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第297話 ユウキ、金髪の死神と出会う

「しかし、お前は北でもそうだったが、南でもトンでもねえ事やらかすなあ。なんなんだ、あのアース君とやらは。度肝を抜かれたぞ」

「もう、オーウェンさん。わたしをトラブルメーカーみたいに言うの止めて下さいよ」

「違うのか?」

「うっ…、反論したいけど、その通りかも知れないです…」


 ここは帝都の冒険者ギルド「荒鷲」のギルド長室。ユウキはミュルダール金属鉱山で行った廃坑探索の依頼完了手続きを済ませるために訪れていた。


「うふふ。でも本当に無事でよかったですよ。ユウキさんと私はモテない同盟の同士ですからね。いなくなったら許しませんよ」

「イヤな同盟ですね…。抜け出したい」


「はい、これが依頼達成の成功報酬です。これにサインしてください」

「はいはい、さらさらさらっと…。あれ、リサさん。報酬金額多いですよ、確か15枚だったハズ。20枚入ってます」

「はい、依頼主がお詫びと言って増額してくれたんですよ。よかったですね」


「……………」

「ん、どうした? 嬉しくねえのか?」


 報奨金を前にして沈んだ顔をしたユウキにオーウェンが訝し気に訊ねる。


「えっと…、あの…。いや、わたしの気のせいかもしれないんで…。はは…」

「リサ」


 オーウェンの目配せを受けて、リサが部屋の扉に鍵を掛け、引き戸式の防音扉を閉める。次いで窓のカーテンを閉めて密室状態にし、オーウェンの隣に座った。


「これで、この部屋の声は外に漏れることはねえ。ユウキ、気になることがあるなら言ってみろ。どんな些細な事でもな」


「はい、ロディニアの時と似てるなって思ったんです」

「ロディニアの…? 何がだ?」


「魔物です。本来いるハズのない場所に現れた魔物。例えばサヴォアコロネ村のグレイトグリズリー、アムルダートの初級ダンジョンのアークデーモン。そして今回のアラクネーやマンティコア、デルピュネ…。どれも普通じゃない、強すぎる魔物が急に現れ始めた」

「わたしが学園に通っていた頃もいるはずのない場所でゴブリンキングみたいな強力な魔物が出没していました。そして私がその原因だと…。わたしは暗黒の魔女…だから…」


「また、何か起こる前兆かも知れないっていうのか? 自分がこの大陸に来たからとそう思うのか?」

 オーウェンの言葉にユウキはこくんと頷く。


「ユウキ、ロディニアの件はお前には全く関係のない事だ。あれはマルムトとその一派のクズどもが暗躍した結果だ。今の所、この大陸で戦乱を招くような動きはない。平和なもんさ。アークデーモンだってダンジョンコアの暴走と聞いている。その後出現したという話もないしな。恐らく偶然によるものだと思うぞ。だからお前が心配することはない。お前は自分の幸せだけを追い求めればいいんだ。わかったな!」


「そうですよユウキさん。私とどっちが早く結婚するか競争しているんですからね」

「リサさん…。はい、そうですね。わたし、少し考えすぎてしまいました。変なこと言ってごめんなさい」


「それでいいんだ。お前は笑った顔が一番だ。しばらく依頼は受ける必要が無いぞ、少し気分転換に遊んだらいい」

「はい! ありがとうございます。オーウェンさん。じゃあもう行きますね!」


 笑顔になったユウキを部屋から送り出すとオーウェンはリサを呼び寄せ、何事かを耳打ちした。リサは真剣な顔で頷くとメモにペンを走らせ、ギルド長室を退室していった。リサが退室し、1人になったオーウェンは窓のカーテンを開けて外を見る。通りには大勢の市民が歩いていて日常の生活を謳歌している。


(この大陸は平和だ。しかもいいヤツばかりだ。ここならユウキは居場所を見つけられる。絶対にロディニアのようにはさせねえぞ。ユウキに害をなそうとするヤツはオレが全部叩き潰す…)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 オーウェンの部屋を退室し、1階に降りてきたユウキは私服のラピスに捕まった。いつもの高飛車で高慢ちきな様子がなく、かなり困った表情をしている。


「ユウキ、待ってたのよ。相談に乗ってくれない?」

「どうしたのラピス。時間はあるからいいけど…、とりあえず酒場のテーブルに座ろうか」


 空いてるテーブルに座ってウェイトレスさんに飲み物と軽食を注文すると、ユウキはラピスに向き合った。


「どうしたのよ。元気ないじゃない」

「うん…実はね、前話したじゃない。お母様の言いつけで依頼を5つ達成しろって言われたこと」


「ああ、そんな事言ってたね」

「うん…。でもこの間の廃坑探索で時間喰っちゃって、とても期限までにできないの。このままじゃお母様の恐怖の折檻地獄が…、逆さ磔が…、焼き土下座が待ってるのよぉおお!」


「ええ~、実の娘にそんなことする訳ないでしょう。ちゃんと謝れば大丈夫だよ」

「ユウキはお母様を知らないからそう言えるのよ。後宮の女帝の恐ろしさを…」


「凄い二つ名だね…「金色の死神」とか「後宮の女帝」とか。でも、ラピス廃坑探索で頑張ったじゃない。大ムカデを退治したし、デルピュネとも戦った。並の冒険者じゃできない任務を達成したよ。それをきちんと話せば認めてくれると思うけど」

「そうなんだけど…」


「そうだ! ねえユウキ、一緒にお母様に会ってくれない? 私の活躍を話してほしいのよ。ユウキが話してくれたらお母様も信じると思うのよ。ね! お願い!」

「ええ~、仕方ないなあ。いいよ」

「やった! じゃあすぐ行こう!」

「え、今から? わたし普段着だよ。失礼にならないかな」

「大丈夫、大丈夫。行くわよ!」


『アース君よ、ほらな、早速面白い事が起こりそうじゃぞ』

『先生、我は何もかもが新鮮に映る。ユウキと一緒に来て楽しい』

『そうじゃろ、そうじゃろう。くはははは』


(いつの間にかエロモンもペンデレートに入ってるよ。アース君と仲良くなってるし…)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 乗合馬車でハイデルベルク宮殿の正門に来たユウキ。今まで遠くから見たことはあったが近くで見るとその威容に圧倒されてしまう。巨大な門に大通りかと見紛うような宮殿まで続く通路に見事な並木。見上げるばかりの大宮殿…、ため息しか出ない。


(いいのかな? わたしなんか入って。服装おかしくないよね…)


 今日の服装は夏らしく、リボンが付いた丸首半袖シャツにミニのプリーツスカート。足首までのレースのソックスに黒のロリータパンプス。薄い夏服なので大きな胸が激しく自己主張している。


「ユウキ、こっちよ」


 服装チェックをしていたら呼ばれたので、急いでラピスの側に向かう。正門脇の通用門から中に入るという。門番が敬礼をし、剣を捧げて門を開ける。


「ラピス様、お帰りなさいませ!」

「暑いところ警備ご苦労様。この方は私の友人でユウキ・タカシナ様です。今日は遊びに来て下さったの。中に入れてもよろしいかしら」


「ハッ! ラピス様の御友人であれば結構です。どうぞ、お入りください」

「ありがとう。ユウキ、行きましょ」

「う、うん。失礼しまーす」


 ユウキはペコリと門番に頭を下げて中に入った。母親のいる場所は皇帝の住まう建物とは別の建物とのことで、一度正面の宮殿に入り、迷路のような通路を抜け、裏の中庭を通った場所にあった。それでも東西に長い5階建ての大きな建物で、何となく気後れしてしまう。


(この建物だけでイザヴェル王国の白鳥宮の半分くらいありそう)


「ユウキ、早く」

「あん、待って」


中に入るとヒンヤリとした空気が流れている。ラピスが氷の力を封じた魔法石を使用した魔道具で館内を冷房しているのだと教えてくれた。


「涼しいでしょ」

「うん。凄いね(この世界のクーラーってとこだね)」


 ラピスと一緒に魔道エレベーターの乗り場に行くと、丁度1台のエレベーターが降りて来た所だった。「ついてるね」と言いながらエレベーター前まで行くと中から数人の男女が降りて来た。そのうちの1人がラピスを見て声をかけて来た。


「ラピスじゃないか。久しぶりだね」

「ミハイル兄様。ご無沙汰しておりました。お兄様もお変わりなく…」


 ユウキはミハイルと呼ばれた男性を見る。年齢は20歳を過ぎたくらい。美しく長い銀髪を後ろで纏め、やや細面の形の良い眉、切れ長の目、整った鼻と口。物凄い美形だ。細身の体も締まっていて均整がとれている。


(これが第2皇子…。ミュラーとはタイプが全然違う。それに、物凄いオーラを感じる。大勢から支持されるのも分かるな。でもあの目、人を値踏みするようで何かイヤだ…)


「君は?」

 ミハイルがユウキを見ている。


「は、はい。わたしは…」

「無礼者! 庶民の分際でミハイル兄様に直接口をきくなぞ、失礼であろう!」

 突然大声で叱られ、思わず肩を竦めるユウキ。


(どうしろって言うのよ…)

「失礼しましたプルメリア姉さま。この方は私の友人でユウキと申します。今日は一緒にお茶でも頂こうとお招きした次第です」


 ラピスが代わって紹介し、ユウキはペコリと頭を下げる。


「さあ、行きましょうユウキ」

「はい、カルピス様」

「ラピス!」


(あれが噂のユウキか。想像以上に美しい人だ。ミュラー兄さんが狙っていると言うが…)


 魔道エレベータに乗り込むユウキを見たミハイルは、ユウキに少なからず興味を抱くのであった。一方、エレベータの中ではラピスがプンプン怒っている。


「もう! イヤな奴らに会ったわ。何よプルメリアのクソ女! 私の友人に怒鳴ったりして。あー頭にくる! それにミハイル始め男兄弟のユウキを見る目付き。すっごくイヤらしかった。あのドスケベども!!」


「よくもまあ兄弟姉妹をそこまで悪し様に言えるね。でも、わたしもあまりいい感じがしなかったな。セラフィやラピスが特別なのかもしれないけど…」


「アイツらとは生理的に合わないのよねー。ただでさえ今からお母様に会うってのに、気分が深海の底まで沈んだ気分よ…ったく」

「どんだけイヤのよ…」


 そんな話をしていると「チン」と音がして5階に到着した。2人はエレベータを降りて通路を進み、ある部屋の前で立ち止まった。ラピスの顔は既に青ざめていて緊張しているのがユウキにも感じられる。ラピスはコンコンとノックをした。


「お母様、ラピスです。お話があって参りました…」


 少し間をおいて、中から返事がした。


「お入りなさい」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ラピスに続いて部屋に入ったユウキの目に入ったのは、トレーニングベンチに仰向けで横たわり、ベンチプレス運動を行っている女性。バーベルが上下する度に汗がキラキラ飛び散っている。


「お母様。ラピス、参りました」


 ラピスの呼びかけにバーベルをどしんと床に落とし、ベンチから起き上がったのは、体にフィットしたスポーツウェア姿の美女。見ると二の腕(上腕二頭筋)や太もも(大腿四頭筋)、ふくらはぎ(下腿三頭筋)の筋肉が半端なく発達しており、豊かな胸を隠すスポーツウェアの下に覗く腹筋は見事に割れている。背丈はユウキより頭ひとつ大きく、見事な金髪をアップにしていた。


(こ、これが金色の死神の異名を持つ、ラピスのお母様のマーガレット様…。凄いボディ。そして滲み出る圧倒的な強者のオーラ。アークデーモンより怖いよ…)


 女性は厳しい顔をして近づいて来ると、ユウキをじろりと見る。眼光鋭い迫力ある視線にユウキはビビる。


「お母様、友人のユウキさんです」

「は、初めまして。ユウキ・タカシナです。ラピス様とは懇意にさせていただいてます」


 ユウキの自己紹介にマーガレットは相好を崩す。笑った顔はラピスそっくりで可愛い。


「まあ! ラピスのお友達なの!? ようこそ、母のマーガレットよ。申し訳ないけど、少しお待ちいただけるかしら。着替えてきますので。ラピス、応接室にご案内しなさい。あと、冷たい飲み物を出して差し上げて」


「はい。ユウキさん。こちらにどうぞ」



 ラピスと一緒に応接室のソファに腰掛け、冷たいレモネードを飲みながらマーガレットが来るのを待つ。


「ラピスって、お母様の前だと雰囲気が違うね。緊張してるの?」

「そりゃそうよ。ユウキも分かったでしょ、あの恐怖の大王が近づいてきたような圧迫感。あのぶっとい腕でお尻叩かれてみなさいよ。一瞬で内臓が口から飛び出ちゃうわよ」


「恐怖の大王って誰の事?」(マーガレット)

「そりゃあ、マーガレットの筋肉お化けよ。いい年こいて筋トレなんかしちゃってさ」


(ラピス。後ろ、後ろー)


 得意げに母親の悪口を言うラピスに、ユウキはゼスチャーで危険を知らせる。しかし、天性のバカであるラピスは気づいてない。


「あのおっぱいだって、絶対筋肉が詰まってるに違いないわ。ぷぷぷ、正に筋肉ババア」


(ラピス。後ろ見て、後ろぉー)


「なによー、後ろがどうしたの…か…にゃ~」

「おっ、おかあさま~!」


 ラピスの背後に明るい水色のロングドレスに着替えたマーガレットが腕組みをして仁王立ちしていた。顔は笑顔だがこめかみには怒りのマークが浮き出ている。


「あ…、あの、お母様。いつからそこに、いたのかにゃ~」

「恐怖の大王あたりからかしらね」


「あ、あのですね。別にお母様の悪口を言ってたわけではなくてですね。ユウキを、そう、ユウキを楽しませようと…。ひぃ! 助けてユウキ! たーすけーてー!」


 マーガレットは無言でラピスを担ぎ上げると、見事なバックブリーカーを決める!


「ぎゃああああ! 死ぬ! 背骨が折れるぅ。ぐげえええ!」


(ラピス。アナタの事は忘れない…)


 女の子らしくない悲鳴を上げ、悶絶するラピスを見て、ユウキは冥福を祈るのであった。

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