第278話 エドモンズ三世の想い
ヴァルターが取ってくれたロイヤルスイートルームにユウキを始め、ヴィルヘルム、ヴァルター、イレーネにフォルトゥーナが勢ぞろいしている。ユウキは大きくため息をつくと、本当に見たいのか全員に確認を取った。
「あの…後悔しても知りませんよ。本当に見たいですか」
「うん! でも、何で後悔しなけりゃいけないの?」
「このイヤリングにはわたしの従魔というか、眷属に入ってもらってます。イザヴェル王国で監獄塔探検をしたって言いましたよね。その監獄塔で戦った魔物なんですよ。実は」
「魔物!?」
「はい。そいつはとんでもない奴で…。魔物としては最上位なんですが、見た目も性格も最低最悪で、女の敵と言ってもいいやつなんです。女性限定で、その人の心の奥底を覗き見出来る能力を持った、思春期少女に異常に執着を見せる超絶ド変態の魔物です。変態と言う言葉はコイツのためにあるようなものです。ホントに後悔しませんね」
『ユウキよ、よくもまあ、そこまで悪し様に言ってくれるのう』
(だって、ホントの事じゃないのよ)
『……………』
「何か、余計に興味があるわね。怖いもの見たさって言うか」
「フォルトゥーナ、私、ちょっと怖いですよ」
「ふむ…」
イレーネがフォルトゥーナの背中に隠れ、ヴィルヘルムは興味深そうに顎髭を撫でている。ヴァルターもどんな魔物なのか興味津々と言った目でユウキを見る。
「じゃあ、出しますよ」
ユウキが右耳に下げた黒真珠のイヤリングにそっと手を触れ、魔力を流す。すると、ユウキの前に漆黒の渦が巻始め、ひとつになって黒い穴が出来た。そして、その中から王冠を被り、豪華な王者の青で染められたチュニック、艶やかな模様が刺繍された緋色のマントを着け、大きな碧玉で装飾された王杖を持った骸骨。ワイトキング「エドモンズ三世」がズイッと現れた。
全員、想像していたものとは全く違った魔物の出現に驚き、固まってしまった。その様子に満足したエドモンズ三世は両腕を大きく広げ、満足そうな表情(?)で高笑いを始めた。
『フハハハハハ! フハハハハハ! 驚いたか者ども、心して聞くがよい。儂の名はエドモンズ三世! アベル・イシューカ・エドモンズ三世じゃ。間違ってもエロモンズじゃないよ』
『ワーハッハハハハ! お主らも聞いたことがあろう。遥か300年前、イザヴェル王国の「白鳥宮」を建設し、王国発展の礎を築いた偉大な王の名を。それが儂! 今は絶対無敵、最凶の死霊王ワイトキングなるぞ! 控え、控ぇええい! この姿が目に入らぬか。一同の者、頭が、頭が高ーい!』
「もういいって、それは。アンタどこの御老公様よ。ほら、みんなドン引きしてる」
ユウキは高笑いするエドモンズ三世の後頭部を「ベシン!」と叩いた。
『あべし! 何をするユウキよ。この美しい頭蓋骨にひびが入ったらどうするのじゃ!』
「何なら、頭蓋骨粉砕しちゃう?」
『全く、相変わらず凶暴じゃのう。なあ、そこの男、そう思わんか? 体だけ良くても、性格が悪くてはのう。嫁の貰い手が無いのも分かるではないか。プークスクス』
「えっ、いや、ユウキ君はとても魅力的な女性だと思うが…」
急に振られたヴァルターがしどろもどろで言う。
『ハッハッハ、良かったなユウキ、社交辞令を言ってもらって』
頭に来たユウキはエドモンズ三世の背中にキックを放ち、蹴り倒すとゲシゲシと踏みつけ始めた。
『ぐおっ、げふっ、やめんか! やめんかって! 死ぬ。骨が砕けるって』
「うっさいうっさい! 悪かったわね全然モテなくて。そうやっていっつもわたしをバカにして! 宰相様やヴァルター様の前で恥かかせた!」
(アンデッドが死ぬって言ってる…)
フォルトゥーナは目の前で繰り広げられている喜劇に目を丸くしている。
『ぐわし! ほ、ほら、足を振り上げるからスカートの中が丸見えじゃぞ。相変わらずのエッッグイ勝負パンツが見えとるって! 踏みつけるのやめてぇ~。お主は女王様かって』
ババッとスカートを抑えるユウキ。ユウキが顔を上げるとヴィルヘルムとヴァルターはさっと視線をそらした。
「~~~~~!! (また、やっちゃった~。絶対見られた~。ふえええん)」
『いや~、まいったまいった…』
エドモンズ三世が、チュニックをパンパンと叩きながら立ち上がり、フォルトゥーナとイレーネを見てニヤッと笑う。
『お主、魔族じゃな。ふむ…最近、夫が忙しくて構ってもらえないから寂しい思いをしておるな。この見せつけてくれるのう。このこの、ひゅーひゅー。ほうほう、何か自分を変えたくて変化を求めておるようだが、その想い実行するがよいぞ。一歩踏み出すのじゃ。それから、毎日のバストアップ体操は諦めい。貧乳は魔族の宿命じゃ。それ以上はどう頑張っても大きくならんわい。ワッハッハ!』
「あらやだ」
『魔族の後ろに隠れている女!』
「ひゃあ!」
『ふむ…お主、以前は息子の事で大分悩んでいたようじゃったが、息子が昔のような優しさを取り戻したんで、すっかり元気になったようだな。このエロボディ殿に感謝するんじゃな。お主の心優しい性格、儂は嫌いじゃないぞ。思春期少女の方がもっと好きじゃがな。むむ…お主のバストは96cmか、ユウキより2cm上回っとるな。だが、張りはユウキの方がよいぞな。年齢の差じゃな。ハーッハッハ!』
「あ~あ、やっぱりこうなった…」
ユウキがこめかみを抑えるその脇で、ヴァルターとヴィルヘルムが話している。
「これか、ユウキさんが後悔するなと言ってたのは。秘密も何もあったもんじゃないな」
「しかし、父上。ワイトキングは見る者の恐怖心を増大させて精神を操り、生者を殺して同じワイトにするとか、高い知識と魔力を有して魔法を使う恐るべき魔物であると教わったのですが、どう見てもそんな感じに見えませんね…」
「エドモンズ三世といったな。君はユウキさんの眷属と言うことだが。本当の所はどうなのだ。ワイトキングはアンデッドの中でも最上位に属する魔物。それほどの者が女の子の眷属になるとは何か考えがあっての事と思うが…」
ヴィルヘルムの問いかけに、エドモンズ三世はユウキの隣に並び、自分の頭をポリポリと掻きながらしばし沈黙した後に口を開いた。
『儂はユウキと戦って負けた。消滅させられてもおかしくなかったが、ユウキは儂に眷属になれと言った。優しい子じゃよ、この娘は。その時に儂は見たのじゃ。ユウキの歩んで来た過酷な運命と心の奥の想いを。儂はユウキの想いを叶えたいと思った。ユウキには悲しい思いをさせたくない。幸せになってほしい。ユウキを助けていきたいと思ったのじゃ。アンデッドの儂がこんな事を言うのは可笑しいと思うがな…。でも、そう思ったのじゃ。だから、ユウキの申し出を受け入れた』
『形はユウキの眷属じゃが、儂はユウキの父親代わりだと思うとる。ユウキを導き助ける、それが儂の役目じゃないかと考えとる。それに、父親が娘を助けるのは当たり前じゃ』
(その言葉! オヤジさんがよくわたしに言ってくれた優しい言葉…)
『ユウキを害する者は儂が許さん。それが誰であってもな。世界がユウキの敵になっても儂はユウキを守るために戦う。容赦はせん。それだけは覚えておいてもらおう』
(カロリーナだ。エロモンもカロリーナと同じ気持ちを持ってくれているんだ…)
『だが、ユウキはお主たちを信頼しとる。大切な親友の家族だからな。よって、儂もお前たちを信用するぞ。今から、お主らは儂の友人じゃ! 協力できることがあれば何でも言うがよい。報酬は思春期少女の脱ぎたてパンツでどうじゃな』
「もう、いい話が台無しだよ!」
『ワッハッハ!』
「いや、いい話を聞かせてもらった。私は、エヴァリーナの親友であるユウキ君を全力で支援するよ。それに…ユウキ君の目を見ればわかる。彼女は美しく澄んだ目をしている。信頼に値する人だ。それに魔物の中にも話が通じる者がいる。これは大きな収穫だ。出来れば私もあなたと信頼関係を結びたい」
ヴィルヘルムの言葉にエドモンズ三世はウムと偉そうに頷く。
「ほーんと。凄く驚いちゃった。まさかバストアップ体操までばらされるとは…。でも面白いわ。ユウキちゃんとエドモンズ三世さん。うん! 私もお友達認定しちゃうわ。ね、イレーネもそうよね」
「え、ええ…そうですね。はい、お友達認定…です…」
「母上、無理しなくても。しかし、ワイトキングとは初めて見るが、中々の迫力だなあ。流石死霊の王と呼ばれるだけはある」
ヴァルターは繁々とエドモンズ三世を見て感動したように独り言を言う。確かに黙って立っていれば死霊王として相応しい存在感を醸し出している。
『フフ…小僧。お主、死霊王としての儂の素晴らしさが分るとは見所がある。どうじゃ、ユウキを嫁にするか』
「ばっ…バカ! 何を言ってるのよ。このエロワイト! ヴァルター様にはフランと言う恋人がいるのよ!」
「残念だがその通りなんだ。だが、ユウキ君とはずっと友人でありたいと思ってるよ」
「ヴァルター様…。(いい男だ…。フランが羨ましいな)」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後は他愛もない話をしていたが、時間も遅くなり、宰相一家が帰ろうとした矢先、エドモンズ三世が急にヴィルヘルムを呼び止めた。
『当主よ、帰るのはまだ早い。時間はとらせぬから、そこのソファに腰掛けるがよい』
ヴィルヘルムは何事かと思ったが、ここは素直に従ってソファに腰掛けた。隣にイレーネが、向かいにヴァルターとフォルトゥーナが座る。
『お主、最近、疲れやすくなったと感じておらぬか?』
「確かに疲労しやすいとは感じているが…。最近は色々と雑多な仕事も多くてね。そのせいだろう。それが何か?」
『お主の体内の臓器の各所に悪性の腫瘍が出来ておる。疲れやすいのはそのせいじゃ。このまま放置すれば衰弱して死に至る。そうじゃな…、お主の命は持って3年というところか』
「私の体内が病魔に侵されている事が分かるのか…」
『そうじゃ』
「実は半年ほど前、余りにも体調が悪くて医者にかかった時、腫瘍の事は言われていたのだ。今の医療では治す術がない事も言われている。残念だがそれが天命というもので、受け入れるしかない。残された人生を精一杯生きるしか…」
突然の病気発言にイレーネもフォルトゥーナも驚いた。特にイレーネの驚きと悲しみは相当のもので、ボロボロと涙が溢れてヴィルヘルムにしがみついて泣き始めた。
『心がけは立派だが、そう思うのはまだ早い。お主が死んだらこの国は立ち行かなくなる。後継者はまだ半人前だしな。それに、愛する伴侶を失った奥方も、尊敬する父親を失った息子も娘も悲しみの中で生きる事になる。現にそら、悲しみに沈む奥方を見よ。お主はこの国や家族のためにも長生きせねばならぬよ』
エドモンズ三世はそう言うと、王杖の宝玉をヴィルヘルムの肩に乗せて魔力を高めていく。イレーネ、フォルトゥーナ、ヴァルターが固唾を飲んで見ていると宝玉は淡い緑色に光り始め、溢れ出た魔力の光がヴィルヘルムを包んでいく。
「な…なんだ、この魔力は…。体が、体の中が暖かく、癒されていく感じがする…」
30分ほど経過した後、エドモンズ三世は魔力を止め、じいっとヴィルヘルムを見た。
『ふむ…治癒魔法の効果はあったようじゃの。ご当主よ、お主の悪性の腫瘍は全て消え去った。おまけに内臓も若々しくなって健康体になったぞ。あと30年は余裕で生きられるじゃろうて。ちなみにあっちの方も若くなったからの。今夜はしっかりと奥方を2人まとめて抱いてやるとよい、うひょひょ』
「最後の一言は余計なのよ! バカ!」
ユウキが顔を赤くしながら、エドモンズ三世の頭を叩く。
「ち、治癒魔法って…、そんな魔法あるの…?」
言葉を失い、震えるフォルトゥーナにユウキはエドモンズ三世は暗黒魔法の使い手である事、暗黒魔法はアンデッドが使う魔法で、死と再生を司り、治癒魔法は再生の力によるものだと教えてあげた。できれば、この事は内密にして欲しい事もお願いした。
「ユウキさん、エドモンズ三世殿、何とお礼を言ったらよいか。本当に体の調子が良くなったようだ。ありがとう、この恩は絶対に忘れないよ。これからもよろしくお願いする」
ユウキとヴィルヘルムはしっかりと握手した。イレーネもユウキに抱き着いて感謝の言葉を述べる。ユウキはここに来て大きな後ろ盾を得たのであった。