第282話 思わぬ再会
依頼を受け、連絡馬車で帝都を出発して3日。山間の街道を抜けたノスアップ山地の麓に目的地である人口7万人のミュルダール市の市街が広がっている。この山地では鉄鉱石の大きな鉱脈が地表近くにあって、大規模な露天掘りによる採掘と精錬が行われている。また、小規模ながら金鉱脈もあるため、坑道堀りで生産されていた。また、試掘の際に湧出した温泉を利用した観光事業や周年温度が一定の廃坑道を利用した特産のキノコ栽培なども盛んに行われている活気のある町だ。
連絡馬車を降りた4人はユウキを先頭に通りを歩き、依頼主であるミュルダール金属加工会社に向かっていた。鉱山の町と聞いていたが、決して粗野な感じはなく、通りは広く清掃が行き届いており、整然と街路樹が並んでいる。大きなスーパーマーケットやお洒落な衣料品店、お菓子屋さんがあり女性客で賑わっている。また、学校帰りと思われる可愛い制服を着た子供たちが列をなして歩いており、凄く微笑ましくてフォルトゥーナはうっとりと眺めていた。
「人口の割に活気のある町ねー。子供たちの制服も可愛い」
「確かに…。通りを歩く人たちも多いですし、獣人や亜人の方も結構いますね」
「ここなら、お母様の目も届かない…嬉しい」
「ラピスはどんだけお母様が怖いのよ」
街の風景を眺めながらわいわいとおしゃべりして歩いていると、5階建ての立派な社屋をした依頼主の会社が見えて来た。入り口の受付嬢にギルドの依頼票を見せると、小さな会議室に案内され、少し待つように言われた。
机の椅子に腰かけて待っていると「お待たせしました」と言いながら1人の男性が入って来た。男性は30代後半くらいで、鉱山保安部保安係長のハンスと名乗った。
「皆様が当社の依頼をお受けになった冒険者でよろしいですか。あの、失礼ですが女性ばかりなのですか、依頼内容は魔物の討伐なのですが…」
ユウキは胸元から金色のプレートを取り出して見せると、ハンスは驚いた表情でそれを見た。
「それは…、Aクラス冒険者の証。し、失礼しました」
(確かに効果は絶大だ…)
ハンスの話によると、坑道堀をしている金鉱のうち、いくつかは鉱脈が枯渇し廃坑となった洞窟があるのだが、最近、そこから魔物が出てくるようになり、労働者を襲うようになったため、採掘作業を中止し、一帯を封鎖しているとのことで、一刻も早く魔物を排除しなければならないので、魔物の排除をお願いしたいとの事だった。
「でも、会社にもこのような事態に対処する警備員がいるのではない?」
フォルトゥーナが質問すると、ハンスは顔を曇らせて、
「ゴブリンやオークなら当社でも対応できるのですが、その魔物と言うのが見たこともない巨大な怪物でして、手に負えないのです。ですから、優秀な冒険者にお願いしようと考えまして、実は貴女方だけでなく、複数の冒険者パーティにもお願いしているのですが、一向に討伐が進んでいないのです」
「きょ…巨大なバケモノ…って、どんなですか」
「はい、今まで地表に出てきたのは2種類。巨大な蜘蛛と巨大なサソリです。サソリは恐らく体長は3mはあるかと…」
「こっ…こわ…。そんなのに勝てるのってお母様くらいだよ…」
ラビスが顔を青ざめて、カタカタ震え出した。
「わかりました。お願いがあるんですけど、坑道内の地図と現場を見させてもらっていいですか。坑道に入るのはそれからにしたいと思うので…」
ユウキがそうお願いすると、ハンスは頷いて了承し、とりあえず今日は体を休めるよう言って来くるのであった。
「わかりました。明日にでもご案内しましょう。地図も準備しておきます。とりあえず、当社の保養所を宿舎として用意しております。温泉も引いているので、まずは疲れを取って下さい。食事は保養所で摂る場合は全て当社の負担です。また、近所には食堂もいくつかあるので、自己負担にはなりますが、そちらもご利用できます」
会社から馬車で20分ほど走った場所に、ミュルダール金属加工会社の保養所があった。市の中を流れる大きな川の畔に立つ保養所は木造3階建ての豪奢な建物で、現在は討伐依頼を受けた冒険者の宿泊に使用しているのだという。
受付の職員に案内されて、3階の部屋に案内される。部屋は4人部屋の広い部屋で、窓から川の流れが見え、とても景色の良い部屋だった。
「1階は男性、3階は女性専用にしております。2階は食堂と談話室がご利用いただけます。お風呂は各階にありますが、2階は使用できないようにしていますので、3階のお風呂をお使いください。間違っても1階のお風呂に入らないように願います」
そう言って保養所の職員は戻って行った。時間は夕方近くになり、日も傾いてきた。夕日に照らされた川面が美しい。
「さて、リーダーのユウキちゃん。この後はどうするのかな?」
「そうだね、とりあえず旅装を解いて、近くの食堂に行って名物でも食べようか。ただし、お酒はほどほどにしてね。特にフォルティ」
「あらやだ。地酒を楽しもうと思ったのに。先手を打たれたわ」
あははと笑いながらユウキはマジックポーチから各自の荷物を取り出した。4人は普段着に着替え、ダガーや短剣のみ装備して、保養所を出た。
「うーんと、どこに行こうか…。何軒かあるね」
「適当でいいんじゃない? 適当で。ここにしましょうよ」
フォルトゥーナが早く飲みたいらしく、早く早くと急かす。入ろうと言った店の中から大勢の楽しそうな声が聞こえる。大分繁盛している様だ。結局ここに入ることに決め、ユウキは扉に手を掛けた。
その男は20代半ばの冒険者風の格好をしていた。しかし、髪はボサボサ、頬は痩せこけて目には隈が出来、無精ひげを生やして顔色は青白く病的な表情をしている。何より酒を何杯飲んだのか完全に酩酊状態だった。
男は、カウンター脇の酒樽から自分で酒をジョッキに注ぎ、ふらふらと自分の席に戻ろうとして足を縺れさせ、別の冒険者のグループが飲んでるテーブルにバタンと倒れ込み、料理と酒を盛大にひっくり返した。
「テメエ! 何しやがる!」
グループのリーダーらしい男が酔っ払いの胸倉を掴み強引に自分に引き寄せて立たせた。男は抵抗するそぶりも見せず、ブツブツと何か呟いている。
「ユウキちゃん、ユウキちゃんはあんな事をする娘じゃ無い…。無いんだ…俺たちが悪いんだ…。ユウキちゃん…本当に死んじまったのか…」
「何だコイツ、ブツブツと気味が悪い。それよりも俺たちのテーブルをめちゃめちゃにしやがって、謝れ! おい、なんとか言え、この野郎!」
周囲の客も店員もざわざわと事の成り行きを見ている。男が倒れ込んだテーブルにいた戦士が「リーダー、やっちまえ!」と大きな声で叫ぶ。リーダーと呼ばれた男は酔っ払いをトンと突き放すと、顔を向かって力いっぱい拳を振り抜いた!
ゴスッと鈍い音を立て、頬に強烈な一撃を受けた酔っ払いは入り口の戸に向かって吹き飛ばされる。そのタイミングで店の戸がガラガラと開いて黒髪の女の子を先頭に4人の女性が入って来た。
店の戸を開けたユウキに、突然後ろ向きの人がドスンとぶつかって来て、その衝撃で地べたに尻もちをついてしまった。
「うわっ! 痛たたたた…。何、何が起こったの」
「ユウキちゃん、大丈夫?」
「うん、一体これは…。うっ、この人凄くお酒臭い」
尻もちをついた自分に寄りかかって、ぐったりしている酔っ払い男を除けようとし、セラフィーナとラピスも男に手をかけて体を持ち上げる。男が離れた事で、動けるようになったユウキは、ぶつかって来た男の顔を見た。
(あれ…? この人、どこかで見たような…。んん…あ! 大分人相変わってるけど、この人、そうだ、間違いない!)
「もしかして、レオンハルト、さん?」
「……だ、誰だ。俺を知ってるのか…? 俺に構うな。くそ野郎…」
「やっぱり、レオンハルトさんだ!」
「……!! そ…その声…。ま…まさか…。まさか、そんな、嘘だろ…」
レオンハルトと呼ばれた男は、虚ろだった目を見開いて、殴り飛ばされた自分を抱きかかえてくれた少女の顔を見る。黒い髪を肩まで伸ばし、神秘的な黒い瞳をした美しい少女。その顔は間違いなく、ロディニアの馴染みの武器店でいつもからかっていた女の子。暗黒の魔女となり、王国に仇成す存在として王国騎士団と激しく戦った末、討ち取られたと聞いた、あの女の子だった。
「ユ…ユウキ…ちゃん、か…」
「そうだよ。ユウキだよ」
「確かにユウキちゃんだ…。ま…幻じゃないんだよな…。嘘じゃないんだよな」
「うん、本物だよ。それにしても酷い格好だね。どうしたの、一体」
「う…、うお…、うぉおおおおん! うぉおおおお…ああああ…。うわぁああああ…! 生きてた、生きてたぁああああ! ユウキちゃん。うわぁああああ…」
レオンハルトは、ユウキに抱き着いて激しく泣き出した。突然の事にフォルトゥーナやセラフィーナ、ラピスは驚き、店の中の客や店員も一体何事かと様子を見に集まってきた。
しばらく経って泣き止んだレオンハルトを、優しく立たせて店に入ったユウキは、その場の全員に「お騒がせしてごめんなさい」と謝った。
その後、店員に2人で話が出来る個室はないかと訊ね、あるとの返事に1室確保するようお願いし、フォルトゥーナたちと冒険者グループに向かって、
「わたし、この人とお話があるから、申し訳ないけどフォルティたちは3人で食べてて。明日もあるから飲み過ぎないようにね。あと、貴方たちには迷惑かけたみたいね。ここのお代はわたしが持つから、この人の事は勘弁してくれないかな。ゴメンね」
と言って、店員に案内されて個室に入って行った。残された人々は、この突然の出来事を何が何だかわからないと言った表情で見ているのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
個室に入ったユウキは店員に飲み物(レオンハルトには水)と適当に料理を持ってくるよう注文すると、レオンハルトに向き合った。ユウキはレオンハルトの顔をじいっと見つめる。そこには、ロディニアで活躍していた時の溌剌とした面影は全く感じられず、人生に疲れ、全てに絶望した男の姿があった。
「随分と変わっちゃったね。ビックリしちゃった」
「……………」
「どうしてここに?」
「……………」
レオンハルトは下を向いて答えない。そのうち、店員が料理と飲み物を持ってきて2人の前に置く。2人の間に流れる異様な雰囲気に困惑しながら「ごゆっくり…」と言って部屋を出て行った。店員が出て行ってからも2人の間に沈黙が続く。ユウキは困って、とりあえず目の前の料理を食べることにした。
料理を食べ始めて少し経つと、レオンハルトはグッと水を飲み干し、ポツリポツリと話し出した。
「オレ…オレはユウキちゃん…、君が好きだった…」
「だから信じられなかったんだ。ユウキちゃんが王都を破壊し、殺戮の限りを尽くしたって事を…。あの、可愛いユウキちゃんが、そんな事をするはずがないってずっと思っていたんだ…」
「あの戦いでは、魔女と化したユウキちゃんと王国騎士団、俺たち冒険者からなる傭兵団、学園の生徒たちが激しく戦い、大勢の血が流れた…。死霊兵と君の魔法で仲間たちが次々倒れていった…。それでもオレは…まだ…信じる事ができなかったんだ」
「戦争が終わり、ユウキちゃんたちが死んだと公式発表された後、あの武器店に行ってみた。中はがらんどうで暗く、寂しかった…。ダスティンのオヤジもマヤちゃんも、何よりユウキちゃんもいない店を見てたら、無性に悲しくなった…。何で、何でこんな事になったのかと思ったよ。しばらく店を見てたら偶然にユーリカちゃんに会ったんだ。そして…」
「そして全部聞いたよ。ユウキちゃんが何故あんなことになったのか、あの国がどんな仕打ちをユウキちゃんにしたのかをね」
「そう、ユーリカ話したんだ…」
「その後、マクシミリアンのくそ野郎が王位に着いた。戴冠式後、国民への披露で見せたヤツのしたり顔を見てたら無性に腹が立ってきたんだ。アイツのせいでユウキちゃんが…と思ったら尚更許せなくなった」
「だから、ヤツの祝賀パレードの時、ヤツの命を狙ったのさ」
「えっ! そんな事したの!!」
「ああ…、オレにとってヤツはユウキちゃんの仇だからな…。結局は失敗だったが…。ラブマンっていう近衛隊長に防がれてしまった。ハハ…ざまあねぇ…くそっ!」
レオンハルトが両拳でテーブルをドンと叩き、水が入ったコップが倒れた。ユウキはそんな姿を見てるしかできない。
「何とか身バレせずに逃げたオレは、リーズリットの漁師に大金払ってこっちに逃げて来たって訳だ」
「でもな…、こっち来ても冒険者稼業をしながら日銭を稼ぐ日々、何の目標もねえ。酒飲んで寝ようと思っても、目を瞑ればユウキちゃんの悲しそうな顔が浮かんできやがる。その顔を見て、何でオレはあの時ユウキちゃんを助けられなかったんだ、味方になってやれなかったんだと思ったら辛くて苦しくて、さらに酒を飲むしかなかったんだよ…」
「そうだったの…(この人も犠牲者なんだ。暗黒の魔女の…)」
「でもお酒はもう止めなよ。相当体を悪くしてるでしょう。目が黄色い…黄疸が出てるよ」
「ハハ…いいんだ。こうしてユウキちゃんと会えた。話も聞いて貰えた。もういつ死んでもいいぜ、思い残すことはねぇ」
「そんな、ダメだよ! 死ぬなんて言っちゃダメ。もうわたしのせいで誰も死んでほしくない!!」
「ユウキちゃん…」
「レオンハルトさん、手を出して」
「あ、ああ、こうか…」
ユウキは差し出された手を握ると、魔力を高めて治癒魔法を発動させた。ユウキの手が淡く緑色に光ると治癒の魔力がレオンハルトに流れていき、全身をゆっくりと巡って行く。そして傷ついたレオンハルトの体が、心が少しずつ癒されて行った。
(あ…、温ったけぇ…。この温かさ、そうだ、母ちゃんに抱っこされた時みてぇだ…。小さい頃、死んだ母ちゃんに…)
実際には10分程だったが、レオンハルトには随分と長く感じられた。気が付くとユウキはニコッと笑って自分を見ている。そう言えば先ほどまで感じていた体の中の痛みや苦しさがほとんどない。絶好調ですらあると感じている。
「ユ…ユウキちゃん。これは…」
「ふふ、目も元通りになったね。今のは治癒魔法だよ。暗黒の魔女だけが使える闇の魔法なの。レオンハルトさんはわたしの正体を知ってるから、隠す必要ないもんね。それに、レオンハルトさんには死んでほしくないから」
「それとね、当分わたしたちと一緒に冒険者活動しようよ。レオンハルトさんの実力は知ってるし、わたしのパーティ、わたし以外みんな初心者なんだ。お願いできないかな。ただ、みんなにはわたしが暗黒の魔女だって事、内緒にしてね。お願いよ」
「ユウキちゃん…、本気か? こんなクズみたいなオレを仲間にするっていうのか」
「レオンハルトさんはクズじゃないよ。ちょっとエッチなかっこいいお兄さんだよ」
「ユウキちゃん…。ありがとう、ありがとう…。神様…、エリス様、感謝します」
レオンハルトはユウキの手を握ると、ボロボロと涙を流して泣くのであった。