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番外編5 ある冒険者の想い⑤

 翌日の朝、当てがわれた部屋で目を覚ましたアレックスが、布団の中に違和感を感じ、毛布を除けると、いつの間に入り込んで来たのかアトリアがくうくう寝息を立てていた。


「い、いつの間に…」


 気持ち良さそうに寝ているアトリアを見てどうしようか思案していると、部屋の戸がバーンと開いて、アリステアが元気よく入って来た。そして、アレックスの腰のあたりに顔を埋めて寝入っているアトリアを見て、目を見開いた。


「おっはようございまーす! 朝ですよ、起きて下さ…い…。アレックスさん! ナニしてるんですかー。こんな小っちゃい子に手を出して! そんな小っちゃい子じゃなくても、わたしはいつでもいいのに…ごにょごにょ…」


「ち、違うぞ! いつの間にか入り込んでいたんだ。おいアトリア、起きろ!」

「う…ううん…。おはようおじちゃん…。あれ、ここ固いよ、凝ってるの?」

「違う、触るな!」

「アレックスさん、不潔です!」

「アリステア、誤解するな!」


 朝の大騒ぎを何とか収め、朝食のテーブルに着いたアレックス。両隣りにアリステアとアトリアが座り、アレックスを挟んで激しく火花を散らせている。その様子を見てレナはフフっと笑い、朝食のお祈りをして、食事にしましょうと全員に声をかけた。


『いただきまーす』


「昨日も食事の時に言ってたが、何のまじないなんだ?」

「違うよオッサン」

「オッサン…。ププッ…」(アリステア)

「これは食事を始める時の挨拶で、意味は料理を作ってくれた人、野菜を作ってくれた人、魚を獲ってくれた人たちへ感謝の気持ちを表しているのと、肉や魚、野菜や果物にも命があるから、自分が生きるために「命をいただきます」って食材に感謝する意味なんだ。ユウキ姉ちゃんに教えてもらったんだ」


「ほう…。そんな意味がな…」

「そんな事、思ったこともないわ。教えられますね」


 アレックスとアリステアも「いただきます」と言って朝食を食べ始める。食べながら、レナにやってほしい事はないかと聞いてみると、孤児院の補修と食材の買い出しをお願いしたいと言って来た。自分はエリス市の本教会に行って、寄付の報告と寄付額の一割を納めて来るという。この孤児院も本教会に所属しているので、どうしてもそのような手続きが必要なのだそうだ。


 アリステアがレナからお金を受け取り、レンとミュラを連れて買い出しに出かけた後、アレックスは孤児院の補修を行うため、裏の薪置き場で適当な板を探していた。そこにアトリアがトコトコとやって来て、一緒に板を探し始めた。


「ん、手伝ってくれるのか?」

「うん、お手伝いしたい。ダメ?」

「いや、助かる」


 アトリアはニコッと笑うと一生懸命板を集め始めた。ある程度集まったところで、外壁の破損の酷い場所に行き、糸ノコで破損部分を切り取り、持ってきた板を適当な大きさに切断して釘で打ち付ける。


「アトリア、釘を取ってくれ」

「うん!」


 ちょこちょこと動き回って、一生懸命手伝いをするアトリアを見ていると、空虚で煤けた自分の心が少しずつ癒されるような気がしてきた。何ヶ所かの破損部分の修理を終え、休憩しようとアトリアに声をかけると、お茶を持ってくると言って孤児院に戻って行った。そこに、エリス市の本教会に出かけていたレナが戻って来て、アレックスに声をかけた。


「アレックスさん、孤児院と教会の修理までしていただいてありがとうございます」

「…いや、ついでだから問題ない。どうせ、依頼も終わったしな…」

「ふふ…」

「ん?」


「アトリアちゃんの事、気にかけていただいてありがとうございます。あの子、お父さんが行方不明になった事実を受け入れられなくて、癇癪を頻繁に起こしてたんです。それで、親戚も手に負えなくなって、ここに連れて来られたんです」


「…………」


「ここに来てからは、癇癪を起こす事は無くなったんですけど、今度は誰にも心を開いてくれなくて…。だから、あの子が自分から他人に近付いて行くなんて思わなくてビックリしているんです。きっと、アレックスさんを自分の父親と重ね合わせているんですね…」


「…だが、オレは父親ではない」


「ふふ、あの子だってそんなこと分かってますよ。アレックスさん、出来ればもうしばらくここにいてくれませんか。あなたとアリステアさんが来てから、何となく子供たちの表情が柔らかくなったような気がするんです。きっと、みんなも父親やお姉さんみたいな人が来て、自分たちにないモノを、あなた方に重ねているんだと思います」


「そうだな…。迷惑でなければ…」

「迷惑だなんて…。ふふ、私も嬉しいです…。あっ…」


「じゃ、じゃあ、私はこれで…」

 何故か顔を赤くしたレナがパタパタと教会に戻って行くと入れ違いに、お茶を運んできたアトリアが戻って来た。


「おじちゃん、ハイお茶!」

「お、おお…、ありがとう」


 アレックスはお茶を飲みながら、レナの話を心の中で反芻する。


(冒険者稼業が出来なくなったと気づいた時、オレは全てを失ったと思い込んでしまった…。しかし、人が生きる道は冒険者だけではない。この依頼を通じて分った気がする。人の役に立つと言うことは、何も冒険者でなくてもいいんじゃないかって事が…。アリステアだって…きっと分かっているはず…)


「おじちゃん?」

 考え込んだアレックスの顔をアトリアが不思議そうにのぞき込んで来た。


「あ、ああ、すまない…。少し考え事をしてたんだ。アトリア、もう外壁はいい。中を直そう。手伝ってくれるか?」

「うん! 任せて!」


 その晩、アレックスが1人風呂に入っていると、ドヤドヤとレンが男の子を引き連れて風呂場に入って来た。


「オッサン、背中流してやるよ」

「ボクもー」「オレもー」「わたしもー」


「ん、わたしも?」

 レンがその言葉に、連れて来た男の子連中を見ると1人だけ女の子が混じっていた。


「わああ、アトリア何でいるんだよ! 今日は男が先に入る番だぞ。女はこの次だろ出て行けよ!」

「イヤ! わたしもおじちゃんの背中を流すの!」


 レンたち男の子とアトリアがお互い素っ裸のまま「出て行け」「出て行かない」を繰り返し、困ったアレックスが仲裁していると、風呂場の戸がガラガラと開いて、今度はアリステアが入って来た。


「アトリアちゃん、何してるの!? 女の子は後からだよ。早く出…て…?」


 イチモツ丸出しで洗い場に立ち並ぶアレックスを始めとする男子たち。アトリアを抱きかかえようと腰をかがめたアリステアの視線の高さに大小様々な大きさのブラブラするモノが並んでいる。


「キャアアアアア!!」


 夜の孤児院にアリステアの絶叫が響き渡った。



 レナの孤児院に来てから何日か経ったある日、アレックスとアリステアは、レンとアトリアのほか、数人の子供たちを連れて市内の商店街に買い物に来ていた。アトリアはアレックスに抱っこされてすっかりご機嫌で、アリステアは何となく面白くない。8歳の子にヤキモチなんてと思うが、自分だってアレックスに甘えたいのにと思うのだった。その微妙な雰囲気を感じ取ったレンは、ちょっと悪ふざけしたいと考えた。


「なあ、そうやって並んでると子連れの夫婦みたいだな」

「なッ!! バ…、バカ! なんてこと言うのよレンったら! そんな夫婦だなんて…。もっと言って、ほら、もっともっと! もっと言ってぇえええ!」


「姉ちゃん…。姉ちゃんが壊れた…」


 気分が高揚したアリステアはニコニコ笑顔でレンたちを引き連れ、食料品を扱う店舗や肉や魚介類を売っている出店を見て回る。毎日訪れている事で、店の親父や女将さんとすっかり顔なじみになったアリステアは楽しそうに買い物をしている。その姿を見てアレックスはウールブルーンの路地裏で寂しそうに泣いていた事を思い出し、その姿と比べると、やっぱり彼女には笑顔が似合うと思うのであった。


 たくさんの食料品を買い込んだアリステアはレンたちに荷物を持たせ、意気揚々と家路につく。すっかり孤児院の一員になった2人は子供らと歌を歌いながら、幸せな時間を満喫するのだった。しかし、路地の陰からアレックスとアリステアを見つめる視線に2人は気づかない。その悪意を持った視線は2人と子供たちが雑踏の中に消えるまで、ずっと見つめていた…。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「居場所は分かったか…?」

「ああ、町はずれの丘の上にある孤児院だ」


「よし、明日乗り込むぞ」

「ホントにやるのか?」

「ったりめえだ!」


「あのロートルオヤジめ、オレ様に恥をかかせやがって…。ぜってえ許せねえ…」

「恥って…、お前があのオヤジにビビッて道を開けただけだろうがよ…」

「うるせえ! お陰でビビリ野郎って二つ名が付いたんだ! 仲間の女たちも愛想つかして逃げて行きやがった。情けない男だってな…。クソッ!」

「まあ、今まで散々イキってきたからな。反動は大きいやな」

「まあな…。お陰でまともな依頼も来やしやがらねぇ…。そう言う意味では、オレらも奴に借りを返さにゃ気が済まん」


「ああ、そうさ。ヤツをぶっ殺して、ギルドの連中を見返してやる…」

「ついでに、孤児院のガキどもをふん捕まえて、闇市場に流さねえか? 結構な数がいたから金になるぞ」

「そりゃあいい。あのエルフも娼館に売っぱらおうぜ」

「ああ、売る前にたっぷり楽しんでやる…。そうだな、あのオヤジの目の前で犯してやるか…。どんな顔するか楽しみだぜ…」


 薄暗い酒場の奥で、かつて「黄金の翼」と名乗ったパーティのリーダーだった男、マイクが仲間2人と安酒を呷ってギャハハハと笑う。その濁った瞳は邪悪に染まった人間そのもので、かつてイザヴェル屈指の冒険者と呼ばれた男の墜ちた姿だった…。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その日の空は晴れ渡っており、風も穏やかでとても清々しい天気だった。孤児院の子供たちは朝食を終えるとめいめいに自分の仕事をするため、移動を始める。アレックスはアリステアとアトリアを連れて、裏の崖に設置されている転落防止柵の補修を行っていた。一方、レンとミュラたちは小さな畑に生えた雑草をむしったり、野菜に付いた害虫を木の枝で取り除くといった手入れをしていた。毎日変わらない穏やかな日常。しかし…。


「キャアアアアア!」

「なんだよお前たち! 止めろ、放せよ!」


 突然の悲鳴に驚いたアレックスとアリステアは何事かと声の方に向かう。アトリアは何か考えた後、孤児院の裏口から中に入った。声のした畑に出ると、そこには冒険者の姿をした男が3人、うち2人がレンとミュラを抱きかかえてダガーを首筋に当てている。


「よう、オッサン…、アリステア。久しぶりだな」


「……………」

「マ…、マイクさん…」


 思わぬ来訪者にアリステアは恐怖で立ち竦むのであった…。

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