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第308話 ウル国潜入

「間もなく出発ですな。我々国境警備隊はエヴァリーナ様の任務遂行のためには協力を惜しみません。いつでもご連絡ください。そして、任務成功を願っております」

「ありがとうございます、中佐。お世話になりました」


「手筈通りに準備は進めておきました。皆様は村で徴用された輸送隊の労務員という扱いです。タニア殿はそちらの冒険者の方々と御一緒の馬車にお乗りください。ゼノビアまで冒険者に護衛されているという事にしております」

「ありがとうございます、大尉。では、行ってまいります」


 エヴァリーナはデュットマン中佐とエバンズ大尉に礼をすると、輸送隊に向かって歩いて行った。タニアはエマとレイラに連れられて馬車に向かう。


「困難な任務だ…。それだけに重要だ。何せ世界の命運が掛かっているかも知れないのだからな。彼女たちには荷が重すぎる…」

「中佐?」

「我々に出来るのは、陰から支援する事と祈る事だけだ」

「………」


 ウルに向かう一行の背中を見て2人は任務の遂行と無事な帰還を祈るのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 通常の馬より二回りほど大きく、強力な筋肉と短い頸と太くてたくましい胴をした運搬用の馬数頭に曳かれた荷物を満載した大型の荷車が次々と動き出した。先導は輸送を仕切る商会と護衛の冒険者を乗せた馬車で、荷馬車はその後を隊列を組んで進む。最後尾に作業員を乗せた馬車が続く。エヴァリーナたちも大勢の作業員に紛れて荷馬車に乗り込んでいた。


「結構、振動がキツイですわね。お尻が痛いです。中腰になろうっと…」

「エヴァはケツでかだからな。その格好、よく似合ってるぜ。どこから見ても田舎の土臭いイモ娘だ。わはははは!」


「失敬ですね、この男は。貴方だってどこから見ても貧乏百姓じゃないですか」

「褒めるなよ。照れるだろ」

「褒めてませんよ。どこまでポジティブなんですの。ったく…」


 エヴァリーナたちは駐留軍が準備してくれた、村人や荷役作業員の服を着ている。ソフィとティラ、フランはどこから見ても日雇いの荷役労働者で、エヴァリーナとミュラー、ハインツは貧しい百姓の格好をしていた。一方、リューリィは作業員のお世話をする村娘として可愛い服を着せられていて、荷馬車内の男たちの注目を浴びていた。


「ほら、フランさん。元気出しなさいな」

「…うん」

「大丈夫ですよ。お兄様はフランさんの事が大好きですから、首を長くしてフランさんの帰りを待っていると思いますよ。頑張って成果を持ち帰りましょう。そうしたら、お兄様、益々フランさんの事、好きになりますよ」

「ありがとう。エヴァリーナ様。…あたし、頑張る。そして帰ったらヴァルター様と結婚するんだ」

「それフラグだから止めてー」



 村を出発して街道を2時間ほど西に進むと国境の検問所に到着した。帝国側の出国審査手続きは特に問題もなく終わった。


「ここからですわね…」

「ああ。リューリィ、何か感じるか」

「いいえ…、特に危険はないようです」


「皆さん、先導の馬車が進み始めましたわ」


 エヴァリーナがゆっくりと隊列が進み始めた事を知らせた。いよいよウルに入国するのだ。先ずは入国審査を切り抜けなければならない。石造りの城壁に造られた長さ20m程のアーチ状のトンネルを抜けるとウル国の検問ゲートが見えた。脇に係官数名と槍で武装した兵士が20名程立って輸送隊を停止させた。

 係官が書類を見ながら荷物の現物確認を開始した。その間、兵士が周囲を回って怪しい物が無いか見回り始め、エヴァリーナたちが乗る荷馬車にも数人の獣人兵士が近づき、鋭い視線を送って来る。


「あんのぉ~、何だべか。こった見つめられると、はんずかすいべぇ~。飴ちゃん舐めるけ?」


 エヴァリーナが、兵士に向かってニカっと笑って飴玉を差し出した。兵士は「フン」と鼻を鳴らすと別な荷車に向かって行った。それを見たエヴァリーナは「ホーッ」と息を吐く。周囲にいた仲間たちも寝た振りや同乗している村人たちとおしゃべりをして作業員を装い、兵士の目をやり過ごした。


「何とか上手くいきそうですわね…」

「ああ、だが油断はするな」


 何とか上手く行きそうだと思った所に、兵士たちの動きを伺っていたフランが警告を発した。


「エヴァリーナ様、兵士たちが戻って来る」


 見ると兵士が数人エヴァリーナたちが乗っている荷馬車に近づいて来た。緊張して身構えていると、兵士たちは何やらひそひそと話をしている。そしてエヴァリーナたちに向かって指さすと、


「そこの女、降りてこい!」と叫んだ。


(バレた!?)エヴァリーナが立ち上がり、ミュラーとフランが助け出せるように身構えるが、兵士たちは思いっきり否定した。


「違う違う。お前みたいな田舎ブスじゃねえよ。そこのカワイ子ちゃんだよ」

「えっ…」


 指定されたのはリューリィだった。カワイ子ちゃんと呼ばれ、はにかんだ笑顔を浮かべて馬車を降りるリューリィ。ブスと言われたエヴァリーナは屈辱と恥ずかしさで真っ赤になり、べたんと音を立てて荷馬車に座った。周りではミュラーとハインツが大笑いしていて、ソフィたちも顔を背けて肩を震わせている。唯一フランだけが、背中をポンポンして慰めてくれた。


(くぅ~、カッコ悪いったらありゃしない…。ユウキさんには及ばないものの、帝国貴族界随一の美少女と呼ばれたこの私がブス呼ばわりとは…。しかも男に負けた…。死にたい)


 一方のリューリィは兵士たちに囲まれ、その美しさ、可愛らしさを褒め称えられていた。


「お、おお…。何て可愛いんだ。尊い!」

「可憐…。ただひたすら可憐。君に捧げるこれ以上の言葉はない。結婚してくれ!」

「俺は君を1万年と2千年前から愛してる…。待っていたんだ。この手に抱きしめたい」

「君の為なら全てを捨てよう。そして、田舎で農業をするんだ。子供は5人欲しい…」


「えー、ボク、困っちゃうな。でも、可愛いって言ってくれて嬉しい! うふっ」


「おおう、ボクっ娘! ベリーチャーミング! テラカワユス!!」

「結婚してくれ!」

「いや、俺とだ!」

「テメエ、引っ込んでろ!」

「何だ! やるってのか!」


 リューリィを巡って漢たちの乱闘が始まった。戦闘能力の高い獣人兵士の戦いはすさまじい。あっという間に流血の地獄になる。ただ、彼らは知らない。リューリィが男の娘であると言う事実を…。


「やめて! ボクのために争わないで!」

「おーい、リューリィ。出発だぞー」

「ハーイ」


 ウルの兵士たちが我に返った時にはリューリィの姿は消え、帝国から来た輸送隊はゼノビアに向けて出発した後だった。しかも、任務をほっぽリ出して乱闘に及んだことが警備隊長の逆鱗に触れ、座敷牢送りになってしまった。魔性の男リューリィ。本人が意識せず、ここでもまた彼の犠牲者が生まれたのであった。しかし、その騒動のお陰でエヴァリーナたちは、ウル側に気取られることなく、入国することが出来たのだった。


「あれ、エヴァリーナ様元気ないですね。どうしたんですか?」

「リューリィ、お前はエヴァに声をかけるな。エヴァが惨めになるだけだ。クッ、思い出したら笑いが止まらん。腹痛ェ」


「ミュラー…。ユウキさんのエロパンツ、あげないから」

「エヴァリーナ様! 平に、平に御容赦を! エヴァリーナ様はそれはもう美少女の中の美少女で御座います。これでおっぱいがもう少し大きければ完璧! そこだけが残念!」


 頭に来たエヴァリーナ様はハリセンでミュラーをシバキ出した。ベシンバシンと折檻を加えていると気分が高揚し、先ほどまでの沈んだ気持ちが晴れて、元気が出て来るのであった。ただ、痛めつけられる側はたまったもんではない。


「や、やめろエヴァ。痛ぇって! うわ、イテェ!」


「何をしてるのやら…。しかし、仲いいよね、あの2人」

「だね。ミュラー様、ユウキちゃんよりエヴァリーナ様の方がお似合いじゃない?」

 ソフィとティラがじゃれ合う(?)2人を見てぼそぼそと話している。


「はあ…、タニアさん。君に会いたい。離れ離れとは運命は時に残酷だ…。タニアさん。僕は君にI LOVE YOU…」


「こいつはこいつで…。闇の中二病から愛の中二病にジョブチェンジしてがるし…」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 国境から約3日でウルの首都ゼノビアに到着する。エヴァリーナたちは念のため、ゼノビアまでは変装したままで移動することにした。


「国に入ってしまえばこっちのもの。順調ですわね」

「ですね。しかし、比較的街道は整備されてますが、周囲は山また山ですね。見通しが悪いし、襲われたら逃げ道がないです」


 ソフィとティラは周囲を見回して懸念を示すが、エヴァリーナは無事入国できたことで楽観していた。しかし、油断は危機を招く。山麓に広がる背の高い草むらの中から輸送隊を見つめる複数の目があった事に気づく者はいなかった。

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