第292話 再会(廃坑探索⑦)
「くそっ! みんな大丈夫か!」
「レオンハルト君、ヤバいわよ。デルピュネちゃん強すぎる!」
「あのジジイ顔もだ。くそ…」
フォルトゥーナ率いる戦乙女、アレン率いる烈火の剣は部屋の隅に追い込まれていた。目の前には魔獣マンティコアとデルピュネ。2体は多少の傷を負っているものの、致命傷には至らず、余裕をもって人間を追い詰めている。
一方、人間側はレイラ、エマ、レイブンが重傷を負い、エドモンズ三世が治療を行っている。その他のメンバーも満身創痍で余裕がなくなっていて、明らかに追い詰められている。
『マズイのう。負傷者が多くて治療に追われっぱなしじゃ。儂が参戦する隙間もない。フォルトゥーナたちに頑張ってもらわねばならんが、ちと厳しいか…』
「これならっ! ウィンドボルテッカー!!」
セラフィーナが竜巻と電撃の合成魔法を放つが、マンティコアの魔法障壁によって防さがれ、逆に風のブレスによって吹き飛ばされる。
「きゃあっ!」
風の圧力で吹き飛ばされて壁にぶち当たり、跳ね返って倒れた所にデルピュネの鋭い爪を持つドラゴンの前足が振り下ろされる。
「危ないっ!」
セラフィーナの危機にレオンハルトが飛び込んでハルバードで爪を受け止めるが、魔物のパワーにギリギリと押し負け始める。しかし、その間にラピスとレブがセラフィーナを助け出すことが出来た。
「アースランス!」
フォルトゥーナの魔法がデルピュネの胴を捉えるが、固いドラゴンの外皮を貫くことが出来ない。
『あーっはっはっは! 無駄無駄無駄無駄ぁ!』
「く、悔しいっ!」
『どれ、今度はワシの番だな。そろそろ遊びは終わりにしようぞ。そこの魔族のメスから頂くとしようか』
「そうは行かないわ!」
フォルトゥーナが鞭を放ち、マンティコアの前足を捉え、力を込めて引っ張り、動きを押さえようとしたが、マンティコアは余裕をもって、前足を上に持ち上げる、力負けしたフォルトゥーナがドサッと倒れ、マンティコアの前まで引き擦られる。ニヤッと笑ったマンティコアは鋭い牙が生えた口を大きく開けて、フォルトゥーナに喰らい付こうと顔を向けた。それを見たアレンとミルズが助けに入る。
「姉さん、危ねえっ!」
『小賢しい!』
マンティコアは飛び込んで来たアレンたちをもう一方の前足で払い飛ばす。2人は壁まで吹き飛ばされ、くぐもった唸りを漏らして倒れる。
それを見たマンティコアはフンと鼻を鳴らすと、再びフォルトゥーナに向き直った。フォルトゥーナは転ばされたダメージで起き上がることが出来ない。
(ごめんなさい。ヴィルヘルム、エヴァ。私、ここで終わりみたい…)
マンティコアの顔が迫って来る。フォルトゥーナが覚悟を決めた時、エドモンズ三世が目の前に飛び込んできて、シールドを展開し、マンティコアの攻撃を防いだ。
「エドモンズさん!」
『フォルトゥーナよ、諦めるでない!』
マンティコアとエドモンズ三世、デルピュネとレオンハルトが押し合っているとき、唐突にそれは起きた。部屋の壁の一部が歪むとともに大きな渦を造り出した。そして、そこから現れたのは、銀灰色の金属質をした鎧板に数え切れないほど多数の歩脚が蠢く超巨大なヤスデの怪物だった!
「きゃあああああーーーーっ!」
女の子たちが悲鳴を上げ、
「なっ! なんだあああ!」
男たちが驚きの声を上げる。
『なんだ、これは!』
マンティコアもデルピュネも突然のことに動きを止め、新たに現れた怪物を見る。そして、怪物の上から何かが飛び上がった。
「たああああっ! 振動波コアブレードッ!!」
怪物の背から飛び上がったのはユウキ! ユウキは新たに手に入れた武器、振動波コアブレードの柄に魔力を流す。高周波を纏った刀身が、あらゆる攻撃を跳ね返して来たデルピュネの硬い外皮を持つ体を深々と斬り裂いた!
『ギャアアアーーー!』
デルピュネが胴体から内臓をまき散らし、のたうち回る。
『ユウキよ、あのコアを破壊せよ』
「分かった!」
アースロプレウラの指示に従い、ユウキは紫色に輝くコアにコアブレードを叩きつけた。コアはガシャンと音を立てて砕け散り、室内を支配していた怪しい魔力も消えた。ユウキは振動波コアブレードを鞘に納めると、両手を掲げてゲイボルグを呼んだ。
「ゲイボルグ! わたしに力を貸して!」
ユウキの呼びかけに、空間を斬り裂いて漆黒の槍が飛んで来る。ゲイボルグを掴んだユウキは頭の上で一回転させると、マンティコア目掛けて走り出す。次々起こる想像外の事象にマンティコアは一瞬対処が遅れ、それが命取りとなった。
「喰らいなさい!」
ユウキはマンティコアに接近するとゲイボルグを一閃させて、前足の1本を斬り飛ばした。支えを失ってよろめいたマンティコアの首筋を狙ってゲイボルグを振り下ろす。魔槍は鋭い刃でマンティコアの首と胴を切り離した。
斬り飛ばされた勢いでマンティコアの首は高く飛び上がる。その視線に、先ほどまで追い詰めていた人間共の姿が映った。何故、こうなったのか…。その理由を考える間もなく、マンティコアの意識は暗転した。
『ぐぬぅううう…。お、おのれぇええ…』
デルピュネが苦悶の表情を浮かべて、立ち上がろうと藻掻く。そこに剣を構えたラピスが近づき、胸の真ん中にミスリルソードを突き刺した。
『ギャアアア…アア…ア…』
「今まで散々いたぶってくれたお返しよ!」
エドモンズ三世はフォルトゥーナを立たせ、その回りに全員が集まってきた。そして、ある場所を見る。そこには巨大な怪物の側に漆黒の槍を持った1人の美少女が立っていた。
『ユウキよ。無事じゃったか』
「うん。心配かけてゴメンね」
エドモンズ三世が声をかけ、ユウキも笑顔で答えるが、誰も近寄ってこない。むしろ恐怖に顔を引きつらせ、ユウキの側にいる怪物を見ている。
「あ、ビックリしちゃった? これはアース君。アース君はアースロプレウラって言うんだって。何でも古代魔法文明が生み出した魔法生物なんだそうだよ。わたし、みんなとはぐれて、洞窟を彷徨っていたところをアース君に助けられたんだ。それでね、アース君、わたしの従魔になってくれたの」
『よろしく。我の事はアース君でいい』
アースロプレウラのアース君は、ズイっと全員に頭を向けると上体を起こして丸く頭を下げる。胴体下部から覗く多脚が気持ち悪くて女性たちはドン引きする。しかし、この男だけは揺るがない。鷹揚にアース君に近付くと、ぺんぺんと頭を叩き、
『ほっほう…。であれば、儂の弟分と言う事じゃな。儂は偉大なる死霊の王、ワイトキングのエドモンズ三世じゃ。これからは儂を先生と呼び、敬うのじゃぞ』
「くっそ偉そうに…。このエロワイトは…」
『わかった。よろしく頼むエロパンダ先生』
『誰がエロパンダじゃ! ユウキよりひどいぞ!』
アース君とエドモンズ三世のやり取りに、ぷくくと笑うユウキにフォルトゥーナたちがおっかなびっくり近づいてきた。近くで見れば見るほど大きさが実感され、その見た目も相まって、百戦錬磨のアレンやレオンハルトも完全にビビってしまっている。その様子に苦笑いしつつ、ユウキは川に流されてからの出来事を掻い摘んで説明した。
「ホントに無事でよかったわ。ユウキが流されて物凄く心配したんだからね」
「本当だ。生きた心地がしなかったぜ」
ラピスとレオンハルトがユウキと握手しながら無事を祝う。他のメンバーも全員、無事な再会を喜んでくれた。
「ねえ、ユウキちゃん。あのデルピュネの外皮には私たちの魔法や武器は効果がなかったの。それなのにユウキちゃんは易々と切り裂いた。あれは何の武器だったの?」
「ふっふーん。これはね、アース君に貰った古代文明の遺品「振動波コアブレード」っていう魔道武器だよ。原理は不明なの(高周波って言ってもわかんないだろうからね)」
「はああ~。凄いですねぇ、セラフィもそんな武器ほしいな~」
「それより、ここはどこなんだ?」
アレンがユウキに聞いてきた。それにはアース君が答えてくれた。
『お前たちがいるのは、今から数千年以上前に栄えた魔法文明の一都市「アースガルド」だ。ここは中央神殿。先ほどユウキが壊した球は防衛機構の一部で、危険を察知したとき魔道兵を呼び出すのだが、何故か異次元の魔物を呼び込んだようだな』
「じゃあ、先に戦ったアラクネーもこの球が呼び込んだのかな?」
『その可能性はあるかもしれぬの。恐らくじゃが』
「でもでも、古代魔法文明の遺跡なんてステキね。滅多にお目にかかれないわよぉ。ね、探検しましょうよ」
フォルトゥーナが興奮して探検しようというが、他のメンバーはあまり乗り気ではない様子でたしなめる。
「フォルトゥーナ姉さん。俺たちも探検するのは賛成だが、疲れがピークなんだ。休んでからにしねえか」
「そうだな、食事をとってひと眠りしたほうがいい」
「トイレにも行きたいよ」
「そうね…。ごめんなさい。みんなの事も考えず…。そうよね、遺跡は逃げたりしないもの。まずは体を休めましょう」
「じゃあ、アース君はペンデレートに入ってくれる? エロモンもね」
ユウキは首から下げている真理のペンデレートに魔力を込める。すると、巨大なアース君の体が光に包まれ、宝石の中に吸い込まれていった。次いで、エドモンズ三世をイヤリングに戻す。戻るとき『あ~れ~』なんて言うものだから、その場の全員が大笑いしてしまった。
一旦、神殿遺跡から出て洞窟に戻り、キャンプを張る。エマとレイラ、セラフィーナが料理を作り始め、フォルトゥーナとラピスが離れたところに土魔法で風呂場を作り始めた。
その間、ユウキはレオンハルトとアレンたちに、流されてからの詳しい話をしている。洞窟の形状、魔法が使えなかった事など…。ただし、フレイヤの神殿の事は秘密にしようと思っていたので、この件については触れないでいた。
「なるほどな…。しかし、廃坑奥に遺跡が隠れていた事といい、不思議な洞窟といい、予想外の出来事ばかりだぜ」
「ああ、魔物の駆除がこんなことになるとはな…」
「食事が出来ましたよ」
エマとレイラは大盛りのスープをレオンハルトに渡し、普通盛りをユウキを含む仲間たちに渡す。
(あからさまでしょう…)
「さあ、女性陣! お風呂に入るわよ。ユウキちゃんもいらっしゃい。男性陣は私たちの後よ。覗いたらアースランスで串刺しにするからね」
フォルトゥーナは女の子たちを連れて即製のお風呂場に連れてきた。岩の地面を魔法で四角い浴槽に形成し、ラピスが魔法で出した水で満たす。それを火魔法で熱して完成だ。
土壁で仕切りを作り、男性陣から見えないようにすると、女性陣は服を脱いで体や髪を洗い、湯船に浸かる。温かいお湯はとても即席とは思えないほど気持ちいい。
湯船でまったりしていると、ユウキ、ラピス、エマの巨乳グループと、フォルトゥーナ、セラフィーナ、レイラの貧乳グループに自然と別れる。ボソッと「妬ましい…」と言う声が聞こえたが、ユウキは聞こえないふりをしてやり過ごすのだった。
女性陣の後に男性陣がお風呂に入った。男どもから「ウホッ、この毛はまさか!」とか「そいつを俺によこせ!」と言った声が聞こえ、女性陣から「死ね!ドスケベ」といった声が飛び、ニコニコしてあがって来た男たちに軽蔑の眼差しが送られる。
体が温まったところで交代で見張りを立て、仮眠をとった。洞窟のことゆえ、何時間寝て今何時なのか不明だったが、ゆっくり休んだおかげで疲れも取れ、全員の気力も回復したのだった。
「さて、疲れも取れたし、遺跡探索にいくわよー!」
張り切るフォルトゥーナに苦笑いしつつ、全員で気勢を上げて再度神殿に入る。魔物と戦った部屋を見回すが出入口らしきものはない。するとペンデレートの中に入っているアース君から声が届いた。
『一番大きな壁の真ん中に手を触れて、魔力を通してみよ』
ユウキが言われたとおりにすると、壁の一部が「ガコン!」と音を立てて開いた。開いた先は同じような大きな部屋で、真ん中あたりに祭壇らしい台があり、その先の壁に鉄製の観音開きに開く形状の大きな扉があった。
男たちが扉を開くと、階段状ピラミッドの頂点に位置していることがわかったが、目の前の光景は想像を絶していて、全員を落胆させたのだった。




