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第298話 デートのお誘い

「で、私に話とは? 私の言い付けが終わった報告かしら」

「ひゃい! じ、実はその件なのですけど…」


 バックブリーカーからの卍固めスペシャルでお仕置きを受けたラピスが体をさすりながら答える。顔は青ざめ、冷や汗の量が半端ない。


「あの、あのですね。ユウキがリーダーのパーティーに入れていただいて、請け負っていた任務はクリアしたんです。けど…、その任務が結構大変で時間もかかって、期限までに残り4つを終えるのが難しくなってしまいまして…。それで、どうかクリアした1件で許していただけないかとお願いに上がりました次第で…。はい」


「…ふ~ん。で?」

「で…、とは?」

「だから、それで?」

「だから、それで…、とは?」


 マーガレットのこめかみがピキッと青筋を立てた。


「このおバカ!! その任務の内容を話しなさいと言っているのです! 理解できないのですか。このバカ娘!」


 突然落ちた雷にラピスとユウキはビクッとなる。


(お母様、ラピスには、ちゃんと説明しないとわからないよ…)


 ラピスは母の迫力に押され、しどろもどろになりながら廃坑内の出来事をするが、緊張と母への恐怖から要領を得ず、何を言っているのかさっぱりわからない。ユウキがマーガレットを見ると、みるみる機嫌が悪くなっていくのが分かる。


(ま、マズイ…。このままでは破局噴火する。仕方ない…わたしが代わろう)


「ラピス、タッチ、タッチ交代! わたしが説明するよ」

「あわわ…、ゴメンお願い…」


「えと、わたしがリーダーを務めたラピスを含むパーティは、帝都の別パーティと合同で、ミュルダール市にある金属鉱山の廃坑で目撃された魔物の排除と、何故出没するようになったのか原因調査の依頼を受けました」


 ユウキは廃坑内の様子、アラクネーや巨大ムカデ、巨大サソリとの遭遇と戦闘、新たな洞窟の発見、地下古代遺跡でのデルピュネ、マンティコアとの死闘、更に遺跡の崩壊に伴う決死の脱出について、時系列に沿って出来るだけ詳細に説明した。


「アラクネーと子蜘蛛の戦闘にほとんどのメンバーが対応したため、巨大ムカデはわたしとラピスで迎え撃ったんですけど、ラピスの氷魔法「ブリザード」が決め手になって倒すことが出来ました。わたしたちが生き残れたのはラピスのお陰です」


「……………」

 マーガレットがじいっとラピスを見つめる。鋭い視線にラピスはビクッとなる。


「デルピュネに止めを刺したのもラピスですし、何より、パーティが苦境に陥った時、明るく場を盛り上げて、みんなに元気を与えてくれた。ラピスがいたからわたしたちは頑張れたんです!」


「だから、ラピスの事認めてあげてくれませんか?」


「………。わかりました。ユウキさんと言ったわね。貴女が言うなら本当の事でしょう。どうやらラピスは私の想像以上に頑張ったようです。ラピスの事だから、簡単な手紙の配達とか、漁港でイカを干したりとか、街頭販売で「わー」とかいうヤツとか、簡単な仕事でお茶を濁すと思ってましたが、杞憂だったようです。相当困難な冒険を仲間とやり遂げた。か…」


「皇女がイカ干しって…。イカ臭い女。何かイヤ」

 ユウキは何かを想像してしまう。その手の知識はあるのだ。


「ラピスの頑張りは分かりました。ユウキさんに免じてギルド任務は良しとしましょう」

「やった! お母様ありがとう」

「よかったね、ラピス」


 ラピスとユウキが手を取り合って喜ぶ。しかし、マーガレットは厳しい顔を崩さない。


「しかし、ラピスの弱っちい根性は鍛えられていないようです。今日だって本当は1人で来て私に報告しなければならないのに、私に怒られるのが怖くてユウキさんに一緒に着いて来てくれるよう、無理やりお願いしたんでしょう」


「うぐ…。はい…」

(バレてる…)


「その気持ちの弱さを克服しなければ、学業の成績の向上も図れませんよ。ただでさえ集中力が欠如しているのに…。新学期では成績の更なる向上を目指しなさい。もし、母の期待を裏切ったら、その時はわかっていますね?」


「は、はい…」

「あの、マーガレット様。ちなみに教えてもらいたいんですけど、成績が悪かったらどんな罰が待っているのですか?」


「そうですね…。次は地獄の地下闘技場送り…がいいわね」

「ひいっ!」

「…ラピス、がんばれ」


 その後、色々と世間話をして楽しい時間を過ごしたユウキ。気さくなマーガレットとすっかり打ち解けた。ただ、新学期が始まる前にラピスは留学先のアムルダートに戻らなければならず、ユウキとはしばらくお別れしなければならないとの事。


(ちょっと、寂しいな…)


 マーガレットから散々ラピスの恥ずかしい過去を聞いて大笑いしていたら、すっかり長居をしてしまった。窓から見るお日様は大分傾きかけている。そろそろお暇しなければならない時間だ。


「マーガレット様。わたし、そろそろお暇します」

「あら、もうそんな時間?」

「じゃあ、わたくしが門まで送るわ!」


 ソファから立ち上がり、ラピスに続いて部屋を出ようとしたユウキをマーガレットが呼び止めた。


「ユウキさん。ちょっと待って」

「はい?」


「ユウキさん。ラピスとお友達になってくれてありがとう。あの子、あの通りおバカでしょう。それに高慢ちきで偉そうな態度ばかり取るから、お友達がいなくて心配してたのよ。実はここにお友達を連れて来たのも今日が初めてなの。だから私、嬉しくて…」


「……………」


「出来れば、これからもラピスのお友達でいてくれないかしら。あの子、いずれはどこかの貴族の子息に嫁ぐ事になる。それまでは多くの友人と沢山の楽しい事や体験をしてほしいと思っているの。ご迷惑かも知れないけど、ユウキさん。貴女なら、ありのままのラピスを受け入れてくれると思っている。勝手なお願いかも知れないけど…」


「マーガレット様。わたし、ラピスが大好きです。彼女はわたしの大切なお友達。ずっと、ずっと仲良くしていきたい。心からそう思ってます。こちらこそお願いします!」


 マーガレットはにっこりと笑ってユウキの手を握り「ありがとう」とお礼を言った。


(全然噂話と違う…。どこが恐怖の大王なのよ。凄く良いお母様じゃないの。ラピスの事、大切に思ってるのが伝わって来るよ。少し羨ましいな…)


 2人に送られて通用門近くまで来たユウキに、マーガレットが1枚のカードを渡して来た。何でもこれがあれば通用門をフリーパスで通れるという、皇族とその関係者だけが使えるカードらしい。


「時間があるときでいいから、お茶しに来て頂戴。私、何故か皇妃様や側妻の方々から避けられているようで、寂しいのよ」

「あはは、わかりました。そのうち、またお邪魔しますね」

「じゃあね、ユウキ!」

「うん、さよなら。今日は楽しかったよ」


 ラピスの課題も終わり、マーガレットの人となりにも触れることが出来て、本当に来てよかったとユウキは思うのであった。


(でも、ラピスに掛けたバックブリーカーは凄かった…。ブルブル…)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ラピスと宮殿を訪問した翌日、クライス家のお屋敷で朝食を摂っていると、セラフィーナも学校が始まるため、宮殿に戻ると言ってきた。


「えっ、セラフィも学校始まるから冒険者はお休みするの?」

「そーなのですよ。折角、地底世界の大冒険に凶悪な魔獣との戦闘に命の危機とハラハラドキドキの体験をしたというのに、帝国リベルタ女学院に在籍している身としては、学校をさぼる訳にもいかないですし、夏休みの宿題が手つかずで残っていて、片付けないといかんのですよ。サボったら執事長とメイド長からキッツイお仕置きが待ってるのです」


「ラピスといい、皇室ではきついお仕置きが流行ってるの…?」


「と、いう訳で冒険者活動は冬休みまでお預けです」

「うん、仕方ないね。残念だけど」


「ユウキさん、マーガレット様から宮殿にいつでも入れるパスを貰ったと聞きました。出来れば、たまに遊びに来て下さいませんか。その時はミュラー兄様の部屋の探索をしましょう」

「遊びには行くけど、ミュラーの部屋だけはお断りします。変な臭いがしそう」

「残念です」


「ユウキちゃんはしばらくお休みなのよね。だから、私はレオンハルト君たちと一緒に商隊の護衛任務に行くことにしたわ。ヴィルヘルムとイレーネからも危険な事はするなと釘を刺されたし、ま、護衛任務なら問題ないでしょ」


「いつから行くの?」

「明日からね。2週間ほど留守にするわね」

「そっか…。当分わたし1人だね」


「うふふ、偶にはいいんじゃないのぉ? 暇ならヴァルター君でも誘ってどっか行きなさいよー」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 セラフィーナが宮殿に帰り、フォルトゥーナも出掛けたため、暇になったユウキはお屋敷を出て、商店街のカフェで紅茶を飲みながら街行く人を眺めている。服か化粧品でも買いに行こうかなと考えたが、何となく宰相府のヴァルターを訪ねてみようと考えた。


 宰相府の受付で面会に来たことを申し出る。以前は不審者扱いされてけんもほろろな対応だったが、現在では宰相家との関係も認知されていることもあり、直ぐにヴァルターの執務室と連絡を取ってくれた。


「すみません。お忙しい所、お邪魔しちゃって」

「いいんだよ。丁度、休憩しようと思ってたんだ」


 執務室のソファに対面で座り、秘書の女性が入れてくれたお茶を頂く。


「それで、何か用があったのか?」

「特にはないんですけど、エヴァって今何してるのかなーって。お仕事でウルに向かっているんですよね」


「ああ、今は国境近くにいるよ。ただ…」

「何かあったんですか?」

「いや、何でもない。最近ウルの入国が厳しく制限されていて、入国待ちをしている状況だと連絡があった」


「そうですか…。元気ならいいんですけど。そういえば、ミュラーも一緒なんですよね」

「気になるか?」


「い、いえ、そんな事は全然…」

「エヴァもミュラーも元気だそうだ。そう言えばこんな事があったんだぞ」


 ヴァルターは、ノルトライン市の飲食店で泥酔したミュラー始め一行が客や店員を巻き込んだ大乱闘をおっぱじめた挙句、内務省憲兵隊に連行され、大目玉を喰らった話を聞かせた。


「そんな面白いこと…って違う! ミュラーのヤツ、何て事を。エヴァに迷惑かけて、もおーアイツは…。今度会ったら説教しなきゃ!」

「ははは、大好きなユウキ君から説教されたら、ミュラーも応えるだろうな」


「もう、止めて下さいよ。ミュラーが私の事好きだなんて。冗談にもほどがありますよ」

「ん、あいつは本気だぞ」


「わ、わたしは何とも思ってないですから!」

「ははは、わかったわかった。そうマジにならないでくれ。お詫びにこれをあげるよ」


 ヴァルターは机に戻ると引き出しから2枚のチケットを取り出してきた。目の前に置かれたそれは何かの入場券の様だった。


「これは?」

「ああ、セイレンウォーターパークの入場チケットだよ。帝国で一番大きなプール遊園地さ。ここの巨大プールがリニューアルオープンしたので、挨拶に来た支配人からチケットを貰ったんだ」


「暇なんだろ。2枚あるから誰か誘って行ってみたらいい」

「うわあ、プールですか。楽しそう! あ…でもわたし、知り合い少ないし、セラフィもラピスも学校の準備で忙しそうだし、一緒に行ってくれそうな人いないですよ…。だから遠慮しま…、そうだ!」


「ヴァルター様、一緒に行きませんか!?」

「へ…、お、オレと? いや…、それは…」


 突然のユウキのお誘いに狼狽えたヴァルターがキョロキョロと周りを見回すと、執務机でニヤニヤと笑みを浮かべて事の成り行きを見ている秘書と目が合った。


(ヤバイ、ここで受けたら、あっという間に噂が広まる。これがフランに知れたら…)


「ダメ…ですか」


 ユウキが頬をポッと染めて上目づかいで見て来る。超絶美少女の恥ずかし気な上目遣い。凄まじい破壊力だ。あの顔を見てはいけないとヴァルターは思わず手で遮断して顔を背けてしまう。少しして薄眼を開けてユウキを見ると…、


「そうですよね。ゴメンなさい、無理言って…。チケットお返しします。じゃあ、わたし帰ります。お邪魔しました…」


 シュンと悲しそうな顔をして、チケットを押し返して来た。ふと、秘書の方を見ると怒り顔で「誘え、受けろ、泣かせるな!」と無言で激しくジェスチャーを送って来る。


(くっ…、チケットを受け取った時のユウキ君、凄く嬉しそうだった…。でも、今はオレの態度で彼女を悲しそうにさせてしまっている…)


 秘書にプラスして女性事務員がいつの間にか加わって3人に増えていた。全員こめかみに青筋を浮かび上がらせて睨みつけている。このままだと彼女らを敵に回してしまう。そう思ったヴァルターはユウキに向かい合い、覚悟を決めてユウキを誘うことにした。


「わ、わかった。ユウキ君、一緒に行こう。是非、君と行きたいんだ」

「ホントですか! わーい、よかった!」


「じゃあわたし帰ります。早速デパートで水着買わなくちゃ! ではお邪魔しましたぁ!」


 明日は丁度休日ということもあり、待ち合わせ場所と時間を決めた後、ユウキはにっこにこ顔で執務室を出て行った。ユウキを見送ったヴァルターは「はあああ」とため息つき、秘書の方を見ると、向こうもニコニコ顔でガッツポーズをしているのが見えた。


「さあ、私たちも明日はプールに行って、あの2人を見守るわよ!」(秘書さん)

「おー!!」(事務員さん)


「勘弁してくれ…」


 秘書と事務員さんの異様なノリの中、ヴァルターはガクッとテーブルに突っ伏すのであった。


(でも、ユウキ君の水着姿、楽しみだな)

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