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第304話 皇帝陛下との謁見

 ミハイルとの決闘から3日後、ユウキはシュロス・アードラ港に来ていた。新学期のため、留学先のビフレスト国アムルダート市に戻るラピスを見送るためだった。


「ラピス、元気で頑張って来てね。また冬休みに会いましょう」

「うん! ユウキもね。ユウキと冒険した事、忘れないわ」


「アメデオさんも性獣さんも、開放されて良かったですね。ラピスの事、頼みます」

「アメリアです。何ですかアメデオって。どこのお猿ですか。宮殿の全トイレ掃除は地獄でした。それなのに、この駄嬢様は自分だけ冒険して楽しみおって…。妬ましい。向こうで地獄を見させてあげます」

「ユウキちゃん、性獣は酷いわよぉ~。この悔しさ、怒り、全部ラピスにぶつけてやる…」


「アンタら…、仮にもわたくしは主人なのよ! 少しは敬いなさい!」

「え~、立派な人物なら敬いますよ。でも、駄嬢様は死んでも直らないクソバカ女じゃないですか。無理無理無理ですって」

「言いたい放題言いやがって…、このダメリア! 便所掃除の天使と言われるからって調子に乗るんじゃないわよ!」


「アメリアです。最低な天使ですね。あと「皇帝陛下の便所番」とか言われて辛かったです」


「バカ嬢様、出港の時間ですよぉ~。ほら行きますよ。あら、あの船員さん、いい体しているわぁ~。うふん」

「こいつはこいつで…ったく。じゃあねユウキ。行ってきます」


「うん、行ってらっしゃーい」


 出港する船を水平線の向こうに消えるまで見送り、ちょっぴり寂しさを覚えるユウキだった。


「そう言えば、ヴィルヘルム様に用事が終わったら宰相府に来るよう言われてたんだっけ。待たせても悪いし、行ってみよう」


 ユウキは、乗合馬車の発着場に急いで向かった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 宰相府に到着したユウキは受付で、ヴィルヘルム様に呼ばれ、面会に来た事を告げると、ソファで待つように言われた。指示に従って空いているソファに座って何と無しに、職員の働きぶりを見ていると、時折ユウキの方を見て、ひそひそと話したり、ニヤニヤと笑ったりしている。


(何だか変な感じがする。なんだろうな…)


 好奇な視線にさらされながら、落ち着かない気分で待っていると、ヴァルターがやって来た。


「や、やあ、ユウキ君。待たせたね」

「ヴァルター様! こんにちは。あの、用事って何ですか」


「ああ、父上が君に話があるそうだ。案内しよう」

「はい!」


 ユウキがヴァルターの隣に並ぶと、受付やロビーにいた女子職員たちが「キャー」とか「やっぱり」などと言っている。不思議そうにユウキが職員たちを見ると、皆、サッと目を逸らした。


「なんだろう? なんか、皆さんわたしを見てニヤニヤするんですけど。今日の格好、おかしいですかね」

「いや、おかしくない。いつも通りで可愛いよ」

「あ、ありがとうございます」


「聞いた聞いた? いつも通り可愛いよだって!」

「聞いたぁ! いや~ん、あたしもあんな風に言われてみたいぃ~ん」

「見た? 女の子の顔、真っ赤っかよ。やだ、可愛い」


 偶然居合わせ、会話を聞いた女子職員たちが、好奇心丸出しでにひひと笑いながら2人を見ている。ユウキは益々「?」となってしまう。


「どうしたんだろう? なんか雰囲気が変ですね」

「ユウキ君、その…、怒らないで聞いてくれるか?」


 廊下で急に立ち止まったヴァルターが、困った顔をしてユウキに話しかけて来た。


「この間2人でプールに出かけたろう。それを知った誰かが俺たちを尾行していて、あの時の様子を記録の水晶で写していたんだ。その映像が宰相府全女子職員に共有されてしまっているんだよ。その…、オレたちが水着で抱き合っていた映像とか、手を繋いで歩いていた様子とか…」


「………。ウソですよね…。またまたぁ~、わたしをからかおうとしてぇ~」

「いや、ホントだ…」


 無言で立ち尽くすユウキとヴァルター。その脇を通り過ぎる職員の誰もが生暖かい視線と笑いを向けて来る。特に女子職員は興味津々と言った感じで見て来る。ユウキはボッと顔が熱くなるのを感じた。


「これを見てくれ…」


 ヴァルターが取り出したのはタブレット状の記録の水晶。ユウキが覗き込むと、ウォータースライダーで滑りながら、ヴァルターに抱き着いているユウキが映っていた。


「げっ…」

「これで、オレはフランがいない間に別の女に手を出した二股野郎とか、浮気者とか陰で言われているらしくてな…。ちなみに、ユウキ君は寝取り女だそうだ…」


「ひ、酷い…。ただ一緒に遊んだだけなのに。一体誰が…」

「犯人は大体わかっている」


「ヴァルター様、後で名前教えて下さい。そいつらにエロモンをけしかけてあげます。同じようにド恥ずかしい思いをさせてあげるんだから!」


 強く頷くヴァルターとガッシと握手する。その様子を遠巻きに見ていた女子職員たちは「キャーキャー」と騒ぎ始めた。


「行くか…」

「はい…」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ヴィルヘルムの執務室に到着した2人。ヴァルターが扉をノックし、ユウキを案内して来たことを告げると、中に入るよう返事があった。部屋の中ではヴィルヘルムが待っていて、応接セットに座るよう促して来た。


 ふかふかのソファに座り、対面にヴィルヘルムとヴァルターが座ると、女性秘書が紅茶を3人の前に置き、礼をすると退室して行ったので、部屋の中には3人だけとなった。


「ユウキさん、明日は何か予定が入っているか?」

「え…? 特になにもないです。暇だったらギルドに顔でも出そうかと。その位ですね」


「ふむ…。なら都合がよい。明日、私と同行してくれないか? 実は皇帝陛下が非公式に君に会いたいと仰っていてね。郊外のクライス家の別荘で謁見の段取りをしているのだ」

「謁見にはイレーネとヴァルターも同席させる。相手方は皇帝陛下とマーガレット殿の2人だ」


 突然の話にユウキが固まってしまっている。ヴァルターがユウキの顔の前で掌をヒラヒラさせて「おーい」と呼び掛けると、やっと我に返った。


「な…、何でどうして、皇帝陛下がわたしなんぞを…。はっ、まさかミハイル様をコテンパンにしたから、不敬罪でお咎めをするのですか。し、死刑ですか!?」


「ははは、違うよ。先日の決闘を見て君に興味を持ち、話してみたいんだそうだ。そうそう、エドモンズさんとも会ってみたいそうだ」


「どうして、皇帝陛下がエロモンを知っているのですか?」

「すまん、私が話してしまったのだ。そうしたら、とても興味を持ったらしくてね」


『フハハハハハ! 流石、人の上に立つ者は違うな。偉人は偉人を知るという。儂の素晴らしさを教え込んでやろうぞ。フハハハハハ!』


(わあ、ビックリした。急に話しかけるのやめてよ!)


「受けてくれるな」

「は、はい。宰相様にはとてもお世話になっています。断る理由はありません」


「よし、ヴァルター、宮殿との調整を頼む」

「はい、父上」


 立ち上がったヴァルターが部屋を退室したタイミングを見計らって、ヴィルヘルムがユウキを真剣な眼差して見て来た。ユウキは何か、まだ大切な話があるのかと緊張する。


「ところでユウキさん」

「は、はい」

「ヴァルターとはどこまで進んだのだ? あいつは意外と女心に鈍感だからな。ミュラー様も君を狙っていると聞くし、私としては気が気でないのだが」


「うぇ!? えっと、えっと、ミュラーはただのドスケベ野郎だし、ヴァルター様はエヴァのお兄さんでわたしのお友達だし、あの、その、ヴァルター様にはフランという恋人もいるし…、あわわわ」


「わはははは、スマンスマン、今の話は冗談だ。忘れてくれ。明日は頼むよ」

「もう! ヴィルヘルム様のイジワル!」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌日、緊張してよく眠れなかったユウキは、夜明けとともに目が覚めた。そのまま、布団の中でうだうだとしていたが、起きる時間は近づいて来る。


「うう…、来てしまった。今日という日が…。帝国皇帝ってあれだよね。世界一の強国を支配している一番偉い人。なぜなにどうしてこんな事に…」


 布団の中で煩悶反転していても普通にお腹は減る。「ぐ~っ」とお腹が鳴って我慢できなくなる。むっくりと起き上がって、服を着て食堂に向かう。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。ん、少し疲れた表情の様だが、大丈夫かね」

「だ、大丈夫です。緊張してよく眠れなかっただけで…。はは…」


「まあ、それはいけないわね。朝食を頂いたら湯あみをしてきたらいいわ。あと、お風呂から上がったら、私の部屋に来て下さいね。一緒に準備をしましょう」

「はい、わかりました。イレーネ様」


 朝食を終え、歯磨き洗顔をし、朝風呂に入ってシャッキリした後、イレーネの部屋を訪れると、メイドさん数人とイレーネが待っていた。


「ユウキさん、こちらにいらして。髪の毛を整えてお化粧をしましょう。それと、ユウキさんはドレスを持っていらっしゃらないわね。私の若い頃のを貸してあげるわ。背格好も胸のサイズも近いから大丈夫よね。気に入ったのを選んでちょうだいね」

「よ、よろしくお願いします…」



 お屋敷の玄関口に2頭曳きの豪華馬車が到着し、身支度を整えたヴィルヘルムとヴァルターが、イレーネとユウキを待っていた。


「しかし、父上。また急な話ですね。陛下がユウキ君と話がしたいとは…」

「うむ、先日のミハイル様の一件でな。興味をお持ちになられたみたいなのだ。あのお方は好奇心旺盛なお方だからな」


 そんな話をしていると、イレーネに続いてユウキがやって来た。その姿にヴィルヘルムもヴァルターも馬車の御者まで目が釘付けになってしまった。


 現れたのは艶やかな黒髪をアップにし、可憐な花飾りで留めた美少女。薄めの化粧がユウキの美しさを映えさせている。また、青のグラデーションで彩られたロングドレスがボディにピッタリとフィットし、メリハリのあるボディを引き立てている。フレイヤの加護の効果もあって、凄まじい美少女ぶりである。


「あ、あの…。おかしくないですか? 変じゃないですよね」

「お、おう。いいんじゃないかな」


「ヴァルター様? どうして別な方を見て言うんです? こっち見て言って下さいよ」


 超絶美少女にまともに目を合わせられず、明後日の方を見るヴァルターの前に立つユウキ。すると、再び別な方を向くヴァルター。さらにそちらに移動するユウキ。2人の追いかけっこにヴィルヘルムとイレーネは微笑ましく笑う。


「さあ、お前たち、おふざけもそこまでだ。行くぞ」


 全員馬車に乗り込んで、目的地であるクライス家の別荘へ向かう。別荘は帝都郊外にあり、屋敷を出て帝都の郊外の住宅地を抜け、さらに2時間ほど進んだ山の麓にあった。

 木造モルタルづくり3階建ての白壁の別荘は、広い敷地の中にあり、周囲を広葉樹の森に囲まれ、目の前には周囲4km程の湖が広がり、その風景に溶け込んでとても美しい。感動したユウキは思わず声を出してしまう。


「わああ、なんて綺麗なの! おとぎ話の世界みたい!」

「うふふ、ここは別荘の中でも一番静かで綺麗な場所なのよ。私も好きなの。この風景」

「分かります。水と緑のコントラストが凄く素敵です。わたしも気に入っちゃいました!」


 風景の美しさに興奮するユウキにイレーネが話しかけ、女子トークが始まった。男性2人は「よく話すことがあるなあ」とあきれ顔で見るが、ここで邪魔をするとどんなとばっちりが飛んで来るか分からないので、煩いなあと思いつつも黙っている。

 池のほとりの舗装された小道を、トコトコと走る馬車に揺られていると、別荘の門に到着した。管理人の男性が門を開け、敷地に入ると間もなく玄関口に着き、馬車を降りた。


「間もなく陛下もご到着されるだろう。ユウキさんはそれまでロビーで休んでいなさい。イレーネ、ユウキさんを頼む」

「はい、あなた。ユウキさんこちらに…」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ユウキたちが別荘に到着して間もなく、豪華な馬車の隊列が別荘に向かうため、湖畔の道を進んで来た。ヴィルヘルム一家とユウキは外で一列に並んで奉迎の準備をする。やがて馬車が敷地に入って来て、ユウキたちの前で停まり、前後の馬車より完全武装の親衛師団兵約20人が飛び出してきて、ズラリと一列に並んだ。その一糸乱れぬ動きにユウキは感心する。

 護衛の親衛師団が整列後、中央の豪華な馬車の扉が開き、真珠色のカクテルドレスに身を包んだ金髪の女偉丈夫、側妃マーガレットが降りてきて馬車の乗降口の脇に立ち、礼をした。見るとヴィルヘルムたちも腰を深く折って敬礼を捧げている。ユウキも慌てて同じように頭を下げた。


 少しだけ頭を上げて、チラリと馬車を見ると、宝冠を被り、美しい輝石で飾られた衣装とマントを羽織った痩身の男性が降りて来た。その視線は鋭く、堂々としており、威厳に満ちている。


「あれが帝国皇帝、フリードリヒ陛下。こ、怖い…緊張する…。おしっこちびりそう」


 皇帝陛下とマーガレットがゆっくりと歩みを進め、ヴィルヘルムの前に立つ。


「斯様な所に皇帝陛下の行幸を仰ぎ、恐悦至極に存じます。どうぞ、こちらに…。ご案内いたします」


 鷹揚に頷いた皇帝陛下はヴィルヘルムの案内で別荘の中に入っていった。後に続くマーガレットはユウキにウィンクして見せた。


 ヴァルター、イレーネと続き、最後にユウキが中に入ると、親衛師団兵が別荘の玄関口の前に横一列に並んで警備体制を取った。


 別荘の応接間に設けられた会場では上座にフリードリヒ皇帝とマーガレットが並んで座り、下座にヴィルヘルムとヴァルター、ユウキが着席し、イレーネが扉を閉めて鍵を掛け、中に誰も入って来れないようにした。そのまま、イレーネはお茶の準備をする。


 いよいよ皇帝陛下との謁見が始まる。緊張のピークに達したユウキの心臓はパンクしそうだった。

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