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第274話 帝国への旅立ち

「昨日は休日だったはずなのに疲れた…。精神的に」

「全くよ…。帝都に戻ればお母様からキッツ~イお仕置きが待ってると思うと、それだけで憂鬱なのに、ダメイドの悪行まで知られたら…絶体に殺される…。ヒイィイ~」


 ユウキがぼそりと呟き、ラピスが恐怖に震える。


「いいんじゃないですか? バカは死なないと直らないそうですよ」

「わたしは楽しかったけどな~(つやつや)」


「この性獣! 海岸での乱行は宿でもすっかり話題になってたのよ! 幸い身バレはしなかったものの、恥ずかしいったらありゃしない。これもお母様に報告するからね!」


「これで、駄嬢様とスズネの首は獄門台ですか…。ナムナム…」

「他人事のようにしてるけど、ダメリアも同罪よ。ある事ない事でっち上げて道連れにしてやるわ! 覚悟しておきなさい。オーホホホ!」

「アメリアです。酷いです。この駄目女! とんちき! おたんこなす! バカ女!」


「酷いのはどっちよ! 主人に対して良くもそこまで言えるわね!」

「まあまあ、そこまでにしようよ。ヤメヤメ」

「そうよぉ~。言い争い何て不毛よぉ~。ああ…、また発情した男たちに滅茶苦茶にされたい…」


『死ね! 性獣!』

 女3人の声がハモる。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「えーと、帝国行の船はっと…。ああ、あれだね」


「そうね。行くわよエメラルダス! 性獣!」

「あらほらサッサー! もう私の名前、影も形もありませんね。ちなみにアメリアです」

「すっかり名前、性獣になっちゃったわん」


 帝国行の船は乗客が500人位乗れるような大型の貨客帆船で「サラマンドル号」という船名だった。ユウキたちは乗船タラップの前でチケットを係員に見せて確認印を貰って乗船すると、既に多くの乗客が乗り込んでおり、甲板には海を眺めていたり、見送りの人々に手を振っている乗客のほか、テーブルを囲んで談笑している身分の高そうな客もいた。


 4人は荷物を置くために船室に向かった。部屋割りはユウキとラピス。アメリアとスズネに別れた。順当と言えば順当だが、ユウキはスズネと一緒でなくてよかったと思うのであった。


「ラピス。3日間の船旅、せっかく同室になったんだし、よろしくね」

「こちらこそお願いするわ! 帝国に着くまでは楽しまなくちゃ! 着いたら地獄が待っているんだし…」


「あはは…。ベッドはどうする?」

「わたくし、上がいい!」

「うん、じゃあ荷物置いて甲板に出てみようよ。間もなく出港だよ」


 ユウキとラピスが再び甲板上がるとジャーン、ジャーンと銅鑼が鳴らされ、出港の合図がされたところだった。2人は船縁に寄りかかり、出港作業を見ていると、港湾作業員がタラップを外し、船首では船員がぐるぐると巻き上げ機を回して錨を上げている。ユウキが上を見ると帆は風を受けて一杯に張っている。艫綱が外され、いよいよ船が動き出した。


「わあっ! 動いた動いた!」

 2人は身を乗り出して、進行方向を見る。船の動きに追従して海鳥がたくさん飛び回っていて、思わず「わあっ!」と感嘆の声を上げるのであった。


「お嬢さん方、身を乗り出すと危ないぞ」


 あまりにも身を乗り出して見ていたので船員に注意され、慌てて身体を引っ込め、船員さんに「ごめんなさい」と謝り、2人で顔を見合わせて舌をペロっと出して笑い合った。


「もう陸地があんなに小さくなった。この船、結構船足が早いね」

「この貨客船、最新の高速帆船で普通の船の倍の速度が出るそうよ。凄いわね」

「へええ~」


「あっ! ユウキ、あれ見て。あれ!」


 ラピスが指さす方を見ると、イルカに似た動物が十数頭、船と並走しているのが見えた。


「わあ! 可愛いっ!」

「凄く気持ち良さそうに泳いでるわ。とっても楽しそう! ああ、わたくしもあそこで泳ぐアウロフィクスになりたい。あの子たちにはキッツ~イお仕置きなんてないでしょうしね…」


(ラピスのお母さんて、どんな人なのよ…)


 ラピスが部屋に戻った後もユウキは海をずっと眺めていた。この大陸に到着して5ヶ月、ヴェルト三国を旅して様々な体験(恥ずかしい体験が多かったが)をし、多くの人と出会い、これからも出会うだろう。そして、どのような体験をするのだろうか。自分自身の幸せを見つけることが出来るのだろうか。期待と不安が入り混じる。


『心配するな。儂がついておるんじゃ。お主は必ず安住の地を見つけられる』

(ありがとうね、エロモン)


「エリス様…見てくれてますか。わたしを導いてください…」


 船縁で航跡波を見ながら考え事をしていたら、時間はあっという間に過ぎて夕方になった。見ると水平線に日が沈もうとしている。オレンジ色の大きな太陽が空も雲も海も全て赤く染めている。その幻想的な美しさにユウキは感動を覚えた。


「美しい夕焼け…。ロディニアの城壁でマヤさんと一緒に見た夕焼けを思い出すよ。空の上からマヤさんも見てたらいいな…」

『ユウキ…』


 夕日が水平線に隠れようとした頃、アメリアが夕飯の時間になったと呼びに来たので、船内に戻ることにした。船室に入る扉の前で振り返って海を見ると、太陽が水平線の向こうに沈んだところだった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 アメリアに続いて食堂に入ると、既にラピスが席について待っていてくれた。ユウキはその隣に座ると、2人のメイドが配膳所から料理と飲み物を取ってきてくれた。メニューはパンと塩漬け肉と芋のシチュー。干した魚を焼いたものにライムジュースだった。ジュースの他にはワインもあるが、ビタミンの知識があるユウキはライムジュース以外の選択肢はない。

 アメリアとスズネも着席したのを見て、ラピスが合図をする。ユウキも「いただきます」と言って食事を始めた。シチューの意外な美味しさにびっくりし、一気に食べてお代わりした。女の子でお代わりするのはユウキ位なもので、ラピスやアメリア、スズネに笑われてしまったが気にせず食べる。


「だって、空腹には勝てないんだもん!」


 4人が食事を終える頃には、ワインを飲んで酔った乗客が騒ぎ始めたので、早々に部屋に戻ることにした。ただ、アメリアとスズネはお酒を飲みたいとの事だったので、ラピスが許可し、2人は食堂に残ってワインを飲み始めた。ユウキは調子に乗ったスズネが性獣にならないか気が気ではなかったが、アメリアが言うにはスズネに酒を飲ませまくって潰し、抑える作戦なのだという。


「成功するように祈るしかないか」


 部屋に戻ったユウキとラピスは内側から鍵をかけ、洗面所から汲んできた水をタライに移し体を拭くことにした。この船には水系の魔術師が船員として何人か乗り込んでおり、魔法で出した水を分けてくれるのでありがたかった。


「ラピス、背中を拭いてあげるよ。こっち来て」

「ありがとう。終わったらわたくしがユウキの背中を拭いてあげる」


 ユウキの背中を拭いていたラピスは、肌の美しさに感心していた。


「ユウキの肌って、凄くしっとりしていて、もちもちしていてキレイね。何かお手入れに秘密があるの?」

「えへへ~、実はね…」


 お肌の手入れやお化粧、好みのアクセサリー、服や下着の趣味など、夜が更けるまで女子トークに花を咲かせる2人であった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 出港して2日目。この日は朝からシケ模様だった。低気圧帯に入ったようで、雨を伴った西風が強く吹き、うねりを伴った波が船を激しく上下左右に揺らしている。


「ユウキ~。もう…もうダメ…、きもぢわるい~。うう、は、吐きそう…」

「ほら、バケツだよ」

「ゲロゲロゲー、ゲホッゲホ…」

「あ~あ…。はい、水だよ。これで口を漱いで」


 ユウキはベッドに腰かけ、目を瞑って苦しそうにうんうん唸っているラピスに膝枕をして、ブラウスのボタンを外して楽にさせると、お腹の辺りに手を触れてそっと治癒魔法をかけてあげた。


「うう…、少しだけ気持ち悪いの治まって来た…」

「少し眠るといいよ」

「うん…。ユウキの膝枕気持ちいい…。もう少しこのままお願い…」


 そう言って眠りに落ちたラピスの顔を見ながら、治癒魔法をかけ続ける。


(そう言えばわたしったら全然船酔いしないな。サザンクロス号で強烈な船酔いを経験したから、身体が慣れちゃったのかな?)


「お腹すいたな」


 気が付くと朝食の時間を大分過ぎていた。船室の窓の外は風に煽られた波が白く波しぶきを上げているのが見える。ユウキはラピスをベッドに寝かせ、毛布を掛けると、朝食を食べに食堂に向かった。通路を歩く船客はほとんどなく、船室の中から唸り声が聞こえて来る。船は左右に傾くように揺れているため、非常に歩きづらい。


 何とか食堂に到着して中に入るが、数十人は入れる食堂はがらんとしていて、2~3人が遅い朝食を摂っていただけで、厨房担当の船員は暇そうにしていた。ユウキは食事の配給場所に行って朝食を受け取る。


「ほう、姉ちゃんは船酔いしねえのか、大したもんだな。ほら、朝食だ。焼きリンゴを乗せたトーストとハムエッグだ。動揺が激しいからスープはなしだ。食べ終わったらオレンジジュースを出すからな」


 船の揺れに合わせて身体を右に左に揺らしながら、もぐもぐと朝食を食べる。焼きリンゴを乗せたパンは甘酸っぱくて美味しく、ユウキは気に入ってお代わりをしたら、厨房担当の船員は笑いながら皿に山盛りにしてくれた。


「どうせ、船酔いの奴らは食いに来ねえし、余っちまうからな。姉ちゃんが食べてくれりゃあ、パンも喜ぶぜ」

「あ、ありがとう。でも、こんなに食べられないよ」

「なに、余ったら部屋に持って行ってお昼にすればいい。今日はこんな調子だから昼食の提供は取り止めになるからな」


 折角の厚意を無下にできず、山盛りパンをお腹いっぱい食べて、余った分は紙に包んでマジックポーチに入れた。厨房で水筒にオレンジジュースを入れてもらい、部屋に戻る途中、ふと、メイドの2人が気になったので部屋を覗いて見ることにした。


「あの2人、大丈夫かな。昨夜は随分と遅くまで飲んでたみたいだけど…」


 アメリアたちが泊まっている船室の戸をノックして声をかけるが、返事が無い。戸を少し押して見ると鍵は掛かってないようだ。


「(不用心だなあ…)アメリアさん、スズネさん。大丈夫ですか」


 声をかけて中に入ると、下着姿のアメリアとスズネがバケツに顔を突っ込んで苦しそうに呻いていた。バケツからは吐瀉物の酸っぱい匂いが漂っている。


「うわ…なんちゅう恰好してるのよ。2人ともしっかりして。ヤダ、酸っぱ臭い…」

「ユ…ユウキ…ちゃん。二日酔いに船酔いで苦しいよう…。う、うぷっ…ゲロゲロゲロ…。苦しい、気持ち悪い…いっそ殺して…」

「迎え酒したら直るって船員さんが言うから、ワイン飲んだら余計にキツイのよぅ…。うぐ…ゲロに酒の臭いが混じって強烈に臭いわぁ…」


「船酔いに酒って…それ、出まかせですからね」


 とりあえず生存確認が出来たメイド2人は放って置いて、ユウキは自室に戻るとベッドでラピスが苦しそうな表情で眠っていた。ユウキはラピスの頭を腿の上に乗せて治癒魔法をそっとかけてあげると、表情が少し和らいだようだった。


(可愛い顔…。ホント、カロリーナみたい。この娘もツインテだし。わたしも髪が長かった頃はよくツインテにしたなあ。ふふっ懐かしいな…。さて、ラピスが起きたらオレンジジュースを飲ませてあげなくちゃ。大分吐いたようだから、水分を取らせなくちゃね)


 ユウキは、自分の膝の上でくうくう眠るラピスの頭を撫でながら、遠い地で頑張っている友の事を想うのであった。


(帝都に着いたら手紙を書かなくちゃね)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ユウキ! 見て見て帝都の港よ! 帝国に到着したわよ!」

「わあ、あれが帝都シュロス・アードラ―なの…。凄く大きな都市だね」


 ラミディア大陸最大の国家、カルディア帝国の首都シュロス・アードラ―の大きな港が見えて来た。人口300万人を擁する巨大都市は今まで見て来たどの都市よりも遥かに大きく、また、大きな建物が沢山建ち並んでいて壮観な眺めに驚く。


「あ、あの山の上の建物、海の上から見ても凄く大きい」

「あれが帝国皇帝の住まうハイデルベルク大宮殿よ。わたくしのお母様も住んでいるのよ」


「ほへー…」

「あはは、ユウキったら何て間の抜けた顔してるのよ」

「駄嬢様の馬鹿面よりマシですけどね」


「誰が馬鹿面よ!」

 メイド2人がラピスを指さす。


「きぃー!!」


 いよいよカルディア帝国に足を踏み入れるユウキ。この国では誰と出会い、どのような出来事が待っているのだろうか。期待に胸を膨らませながら、近づく港を見つめるのだった。


『儂、最近忘れられてない!?』

ビフレスト国での冒険を終え、いよいよ帝国にやって来たユウキ。帝国ではどんな出来事と出会いが彼女を待っているのでしょうか。ユウキの幸せを探す旅路はまだまだ続きます。

*帝国編の前に番外編を挟みます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 実に賑やかな話が続きましたね。次第に帝国絡みの話が色濃く進む展開に期待大な反面、ユウキの身の安全を願わずにはいられません。 [一言] 別れた旧友達を思い出すところは実に切ないです。
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