倒せる)


『お、儂の出番きた?』


「わたしが取りに行く」

 高熱で喘ぐポポを見たユウキは、全員に聞こえるように言った。


『うむ、キナキナを取りに行くしかないのなら、魔獣が怖いなんぞ言ってられん。里からも戦士を何人か同行させよう』

「ううん、1人でいい」


『1人なんて無茶だ! オレも行くぞ。サクヤお前も来い!』

 ガンツが同行すると言ってきたが、ユウキはその申し出を断った。


「熊の魔獣は恐らくグレイトグリズリー。わたしはスクルド国で戦った経験がある。それにあなたたちと連携戦闘したことないし、どんな事が起こるかわからない。もしかしたら致命的な事故が起こるかも知れない。だから1人でいい。大丈夫、こう見えてもAクラス冒険者だよ。心配しないで待ってて。必ずキナキナを取って来るから」


「リリアンナ、アレク。ポポちゃんをお願い。ガンツさんもサクヤさんも、リリアンナを手伝ってて」


 ユウキはそう言うと、マジックポーチから金属製のハーフプレートを取り出し、体に装着し始めた。両肩にショルダーパッド、大きな胸を守る真紅に輝く金属製の胸当て。腰回りには皮のベルトを2本クロスして巻き、マジックポーチと振動波コアブレード、ミスリルダガーを装備し、プリーツスカートの上半分に下半身の防御を担う魔法石を埋め込んだスケイルを巻いた。胸のプレートと同じ素材の金属でできたブーツを履き、最後に髪の毛に大きな黄色いリボンを着けた。黒い髪に明るい黄色が映えてとても可愛い。


 準備を整えた後、アモスから花蓮池までの地図をもらい、出発の準備が整った。ユウキはポポの髪の毛を撫でると、アモスやガンツに向かって「行ってきます!」と言い、屋敷を出た。後ろからテッサやポポの友達と思われるオーガの子供たちが『気を付けて言って来てねー』と声をかける。ユウキは子供たちに手を振ると、花蓮池に向かって駆け出した。

 リリアンナはユウキの後姿を見て、彼女が戻るまでは絶対にポポを死なさないと心に誓う。


「アレク、ポポちゃんの苦痛を少しでも和らげてあげましょう。痛みを和らげる薬を作るから、里の人に協力を貰ってこの薬草を集めて。里の周辺を探せば集まるハズよ。その間、あたしは創薬の準備をするから!」

「はい、師匠!」


 アレクはガンツやサンたち里のオーガにお願いするとともに、自らも集めに行った。一方、サクヤたちオーグリスは解熱剤の副作用が現れたポポの止まらないおしっこのため、おまるの交換に忙しかった。

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