第309話 依頼人リリアンナ
ユウキはリサから渡されたメモを頼りに依頼主の家に向かっていた。住所を見ると西部地区商店街の外れにあるようで、ギルドからもそう遠くはない。歩きながら、今後の事を考える。
(この依頼が終わったら、一度帝国を出てスバルーバル連合諸王国に行ってみよう。季節も秋に向かう頃だろうし、気候的にも旅をするにはちょうどいいよね。ただ、冬はどうしようかな…。まあ、後で考えようっと)
商店街の外れ、住宅街に隣接する路地を裏通りに向かって進み、更に細い路地をいくつか抜けた場所に目的地である依頼主の家があった。
「ここかな…? あら、看板がある。えーと、リリアンナ魔道創薬研究所…。うわ、凄く胡散臭い…」
建物は黒いスレート屋根の木造2階建てで、とても古めかしい。ただ、玄関脇にある花壇はよく手入れがされていて可愛い花が植えられている。ユウキは呼び鈴を鳴らした。しかし、誰も出て来ない。もう一度鳴らして見るが反応が無い。
「反応が無いな。こんにちわー!」
ドンドンと戸をノックして声をかけるが、やはり応答がない。取っ手をガチャガチャしてみると鍵は掛かってないようだ。戸を引き開けて中に入ってみる。
「お邪魔しますよ~。うわ、暗い…」
中は明かりが無く。小さな窓がひとつあるだけで薄暗い。壁の棚には怪しげな色をした液体が入った大小様々なガラス瓶が所狭しと並んでいる。
「怪しい…」
奥のカウンターに呼び鈴があるのを見つけ、押してみようと近づくと「カタン…」と小さな音がした。その音に一瞬動きを止めたユウキは、訝しげな表情をして音を立てずにカウンター近付づいた。そして、そーっとカウンター越しに中を覗くと…。
「何してるんですか…?」
「あう、あうあう…」
カウンターの内側に隠れていたのは20代前半くらいのブラウン色の髪の毛を腰まで伸ばした女性と10歳前後と思われる金髪の美少年の2人。女性の服は肩がはだけ、スカートも短くて色っぽく、エンジ色のハーフマントを羽織っている。また、2つの双丘はDカップ位でそこそこある。一方の美少年は白のブラウスに水色の半ズボンを穿いていてとても可愛い。
「あ、あのっ、借金は必ず払うんで! もう少し、もう少しだけ待ってください! あと5日、ううん3日、3日だけ待って! だから娼館行きだけは勘弁してぇ~」
「お姉さん、師匠がスミマセン! お金はホントにないんです。ボクたちもう10日も塩味だけの雑草スープしか食べてないんです! でも慣れると結構美味しいです!」
見つかった2人はカウンターから出て立ち上がるとあわあわしながら言い訳を捲し立てた。ユウキは何が何だか分からず、取り立て屋ではないことを説明する。
「えーと、わたしお金を取り立てに来たんじゃなくてですね、ここに用があって来たんですけど…」
「えっ! も…、もしかしてお客…? お客さんですかぁ!! きゃあああー、1ヶ月ぶりのお客ぅう。はい、どうぞどうぞ、こっち来て座って! アレク、お茶、早くお茶出して、とっておきのお茶出して!」
ユウキは女性に手を引っ張られ、唯一ある窓の下に置かれたテーブルの椅子に強制的に座らされた。女性はニコッと笑うとウキウキとした様子で棚の薬瓶を物色し始めた。何が何だか分からないといった風で待っていると、アレクと呼ばれた少年が「どうぞお茶です」と言って湯飲み茶腕を差し出して来た。一口飲んでみると滅茶苦茶不味い。あまりの不味さに思わず咽てしまった。
「ブハァッ! ゲホッ、ゴホッ! 不味い不味い! 美味しくない! 何なのコレ。不味いにもほどがあるよ。どうやったらこんな味出せるの?」
「そうですか? 雑草茶の中では美味しい方だと思うんですが」
「雑草茶?」
「はい。土手に生えている色々な草を乾燥させてブレンドしたお茶です!」
「……草の名前は?」
「知りません!」
渋い顔をしたユウキがハンカチで口の回りを拭いていると、女性がいくつかの薬瓶を持ってきて、テーブルの上にガシャガシャと並べ始めた。
「自己紹介がまだだったわね。あたしはリリアンナ。この魔道創薬研究所の所長で薬師よ。で、この子はアレク。あたしの弟子ってところね」
「アレクです。よろしくお願いします」
「わたしはユウキといいます」
「ユウキちゃんね! さて、あなたにピッタシと思われる薬を用意したわ。さーどうぞ見て見て!」
目の前にずらりと並べられた薬瓶。そのどれもが怪しげな雰囲気を醸し出していて、どう見てもマトモでないことが分かる。
「え、えっと…」戸惑うユウキ。
「じゃあこれから紹介するわね。多分みんな欲しくなるわよおー。まず始めはコレね」
ずいと目の前に置かれたのは。透明な水みたいな液体が入った瓶。とり立てて何の変哲もないものだ。
「これは数種類の毒キノコと毒草から抽出した猛毒よ。致死量は僅か1滴! 憎たらしい相手を消すには最高よぉ~。ユウキちゃんは色んな男に狙われそうな気がするから、そいつらを処分するのに最高の品よ。それにこの毒はね、無色無味無臭で決してバレないのが特徴なの。体は大人頭脳は子供の名探偵もビックリ、完全犯罪も可能!」
「おっかないよ! 要らないよこんな物騒なの。それに頭脳が子供じゃダメじゃんよ」
「そお、じゃあこれは?」
次に目の前に出されたのはどす黒い粘液質の見るからに怪しい液体。その気色悪い色にユウキはドン引きする。
「これはね、お通じに悩む女性用に開発した超強力下剤なの。ただ、強力過ぎて三日三晩水のような下痢便が止まらないのよね。もう、全身の水分が抜けちゃう感じ。ダイエット効果も期待できるわね。モチロンイヤなヤツに密かに飲ませるのもOKだよ。お腹を押さえて転げまわる様子を見て笑ってやるのもアリ!」
「全然アリじゃないよ! 下痢便が出っぱなしじゃお尻の穴が悲鳴を上げちゃうよ。それに、わたし定期的にお通じあるからいらない」
「もう我儘だね。じゃあこれ、とっておきの一品」
今度出されたのは小瓶に入った赤と黄色が混じったような粉薬。ユウキは何となくイヤな予感がした。
「これは凄いよ。サヴォアコロネ産の幻覚キノコと興奮作用のある成分を持つ植物を原料にした薬でね、飲むと気分がハイになって、何日も眠らなくても元気元気になるのよ。ただ、使い過ぎると依存症になっちゃうのが欠点かな」
「ちょ! それマズいヤツ! 絶対に使っちゃいけないヤツじゃない。国家憲兵隊に見つかる前に全部処分して! 闇に葬って! そして二度と作らないで!」
「やっぱダメかあ。じゃあ次はこれかな」
大きめの可愛らしい瓶に入っているのは透明なピンク色の液体。何となくいい香りがしてくる。
「やっとマトモそうな薬が来たね」
「おっ、興味が引かれましたか。これはねぇ、媚薬だよ」
「マトモじゃなかった!」
「この薬を飲むとね、身体がカーッと熱くなって、アソコがキュンキュンしてきちゃうの。彼氏と一緒に飲んでエッチしたら燃え上がる事間違いなしよ。その名も「スーパーSEXⅡ!」彼氏と一緒にどお」
「最悪なネーミングだね。怪獣退治の秘密兵器っぽい。でも、わたし彼氏いないし…。もしかしてリリアンナさん使ってみたの?」
「まさか、あたし彼氏いない歴=年齢だモン。1人で飲んだ。結果はね、ごにょごにょ…」
ユウキの耳に顔を寄せて効果を説明するリリアンナ。ユウキの顔がみるみる真っ赤に染まる。
「どうする?」
「買います…」
「ユウキちゃんのエッチ」
「最後は魔力回復薬。ノーマル、ミドル、ハイパーの3種類があるよ。自分の魔力量を超えた物を飲んでも、無駄になるから注意してね」
「おっと、やっとマトモな商品が来たね。わたしの使う魔法は魔力消費が大きいから、ハイパー10本は欲しいな」
「毎度ありー。えっと全部で銀貨15枚だけど、大丈夫?」
受け取った薬瓶をマジックポーチに収容したユウキは、財布から銀貨をテーブルに置いた。リリアンナとアレクは久しぶりに見るお金に興奮している。
「やったよアレク。これで久し振りにお肉が食べられるわよ!」
「ぎ、銀貨だ…。久しぶりに見ました。本当に銀貨だ…」
「随分お金に苦労してるみたいだね」
「そうなんですよ。師匠の作る薬は怪しい物ばっかりで、良く効くけど超絶に苦い胃薬だとか、強烈にしみる痔の薬とか、咳は止まるけど呼吸も止まる咳止めとか、癖が強くて全然売れないんです。お姉さんが買った魔力回復薬ポーションも副作用でお腹が緩くなります」
「ゲッ…。買うんじゃなかった」
「ふん。誰もあたしの凄さを分からないのよ! あたしは天才なの。いずれあたしが開発した薬でこの世界を豊かにして見せるんだから。今の世の中薬は高すぎるのよ。これじゃあ庶民には手を出せない。薬が買えない庶民には死ねって言ってるようなものよ」
「だから、あたしはもっともっと新しい薬を開発して見せるわ! そしてあたしの薬をたくさん世の中に普及させて、世界をあたしの薬で支配して見せる! そしたらあたしは大金持ち!!」
「ん…? あれ? えーと、リリアンナは薬で庶民を救うのよね」
「そうよ! あたしが開発した薬が売れれば、皆が幸せになるし、あたしにはお金が入る。それはもうたくさん入る。大金持ちよ。金持ちになって得体の知れない雑草スープとおさらばよ!」
「そう言えば、新しい薬開発に必要な薬草を取りに行くためにギルドに護衛依頼を出してたけど全然来ないわね」
「多分、依頼料が安すぎるんだと思いますよ。師匠」
「でも、質屋からは銀貨10枚しか借りられなかったし…」
「アルラウネの花が手に入れば、どんな病気でも治癒できる幻の秘薬「エリクサー」が手に入れられる。そうすれば一発で大金持ちになってボーナスも払えるんだけど…」
リリアンナの説明によると、エリクサーは古代の秘法によってのみ作成が可能となる薬で、あらゆる病気や毒、石化等といった状態異常を完全に治癒することが出来る究極の万能薬と言われており、ひと瓶で金貨1000枚(10億円相当)はくだらない代物だという。また、アルラウネとは森林地帯に生息する巨大な花弁に含まれた美しい女性の姿を持つ植物型の魔物で、警戒心が強く臆病で移動もできるから目撃されること自体が稀で、リリアンナはそのアルラウネを探しに行くため、ギルドに護衛の依頼を出したのだという。
「アルラウネは帝国南部のヴェルゼン山で目撃されたらしいの。探しに行きたいんだけど、ヴェルゼン山には恐ろしい魔物がいるって噂だからあたしとアレクじゃ心許無いし…」
リリアンナの話を聞いていたユウキは気乗りしなかったが、リサに受けるといった手前、逃げ出すわけにもいかずギルドで受け取った依頼票を2人に見せた。
「わたしが依頼を引き受けた冒険者です」
「えっ…。お客さんじゃなかったの? 全然冒険者に見えない」
「よく言われるけど、今日はお話を聞きに来ただけだから、普通の格好してるだけ。これでも一応Aクラス冒険者だよ」
ユウキは胸元から金色のプレートで出来た冒険者証を取り出して2人に見せた。
「ホントだ…。信じられない。こんな巨乳美少女が冒険者だなんて」
「どうします? わたしを雇う?」
「モチロンよ! こちらこそお願いするわ!」
早速リリアンナは帝国の地図を持ってきてヴェルゼン山の位置と移動経路を確認する。ヴェルゼン山は帝国領土の南、海沿いに広がる山地の最高峰だ。帝都からは馬車で約1日かかる距離にある。
「移動だけで1日かかるね。依頼票では3泊4日になっていたけど、それだとアルラウネを探す時間は1日しか取れない。結構厳しいよね…。捜索には1週間は欲しい所だけど、どうする? 延長するなら割増を貰うよ」
「うう…、とは言ってもお金ないし…。でも背に腹は代えられない。道中で見つけた薬草を売ればなんとかなるか…。1日あたり銀貨2枚でどう…かな」
「いいよ、契約成立だね。じゃあ探索期間は1週間だね。そうなると、拠点が必要だなあ」
「ん、ここ…ヴェルゼン山の麓に小さな村がある。ここを拠点にしようか」
「いいわよ」
その後、持ち物や注意事項を確認した後、明日の早朝に出発することにして、待ち合わせ場所を決め、ユウキは創薬研究所を後にし、ギルドに寄ってリサに依頼変更の内容を話して手続きをしてもらうとともに、馬車が借りられないかお願いしてみた。
「リサさん、ギルドの荷馬車を貸してもらえませんか? 今度の場所、連絡馬車も通ってなくて、移動手段が無いんです。もちろん賃貸料は払います」
「いいですよ。当面使う予定もないので問題ないです。私とユウキさんの仲ですし、タダでお貸ししますよ。幌付きの荷馬車と馬1頭でいいですか?」
馬車の準備はリサにお願いし、明日の朝取りに来ることにした。そして、ギルドの売店で必要な食糧や必需品を買いそろえると、クライス家のお屋敷に戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食堂でクライス家と夕食を摂っているユウキ。何故かお忍びで来た皇帝陛下とマーガレットも食事に参加している。どうも別荘の一件でイレーネとマーガレットはすっかり仲良くなったらしく、今晩は夕食を共にし、今日はお泊り会をするとの事だった。皇帝陛下は暇だから着いて来たと話していて、ヴァルターの顔色が悪い。
(中学生ですか、あんたらは…。でも、マーガレット様も宮殿では浮いた立場だし、イレーネ様もフォルティが不在で寂しそうだったから良かったのかな。しかし、皇帝陛下…、あんたはダメでしょう)
『皇帝は結構自由人みたいじゃぞ。お主の旦那候補とセラフィーナは皇帝の血が強いのじゃろうな。しかし、このような2人の子だからアイツらは他の兄弟姉妹と合わんのじゃろうな。面白いもんじゃて』
(そんなものなのかな…?)
「ほう…、そんな人材がいるとは面白いな。ふむ、帝都にはまだまだ世に出て来ない有望な人材が埋もれていると見た。これらの人材を発掘するのも国の発展には必要だ」
「その通りですな陛下。宰相府で少し人材発掘について検討してみましょう」
「じゃあ、ユウキさんは明日からしばらく不在にするのね。つまんないわね、折角来たのに」
「すみません、マーガレット様」
「しかし、薬草探索とアルラウネの捜索か…。アルラウネを捕らえて増殖させ、その体の一部を利用できるようになれば、そのリリアンナという者が言う安価で効果の高い薬の普及化も夢じゃないな」
「でも陛下、そのためには薬の販売を独占している創薬ギルドの存在が邪魔になりますぞ。きっと抵抗してくるに違いません」
「薬は国民誰もが買い求められる物でなくてはならん。富を独占するための道具ではない。創薬ギルドは解体し、薬の販売は国が管理するようにするのだ。その段取りはヴィルヘルムに任せる。ただし、反感を買わぬよう事を急がず、じっくり取り組むのだ」
「お任せください」
(リリアンナの話題から凄い話になった…)
フリードリヒとヴィルヘルムは政策的な話で盛り上がり、イレーネとマーガレットは女子トークに花を咲かせている。ただ一人ヴァルターだけ暗い顔。宰相府での悪い噂がなかなか消えなくて困ってるらしい。
(ヴァルター様、元気になってほしいな。お土産買ってきてあげようっと)




