第307話 エヴァリーナは苦労性
「エヴァリーナ様、輸送隊が村に到着しました」
村に見回りに行っていたソフィが輸送隊の到着を知らせて来た。それを聞いたエヴァリーナたち一行は駐屯地を出て、村の広場に向かう。また、駐留部隊から副隊長のエバンズ大尉も同行している。
村に入ると、広場に荷駄用の大型馬数頭曳きの大型荷馬車数台が荷物を満載した状態で停車しており、作業員と村人が大勢集まって、荷馬車から馬を外し、休息用の馬小屋に連れて行く所であった。
「エヴァリーナ様、私は輸送隊の監督官に、皆様がウルに入国するための作戦を説明してまいります」
「よろしくお願いしますわ」
エバンズは一行から離れると、荷馬車の方に歩いて行った。一行は作業員が働く様子を何とはなしに見ている。
「しかし、すげえ量の荷物だなあ」
「ですわね。主に生活必需品や食料品、金属加工用のインゴッドが主な荷物ですってよ」
ミュラーとエヴァリーナが感心したように話をしている。
「あの荷物の中には、私の実家に運ばれる商品もあるみたいです」
タニアがにこにこしてハインツに話しかけると、ハインツも笑顔を返し、2人は頬を染めて見つめ合う。その様子を妬み100%の視線で見るモテない女子ソフィとティラ。しかし、桃色空間に入り込んだ2人はその視線にが気付かない。側で呆れるリューリィ。最近定番化した構図だ。
「あら、そこにいるのはエヴァじゃない?」
唐突に名前を呼ばれ驚いて声のした方を振り向いた。そこには「オーイ」と手を振って歩いて来る1人の冒険者の女性。
「おっ…、お母様!」
「ひっさしぶりねー、エヴァ。元気してたぁ~」
「お、お母様こそ…。どうしてここに? それに、何ですか、そのハレンチな格好は!?」
「まあ、失礼ね。結構気に入ってるのだけど」
フォルトゥーナは、ハイレグカットのレオタードの上に胸元が大きく開いたラバージャケット。腰には皮のベルトを巻き、メイン武器の鞭を吊り下げている。足は黒のニーソックスに皮のショートブーツ。むっちりとした太腿に巻いたベルトにダガーを吊り下げていて、エンジ色をした腰までのハーフマントを羽織っている。頭には極彩鳥の羽で造られた髪飾り。いつもの冒険者スタイルだ。
「実はね、私も冒険者になったの。子供の頃からの憧れだったのよね~」
「はああああ!? 何してるんですかお母様ったら!」
「おーい、フォルティ姉さん。宿を確保したぜ、少し休もうや」
そこに仲間と思われる男性1人と女性2名の冒険者が近づいて来た。
「ちょうど良かったわ。一旦皆で落ち着きましょ。どこかいいところないかしら」
「私たちがお世話になっている駐屯地は如何ですか? あそこには大きな会議室もありますので、そこをお借りしましょう」
エヴァリーナは皆を連れて駐屯地に戻ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ自己紹介するわね。まず、私はフォルトゥーナ。エヴァの母親よ。こっちの男性はレオンハルト君、女の子はエマちゃんとレイラちゃん」
フォルトゥーナの紹介を受けて、レオンハルトたちがよろしくと挨拶する。
「私はエヴァリーナ、フォルトゥーナの娘です。こっちのアホ面はミュラー、女の子みたいだけど男の子のリューリィ、フランさん、いとこのハインツ。最後にゼノビアの豪商の娘さんで、タニアさんです」
「おめェ、アホ面はねぇだろ」
「そのとおりじゃないですか」
「この…」
まあまあ、とリューリィが2人を宥める。エヴァリーナはしれっとしてフォルトゥーナに向き合うと、自分たちが置かれた状況について、簡単に説明をした。
「えーとですね、お母様は事情を知っていると思いますけど、私たちウルに入国しようとしているのですが、ウルへの入国審査が厳しくて足止めをくらってたんですの。それで、帝国軍ジョゼ駐屯地の司令に相談したら、輸送隊の随員として入国できるよう手はずを整えて下さると言うことで、待機していましたの」
「なるほど…。実は、私たちはユウキちゃんをリーダーとしたパーティを組んでいるのだけど、ユウキちゃんがお疲れでお休みしているため、私たち4人で輸送隊の護衛依頼を受けてここまで来たって訳。このままゼノビアまで行く予定よ」
「何だと!(ですって!) ユウキさんですって!(ちゃんだと!)」(エヴァ&ミュラー)
「キレイにハモったわね~。そうでーす。エヴァの親友のユウキちゃんでーす」
「ユウキさんが帝都に…」
「そうよー、イザヴェル、ビフレストと旅して、ひと月前に帝都に来たのよね。今は私たちの家に居候して冒険者しているわ」
「そうなのですか…」
「(ん、帝都に来たのはユウキさんだけ?)お母様、ユウキさんの他にステラさんという女の子が一緒にいませんでしたか?」
「いいえ、いなかったわね。エドモンズ三世というアンデッドさんはいたけど」
「??? (ステラさんと別れたって事? アンデッドって何ですか?)」
エヴァリーナは何が何だか分からなくなった。頭にハテナマークを浮かべながらも、これ以上聞いても分からないだろうと思い、話題を切り替えることにした。
「ユウキさんはお元気でしたか? ああ、早く会いたいなあ。また、ユウキさんと一緒に旅したいです」
「ユウキちゃんが帝都に…。悪い男に引っかからなければいいが…。オレが戻るまで無事でいてくれよ。彼女はオレの嫁だあ! 絶対に彼女をオレのモノにするぞぉおおお!」
「まーた発作が始まった」リューリィがぼそりと呟く。
「ん、お前、ユウキちゃんを知ってるのか?」
レオンハルトが興奮状態で立ち上がって吠えるミュラーに話しかけた。
「当然だ。そして、オレはユウキちゃんを海のように深く深ーく愛しているのだ。所謂一目惚れだ。しゅき過ぎる。大しゅき過ぎる。絶対に嫁にすると心に決めている!」
「その割には、ユウキさんから全く相手にされてませんよね。むしろ、嫌われてます」
「うるせえリューリィ。いつかきっと、オレのピュア×2なハートが、彼女の胸を打つ時が来る。その時こそ、オレの素晴らしさが彼女にもわかるはずだ。多分な」
じいっとミュラーを見るレオンハルト。悪いヤツには見えないと、少し安心する。
「大丈夫よぉ、レオンハルト君。ミュラーちゃんはバカだけど人はいいのよ。バカだけど」
「バカバカ言うな、傷つくだろ! それよりもお前、ユウキちゃんを知っているようだが、何モンだ。もし愛人だったらオレは泣く! そして、お前を殺してリューリィと心中する!」
「何でボクを巻き込もうとするんですか。その人を殺してボクと心中したら、男同士の痴情の縺れみたいじゃないですか。死ぬなら1人で死んでくださいよ…」
「え~」
「え~じゃないです」
「ワハハハハ! 面白いなお前。ユウキちゃんはロディニアにいた頃、馴染の武器店に下宿していた女の子だ。彼女はそうだな…、妹みたいなもんだ。そんだけだよ」
「そうそう、レオンハルトさんには私たちがいるんだから」
エマとレイラがわざとらしくレオンハルトに抱き着く。
「このハーレム野郎…、羨ましくなんかねえぞ。オレにはユウキちゃんがいるからな」
「まあ、確かにユウキさんはいますよね。帝都に」
「くっそ面白れぇ事言うじゃねえか、リューリィ」
「僕にはタニアさんという運命の人がいる」
「ハインツさま…。ポッ…」
「あたしにもヴァルター様がいるし」
「あらあら、エヴァのパーティは面白い方たちばっかりね」
「ええ、それはもう…。面白過ぎて、最悪ですわ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
飲み物とお菓子を食べながら、ワイワイ騒がしくしていると、魔道通信で宰相府と連絡を取りに行っていたソフィとティラが会議室に入って来た。輸送隊が到着したので、これを利用してウルに入国することを報告して来たとエヴァリーナに伝えて来た。
「ご苦労様。ソフィ、ティラ。貴女方も休んでください」
「ティラ、どうする…?」
「見せたいけど、パニック…、いや暴動が起こるかも」
「?? どうしたのですか、2人とも」
「ソフィ、見せよう! その方が面白い」
「わかったわ」
「エヴァリーナ様、帝都で面白イベントがありまして、その画像が宰相府の女性職員中心に共有されていたんです。通信器を通じて見せてもらったんですけど…、うっ、ぷぷぷ」
「ソフィ…?」
「この記録の水晶に移して来たので、是非ご覧になって下さい。撮影時期は、フォルトゥーナ様が帝都を出発した当日だそうです。くすくすくす…」
「ティラ…?」
ティラからタブレット型の記録の水晶映像器を受け取り、覗き込んでみたエヴァリーナ。映し出されていた映像を見て仰天した。そこには、エッチな際どいビキニ姿をしたユウキが満面の笑みで水着姿のヴァルターに抱き着いている姿が映っていた。体に押し付けられてポヨンと形を変えた大きなおっぱいを、だらしない目付きで見るヴァルター。エヴァ自慢の兄が鼻の下を伸ばして、親友のエロっ娘とイチャコラしていた映像だった。
「こ…、これは…」
「まあ!」(フォルトゥーナ)
「おおっと!」(レオンハルト、エマ&レイラ)
なんだ、なんだと皆が集まって来る。エヴァリーナはハッとして、ミュラーとフランに見られないように体を伏せて隠そうとしたが、それよりも早くフォルトゥーナが映像器を奪い取り、満面の笑みで「ジャーン!」といって全員に見せた。
しん…と静まり返った会議室。エヴァリーナが恐る恐る顔を上げると、じーっと映像を見つめる1組の男女、ミュラーとフラン。いつの間にかソフィとティラ、リューリィは会議室から逃げ出している。
「ヴァ、ヴァルター…。あの野郎、オレにエヴァに手を出すなと言っておきながら、テメェはユウキちゃんに手を出すってか! くそ、ユウキちゃんの笑顔が眩しい!!」
「ヴァルター様がユウキと…。やっぱりおっぱいの大きい女の方がいいんだ。あたしの事、大切な人って言ってくれたのは嘘だったの…? うわああん、好きな男を寝取られたー!」
「ヴァルターを!」
「ユウキを!」
『殺す!!』
「わー、息ピッタリ」
エマとレイラが感心したように言う。
「待って待って2人とも。ミュラー、鼻息抑えて落ち着いて。フランさんも泣き止んで。よく見て、お兄様とユウキさんはプールで遊んでいるだけです。あの2人が恋人になる訳ないですよ。ユウキさんは他人の恋仲を壊すような人じゃ無いです。真偽を確かめましょう。今から通信室に行って、お兄様の話を聞きに行きましょう。ほら、2人とも行きますわよ!」
「うふふ~、エヴァは苦労性ね~」
「誰のせいですか、誰の!」
バタバタとエヴァリーナとミュラー、フランが会議室を出て行った。見送ったレオンハルトが改めてまじまじと映像器を見る。そこに写っているユウキの笑顔は本当に楽しそうだ。
「ユウキちゃん、楽しそうだ」
「うふふ、そうね~。すっごくいい笑顔だわ」
レオンハルトとフォルトゥーナはしばらくの間、ユウキの笑顔を見ていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
執務室で黙々と書類の確認を行っていたヴァルターに秘書のイーリスが、エヴァリーナから魔道通信が入っていることを知らせて来た。
「ん、オレに…?(なんだ、エヴァの件は先ほどソフィから報告があったと思ったが)」
「はい。映像通信です」
不思議に思いながら通信室に入り、座席に座って受信を司る魔法石に触れると、目の前の水晶版に映像が出た。その映像を見てヴァルターは心臓が止まりそうになった。
映像には目いっぱいに涙を浮かべて、泣き出しそうなのを我慢してプルプルしているフランが映っていたのだ。
「フッ、フラン!」
「…………………」
「ひ、久しぶりだな…。げっ、元気そう…ではないな」
「…………………」
「どうした…? 何か、用があって連絡して来たんじゃ…。(マズイ! 知られたか!?)」
「……ヴァルター様」
「ひゃい!」
「…ヴァルター様。グスッ、ユ、ユウキと楽しそうだった…。裸で抱き合ってた。フランをエヴァリーナ様に同行させたのは、追い出したかったから? ユウキとイチャイチャするためだったの? フラン、ヴァルター様の事、大好きなのに、ヴァルター様はもうフランの事要らないんだ…。ううっ、ぐすん」
そう言うとフランはしくしく泣き出した。ヴァルターが何か言おうとして、ふと入口の方を見るとイーリスがじーっと見ている。言い訳を考えていたら、今度はミュラーが席に座った。その背後にエヴァリーナに抱きかかえられて大泣きするフランが映っていた。
「おい! テメェ、ヴァルター! 貴様、エヴァに手を出すなと言っておきながら、ユウキちゃんに手を出しやがったな! おい、ユウキちゃんのおっぱいの感触はどうだった? 柔らかかったか、ぷにぷにだったか、教えやがれ! くそー、羨ましすぎて頭にくるぜ。ぶっ殺してやる!!」
「ま、待て。話を、話を聞いてくれ。オレは別にユウキ君を恋人にしようとか、奥さんにしようとか、全く考えていない。彼女はエヴァと共通の友人だ。それだけだ。頼む、話を聞いてくれー!!」
その後、長ーい時間をかけて、プールに行ったいきさつと言い訳を必死に説くヴァルターだった。そして、ようやくフランとミュラーの誤解が解けたと思ったら、今度は、エヴァリーナの長い長ーいお説教が待っていたのだった。そして、ヴァルターが解放されたのは、日付も変わろうとした深夜であった。
「じ、地獄だ…。もうユウキ君と出かけるのは止めよう。神経が持たない…」
だが、真の地獄は翌日に待っていた。宰相府に出勤すると、昨日の修羅場が職員中に知れ渡っていて、しばらくの間「仕事は出来るが、女にだらしない男」という評判が付いて回り、女子職員から総スカンを喰らったのであった。
(くそー、イーリスめ…。いつか絶対ぎゃふんと言わせてやるぞ。トホホホ…)




