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第300話 第2皇子のからの呼び出し状

 ヴァルターとプールで遊んだ翌日、宰相一家と朝食を食べていると、イレーネがユウキを見てニコッと笑って聞いてきた。


「ユウキさん、昨日は楽しかった? ヴァルターさんはちゃんとエスコートしてくれたのかしら」


「はい。とっても楽しかったです! ヴァルター様、わたしに纏わりついて来たナンパ野郎どもを追い払って、守ってくれたんですよ。凄くカッコよかったです。でも…」


「でも?」


「ヴァルター様、私の水着姿…っていうか、ビキニのお胸をジーっと見てきて、少し恥ずかしかったな。それに歩くときも何故かずっと前屈みだったんですよね。苦しくなかったですか?」


「ブフォッ!!」

 ヴァルターは飲んでたコーヒーを吹き出す。


「もう、ヴァルターさん。汚いですよ」

「ゲホッゲホッ、ゴホッ…。す、すみません。母上」


「あと、ウォータースライダーで遊んだ時、わたし、ついヴァルター様に抱き着いちゃったんですよね。そしたら、息をハアハアさせて、血走った目でわたしを見てきて、ちょっと怖かったな…」


「し、してない、してないぞ。ハアハアなんて! おっぱい柔らかいなあって思っただけだ! あっ…」


「ヴァルターさん。あなたって人は…」

「ヴァルター、宰相府に出勤したら私の執務室に来なさい」


「はい…」



「いってらっしゃ~い!」

 朝食後、出勤するヴィルヘルムとヴァルターを玄関で見送るユウキ。心なしか、ヴァルターの顔色は悪く、背中がどんよりと暗い。


(ごめんね、ヴァルター様。ちょっとからかい過ぎちゃったかな。えへへ)


 イレーネと一緒に出勤する2人を見送り、自室に戻って今日は何しようかなと考えていると、トントンとノックの音がした。ユウキが部屋の戸を追開けると使用人の男性が立っていて、封書を差し出して来た。


「今朝方、宮殿からの使いが来まして、ユウキ様にお渡しするようにとお預かりしておりました」

「あ、スミマセン。はい、確かに受け取りました。ありがとうございます」


 お礼を言って封書を受け取り、封書の差出人を見て驚いた。


「ミハイル様って、第2皇子の? なんでわたしに…」


 封書から手紙を取り出して読んでみると、話したいことがあるから、本日、宮殿に来るようにと書いてある。


(面識もほとんどないわたしに、急に連絡を寄越すなんて。なんだかイヤな予感がするな…。逃げるわけにもいかないし、そうだ、行く前に宰相様にもお知らせしておこう)


 ユウキは廊下に出て掃除をしていたメイドさんを見つけると、ヴィルヘルムへの言伝を頼み、身支度を始めた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


グランドリューで購入したお気に入りの白い生地に小さな花柄模様がたくさん刺繍されたワンピースと青い生地の膝丈までのスカートに着替え、腰の部分を鮮やかな糸で織り込まれた織紐で結んで止め、その腰ひもにマジックポーチを外れないようにしっかりと固定した。


(宮殿に入るのに武器を携帯してはいけないから、全部マジックポーチに入れてっと…。そうだ、行く前に作戦会議しようかな)


 そう思ったユウキは黒真珠のイヤリングに手を触れて、エドモンズ三世を呼び出した。


『……………』


「あれ? いつもの調子じゃない。どうしたの?」


『つーん。儂の事なんて、すーっかり忘れとったんじゃろ。ふん、昨日なんか部屋に儂とアース君を置きっぱなしにして、男と出かけるしさ! フン…』


「もう、何拗ねてるのよ。場所がプールだったから無くしたら困ると思って置いていっただけじゃないの。かわい子ぶったポーズとってもキモイだけだよ。それよりこれ見てよ」


『もう、仕方ないわね。読んであげるわ。お寄こしなさいな』

「キモイって。やめてよ」


『先生は寂しがり屋さんなのだな』

『わかるぅ~、アース君。儂は哀れなウサギさん…。ウサギさんはね、寂しいと死んじゃうのよ。それなのにこのデカ乳女ったら、寂しがり屋でピュアな儂を放置して、男と現を抜かすなんて…。最低だと思わな~い』

『いや、全くそうは思わんが…』

『まっ! アース君の裏切り者。いけず!』


「もう! 全然話が進まないじゃない! いい加減にしてよ。エロモンのバカ!」

『おお、デカ乳デカ尻女の御機嫌がMAX斜めじゃ。怖い怖い』

「ついにデカ尻と言い出した…。このエロスケめぇ~」


『ワハハハハ許せ。どれどれ…。ふむ、召喚状か。来いとしか書いてないのう』

「どう思う?」


『ふむ、ただ話をしたいがために呼び出したのではあるまい。間違いなく裏がある。それが何かという事じゃが…』

『先生。ユウキは確か第1皇子に求婚されているのだったな。そして、第2皇子は皇帝の後継者として第1皇子と争い、兄弟たちや有力貴族の支持を受けている』


「それと、この呼び出しに何か関係があるの?」


『ユウキよ。第2皇子はお主を手に入れて、ミュラー皇子の心を折り、継承争いを決定づけるつもりなのかも知れぬの。お主に惚れた線も捨てきれぬが、まあ、それはあるまい』


『ユウキ、きっと無理難題を仕掛けて来ると思う。気を付けた方がいい』

「そうだね、アース君の言うとおりかも。いざとなったら頼むね。2人とも」


『合点承知の助じゃ!!』


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 宮殿前で乗合馬車を降り、以前ラピスと一緒に入った通用門に向かい、警備兵に手紙を見せると、中に入れてくれた。


(そう言えば、どこに行けばいいのかわからないよ)


 警備兵にどこに行けばよいのか聞いてみると、警備兵は詰所から地図を持ってきてミハイル皇子の執務室の場所を教えてくれた。ユウキは地図を貰うとお礼を言って、宮殿本館に向かった。

 通用門から、街路に囲まれた広い石畳の通路を20分ほど歩くと、宮殿本館に到着した。流石本館の出入り口は職人技と思わせる豪華な装飾で飾られており、大きくて広い。見ると身なりの良い紳士や豪華な鎧をまとった騎士、職員と思われる人々が大勢出入りしていて、それだけで場違いな場所に来てしまった思ったユウキは気後れしてしまう。


(うう…。本当にわたしが入っても良いのかな…。でも、呼び出しを受けているし…)


 勇気を出して入り口に立っている衛兵に話しかけ、ミハイルからの手紙を見せると、少し待つように言い、中に入って行った。

 しばらく宮殿に入る人たちを眺めていると、先ほどの衛兵が1人のメイドの少女を連れてきた。


「ミハイル様の確認が取れた。直ぐに来るようにとの仰せつけだ。このメイドが案内してくれる。一応、危険な物を持ってないか確認させてもらう」


 衛兵は手を上げて女性の係官を呼ぶと、ユウキのボディーチェックをするように命じた。係官は服の上からパンパンと叩き、武器の類は持っていないことを衛兵に報告すると、衛兵は頷き、中に入ってよいと言った。


 メイドに案内されて宮殿の中に入ったユウキ。1階の大広間前を通って階段を上がり、3階の絨毯敷きの長い廊下を歩く。廊下の窓からは正門方向が見え、広大な敷地が一望できた。


(ふわー、高い所から見ると大きさが実感できるよ…)


 思わず立ち止まって外を眺めていたユウキ。ハッと気づいて前を見るとメイドの少女が黙ってこちらを見ている。


「す、スミマセン…。余りにも綺麗な景色だったので…」

「そうでしょう! ここからの眺め、結構いいでしょう」

「ひゃあ!」


 メイドの少女に頭を下げたユウキに背後から声がかけられた。ビックリして後ろを振り向くと、ニコニコ顔のラピスと母親のマーガレットが立っていた。


「あら、ラピスじゃない。マーガレット様も。こんにちは」

「どうしたの? 宮殿に何か用でも?」


「うん、実は今朝これが届いて…。ラピスはどうしてここに?」

「わたくし、3日後に留学先のアムルダートに行くから、皇帝陛下おちちうえにお母様と一緒にご挨拶して来たの。ユウキを見かけたから追って来たのよ」


 楽しそうに話す2人の脇で、ユウキ宛の手紙を見たマーガレットはユウキに向き直り、難しい顔をして手紙を返してきた。


「ミハイルは何か企んでいるようね。普通、呼び出すならその理由も記するものだけど、何も書いていない。これは何かあると考えた方が良いわね」

「はい。わたしもそう思うんですけど、行かない訳にはいかないし…。油断はしないつもりです。では、わたしはこれで…」


 ミハイルの部屋に向かうユウキを見送ったマーガレットは、厳しい表情のままラピスに何事か伝えると、今来た通路を戻って行った。


 メイドの少女は大きな扉の前に止まると、コンコンとノックをして「お客様がお見えになりました」と声をかけた。少しして「入れ」と声がしたことから、少女は扉を開けて中に入るようにユウキを促した。


「失礼します」


 ユウキは中に入ると、奥の執務机から1人の青年がにこやかに立ち上がり、ユウキの前まで歩いて来た。


「よく来てくれた。以前、後宮のエレベーターホールで会った以来だな。私の事は既に知っていると思うが、ミハイルだ帝国第2皇子でもある」

「ユウキ・タカシナです」


「まあ、立ち話もなんだ。座り給え」


 部屋の中央に据えられた豪華なソファに座る。対面にミハイルが座り、じいっとユウキの顔を見て来る。


「あの…、わたしに何か御用でしょうか」

「まあ待て、お茶を淹れさせよう」


 ミハイルは呼び鈴を鳴らしてメイドを呼び、紅茶を2つ持ってくるよう申し伝えた。少しして、2名のメイドが紅茶を運んで来た。ユウキの前に紅茶を置いたメイドの顔を見て驚いた。


(ラ、ラピス!)


 ラピスはバチンとウィンクをすると、ミハイルに紅茶を置いたメイドとともに、一礼して下がって行った。


(見守ってくれるつもりなんだね。ありがとう、ラピス。心強いよ)


「わたしを呼び付けた理由、話してくれませんか?」


 ミハイルはじいっとユウキの顔を見てニヤッと笑う。その顔に何となく嫌悪感を抱き、体の中に緊張が走る。


「私はまどろっこしいのは嫌いなんでね。単刀直入に言おう。ユウキ君、私に仕える気はないか。端的に言えば、私の専属秘書官になってもらいたい。なんなら護衛隊長でもいい。望むポジションを言ってくれ。希望に沿うようにするつもりだ。そして、行く行くは私の妻になってもらいたい。君は平民だから正妻は無理でも、正妻に次ぐ地位を与よう」


(あのくそ野郎!)

 執務室内に併設されている湯沸かし室の陰から聞き耳を立てていたラピスが激高する。


「……………」


「どうした? 返事を聞かせてくれ」


「その前にお尋ねしてもよろしいですか」

「何でも聞いてくれ」


「では、お言葉に甘えて…。わたしとミハイル様は廊下ですれ違っただけの関係。面識がないはずです。それなのに何故、わたしをお側に置こうとするのですか? 普通ならこんな得体の知れない女を皇室に入れる訳ありません」


 ミハイルは人を値踏みするような目でユウキを見て来る。そこにあるのは打算的や利己的といった、自分のためなら何でも利用する人間特有の目をしているように感じられた。人の想い、人の絆、大切な物を守るためには身の犠牲もいとわない自分とは真逆の人間。それが目の前にいる。そんな男が何を語るのか。


「セラフィーナが君と冒険した内容を皇帝陛下に報告しているのを聞いてね。それほどまでの女性ならと言う事で、私なりに調べさせてもらった」


「それで?」


「調査の結果は私を満足させる内容だった。優れたリーダーシップ、何事にも動じない強い心。弱い者を助け、守り抜く力…。これほどまでの資質を持つ人間はそうはいない。知っての通り、私は兄のミュラーと皇位継承を争っている。しかし、現状は皇妃ははうえ、他の兄弟たち、帝国を支える有力貴族のほとんどは、私を支持している」


「……………」


「私は、帝国皇帝となる男だ。この国…、いやこの世界を平和と安定に導く男だ。そのためには優秀な人材が必要なのだ。君には私を支えてもらいたい。心からそう思っている」

「それに、私は君を一目見て、その美しさに心奪われてしまった。そう、愛してしまったのだ。君の美しさは私の妻にこそ相応しい…」


 自分の持論を熱く語るミハイルをユウキは冷ややかな目で見る。


(結局、自分の事しか考えてない。わたしも含めて、人を道具としか考えない、わたしの一番嫌いなタイプだよ)


『ふーむ…。こ奴に国を任せたら、あっという間に傾くぞ。儂には分かる。こ奴はナルシストじゃ。そして自分の考えは絶対に曲げん奴じゃ』

『先生の言う通りと思う。ユウキ、この話は断った方が良い』


(エロモンやアース君に言われなくても断るつもりだよ。こいつ、生理的に合わないもん)


「お断りします」


「なに…?」

「このお話、わたしは受けることが出来ません。お断りします」


「何故だ…。理由を聞かせて貰おうか」

「理由ですか? そうですね…。話を聞いていてミハイル様がどういう人となりか良く分かりました。貴方は人を自分の栄達のために使い捨てる道具のようにしか考えない方です。そのような方に仕える事は、わたしの信念に反します。これは絶対に曲げてはならないわたしの気持ちなので。それに、わたしは貴方の事が生理的に合わない。一緒にいる事も妻になることも苦痛に感じます。ですから、お断りします」


「………貴様」


(ユウキGJ! ミハイルざまぁ!)

 執務室の柱の陰からラピスがガッツポーズする。


「貴方に比べたら、ミュラー様の方が余程人間的で素敵だと思います。市井に住まう多くの人はミュラー様のような人にこそ魅力を感じ、期待をかけるとわたしは思う。それに、セラフィーナ様もラピス様もそう。この3人は貴方と取り巻きの御兄弟連中に比べたら、人としての器の大きさが全然違うわ。この国を導いて行ける力があるのは彼女たちのような人よ。貴方ではない!!」


(ユウキさん。ユウキさんはやはり、心の中ではミュラー兄様を気にしておられるのですね。よっしゃ! そして、ミハイルのクズ野郎ざまあ見ろ。べーだ)


(あれ、セラフィ、いつの間に来たのよ)

(はい、廊下を通りがかったら、何やら言い争いが聞こえたもんで…。ユウキさんて、私やラピスを高く評価して下さっていたんですね。嬉しいです)


(でも、何か雲行きが怪しくなってたようね…)


「では、わたしはこれで失礼します」

「そうはいかん」


 ユウキがソファから立ち上がると同時に、ミハイルは指をパチンと鳴らした。すると、執務室の壁の一角がバタンと開き、10名程の騎士が入って来るとミハイルを中心としてソファを囲むように半円形の陣形を取った。廊下に続く扉までの間は騎士によって塞がれてしまっている。


「卑怯者…」ユウキがミハイルを睨みつける。


「ミハイル兄様、一体何のつもりです!」

 湯沸かし室からメイド服のラピスとドレス姿のセラフィーナが飛び出してきてユウキの両脇に並び、騎士たちに下がるように言うが、騎士たちはユウキを囲んだまま動かない。


「何故お前たちがここに…? まあいい。ユウキ、もう一度聞くぞ。私に仕えよ、そして妻になれ」

「絶対に嫌です」


 緊迫した雰囲気の中、部屋の扉がバンと開いて複数の人物が入って来た。


「全員そこを動くな! これは一体何事だ!」

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