第31話 ユウキとマヤとオヤジさん
バルバネスが訪れてから2日程経った後、学園の寮からユウキの荷物が運ばれてきた。それをユウキが使う部屋に運び入れながら、ふと気になっていた事を聞いてみた。
「そういえば、今更だけどオヤジさんって名前なんていうの?」
「本当に今更だな…。わしの名前はダスティンだ」
「い、意外とカッコいい。よろしくね、ダスティンさん」
「お前に名前で呼ばれると違和感が凄い。今まで通りオヤジでいいぞ」
「そう? カッコいいのに」
その日の夜。夕食が済んでユウキが食器を片付けた後、ダスティンに向かって、おもむろに切り出した。
「ねえ、オヤジさん。相談があるんだけど…」
「うん、何だ」
「オヤジさんは口が固い? 秘密を簡単に漏らさない人だと思ってるけど……」
「知られたくない事を、他人にぺらぺらと喋るつもりはない」
「そうだよね。オヤジさんのこと信用している」
「しつこいな、相談とはなんだ」
「うん、ボクが厄介になって、オヤジさんの仕事に影響しちゃダメだと思うんだ。でもボクじゃあまりお手伝いできないし。だから…」
「だから何だと言うんだ。子供がそんな事考える必要はない」
「ボクが王都に出てくる前にボクを世話してくれた人を1人呼ぼうと思うんだけど、ダメかな。家事のスキルがものすごい人なんだけど」
「ほう、構わんぞ。部屋はまだある。家事をしてくれるなら歓迎だ。それでいつ頃来るのだ? お前は王国の北方から来たと言っていたな。来るのは1か月後位か」
「ううん、今すぐ」
「おい、冗談言うな。今すぐな訳なかろう」
「ううん、今来てもらうね」
「お、おい…」
ユウキは、首にかけていた宝珠を取り出すと、胸の前で握りしめてマヤの事を強く想った。しばらくそうしていると、ネックレスの黒色の珠から黒い空間が現れ、メイド服を着た20代半ばと思われる女性が1人現れた。
「マヤさん!」
懐かしさのあまり、ユウキは思わずマヤに抱きついた。マヤはゆっくり目を開けると、柔らかく微笑んでユウキを優しく抱きしめた。
『ユウキ様。お久しぶりです。会いたかったです』
「マヤさん。ボクも会いたかった!」
あまりのことに、ダスティンは目を見開いて固まっている。やっとの思いでユウキに尋ねた。
「お、おい、ユウキ。これはどういうことだ…」
「うん。実はね、ボクを育ててくれた人がボクの世話をするために呼び出してくれた人なの。マヤさんは高位のアンデットなんだ。でも、見た目もそうだけど、普段の仕草も人間と同じだから、ばれることはないと思うよ。いざとなればこの宝珠の中に隠せるし」
『よろしくお願いします。ダスティン様。この度はユウキ様の事、色々気にかけていただいて感謝いたします。誠心誠意、この家で働かせていただきたいと思います』
マヤはダスティンの前でぺこりと頭を下げた。
「お、おう。(ゾンビだと? 俺の知っているゾンビとはまるで違う。生きている人間と同じじゃねえか。ユウキを育ててくれたヤツっていったい何者なんだ…)」
「マヤさんの事。絶対に秘密だよ」
翌日、ユウキが起きて1階に降りると既に朝食の準備が整っていた。久しぶりのマヤの料理を見てユウキのお腹がク~と鳴った。
「あわわ、恥ずかしい」
マヤはニコニコと笑っている。その後、ダスティンが起きてきて、朝食の準備が出来ていて驚き、その美味しさにまた驚くのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フォンス伯爵家の一室、クレスケン・フォンスは不機嫌だった。
ユウキを手に入れられなかっただけでなく、スラムの手駒を壊滅させられ、憲兵隊が家に探りに来た。学園でも貴族生徒の動きに注意を払っている。
「くそっ! あの役立たずどもめ、失敗しやがって…」
「ユウキも寮を出て動きが掴み難くなったじゃないか。こうなると、暫く大人しくして、手に入れるタイミングを待つしかないか…」
「くそっ! 何かいい手はないか」
クレスケンは酒を呷り、女たちに八つ当たりを繰り返すのであった。