第287話 彷徨える旅人たち(廃坑探索②)
翌日、メンバー全員の疲労蓄積が大きいと判断したユウキとアレンは1日休暇を取ることとし、その旨ハンスに報告するとともに、メンバーに十分な休養と装備の点検をするよう言い渡した。
その後、ユウキとアレンにレオンハルトを加えた3人が廃坑道のマップを確認しているとハンスが何人かの女性を連れてやってきた。
「この方々はうちの社食の従業員です。みなさお疲れの事と思いまして、食事の準備のため連れて来ました。間もなくお昼ですし、早速準備にかからせましょう」
女性たちは現場事務所の厨房に行くと、早速昼食の準備を始めた。作業の様子を確認したハンスは3人に振り返ると昨日の探索結果はどうだったか聞いてきたので、ユウキが地図を差し示しながら、主坑道につながる支道の突き当り、選鉱場の広場でアラクネーと巨大ムカデと遭遇して討伐した事、選鉱場には先行した冒険者と思われる何体かの人骨があったが、戦闘中に失われ、回収できなかった事を説明した。
「冒険者の方々の遺骨を回収できなかったのは残念です。私の方からギルドに報告しておきましょう。しかし、アラクネーと巨大ムカデですか…。以前目撃された蜘蛛はアラクネーが生み出していたのですね。ただ、巨大ムカデは初耳です。今まで話に聞いていたのは巨大サソリでしたから。サソリには出会わなかったのですよね」
「はい。恐らく坑道奥に潜んでいる可能性があります」
「では、引き続き探索と駆除をお願いします。しかし、何故アラクネーのような高位の魔物が棲み着いたのでしょうか…。できれば、原因の調査もよろしくお願いします」
「分かっている。明日また坑道に入る予定だ。ただ、アラクネーは倒したので、もう蜘蛛は出ることはないと思うぜ」
アレンの言葉にハンスがお礼を言う。それを横目にユウキは巨大ムカデの件もあって、まだまだ得体の知れない何かが潜んでいるような気がして、不安になり、レオンハルトに向かって「十分気をつけて行かなければならないね」と話すのであった。
昼食後の自由行動の時間、ユウキはラピスと一緒に剣の手入れをしていた。そこにレオンハルトが来て、買い物に出たいと言ってきた。
「ユウキちゃん、オレはハンスさんの馬車に乗せられて町へ行って来る。毒消しと治療薬を補充したいんだ。暗くなる前までには戻る」
「1人で大丈夫? 私も行こうか」
「ははは、子供の使いじゃねえんだから大丈夫だ。欲しい物があったら言ってくれ。ついでに買ってきてやるよ」
「ううん、特にない。あと、これお金。パーティの経費だから遠慮なく使って」
ユウキは帝国金貨1枚を渡す。
「悪りぃな。有難く使わせてもらうぜ」
金貨を受け取ってユウキに軽く礼をしたレオンハルトは従業員と一緒に会社に戻るハンスの馬車に同乗してミュルダール市内へ出かけて行った。見送ったユウキの元にレイラとエマがやって来たが、何か言いたそうにモジモジしている。
「ど、どうしたの2人とも…」
「ユウキは、その…、あの…」
「ん?」
「…え、えっと、あのですね…。ユウキさんは、その…」
「なに?」
「レ…、レオンハルトさんと、どういう関係なの? 恋人なの?」
「へ? 今なんて?」
「ユウキはレオンハルトさんと恋人なの!?」
「え、ええ~! 何でそんな話になるの?」
「違うの?」
「違うよ! レオンハルトさんは以前からの知り合いで、冒険者としての先輩で、ちょっとエッチなカッコいいお兄さんっていう認識しかないよ」
「そうなんですか。恋人ではないんですね」
エマがホッとして安心する。
「じゃあ、あたしが恋人に立候補しても問題はないよね」
レイラが顔を真っ赤にして宣言したので、ユウキはびっくりしてしまって「う、うん…」と言うのが精一杯。そこに今度はこの騒ぎを聞きつけたセラフィーナが参戦してきて、大きな声で、
「ユウキさんは、私のお兄様の運命のお相手です! ユウキさんはミュラー兄様と結婚するんです!」
と叫んだものだから、それを聞いたレイラとエマは安心し、にっこにこで仲間の元に戻って行った。
「ちょっとちょっと! セラフィ、なんてこと言うのよ! わたし、ミュラーの事、なんとも思ってないよ。みんなに誤解されるような事言わないで!」
「ゴカイ~? 何ですかそれ。海岸にいるうにょうにょ虫ですか? ユウキさんとミュラー兄様はいずれ相思相愛になります。私には分かります。その確率は1%以下です!」
「全然だめじゃんよ…」
「しかし、面白いことになったわね~。ユウキちゃんと出会ってから楽しい事ばかりだわ」
少し離れた所から見ていたフォルトゥーナとラピス。完全に傍観者モードだった2人は、緊張感のないこのやり取りを生暖かく見守るのであった。
その日の夕方に帰って来たレオンハルトは、ユウキに購入品を見せ、お釣りを渡すが、女子たちの微妙な雰囲気とフォルトゥーナのニヤニヤした視線に「?」となる。ユウキは心の動揺を隠し、お使いを労らった。
「なんだか変な雰囲気だな。何かあったか?」
「あはは、何にもないよ。レオンハルトさん、ご苦労様」
レオンハルトがテーブルに着くとアレンたちから酒を飲もうと誘われ「ああ」と言って、彼らの元に向かった。一方、女子グループは昼に来た従業員さんたちが作り置きしてくれていた料理を暖め、夕食を摂り始めたが微妙な雰囲気に誰も口を開かない。唯一フォルトゥーナだけがニヤニヤとして女子たちを見回しながら料理を食べている。そこに空気を読まないラピスが口を開く。
「何よ、辛気臭いわねえ、全く…。ねえユウキ、明日はどうするの。わたくし、またユウキと組みたいな。どう?」
「そうだね…、明日はいよいよ坑道奥に向かうけど、何が起こるか分からないから、離れ離れにならないよう気をつけよう。フォルティとエマさんはパーティの前後に灯りの魔法をかけて周囲にの見通しを確保して。あと、サソリが出たらムカデと同じようにラピスが凍らせ、打撃で破壊しよう」
「やった! じゃあ、わたくしはユウキとペア決定ね!」
「うふふ、頑張ろうね」
「それと、戦力強化のため、エロモンも最初から出てもらうことにするよ」
「わぉ! 私、エドモンズさんと組もうっと。ふふ~、楽しみ」
(フォルティったら…。アレのどこがいいのかな? 魔族の感覚は良く分からないな)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕食が終わって、自由時間となった。ユウキは1人現場事務所から出て、エドモンズ三世を出して見張りに立たせると、近くの草むらにシートを敷いてゴロンと横になり、星空を眺め始めた。夜空に輝く星々を見ていると、どうしても自分を生かすために散った人々の事を思い出す。マヤ、ダスティン、ララ…、忘れられない大切な人たちの顔。自然と涙が浮かんで来る。ユウキが手で目元を拭った時、カサッと草を踏む足音が聞こえた。
「ここにいたのか」
「レオンハルトさん」
「隣、失礼するぜ」
レオンハルトはユウキの隣に腰を下ろして、闇に沈む山々を見る。しばらく沈黙が2人の間を流れる。
「わたしね、最後の戦いの時、フィーアとヒルデの魔法攻撃を受けたんだ…。あの子たち、大切な友人だからこそ、誰にもわたしを殺させたくない。だから自分の手で討つって言ってね…。辛く悲しそうな顔をして、最強の雷魔法を撃ってきたの」
「……………」
「でね、物凄い光の柱が降って来て、もうダメだ!って思った時、持っていた白夜が物凄く輝いて雷の直撃を防いでくれて、わたしを転移させてくれたの。気が付いたら王国高等学校の瓦礫の中にいた」
「その後、瓦礫の中をさまよっていたら、ある人に助けられて匿ってもらったの。そして体力を回復したわたしはロディニアを出て、この南の地に来たって訳。わたしを逃がすために亡くなった人たちは「生きて幸せになれ」って言った。だから、わたしは約束を守るために生きると心に決めて…」
「そうだったのか…。君を助けてくれた方ってのは?」
「こめんなさい、それは言えないの」
「いや、余計な事を聞いてしまった。済まない」
再び、2人の間に沈黙が流れる。今度は、レオンハルトが語り出した。
「オレはユウキちゃんが好きだ。ロディニアにいた頃は本気で嫁にしたいと思ってたさ」
「……今もそうなの?」
「いや、今は違う。オレではユウキちゃんを幸せには出来ない。ユウキちゃんには、君の全てを受け止めて大切にしてくれる男が現れるさ。いつかきっとね。君の事はそいつに任せるよ。だからオレは、ユウキちゃんが生きるための手助けをしたい。ダスティンのオヤジやマヤちゃんの想いを受け継ぎたいんだ。いいかな」
「うん、ありがとう。でも、レオンハルトさんにはレオンハルトさんの人生がある。わたしのためにそれを犠牲にして欲しくない。レオンハルトさんもわたしと一緒で彷徨える旅人だと思うの。だから、自分の人生を誰かの犠牲にしないで、幸せになってほしいな。それに…」
「それに?」
「レオンハルトさんに想いを寄せている子がいるよ。ちゃんと気持ちに応えてあげて。いや~、モテる男はつらいですねぇ。にしし…」
「なんだそれ? ホントかよ、年上をからかうなよ。でも誰だ? 猛烈に気になるぞ」
「ぷくくく…。昔のエッチなレオンハルトさんの顔に戻ってる」
ユウキとレオンハルトの様子を離れた場所から見ていたエドモンズ三世の側に1人の人影が寄って来た。
『フォルトゥーナか…』
フォルトゥーナは2人の話している様子を、しばらく黙って見ていた。距離があるため、何を話しているかは聞こえなかったが、きっとロディニアでの出来事を話しているのだろうと想像していた。
「エドモンズさんは、ユウキちゃんの心の中も見たんでしょう?」
『見た』
「じゃあ、ユウキちゃんが一体何者で、ロディニアで何があったのかも知ったのね」
『うむ』
「話してくれる気はないのよね…」
『ああ、話す訳にはいかぬ』
「そうよね。当然だわ…」
『フォルトゥーナよ。過去に何があろうとユウキはユウキじゃ。ドジで泣き虫じゃが、心の美しい優しい子じゃ。儂はあの子には幸せになってもらいたいと思うとる』
「エドモンズさん…」
『これだけは教えとく。あの子は全てを失ってこの大陸に来た。この大陸であの子に必要なのは人との絆じゃ。優しく彼女を受け入れてくれる人たちじゃ。だからな、お主たちには末永くユウキと友になってもらいたいのじゃ』
「うふふ、勿論よぉ~。エドモンズさんに言われなくてもそのつもりよ~」
『うむ。ユウキはな、お主の娘の事は誰よりも大切に思うとるぞ。いや同性愛的な意味ではなくて親友って意味じゃぞ。誤解するなよ』
「分かってます。エヴァはね、私の血を引いてるからあまり友達がいなくて、ずっと寂しい思いをしてきた子なの。でも、ユウキちゃんと知り合って、友達になってからはとても楽しそう。物凄く表情が明るくなった。だからね、私もユウキちゃんには感謝してるのよ」
『そうか』
「そうよぉ~。さあ、明日はいよいよ坑道奥の探検があるし、体を休めなきゃいけないから、あの2人に声をかけて来るわね」
「おーい」と声をかけて2人の側に向かうフォルトゥーナの背を見ながら、エドモンズ三世は独り言ちる。
『儂も守るべき対象が増えて来たのう…』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一夜明けて、エドモンズ三世を加え、坑道に入った一行は、最初の二股の場所に出た。右に行けば一昨日アラクネーや巨大ムカデと戦った支道。今回は左へ向かい、坑道奥を目指す。主坑道は広いので2列に並んで進む。列の先頭と後方はトーチの灯りが周囲を照らしている。分岐から2,300mほど進むと、先頭を歩くレブがサッと手を横に上げて、全員を止めた。
「前方から何か来る。足音が人間じゃねえ。魔物だ」
(エロモン、分かる?)
『うむ、多足歩行の音がする…。恐らくサソリじゃな』
やがて坑道の奥からガサガサと節足動物特有の足音が聞こえて来た。しかも複数いるようだ。ユウキたちは最大限の警戒態勢をとって待機する。
「トーチ!」
フォルトゥーナが灯りの魔法を追加で放つ。炎の灯りで照らされた坑道の奥から現れたのは全長2m程の巨大サソリ。それが数十体ほどいる。下手に戦えば結局は捕まってしまい、全員餌となってしまうだろう。ユウキは魔法で一気に叩くことを決めた。
「レブさん、下がって。フォルティ、エマさん。炎の魔法でサソリ軍団を加熱して!」
「わかったわ。エマちゃんいくわよ!」
「はいっ! セラフィさん、風の魔法をお願いします」
「了解です!」
『ファイアブラスト!』
3人の魔術師から放たれた強力な炎の竜巻がサソリ軍団を襲う。たちまちエビが焼けるような香ばしい匂いがしてくる。3人の魔法の発動が終わると、炎に焼かれたサソリたちはぶすぶすと煙を上げ、動きを止めていた。
「ラピスッ!」
「任せて! 水の女神よ、万物を凍結させる氷雪の嵐を我に! ブリザード!!」
ラピスが放った雪と氷を含む極低温の嵐がサソリの軍団を覆い尽くし、カチンカチンに凍らせる。すると、炎で熱くなったサソリたちの外骨格が急冷された影響で脆くなり、ビシビシとヒビが入って不規則な網目模様ができた。
「よーし、今だ! レオンハルトさん、アレンさん、やっちゃって!!」
「おおーっ!」
ユウキの合図でレオンハルトと烈火の剣メンバーが、動きを止めたサソリに戦斧や大剣の一撃を放つと、脆くなったサソリの外骨格が簡単にボロボロになって崩れ落ちた。抵抗もできない魔物を蹂躙し、短時間で排除した一行。レオンハルトとアレンは改めてユウキの戦闘指導に感心するのであった。
「ホラ見て、サソリの魔石を拾ったよ!」
レイラがサソリの死体から回収して来た魔石を見せて来た。紫色に光る魔石は大人の拳大もある。売ればいい稼ぎになるだろう。満天の笑みを浮かべるレイラにレオンハルトが良かったなと言うと、顔を真っ赤にして俯いた。その様子をちょっぴり複雑な気持ちで見ていたユウキにエドモンズ三世が、警告を発する。
『ユウキよ。巨大な何かが近づいて来る。気を付けるのじゃ』
エドモンズ三世の警告から間もなく、一行の前に現れたのはさらに巨大なサソリ。全長6mはある「マザースコルピウス」だった。