第284話 魔物の巣窟(廃坑探索①)
ハンスが柵の鍵を開け、冒険者たちが廃坑の中に入る。幅が3m程あるので複縦隊列を取ることが出来たのは幸いだった。ユウキたち「戦乙女」は先頭レオンハルト、次にフォルトゥーナとセラフィーナ。その後ろにラピス、最後尾がユウキ。隣に並ぶ「烈火の剣」は先頭がスカウトのレブ、その後ろに戦士のアレンとレイブン、剣士のミルズ。その後ろに剣士のレイラと炎系魔術師のエマ。不安材料は彼らの中で、魔法が使えるのはエマしかいないことだ。
(イザとなれば、わたしたちでフォローするしかないか…)
「トーチ!」
光が届かなくなったので、フォルトゥーナが灯りの魔法を唱える。炎の光で周囲がパアッと明るくなった。明かりを頼りに地図を確認しながら坑道を進む。途中、何度か危険な箇所があったが、レブが事前に察知して注意してくれたお陰で難なく進むことが出来た。
(ラビィだったら、こうは行かなかっただろうな。ふふ、今頃くしゃみしてたりして…)
奥に進むにつれ、段々と空気が澱んで来る。幸いにも坑道の幅は広く、歩行には支障がないが、閉塞感は半端なく、全員の心を押しつぶしそうになる。
入って2時間ほど経過し、数百mは奥に進んだと思われた。周囲を照らしていた光が弱くなってきたので、フォルトゥーナが再びトーチを唱える。さらに進むと二股に分岐している場所に出た。
地図を確認すると左はずっと奥まで続いているが、右は1km先が行き止まりの広い空間になっている。
「どうする」
「そうね、先に右の確認をしましょう。ルートはひとつひとつ潰して行った方が良いし、もしかしたら消息不明の冒険者の手掛かりがあるかも…」
アレンの問いにユウキが案を示し、案に全員が賛同すると、右の坑道に進路を取った。分岐した坑道は狭く、幅は1mもない。必然的に縦列隊形になり、アレンたちが先頭集団、その後ろにユウキたちが続く格好になった。
「トーチ」
今度はエマが灯りの魔法を唱える。
曲がりくねった分岐坑道の2/3まで来ると、先頭を歩いていたレブが全員を手で制して、アレンに何事かを言うと1人で先に進んで行った。その様子を見ていたレオンハルトが前に進み、アレンと何事か話をすると戻って来た。途中、エマの肩を叩き、ついて来いという仕草をすると、エマも頷いてレオンハルトの後に着いてきた。そして、ユウキの所まで来ると全員を集合させる。
「どうしたの?」
「ああ、どうもこの先の広場に多数の魔物がいるらしい。奴らのスカウトが気配を感じたそうだ。今偵察に行ったところだ」
「魔物…?」
「ああ、どうやら魔物の巣があるようだな…」
「ヤダ…怖いですね」
「お母様とどっちが怖いかな…」
「レオンハルトさん、何かいい手ある?」
「ああ、単純な作戦さ。奴らの巣に近付いたら、魔法で一気に叩く。可能なら範囲魔法をかますんだ。撃ち漏らしたヤツは直接戦闘で叩く。できるか?」
「だから私も連れて来たんですね?」
エマが確認するとレオンハルトが目を見て頷く。エマは頬を赤くして俯いた。
(ねえねえユウキちゃん。見て見て、青春劇場が始まりそうよぉ~)
(だから何ですか? わたしには関係ないもん!)
(あらら~、これはお姉さん、楽しくなってきたわ~)
しばらく待機しているとレブが戻って来た。心なしか顔が青ざめている。レブは烈火の剣と戦乙女の間まで来ると、全員を集合させ見て来た状況を話す。
「この先の広場は直径500mの円形状だ。どうやら鉱石の選鉱場跡みたいだな。そこにデカい蜘蛛の化け物がウヨウヨいやがった。大きさは人間と同じくらいだったな。ざっと数百匹はいるぜ。あと、チラリと人骨が転がっているのが見えた。恐らく鉱山労働者か先行した冒険者と思う。そんなに古くは感じなかったぜ」
デカい蜘蛛を想像して女の子たちは顔が青くなる。レオンハルトは先ほどの策を提案すると、意外にもアレンはすんなりオーケーした。
「オレは最善と思った策を選択する。それだけだ」
その言葉に全員が頷くと、坑道を前進し始めた。ただし、魔物に気付かれないよう、トーチの灯りは最小限に落とした。30分ほどかけて広場の入り口に到着すると、そっと中を伺う。そこにはレブの言う通りたくさんの蜘蛛がザワザワ、ガサガサと蠢いている。よく見ると奥の壁には多数の卵らしきものが一面に張り付いていた。
「凄い光景だね…、あの卵が孵化したら、いずれエサが足りなくなって人を襲うよ。ここで一気に叩こう」
「賛成だ。見ろよ、洞窟ミミズが蜘蛛に捕まって喰われているぜ。奴らの意識はエサに集中している。チャンスは今だ」
ユウキとアレンに全員が頷くと、魔法が使える者が前に出た。残りは武器を構え、いつでも突入できる体勢を取って待機する。
「じゃあ、私から…。えい、範囲設定…よし! 行くわよー! アースクェイク!!」
フォルトゥーナが広場と坑道の境界に立って、嬉しそうに土系最大の攻撃魔法を放った! 魔族の強力な魔力によって発動した強烈な地震動は「ドドォオーン!」と音を立て、震度6強相当の揺れとなって広場全体を揺らし、地盤ごと粉砕して蜘蛛を飲み込み、体液をまき散らせながら潰して行った。
「す…すげえ…」
その凄まじい光景にアレンたちは茫然となる。次に進み出たのはセラフィーナ。
「やっと活躍の場が来ました。最近、どうにも影が薄かったんですよね。作者に忘れられているのではと勘ぐってしまいました。では、行きますよ! サンダーストームッ!」
セラフィーナが雷の魔法を唱える。広場の上部の空間から凄まじい数の雷光が生き残った蜘蛛目掛けて降り注いだ。「ズガン! ズガン! ガガアーーン!」と蜘蛛や地面に当たる度に音を立てて高熱の電気がはじけ飛び、生き残った蜘蛛を斬り裂いて焼き尽くした。2人の攻撃で、広場にいた蜘蛛は全て死に絶え、動くものはいない。
「な…なんなんだよ。あんたら…」
「いや、これは驚きだな。ユウキちゃんの仲間はすげぇな」
アレンやレイブン、レオンハルトが驚きの表情で2人を見る。
「うっふっふ~。もっと褒めてもよいのよぉ~」
「そうです。セラフィは褒めて伸びるタイプなんですよ。えっへん!」
フォルトゥーナとセラフィーナが全員の方を向いて、どうよと無い胸を張る。その時、ユウキが何かに気付いて声を出した。
「2人とも危ない! こっち来て!」
「えっ!?」
フォルトゥーナが広場を振り返ってみると、天井がガラガラと崩れ、巨大な蜘蛛の化け物が「ズズン!」と地響きを立てて落ちて来た。全員が見たその姿は異形の怪物。5mはあろうかと言う巨大な体、8個の赤く光る眼、巨大な牙と鋭い棘が生えた8本の足。何より目を引いたのは頭の上に生えている女の身体…。腰から下が蜘蛛と一体化し、豊かな胸を持つ醜い顔をした女の姿だった。
「ア…アラクネーだ」
「な…なんで、こんな伝説級の化け物がこんな場所に…」
「そんな詮索は後だ! 全員武器を取って散れ、1か所に固まるな! フォルティ、エマ、魔法を撃て!」
レオンハルトが次々と指示を出す。それを受けてアレンも仲間の冒険者に指示を出し、バトルアックスを構えて飛び出した。
「わたしも!」
『待て、ユウキ』
「エロモン! 何で止めるの?」
『感じぬか…。背後から、魔物の波動がするぞ』
「え…、んん…。ああっ!!」
ユウキは周囲を見て自分の周りにはラピスしかいないことに気付いた。後は全員アラクネーに向かっている。アラクネーに向かおうとしたラピスの首根っこを掴んで止めた。
「ぐえ!」
「エロモンも出て!」
『良いのか』
「助かる方が大事!」
「ゲホッ、ゲホッ。何するのよ、ユウキ! 死ぬかと思ったじゃない」
「ゴメンね。でも向こう見て。死神がくるよ…」
ラピスは涙目になりながら、ユウキを見ると側にエドモンズ三世も立っていることに気付いた。
(エドモンズさんまで…。なにが来るっていうの?)
ラピスも先ほど自分たちが来た方向を見る。トーチの灯りがまだ残っていて10m先までは明るく照らされているが、その先は暗闇で何も見えない。ユウキが魔法剣を鞘から抜いて構える。それを見たラピスもコンポジットボウに矢をつがえた。やがて、ガサガサ…ガサガサ…という足音? が聞こえて来た。
「な…なに、何が来るの?」
「シッ! ラピス黙って」
『厄介な怪物が来そうじゃのう。どれ、タピスよ、儂の後ろに隠れるがよい』
「タピスじゃない、ラピス…」
そう言ってラピスはエドモンズ三世の背に身を隠し、顔だけ出して前を伺う。
ガサガサ聞こえていた音が灯りの効果範囲外で停まる。2人の少女とアンデッドが待ち構える中、ピカリと赤く光る2つの眼が見えた。
「……………(ごくり)」
つばを飲み込むユウキとラピス。ガサガサガサという音が大きくなる。そして、ついに闇の中から音の正体が姿を現した! それは黒い頭に赤く光る2つの目、人間の体長程もある長い触角と2本の鋭い顎肢。頭に続く多数の体節には一対の足が並ぶ巨大なムカデだった。