番外編5 ある冒険者の想い⑥
「マ、マイクさん…。どうしてここに…」
「アリステア…。テメェにゃ用はねぇよ。いや、コイツ等はオメェに用があるってよ。オレの用はオッサン、テメェだ!」
そこに、悲鳴を聞き着けたレナと子供たちが飛び出てきて、目の前で繰り広げられている光景に驚く。
「あ、あなたたちは一体何者です! 子供を、レンとミュラを放してください!」
「おにいちゃん!」
「おねえちゃん! この悪党!、2人を放せー!」
「何しに来たんだよー! ばかぁー」
「チッ…、ウルセェ!! ギャアギャア喚くとテメエら全員ぶっ殺すぞ!!」
「みんな、静かにしろ。相手を刺激するな」
アレックスが子供たちに静かにするように言うと、大人しく言うことを聞いて全員レナの後ろに隠れた。レナが子供たちを庇いながら3人の冒険者たちに話しかける。
「一体この孤児院に何の用です? お金ですか…。この孤児院はこの通り余裕などありません。お引き取り下さい!」
「金? 金なんざ要らねぇよ。オレが欲しいのは、このオッサンの命さ。ウールブルーンでオレに恥をかかせやがって…。このオレ様がビビッて道を開けるなんて…、あっちゃならねえ事だったんだ。くそ! お陰でオレの評判は最低だ。ただのイキったビビリ野郎と言われ、まともな依頼も来やしねぇ。パーティも解散。何もかも上手くいかなくなった。それもこれもみんなテメェのせいだ!」
「そんな…。そんなの、ただの逆恨みじゃないですか!」
「ウルセェ! アリステア、テメェも同罪だ。テメェは俺たちに借りを返してねぇ…。その体で返してもらうぜ」
「おいマイク、この孤児の女、結構楽しめそうな体してるぜ。こいつも一緒にいただこうぜ。ギャハハハハ!」
「や、止めろ…。ミュラに手を出すな!」
「ウルセエ、クソガキ!」
レンを捕まえていた冒険者の男は、レンに殴る蹴るの暴行を加える。レンは必死に抵抗しようとするが力の差は歴然で、なす術もなく殴り飛ばされ、口から血を吐いて地面に転がされた。
「キャアアアアア! レーン!!」
「レン! しっかりして!」
倒れたレンにアリステアとレナが駆け寄り、抱き起すがレンは気を失ってしまっていた。レナは急いで子供たちに孤児院の中に隠れるように指示すると、1人の子に院長室から高級治療薬を持ってくるように言いつけた。
「テメェはこっちだ!」
「いやっ! 何するの!? 放して。止めて!」
「アリステア!」
「おっと…、テメェは動くな。ガキがどうなってもいいのか」
「……お前の目的はオレだろう。子供や女に手を出すな」
「ウルセェ…。テメェをぶっ殺した後、この孤児院も滅茶苦茶にしてやるぜ。でないと俺の気が済まねぇ…。テメェが大切にしてるもの、全部ぶっ壊してやる…」
「お前、マイクとか言ったな…。一つの道を失ったら、新たな道を探せばいいのではないか? オレと違ってお前は若いんだからな。たくさんの選択肢がある。一つに縛られる必要はないと思う」
「恨みをこんな暴力で解決しようとしても、何も得るモノはないぞ。それよりも、自分が何ができるか、どう生きるか考えた方が建設的だ。お前にはまだ戻る時間がある。夢も希望も全部どっかに置いてきちまって、それを取りに行く時間も失ったオレと違ってな…」
「ウルセェ、ウルセェ、ウルセェ! 俺に説教するな!! 俺はな、冒険者になって最上位まで駆け上り、英雄と呼ばれるのが夢だった。それを、テメェに関わったばかりに失ってしまったんだ。だからよォ…、テメェをぶっ殺す。オレの夢を壊したテメェの全てもぶっ壊す!」
「完全に逆恨みだな…」
「フン、何とでも言え…。おい!」
「ああ! オヤジ、これを見ろ!」
アリステアとミュラを捕まえていた男たちがダガーで2人の服を斬り裂いた。下着姿にされ、恥ずかしさと恐怖で悲鳴を上げるアリステアたち。
「きゃあああああっ! いやぁああああ!」
「ふぇえええん! やめてよー。助けて!」
「ギャハハハハ! いい格好だぜ。しかしなんだぁ、アリステアはこっちの娘よりおっぱいが小せぇじゃねえか。ヒャーハハハハ! その分、アソコで楽しませてもらうかぁ!」
「う、うるさい…、止めろばかぁ…。うう、グスッ…。助けて、助けてアレックスさぁん!」
「アリステア!」
「おっと、テメェの相手は俺だ!」
アリステアを助けようとしたアレックスの前にマイクが立ちはだかり、腹に強烈なパンチを打ち込んだ。衝撃と痛みで腹を押さえ、がっくりと膝を地面に着く。
「ぐっ…」
「おいおい、ぶっ倒れるのは早えぞ。オラァッ!」
「がはあっ…」
「キャアアアアア! アレックスさーん!」
膝まづいたアレックスの体をマイクが蹴り飛ばし、アリステアが大きな悲鳴を上げた。そこに、子供が持ってきた高級治療薬をレンに飲ませていたレナが駆け寄り、アレックスに飲ませようとするが、マイクがレナの腕を取り、力いっぱい頬を張り飛ばした。
「きゃあっ!」
「ババア、余計な事をすると、テメェもぶっ殺すぞ!」
「ぐっ…、や、やめろ…。シスターに手を…だすな…」
「っるせえんだよ!」
マイクはアレックスの胸倉を掴んで立たせると、顔や胴に何発もパンチを打ち込んで来た。サンドバッグのように打たれ、意識が朦朧としてきたアレックスが、アリステアを見る。アリステアは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に何かを叫んでいる。きっと自分の名を叫んでいるのだろうと思った。
(アリステア…。ぐっ…、意識を、意識をしっかり…持て。気を失ったら終わりだ…。何とか反撃しなければ…)
(反撃…? 剣も持てない手でどうやって、反撃するというのだ…。くそ、アリステアや子供たちが危機に陥ってるのに、オレはまた役立たずなのか…)
蹲るアレックスにゲシゲシと容赦なく蹴りを入れるマイク。下着姿にされたのも忘れ、何とかできないかと藻掻くアリステア。目からは止め処なく涙が溢れ出て来る。
(このままじゃ、このままじゃアレックスさんが…。わたしの愛する人が死んでしまう。ダメ、そんなのイヤ。でも、どうしたら…。そうだ、私の得意は何? 魔法だ。今までわたしはアレックスさんに守ってもらった。今度はわたしが守る番!)
マイクは帯剣していたブロードソードを抜くと逆手に持ち、ぐったりとして動かなくなったアレックスに止めを刺すため、大きく振り被った。
「何だよ、俺はこんな弱っちいオヤジにビビっていたのかよ。自分が情けないぜ。だが、もう終わりだ。死ねや! クソオヤジ!」
「アイス・シールド!」
振り下ろされた剣がアレックスの体を貫く寸前、氷の防御壁が現れ剣をはじき返した。壁に当たった反発力で、バランスを崩し、仰向けに転んだマイクが、怒りに燃えた目でアリステアを睨み、剣を握って近づいて来た。
「テメェ…。面白い事してくれんじゃねえか…。気が変わった。お前ら、あのオヤジが死ぬ前に目の前でその女たちを犯してやれや…。ククク…、地獄へ行く前に女のヨガリ顔と嬌声を聞かせるのも悪くねぇ…」
「よっしゃ! 待ってたぜ!」
「や、止めて…」
男がダガーでアリステアとミュラの下着を斬り裂く。
「いやぁああああ! やめてぇえええ!」
胸をさらけ出されたアリステアとミュラが悲鳴を上げるが、男らはニヤニヤと好色そうな卑下た笑いを浮かべてダガーをパンツと肌の間に刺し入れた。
「ヒャーハハハハ! 観念しな!」
(くそ…、オレはまた誰も救えないのか…。3年前、魔物に襲われた見習い冒険者を助けられず、見殺しにした。その後悔が心を蝕み、剣が握れなくなった。それを理由に、また、同じ過ちを繰り返すというのか。アリステアを見殺しにするというのか…)
アレックスが絶望に打ちしがれる。地面にポタ、ポタと涙が落ちる。その涙を見て一層情けない気持ちになる。耳にはアリステアとミュラの悲鳴が聞こえる。しかし、自分には何もできない…。そこに、小さな女の子がアレックスに呼び掛けた。
「おじちゃん。ハイこれ。お部屋から持ってきたよ」
「…………?」
「おじちゃん、立って」
軋む体を無理やり起こすと目の前にロングソードを抱えたアトリアが汗だくになって立っていた。8歳のアトリアには重く大きい鋼鉄の剣。しかし、アレックスに孤児院の皆を守ってもらいたいと願う少女が、唯一の希望を託すため、運んできたのだった。
「おじちゃん。わたし、おじちゃんに助けられた。お父さんが死んじゃった悲しみから助けられた。おじちゃんは勇者。今度はこの孤児院の皆を、あそこで泣いているアリステア姉ちゃんとミュラ姉ちゃんを助けて。おじちゃん、この剣でみんなを守って」
「お、オレは…」
「おじちゃんお願い。立ち上がって!」
うるうると目を潤ませながら、孤児院を守ってほしいと願う少女。この少女の願いを聞き入れなくて何が大人か。弱気になっていた自分が情けなかった。今立ち上がらなければ一生後悔するだろう。助けられる人を助けなかった役立たずの卑怯者との烙印を押され、一生日陰を生きる事になるかもしれない。こんなんじゃ、若い頃夢見た英雄なんぞになれる訳がない。旅の途中で、そしてここで聞いたユウキと言う名の少女にも顔向けできない。ユウキは強い気持ちで様々な困難を乗り越えて来たに違いない。だから英雄と呼ばれるのだ。少女に出来てオレに出来ない訳がない。そうだ…、オレだって…。
アレックスは、弱った気持ちに喝を入れると、アトリアから剣を受け取った。冒険者になってから使い続けている鋼のロングソード。剣も自分に呼び掛けている。今一度力の限り振るえと。自分の大切な人を、愛するアリステアを守れと語りかける。
「うがぁあああああっ!!」
孤児院の広場にアレックスの雄叫びが響き渡った。