第296話 襲撃
ハナハータの町を出て、最後の宿泊地であるジョゼ村に向かうエヴァリーナたち。両側が林となった見通しが悪く狭い山間の街道をしばらく歩く。時々ウル方面から輸送隊の隊列や帝国に向かう冒険者らしい一団、行商姿の人たち、荷物を持った家族連れとすれ違った。また、一行の背後にもウルに向かうと思われる人たちが点々と続いている。
「思ったより人通りがありますわね」
「出入国審査が厳しいだけで、別に街道が封鎖されている訳じゃないからな」
周囲を見て呟いたエヴァリーナにミュラーが答える。
「あ、見て下さい。水飲み場がありますよ」
リューリィが指さした先を見ると、少し広場になった場所があって、休憩できる東屋と地下水が湧き出ている水飲み場があった。一行はここで少し休憩することにして、水飲み場に向かう。そこには獣人の親子がいたが、既に休憩を終えたらしく「お先に」と言ってウル方面へ歩いて行った。誰もいなくなった広場で一行は湧き水で喉を潤すと、めいめいに場所を取って座り、休憩を取り始めた。
街道に沿って心地よい風が吹いて来る。冷たい水で喉を潤し、風に吹かれていると疲れも取れて来る気がする。周囲の林からは「ピピピ…、チチチ…」といった鳥の鳴き声がして一行の心を和ませる。
「静かですわね…」
エヴァリーナの何気ない一言。その一言にミュラーが違和感を感じ、立ち上がって周囲を確認する。確かに静かすぎる気がする。先ほどまで鳴いていた小鳥の声が止まり、街道を歩く人もいない。耳に入るのは湧き水が流れる音だけだ。フランも異変を感じ取り、厳しい顔をして立ち上がると、鞘からショートソードを抜いて構えた。
「確かに静かすぎる…。マズイ! おい、みんな立て! 早くここを離れるんだ!」
「ミュラー、急にどうしたんですの?」
「説明は後だ。早く支度しろ!」
しかし、ミュラーの警告は少し遅かった。林の茂みの中から忍び装束の襲撃者が飛び出してきて、不意を衝かれ、立ち止まっているエヴァリーナの首筋を狙って剣を向ける。エヴァリーナは声も出せず見ているしかできない。首を刎ね飛ばされる寸前、フランが飛び込んできてショートソードで剣を受け止めた。襲撃者は「チッ」と舌打ちすると、背面に1回転し、街道まで退いた。すると、草むらの中から数人の忍び装束を着た襲撃者たちが現れた。いずれも獣人・亜人の戦士で、人数は7人。全員片刃の小刀を持っている。
「エヴァとタニアちゃんは東屋の中まで下がれ。ハインツは2人を守れ、後のメンバーは分かってるな!」
ミュラーとフラン、ソフィとティラがペアとなり、襲撃者と対峙する。リューリィは4人の背後に立って魔術士の杖を構えた。
「テメェら何者だ。誰に頼まれた!」
「……………」
「チッ、だんまりかよ…」
7人の襲撃者はジリ…ジリ…とすり足で近づき、射程内に入ると同時に一気にミュラーたちに飛びかかって来た。
「うりゃあ!」
ミュラーは小刀を振りかざして来た襲撃者の1人をロングソードで迎撃する。バキィン!と金属がぶつかり合う音がして火花が飛び、ミュラーのパワーで押し戻された襲撃者は空中で1回転し着地すると、素早く地面を蹴って刺突の態勢で飛び込んで来る。真っ直ぐ伸びて来る小刀をロングソードで受け、素早く切り返すが、相手も簡単には隙を見せない。一進一退の攻防が続く。
「手練れじゃねーか…。面白え! 行くぞ悪党」
フランは突っ込んで来た襲撃者の攻撃コースを冷静に見て、自信に小刀が届く寸前大きくジャンプして背後に回ると両手に持ったショートソードを襲撃者の背中に突き刺した。「グッ…」とくぐもった声を出して倒れた襲撃者の背から素早く剣を抜くと頭の上でクロスさせ、別の襲撃者が振り下ろした小刀の一撃を受け止めた。そのままショートソードを左に倒し、小刀を押し出すように腕を伸ばすと、身体が横に振られた襲撃者の態勢が崩れると無防備となった脇腹に、強烈な蹴りを見舞った。地面に転がり、苦痛で呻く襲撃者をフランは挑発する。
「それで終わり? もっとあたしを楽しませてよ」
フランを強敵と見た襲撃者は3人掛かりでフランに襲い掛かって来た。フランはニヤッと笑みを浮かべると自ら相手に飛び込んで行った。
ソフィとティラも襲撃者と戦っている。2人もそれなりの腕をしているが、相手の方がい1枚上手で、徐々に劣勢になって来た。それでも息を合わせ連携して迎撃する。ソフィはショートスピアで敵を牽制し、ティラがハルバードの一撃を見舞うが、長柄武器の弱点である接近戦に持ち込まれ、小刀の攻撃を柄で防ぐのが精一杯。何とか隙を見つけようとするが、防戦一方となってしまう。2人のピンチにリューリィの魔法が炸裂する。
「ファイアアロー!」
ティラに攻撃を加えようとした襲撃者に炎の槍が直撃して体を焼き貫く。「があっ!」と悲鳴を上げた襲撃者は、傷を負った部分を押さえながら2人から離れ、後方に下がろうとしたが、ソフィはその隙を逃さずショートスピアを胸目掛けて突き刺し、1人を倒す事に成功した。
「リューリィさんありがとうございます!」
「後1人は任せます。ボクはフランさんの支援に向かいます!」
「はいっ! ティラいくわよ!」
「はいな! 冥府魔道に生きる女の恐ろしさ、思い知れ! 旋風斬(仮)!!」
エヴァリーナと一緒に東屋で戦闘を見ていたタニアはハインツの背に隠れて震えながら様子を見ていたが、「カサッ」という草を踏む音がしたのに気づいた。気になって周囲を見回すが何も見えない。ハインツもエヴァリーナも前方を見ていて音には気づいていないようだ。
(気のせいだったかしら…)
そう思ったタニアの耳にまた「カサッ」と草を踏む音が聞こえた。タニアは耳だけを動して様子を探る。どうやら、音は後の土手の上の草むらから聞こえて来るようだ。
「ハ…ハインツ様。あ、あの…、振り向かないで聞いてください。あのですね、土手の上から誰か来ます。て、敵かも…」
ハインツは、震えるタニアの手をそっと握り、小声でエヴァリーナにも伏兵が迫っていることを知らせる。
「エヴァ姉ちゃん、敵が来る。後ろからだ…」
エヴァリーナはハインツに頷くと親友から授かった大地の杖を握り締める。すると、ガササッと音がして2つの黒い影が飛び出して来た。タニアが思わず悲鳴を上げるが、ハインツは振り向きざまに土の防壁魔法を発動させた。目の前に突然現れた土の壁に襲撃者が激突し、呻き声を上げて地面に転がった。ハインツは、素早く帯剣していたレイピアを抜くと、襲撃者の1人の両腕を突き、次に右足の太腿に突き入れて地面深くまで突き刺して動けないようにした。ハインツが顔を上げると、もう1人の襲撃者がエヴァリーナの電撃魔法に貫かれたところであった。
「うりゃあ!」
ミュラーのロングソードが襲撃者の胴体を両断し、フランとリューリィも向かって来た3人を瞬殺した。最後に残った1人は全員が倒されて怯んだところにティラのハルバードが襲い掛かって、体を斜めに切り裂かれ、盛大に血を吹き出して倒れた。
「よっしゃ! みんな無事か!」
「うん、もう敵はいないみたい…です」
ミュラーが全員の無事を、フランが周りの様子を探って敵がいない事を確認する。
「ミュラー、こちらに来て下さらない? 1人生かしています」
地面に大の字になって呻いている襲撃者の顔を包んでいる布を剥ぎ取ると、若い女の顔が現れ、一行は驚くがミュラーはグイと襟首を掴んで引き起こした。女の顔が苦痛に歪む。
「テメェら、真っ直ぐエヴァを狙って来たな…。何故だ」
「……………」
「誰に命令された。言え!」
「……………」
女はニヤッと笑うとグッと奥歯を噛み締めた。ミュラーがアッと思った時にはもう遅く、ゲホっと血を吐いてガクッと首が倒れた。エヴァリーナやタニアが口から血を流して死んだ女を見て青ざめる。
「チッ…。毒を飲みやがった。奥歯に仕込んでやがったか」
ミュラーが女を地面に転がし、立ち上がったところにエヴァリーナとリューリィが横に並び死んだ女を見ながら今後どうするか尋ねて来た。
「これからどうしますの?」
「そうだな…。もう間もなくジョゼ村だ。村には帝国軍の国境警備隊が駐屯している。そこに宰相府への連絡を頼もうぜ。あと、色々情報があれば教えてもらおう」
「ですね…。国境警備隊駐屯地なら安全も確保されますし、そうしましょうか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
襲撃者の死体を1ヶ所に集めたエヴァリーナたちは街道を先に進み、ジョゼ村に入った。村から国境まで約2kmしか離れていない。このため、帝国軍の国境警備隊約1,000人が駐屯していた。
駐屯地は村と国境の間にある小規模な砦であった。防塁の間に造られた門に2人の警備兵が立っていた。一行が近づくと手に持っていた槍を横にして誰何してきた。
「お前たちは誰か。村の者ではないな、何の用だ」
「私は、帝国宰相ヴィルヘルム・クライスの娘、エヴァリーナ・フレイヤ・クライスです。ここの隊長にお話があり、参上いたしました。お取次ぎを願います」
エヴァリーナは宰相家の紋章が刻まれたペンダントを掲げて見せる。警備兵は紋章を見て本物と分かると慌てて槍を引き、敬礼を返す。
「し、失礼いたしましたっ! 直ぐに取り次いでまいりますので、暫くお待ちください!」
10分ほど待っていると、取次に行った警備兵が1人の将校を連れて戻って来た。将校はエヴァリーナの前に立つと見事な敬礼をする。
「私は帝国陸軍ジョゼ国境警備隊副隊長エバンズ大尉です。隊長がお待ちです。どうぞこちらに。ご案内いたします」
案内されたのは砦内部の応接室。エヴァリーナはミュラーとリューリィのみ同行させると、フランやハインツたちを別室で休ませてもらうようお願いした。エバンズは了解し、食堂に案内するよう部下に指示した。
エバンズが応接室のドアを開けてくれたので、中に入ると1人の偉丈夫が立ち上がり、敬礼し、挨拶して来た。
「私がこの駐屯地の指揮官、デュットマン中佐です。エヴァリーナ様におかれましてはご機嫌麗しく。それにそちらの御仁はもしかして…」
「ああ、ミュラーだ」
「ボクは皇宮執事長の嫡男リューリィです。よろしくお願いいたします」
「おお…、ミュラー様。このような場所でお目にかかることができ、大変嬉しく存じます」
「そういうのは止めてくれ。今はお忍び、冒険者ミュラーだ。いいな」
「はっ! 失礼いたしました」
ミュラーに平伏していたデュットマン中佐は立ち上がると3人にソファに座るよう促し、自分も着座すると従卒がコーヒーを運んできた。エヴァリーナはコーヒーを一口飲むと、口外しないことを条件に、この地に来た理由とジョゼ村の手前で襲撃された事を襲撃者の特徴と合わせて説明した。
「ふむ…、その特徴からすると、襲撃したのはウルの隠密部隊ですな」
「隠密部隊?」
「はい、正規軍とは別の組織で、国王直属で任務に当たる部隊だそうです。その内容も敵国に深く潜入しての情報収集、協力者の獲得、破壊工作、暗殺など多岐にわたります。さらに「草」と呼ばれる工作員を大陸各国に多数散らばせていると聞いた事があります」
「草…。それはどういう者なのです?」
「実態はわかりません。普段は一市民として普通に暮らし、本国から指示があった場合だけ活動する者…としか。指示があるまで何世代もその地に土着して暮らす者たちらしく、見つけ出すのは不可能だと…」
「そんな人たちが…」
「私が推察するに、帝国の動きを探るよう指示された草からの情報を得た武断派が、エヴァリーナ様を排除しようと画策したのではないでしょうか。今後もこのような事が無いとは限りません。この状況でウルに入るのは危険かと思われます」
デュットマンの話を聞いて、エヴァリーナは思案する。ここで任務を切り上げ戻るのは簡単だ。命の危険がある中で無理に遂行することは父も兄も良しとしないし、許してくれるだろう。でも、ウルがこのような手を使ってくると言うことは、ある意味邪龍の話は真実に近いのではないだろうか。つまり、帝国の…世界の危機であり、ここで断念すれば未然に防ぐことは出来なくなる。エヴァリーナはこの平和の世が好きだ。ユウキと旅してその気持ちが強くなった。だから…。
「私、ウルに行きます」
エヴァリーナはデュットマン中佐の目を見てハッキリ宣言した。その目を見てミュラーもリューリィも力強く頷く。
「わかりました。ジョゼ駐屯地も全力で支援いたします。何なりとお申し付けください」
「ありがとうございます、中佐。ではこの件を宰相府に連絡したいのですが…」
「それなら、司令室にある魔道通信機をお使いください。その他には?」
「国境まで護衛をお願いできますか?」
「それは可能ですが、暗殺者に狙われた以上、普通に国境検問所に向かうのは危険と思われます。入国直後に捕らえられる危険があります」
「そうだな。その可能性はあるな」
「ですね…」
エヴァリーナたちは何か方策はないか考えるが上手い方法が思いつかない。「うーん」と唸っているとミュラーがエヴァリーナの眉間を指さしてニヤニヤ笑う。
「おいおい、眉間に凄いシワが寄ってるぞ。おばちゃんか、お前は。プークスクス」
「むかっ!」
エヴァリーナはどこからかハリセンを取り出すと、ミュラーの頭に豪快に叩きつけた。応接室に「ぱしーん!」と景気のいい乾いた音と「痛ってぇ!」というミュラーの悲鳴が響き渡る。
「こうしたらどうでしょう」
デュットマン中佐の提案は、約1週間後に帝国から食料や日用品を積載した大規模な輸送隊が来ることになっていて、輸送隊はこのジョゼ村で休息を取る予定とのこと。この村からも荷下ろしのための作業員が大勢加わることになっているので、エヴァリーナたちはこの作業員に紛れてウルに入国すれば良いのではないかというものであった。
「手筈は我々に任せて下さい。あと、輸送隊が出発した後は、エヴァリーナ様たちは緊急の用で帝都に戻ったと噂を流しておきます」
「そうですわね。それしか方法が無いようです。中佐、よろしくお願いします」
「了解しました。それまでは駐屯地に滞在なさってください。ここなら安全です」
エヴァリーナはハリセンでミュラーをシバキながら、中佐の厚意を受けることにしたのだった。
 




