第306話 ユウキの新たな依頼
「エロモン、大丈夫かな? 陛下に対して失礼な事してないだろうね」
別室に移動したユウキは出されたケーキを食べながら、しきりにエドモンズ三世の振る舞いを心配する。イレーネはそんなユウキを見てくすくすと笑い、
「そんなに心配することはないと思いますよ。ああ見えて、弁えているお方ですから」
と言って、コーヒーを勧めてくれた。
「それよりもユウキさん。ヴァルターさんと仲が良いようですけど、どこまで進んでいるのかしら。ミュラー様がユウキさんを狙っているようですけど、私としてはヴァルターさんのお嫁さんになってほしいと思うのだけど」
『ブハァアアーッ!!』
イレーネの発言にユウキとヴァルターは口に含んでいたコーヒーを吹き出し、ゲホンゴホンと咽せ、テーブルに突っ伏してビクビクと悶絶する。部屋の隅に控えていたメイドが飛んできて、2人を抱え起こし、コーヒー塗れになったテーブルの掃除を始めた。
「まあ、汚いわね2人とも」
「あの、あのあの、あのですね、ヴァルター様は、エヴァのお兄様で、わたしのお友達というか…、そう! お友達ポジションなんです! 結婚なんて考えたこともありません!」
「そう、そうですよ母上。ユウキ君はエヴァとオレの友人。ただの友人です。それ以上でも以下でもありません!」
必死に言い訳をする2人。その必死さが返って怪しく見える。ユウキとヴァルターは落ち着こうと、メイドが淹れ直してくれたコーヒーを飲む。
「怪しいわねぇ。プールデートで恋人同士みたいだったって、宰相府で噂になってるようだけど…。ユウキさんがほぼ裸のような水着でヴァルターさんと抱き合ってたって」
『ブバァアアーッ!!』
「もう、汚いわね」
再びコーヒーを吹き出す2人。メイドさんが迷惑そうな顔をして片づけをする。ユウキは必死に言い訳をしようとするが、コーヒーが気管に入って上手く話せない。ビクンビクンと痙攣しているヴァルターは役に立ちそうもない。何とか呼吸を整えると、必死に言い訳をする。
「あれは…、あれはウォータースライダーで遊んだ時のハプニングで…。そう、ハプニング、不可抗力なんです。水着は私の趣味です。エロいのが好きなんです! それに、ヴァルター様にはフランという恋人が既にいるではありませんか!」
「まあ、そんなに必死にならなくても…。そうですわね、フランさんもヴァルターさんといい仲ですからね…。そうだ! ユウキさんが正妻で、フランさんが第2夫人ではどう?」
「いや、どうって言われても…。イレーネ様、わたしは愛し合う2人を引き裂くようなことはしたくない。悲しい思いはさせたくない。わたしには経験があるから…。愛する人に裏切られた時の悲しみ、苦しみは尋常ではなかった。とても辛いんです…。言葉では言い表せないほど…」
「そう…、御免なさいね。私が浅はかでした。ただ、ユウキさん。今まで通り、ヴァルターさんとはいい友人でいて下さいね」
「はい、それはお約束します。エヴァとヴァルター様はわたしの大切なお友達です」
イレーネはにっこり笑い、ユウキもまた、笑顔で頷いた。そして、ふと考える。
(わたしは誰を愛するようになるんだろうか…)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いや、今日は有意義であった。ユウキよ、宮殿に足を運ぶことがあったら、余の所にも顔を出すがよい。待っておるぞ」
「私の所にもね、ラピスが居なくなって寂しいのよ」
「はい、必ず!」
別荘の前に待機している馬車の前でフリードリヒとマーガレットが、ユウキとヴィルヘルム一家に別れの挨拶をしていた。最初はとても緊張したけど、皇帝陛下とお話が出来て本当に良かったと、心がほんわかと温かくなったユウキであった…が、マーガレットの一言で心の温度が絶対零度まで下がった。
「ユウキさん。エドモンズ様から聞いたのですけど、ユウキさんにはもう1人眷属のお方がいるんですってね。お名前は…、アース君と言ってたかしら。とても気のいい弟分だと言っていらしたのだけど、お会いすることは可能かしら」
ユウキは全身の血が足元まで下がる気がした。ヴィルヘルムとヴァルターを見ると、血の気のない顔でフルフルと首を振る。その様子をイレーネが不思議そうに見ている。
「あの、そのあの、ア、アース君はですね…。今調子が悪くて…、そう、今朝から下痢気味なんですよ。だから、む、無理なんです…けど…」
「あら、それはいけないわね。私、いい薬を持っているので、差し上げたいわ」
「ユウキよ。余も会うてみたい。紹介せよ。皇帝としての命令だ」
『ユウキ、我も久しぶりに外に出たい』
「く…っ」
再びヴィルヘルムとヴァルターを見ると、2人とも屈みこんで頭を抱えている。イレーネがヴィルヘルムの背中をポンポンと叩いているが、反応が無い。ユウキも頭を抱えたくなった。が、皇帝の命令ならば仕方ない。
「あの、アース君を呼びますが、生半可なモノではないので、覚悟してください」
「お、おう」
「た、楽しみ…だわ」
異様な雰囲気に、ざわ…ざわざわ…と騒めく護衛の親衛師団兵の前に進み、胸の前に輝く真理のペンデレートに手を触れる。すると、パアアーッと光り輝く玉が出現して弾け、銀色に輝く鎧板を持った巨大な生物が現れた。フリードリヒとマーガレット、親衛師団の兵たちは度肝を抜かれて立ち尽くし、イレーネは気を失ってふらりと倒れた。
目の前に現れたのは全長50m、全幅5m、体高3mになるヤスデの怪物。圧倒的な迫力に全員声を失う。
『皇帝陛下、お初にお目にかかる。我はアース。アースロプレウラのアースだ。よろしく』
ぐおおっと前体部を持ち上げちょこんと頭を下げる。わさわさ動く側枝が気持ち悪い。皇帝一行は魂を飛ばされたように、アース君を見上げるだけだ。
『ん…? 聞こえなかったかな。皇帝陛下、聞こえますかー、こんにちはー!』
「お、おお…、聞こえているぞ…。アース君とやら、よろしくな…」
「マーガレット様、戦ってみます?」
「さすがの私でも無理よ~。あんなの反則よ。でも、大きくて固そう」
「アース君は気のいい魔法生物なんです。セラフィーナやラピスともお友達なんですよ。でも、あの通りの巨大さなんで、気軽に外に出せないんですよね。まあ、気軽に出せないのはエロモンも同じなんですけど」
アース君が危険な生物ではないと分かった親衛師団の兵たちは「おおー」とか「でけえ」などと言いながら、アース君の周りに集まってぺたぺたと触ったり、背中に昇って気勢を上げたりしていて、その中に調子に乗ってはしゃぐユウキの姿もあった。フリードリヒやマーガレットも頭部や触覚に触りながら、アース君の生い立ちやユウキとの出会いなどを聞き、楽しそうに会話していた。
その様子に、一体どうなるかと思ったヴィルヘルムとヴァルターは心底安堵し、へなへなとその場に座り込んでしまうのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
皇帝陛下との面会後、久しぶりに冒険者ギルドに来たユウキは、オーウェン、リサの下を訪れ、休みをもらって以降の様々な出来事を話して聞かせていた。
「ワーッハハハハハハ。相変わらず面白れえ事してるなあ、お前は」
「いいなー、ユウキさん。プールでイチャコラして。私も行きたかったなー。男見つけたかったなー。ナンパされたかったなー」
「笑い事じゃないですよう。平穏無事に生きるが信条のわたしなのに、何故いつもいつも面倒事に巻き込まれるのか…」
「ははは、しかし、ハインリヒか…」
「とんでもなく強かったです。魔女の力を使ってやっと倒したくらいで…」
「奴は元は優秀な冒険者で剣の実力だけでSランクまで上り詰めたって聞くぜ。それが何があったか分らんが単なる殺人者に成り下がってしまったそうだ。金さえ貰えば女子供でも容赦なく殺すっていう悪党と聞く。奴の手で殺された人数は数百にも及ぶそうだぜ」
「そんな奴死んで当然ですよ。流石に結婚相手には不適当です」
「リサさんの基準は結婚相手になるか、ならないかなんですね」
「当然じゃないですか!」
「ミハイル皇子な、噂だと地下牢に幽閉されたそうだぜ。皇位継承権も剥奪され、第2位はセラフィーナ王女になったそうだ。側妃1位イオナとの子、アダムスが第3位に繰り上がりだな」
「そうですか…。(と言うことは、ラピスは第7位に上がったって事だね。わたしと出会わなかったら、ミハイル様の運命はまた違ったのだろうか…)」
イザヴェルのマルドゥーク公爵のように、何かのきっかけで本来歩むべき人生が大きく異なっていく。ミハイルの心情を思うと複雑な気持ちになった。
沈んだ表情となったユウキを見て、オーウェンがそろそろ依頼を受けてみるかと持ち掛けて来た。
「ユウキ、そろそろ体も休めたろう。簡単な依頼でも受けてみるか?」
「依頼ですか? いいですね。どんなのがあります?」
「そうだなあ…、気分転換がてら出来る軽いもので、短期で終わるものがいいか…。リサ、適当に見繕ってこい」
「ふっふっふ~。こんな事もあろうかと、準備してましたぁ~」
「なんかイヤな予感…」
「そんなことないですよ。こんなのどうです? 薬草採集の護衛、期間は3泊4日と短期間です。ただ、この依頼、報酬が銀貨10枚と少ないんですよね…。だから受ける方もいなくて塩漬けになってるんですよ。どうです、ユウキさん受けてくれませんか?」
「う~ん、体よく塩漬け依頼を片付けようとしてますね」
「バレましたか。でも、そこを何とか! この通り!」
「わかりました。リサさんの頼みなら断れませんて。受けます」
「やったー! ユウキさんありがとう。では、早速手続きしますね」
しかし、ユウキはこの依頼を安易に受けたことを後悔する羽目になるのであった。




