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第299話 プールでデート

 ユウキと約束をした翌日、ヴァルターは準備を整えると「よし!」と気合を入れて部屋を出た。使用人から聞くとユウキは先に出たという。屋敷の廊下を歩いていると冒険者の装いをしたフォルトゥーナとバッタリ会った。


「義母上、お出かけですか?」

「あら、ヴァルター君おはよう。ええ、レオンハルト君たちと商隊の護衛任務に出かけて来るわね。2週間程留守にするからよろしくね」

「わかりました。今度は危険なマネをしないで下さいよ」


「わかってるわよぉ~。この間の件でヴィルヘルムだけでなく、イレーネにまでガッチリ怒られたもの。絶対にしないわ。そ・れ・よ・り・も、ヴァルター君、ユウキちゃんとデートですってぇ~」


「何ですか、意味深なその顔は…。ただプールに付き合うだけですよ」

「あら~あ、それをデートと言うんじゃないのぉ~」

「……何故みんなに知れ渡っているんだ? 誰にも言った覚えがないのに。父上には女心やエスコートの仕方とか色々言われるし、母上までニヤニヤして見て来るし…」


「うふふ、フランちゃんとお出かけもしているし、女の子とのデートは慣れてるでしょ」

「はあ…、フランは付き合いも長いから気心が知れて、どうと言うことはないのですが、ユウキ君はその…、余りにも女の子らし過ぎて、緊張するんですよ…」

「あははは、まあ頑張ってねぇ~」


 玄関先でフォルトゥーナを見送ったヴァルターは「はあ…」とため息をつくと、待ち合わせ場所に向かうのであった。


 沿岸地区で乗合馬車を降りて5分ほど歩くと目的地のウォーターパークに到着した。休日でもあり、人気のある施設だけあって親子連れや若い男女等、広い前庭には多くの来場者がいて、楽しそうに施設の中に入って行く。


「ユウキ君はどこかな」

 ヴァルターはユウキを探すが、それらしい姿は見えない。


「待ち合わせ場所はここのはずだが…。ん、あれは!?」


 前庭の一角に若い男たちが集まっている。ヴァルターは何となく予想がついてその場所に近付いてみると案の定、ユウキがチャラい男たちに囲まれてナンパされていて、迷惑そうにしっしっと手を振って断っている所だった。ユウキはピンクのキャミソールワンピースに白のプリーツスカート。大きなお胸は存在を激しく主張し、ミニスカートから伸びる美しい素足には水色のサンダル。髪の毛は後ろで纏めてキラキラの髪飾りで留めている。その美少女ぶりは遠目からでも物凄く目立つ。


(あれじゃあ、男どもはほっとかないよな。早く行ってあげよう)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ボクと一緒にあの太陽の下で心の中をさらけ出しませんか?」

「勝手にパンツでも下げてチ〇ポでもさらけ出しとけ!」


「ここのプールで、俺との恋に流されないか…」

「1人で地の果てまで流れて行きなさい!」


「君があんまり美しすぎて…、僕の心は囚われの子羊となってしまった…」

「キモイ! どう見てもアンタ、オーク!」


「ママ~。おっぱい吸わせて~」

「死ね!」


「もお~、アンタらどっか行け!」


 ユウキが次から次へとやって来るナンパ男たちに辟易していると、ようやく見知った顔が人波をかき分けて近づいて来るのが見えた。


「待たせたな」

「あっ、ヴァルター様」


「君たち、彼女は私の連れなんだ。邪魔だ、散ってくれないか」

「そういう訳。あっち行って。しっしっ!」


 ヴァルターの腕にユウキが腕を回す。大きなおっぱいが「むにゅん」と押し付けられて、その瞬間、ヴァルターの脳天に衝撃が走り抜けた。ユウキを狙っていたチャラ男たちは羨まし気な悲鳴を上げる。


(お、おお…、おおおお…。フランに抱き着かれても全く得られなかった感触。幸せとはこのためにある言葉なのか…。巨乳万歳! はっ、オレは一体何を考えて…)


 魅惑のボディに骨抜きにされ、股間も含めて硬直してしまったヴァルターの顔を上目づかいで見上げ「大丈夫ですか?」と聞いて来るユウキ。ヴァルターを含むチャラ男たちはドキューンとハートを撃ち抜かれてしまう。


「早くプールに行きませんか?」

「お…あ、ああ…」


 ユウキは魅了にかかったヴァルターの手を引いて、プール施設に向かった。その2人の背中を建物の陰からこっそり見ていた秘書さんと事務員さん。3人はうんうんと頷くと、そそくさと後を追うのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 優待チケットで入場した後、水着に着替えたヴァルターは更衣室を出て、ロビーでユウキを待っていた。目の前を小さい子供を連れた家族や楽しそうに話すアベック、男女のグループなどが通り過ぎていく。


(皆、楽しそうな笑顔だ。平和…だな。この国は貧富の差はあれど、統治が行き届いて安定している。陛下も平和な世を、国民の幸せを願っている。父上もそうだ。この国の行く末を誰よりも考えている。オレだって…、この皆の幸せをいつまでも守りたいと思う。だからエヴァ。頼むぞ…)


「それにしてもユウキ君、遅いな…」


 プールに向かう人々を見ながらボソッと呟いた時、背後から「お待たせ…」と声がした。振り向いたヴァルターは言葉を失い、あまりの衝撃でふらりとよろめいた。


 現れたのは黒のトライアングルビキニの上下を着けた美少女。肩下まで伸びた艶やかな黒髪、はち切れんばかりの豊かな胸は谷間のラインとともに、これ見よがしに存在を主張している。また、キュッと締まった腰から伸びる形の良いヒップラインが美しい。恥ずかし気に頬を染めた顔もまた超絶に可愛らしい。


「どう…かな。変じゃないかな」

「ああ…、うん。とても、良く似合ってる…」


「よかったあ! さあ、泳ぎに行きましょう! 楽しみだぁ~」

「お、おい、引っぱらないでくれ」


 笑顔でヴァルターの手を取ってぺたぺたと駆け出していくユウキを更衣室の扉の陰から覗いていた秘書さんと事務員さんたち。ちなみに秘書さんはイーリス、事務員さんはカリンとアンナ。


「な、何あの子…。男殺しのエロボディ。物凄い破壊力」

「それに比べて私たちの胸って、おさびし山…」

「カリン、アンナ。嘆いても胸は大きくならないわ。さあ、あの2人を追うわよ」


 プールサイドで準備運動をした後、2人は水が流れる巨大プールに入った。水の浄化と水流を生み出す魔道具で水の流れを作っているとの事で、適度な流れに身を任せていると、とても気持ちいい。天気も良くて最高の気分になる。


「ふわああ~。こうぷかぷか浮いて流れていると気持ちいいですね~。お魚さんになった気分です。ヴァルター様はどうです?」

「ホントに気持ちいいな。日頃の疲れも忘れそうだよ。しかし…」


 ヴァルターが自分たちの下流を見ると、大勢の男たちが目を血走らせ、ユウキの後を付いて来るように泳いでいる。


「まるで川を遡上する魚の群れだな。いや、1匹のメスを追う飢えた雄の魚群か…。エヴァが言ってた誘蛾灯女の意味が分かったよ」


 ヴァルターの呟きが耳に入らないのか、ユウキは気持ちよさそうに流れに身を任せている。ヴァルターはそっとユウキと男たちの間に入って、ユウキを守るのであった。


 流れるプールで泳いでいたユウキの目にあるものが目に入り、パッと目を輝かせるとヴァルターの手を取って、プールサイドに上がった。


「お、おいユウキ君。どうしたんだ!?」

「ヴァルター様、あれあれ、あれ行きましょうよ!」


 ユウキが指で示したのは大きなウォータースライダー。高さは見た目10mはありそうだ。親子連れやアベックがきゃあきゃあ言いながら楽しそうに滑り落ちている。


「ウォータースライダーか。改装したこの施設の目玉だって支配人が言ってたな。行ってみようか」

「はい! わたし、ああいうの好きなんですよー!」


 ユウキの笑顔にドキッとしてしまう。ヴァルターは頭を振ってユウキの後に付いて行くのであった。

 ウォータースライダーのなだらかな上り階段の列に並んで少し待つと順番が来た。滑走面は結構な勢いで水が流れている。ここは2人まで横に並んで滑り落ちることが可能な施設の様で、係員から滑り落ちる際の姿勢や注意事項の説明を受けて、2人手を繋いで滑走面の縁に立つ。


「わあ、結構高い。ドキドキしちゃいますね」

「そ、そうだな…」


 ヴァルターはユウキと手を繋ぐという行為にドキドキしていた。思春期の少年でもあるまいしと思うが、どうにもユウキを見ると緊張してしまう。あまりにも可愛すぎるのだ。


「じゃあ…行きますよ。えいっ!」

「おうっ!」


 2人同時にぴょんと飛んで滑走面にお尻を着いて滑り出す、水の流れが摩擦係数をほぼ0にしてるため、結構な速度が出る。とぐろを巻いたコースの曲線で思いっきり遠心力で振られ、「きゃあああ!」とユウキがヴァルターに抱き着いた。きゅううと押し付けられる胸の圧力と想像以上に柔らかい体にヴァルターは大慌て。


「おっ、おいユウキ君!」

「ゴメンなさーい。わあああー早い早い、あはははっ!」


 1週半のとぐろコースを回り、直線に戻った。間もなくスライダーの終点だが、そこは軽いスキージャンプ状になっていた。2人は抱き合ったまま、ぴょーんと上空に飛ばされる。


「きゃー、あはははっ!!」


 ドボーンとプールに落ちて浮かび上がる2人。顔を見合わせて大笑いする。


「面白いですね。もう1回行きましょうよ!」

「いいとも。楽しいなコレ!」


 再び列に並ぶ2人を陰から見るイーリスたち。


「何と言う青春バカップル。美男美女が絵になり過ぎている…。妬ましい」

「イーリスさん。ばっちり記録の水晶に収めました!」

「どれどれ…。うん、完璧です。さて、アイツらはしばらくスライダーでイチャコラするみたいですね。いい傾向です…ヴァルター様とユウキさん。さて、次はどんなラッキースケベがあるでしょうか。楽しみです」


 散々ウォータースライダーで遊び倒したユウキとヴァルター。すっかり疲れて、お腹もすいたことから休憩を取ることにした。オープンテラスのラウンジで飲み物と食べ物を買い、空いているテーブルを見つけて椅子に腰掛けた。


「結局、何回滑ったんだ?」

「えーと、10回までは数えたんですけど…。後はわかりません!」

「係員の女の子、「またですか」と言って呆れてたな」

「あははは…。でも、ホント楽しかったです。こんなに笑ったの久しぶり!」


「そうか…。なら来たかいがあったというものさ。まあ、オレもユウキ君に抱き着かれていい思いもしたしな」

「ヤダ、エッチ! もう…。今の発言、フランには黙っててあげます」

「お、おう。頼むよ」



 しばらく楽しく話をしていた2人であったが、ヴァルターがトイレに行くと席を外し、ユウキ1人になった。食事をしながらヴァルターを待っているとテーブルに人影が近づいて来た。気づいたユウキが顔を上げると若い男が数人、ニヤニヤとしながらユウキを見下ろしている。その笑いは、女を性の道具としか見ていない盗賊たちと同じでとても不快だった。


「おい女、1人か? どうだ俺たちと一緒に遊ばねえか」

「お断りです。わたしには連れがいて、今席を外しているだけで、間もなく戻ってきます。あっち行ってくれませんか?」


「そう冷たくするなよ。その体なら俺たち全員相手にするくらいワケねえだろ。俺たちと遊ぼうぜ。こっち来いよ」


「お断りだって言ってるでしょ。わたし、女を体でしか見ないようなクズ野郎は大っ嫌いなの! あっち行け、バカ!」


「こいつ、言わせておけば…」


 男たちがユウキを捕まえようと手を伸ばして来る。その時、男たちの背後から厳しく咎める声がした。


「お前たち、オレの連れに何をしようとしている!」

「ヴァルター様!」


 ユウキはヴァルターの姿に安堵の声を漏らすと、ササっと立ち上がって背中に隠れた。男たちと対峙するユウキとヴァルター。両者の間に緊張が走り、周囲の客もシーンとして事の成り行きを見守っている。


「ん、お前は…」

 ヴァルターが男たちの正体に気付き、相手もヴァルターを見て狼狽える。


「不味いですよ。あいつ、ヴァルターです」

「くそ、この女の連れが奴とは…」


「どうした、シュヴァルツ。彼女は我が家の大切な客人。その彼女に失礼な事を働くとは、宰相家に対する侮辱と受け取ってよいのだな」


「チッ! お前ら行くぞ」

 シュヴァルツと呼ばれた男は、忌々し気な視線を向けると取り巻きを連れて人混みの中を消えて行った。


「……………」

「はああ~。助かりましたヴァルター様。ありがとうございます」


「い、いや、それは良いのだが。そうぴったりくっつかれると、その…胸が背中に…」

「ひゃああ! も、もうエッチ! まあ、助けてくれたご褒美って事で許してあげます」


 周囲のお客さんに迷惑をかけたと言うことで、2人で頭を下げた後、再びテーブルを囲んで休憩の続きを取ることにした。美味しい飲み物を飲んで心を落ち着けようとしたユウキであったが、あの憎たらしい顔を思い出したらむかっ腹が立ってきた。


「ところで誰なんですアレ。胸糞悪いヤツですね。あそこまで第一印象が悪いヤツも珍しいです」

「アイツはシュバルツ。ライヒ男爵家の次男で、ゴロツキとつるんでやりたい放題のクズ野郎さ。男爵の頭痛の種ってやつだ」

「ふーん。帝国にもあんなバカいるんだね」

「帝国の巨大さは北の大陸も含め世界一だ。当然光だけでなく影の部分もあるんだよ。あんな奴でも帝国臣民…。だが、いつまでも好きにはさせんぞ…」


「スクルドでエヴァの身を狙った事件があったろう」

「はい」

「あれにヤツが絡んでいるとの噂があった。証拠はなかったがな…」

「……むかっ腹立ちますね」


 ユウキとヴァルターはしばらく難しい顔をして黙り込んでいたが、気分を着切り替えて遊びを再開することにした。


「まあ、考えても仕方ないし、せっかくプールに来たんですから、目一杯楽しみましょう!」

「……そうだな。行くか!」

「はい!」


 ユウキはヴァルターの手を取って立ち上がると、プールに向かって走り出した。その笑顔は本当に楽しそうで、キラキラ輝いていた。ヴァルターはその笑顔を(大きな胸も)見てドキドキするとともに、一緒に来てよかったと心から思うのであった。


(ユウキ君のボディも十分に堪能できたしな! ふっかふかで、柔らかかったな。ラッキースケベの神様、ありがとう!)


(ヴァルター様、ずっと前傾姿勢なんだけど苦しくないのかな。もう、エッチなんだから!)



 楽しそうに遊びに向かう2人の様子をラウンジの柱の陰から覗き見る6つの目があった。


「中々いいシーンが撮れましたね。お姫様のピンチに駆けつける王子様。良いです良いです。私の中の妄想指数がきゅーんと跳ね上がりました」

「よし、我々も2人を追いましょう! 次はどんな青春劇場が展開されるか楽しみです。カリン、アンナ! 行きますよ」

「ホイホイサー!!」


 こっそりと後を付ける彼氏いない歴=年齢の暇人3人組。彼女らが撮影したユウキとヴァルターのキャッキャウフフ映像は密かに宰相府内の職員間で共有され、噂話の格好のネタとなるのだった。また、何者かによる映像流出によって、この件がフランの知るところになり、嫉妬の炎を燃やした女の怒りによってヴァルターは地獄を見る羽目になるのである。

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