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第270話 ユウキ、ドジを踏む

 ホテル・パイオニア2階の1室。6畳ほどの広さにベッドが2つ、机が1つ。そこに女の客が4人。何もしなくても熱気がこもる感じがする。


「狭い…」


 机備え付けの椅子に腰かけたユウキが、率直な感想を漏らす。そんなユウキを無視してベッドに座ったラピスが「オーッホッホ!」と高笑いし、2人のメイドは冷ややかな目で主人を見る。


(なんなの…? この状況は…)


「さあ、自己紹介でもしましょうか。わたくしはラピス。ラピス・メモリア・カルディアよ。カルディア帝国第8皇女なんだから。そして、この2人はお付きのメイドで…」

「アメリアです。駄嬢様に迷惑しているツッコミとボケ担当の19歳。彼氏募集中です」

「スズネで~す。おっとりホンワカ系の20歳。よろしくですぅ」


「ユウキ・タカシナ。歳は17です…」


 彼女らが話すところによると、ラピスは帝国とビフレスト国の学生交換留学の一環で、アムルダート中・高等学園に留学しているのだが、夏休み前に行われた期末試験の成績が余りにも悪く、怒った母親からの呼び出しを受け、弁明のために帰郷する所との事。


「勉強もダメ、剣術実技もダメ、無能すぎて男にもモテない。見事に三重苦ですよ。この駄目嬢様は。きっと帝都の中央広場に逆さはりつけされるに決まってます」

「ほ~んと。ここまでバカだといっそ清々しいわ~。ね~、ナメリア」

「アメリアです」


「わたくしが叱責され、罰を受けるようなことがあったら、カメリアとアホネも監督不十分で一緒に逆さ磔の上、大幅減給になるからね」

「アメリアです。マジですか!?」

「うっそでしょ…」

「ほ~っほっほ! わたくし1人討ち死にしてたまるか、道連れにしてやるわ!」


「あは…、はは…は」


 余りにも濃すぎる3人のキャラクターに、ユウキは乾いた笑いしか出なかった…。


 とりあえず旅装を解いてラフな服装に着替え、夕食を摂りに1階の食堂に降りた。部屋番号が書かれたテーブルに座ると間もなく料理が運ばれてきたので、皆で食べ始める。


(素朴な味だけど美味しい。お腹すいてたから余計に美味しく感じるね)


 ユウキが味に満足してパクパク食べているのを見ながら、ラピスが色々と帝国の事を話してくれた。


「今の皇帝…。わたくしのお父上には皇妃様と7人の側室がいるの。皇妃様には皇子が2人、皇女が1人おります。側室の子は合わせて男子7名、わたくしを含めて女子10名の計18名です」

「駄嬢様、17名です」

「あら、失礼。ありがとヨメリア」

「アメリアです」


「皇位継承権第1位は第1皇子ミュラー兄様なんだけど、この方はとにかく自由な方で、帝王教育をほっぽリ出して、冒険者の真似ごとをしてふらふらしているのよね。家臣や他の兄弟姉妹からすっかり馬鹿にされて「うつけ皇子」なんて呼ばれてて…。わたくしはミュラー兄様、好感が持てて好きなんだけどね」


(えっ、ミュラー!? まさか…ね)


「超弩級おバカ同志、気が合いますもんねぇ~」


「うるさいわい! だから家臣は頭脳明晰、剣技優秀、人柄最高おまけに美形の第2王子のミハイル兄様こそが次の皇帝に相応しいと、支持しているのよ。皇妃様もそうだし、他の兄弟姉妹もほとんどがミハイル派で、ミュラー兄様を支持しているのは第1皇女のセラフィとわたくしだけ…。圧倒的少数派なのよね…」


「ラピス様、ミュラー様ってどんな方なの…?」

「えーと、歳は23。見事な銀髪のイケメンで、15の頃から冒険者稼業をしているので、逞しい体つきをしていて、剣の腕も抜群なのよ」


(間違いない。サザンクロス号で出会ったミュラーだ。あいつ、そんな大物だったんだ。巨乳好きのドスケベとばかり思ってた…)


「ん~、ユウキちゃん。どうしたのぉ~?」

「へ…、いや、何でもないよ」

「んん~~、怪しいなぁ~」

「怪しくないよ。ご、ごちそうさま。わたし、先に戻るね」



 部屋に戻ったユウキはマジックポーチから替えの下着と寝間着、入浴用具を取り出して大浴場に向かった。小さくてもそこはホテル。浴場が完備されていて、地下深くから湧き出た水を魔道具で沸かしているので、体がよく温まるとのことだった。

 脱衣場で服と下着を脱ぎ、浴室の洗い場で体と髪を時間をかけて丁寧に洗い、ザパッとお湯を被って泡を洗い流してから、ゆっくりと湯船に浸かった。


「なんか、トロッとした感じのお湯だね。とっても温かい。ホッとするな…」


(ミュラーか…。最悪な印象しかないけど、悪そうなヤツには見えなかった。わたしのこと好きだ、お嫁さんにしたいって言ってたっけ…。本気だったのかな? ううん、そんな訳ない。からかわれただけだよね…。それに、わたしはリシャール様からも求婚されたし…。ハッ! 知らぬ間にモテ期に入ってた!?)


 ユウキがお風呂に入りながらもじもじと体をよじらせていると、脱衣場との仕切戸がガラガラと開いて、姦しい3人組が入って来た。


「あら、いい感じのお風呂じゃない。では、早速…」


 浴室床をぴしゃぴしゃと水音を立てて走り出し、そのまま湯船に入ろうとしたラピスを2人のメイドが阻止する。


「あっ、ダメですよ駄目嬢様! ダブルメイド・ラリアット!!」

「グェッ!」


 アメリアとスズネによるラリアット攻撃が見事ラピスの喉元を捉え、ラピスは踏み潰されたカエルのような声を上げると、2人の腕を支持にぐるりと一回転して、ビシャンと音を立てて床に叩きつけられた。

 大股を開いて仰向けに倒れ、ダメージで沈黙したラピスの股間がユウキの目の前に御開帳され、秘密の花園が露になる。


(なんちゅーもの見せてくれんのよ…)


「痛いじゃないの! 何てことするんじゃお前ら!」

「チッ…。生きてた」

「駄目嬢様、お風呂に入るときは体と股を洗ってから入るのがマナーです。こんな事も分からないなんて…。ほんっとにバカですね」


 驚異的な回復力で復活したラピスが2人を怒鳴りつけるが、逆にマナー違反と怒られて洗い場に引きずられて行く。折角のゆったり気分を台無しにされたユウキはため息をつくと、浴槽から上がり、3人に「お先に」と声をかけた。


 浴槽から上がり、タオルで胸から下を隠しているユウキに気付いたアメリアとスズネがラピスを放り捨ててズイっと近づき、シュパーン!とタオルをはぎ取った。


「うわぁ!」

 ユウキの体を繁々と眺める2人。


「むむ…。何という悩ましくも美しい完熟ボディ。あなた17歳でしたよね。17にして完全に熟れきった女の体です」

「神様って不公平よねぇ~。羨ましいを通り越して妬ましい。呪ってやる!」


「熟れきったって…。嫌な言い方するじゃないの」

「あ、怒りました? ここは素直にごめんなさい」


「プークスクス。タモリアもアホネも、15歳のわたくしよりちっぱいだもんね。永遠のAカップって、悲しすぎる。アーッハッハ!」


 いつの間にか復活したラピスがユウキの隣に来て貧乳系メイドを見下してバカにする。


「私はアメリアです。この駄嬢、馬鹿なくせに乳だけ育ちやがって。86もありやがる」

「全くよねぇ~。わたしたちが手の届かない唯一の部分…。許さん! 削り落としてやる」


 アメリアはラピスを羽交い絞めにし、スズネはゴシゴシと力いっぱいタオルで胸を擦り始めた。ユウキは悲鳴と嬌声を上げるラピスを見て、再びため息をつくと浴場を後にした。



 部屋に戻ったユウキはベッドに腰かけ、髪の毛を梳かしていた。


「あ~あ、トンデモない人たちと一緒になっちゃったなあ。でも、あのラピスって子。言動がカロリーナに似ているような気がする。2人のメイドさんも憎めない感じで面白い。帝国に帰るって言ってたよね。折角だからわたしも帝国に行ってみよう。もしかしたらエヴァや親衛隊のみんなに会えるかも知れないし、スバルーバルは帝国の次に行くことにしようっと」


「ねえ、次の目的地はカルディア帝国でいいよね。エロモン」

「ん…、エロモン…? おーい、エロモーン」


「返事がない。ただの屍のようだ…って、違う! エロモンどうしたの?」


 ユウキが耳に手を当てると、いつも着けていた筈の黒真珠のイヤリングが無いことに気付き、サーっと顔から血の気が引くのを感じた。


「な…、ない。イヤリングがない! いけない! もしかして脱衣場に忘れてきた!?」


 ユウキはバタバタと部屋を飛び出し、大浴場に向かう。途中、お風呂から上がったラピスたちとすれ違い、声をかけられたが、それにも気付かないほど慌てていた。


「あっ、ユウ…。あれ、行っちゃった」


(マズイマズイ…アレを無くしたらどうしよう。盗まれたりしていないよね。もし、エロモンと別れ離れになったら…。イヤだ。そんなの絶対にイヤ!)


 大浴場の脱衣場に来たユウキは脱衣篭の中や床を探すが、イヤリングは見つからない。脱衣場にいた他の女性客に聞いても、誰も見ていないという。ユウキは床に這いつくばって隅々まで探すが、イヤリングは見つからなかった。


(どこ、どこに落としたの? うそ、見つからないよ。ヤダ、どこ行ったの!? エロモン返事して。お願い、返事して!)


 長い時間探し回ったが、結局イヤリングは見つからなかった。床に膝を着いたまま、ユウキは大粒の涙をポロポロと零し、嗚咽を漏らす。


「うっ…、うっうっ…。見つからない…。エロモンがいなくなっちゃった…。バカバカ、ユウキの大バカ…。いつも一緒にいるのが当たり前になって、油断してしまった…うう…」



「ユウキ、戻ってこないですわね。何か慌ててた様でしたし、少し心配ですわ。ヤメリア探してきてくださらない?」

「アメリアです。そうですね、わかりました。見てきます。あら…」


 アメリアが立ち上がってユウキを探しに行こうとした矢先、部屋の戸が開いて涙で顔をぐしょぐしょにしたユウキが戻って来た。


「ユ、ユウキ、どうしたの!」

「うっ…、うう~。た…大切な物を…無くしちゃった…。とっても大切なもの…なのに、無くしちゃいけないものなのに…。ふぇえええん」


「大切なもの…。女の子にとって大切なもの…。ま、まさか、処じ……あべしッ!」


 何かを言いかけたスズネの後頭部をラピスが思いっきり叩きつけた。


「アホか! 絶対に違うわ! このダメイド!」


 アメリアによしよしされているスズネを横目にラピスはユウキに向き直ると、黒真珠のイヤリングを差し出した。


「ユウキ、脱衣場にこれを忘れなかった?」


「あっ! こ、これ…。これだぁ! 探していたのこれなの! よ、よかったあ…ありがとう! ラピス、本当にありがとう。よかった…嬉しい。出て来なかったらどうしようと思った…ありがとう、ありがとう。うう…うわああああん!」



「本当に大切なものだったのね。見つけてよかったわ」

「うん、うん…。ありがとぉ~」


 黒真珠のイヤリングを握り締めて泣き続けるユウキをラピスはよしよしと頭を撫でてあげるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ゴメンね、みっともないとこ見せちゃって」

「いいのよ。それだけ大切しているって事だもんね」


「駄嬢様は存在そのものがみっともないので、ユウキさん程度は可愛いものです」

「そうそう。駄嬢様って生きている価値あるのかしらん」

「お前ら…。黙って聞いてりゃ滅茶苦茶言いやがって…、さすがのわたくしも怒髪天を衝くわよ!」


「あ、あははは…。もうその位にして寝ようよ。夜も遅くなったし…」


 ユウキの寝よう宣言を受け、アメリアとスズネが2つのベッドをくっつけ、ダブルベッドにした。


「さあ、ユウキさんどうぞ。ユウキさんが真ん中です。私とスズネが両脇で、ふかふかボディのユウキさんを抱き枕にしちゃいます。あ、駄嬢様は床にどうぞ、特別に毛布を敷いておきましたので」

「なんでや! 普通主人がベッドで使用人が床じゃないの!?」


「分かってませんね、このバカは。私たちは1日中バカのお世話で疲れているんです」

「駄嬢様はぁ、高級馬車に乗ったでしょう。だ・か・ら、ベットはわたしたちなんですぅ」


「ねえ、もう止めようよ…。わたしが床でいいよ」

「ダメ! ユウキちゃんは抱き枕!」

「えー」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 深夜、ラピスたちが寝静まった頃、抱き着いていたアメリアとスズネを引き剥がし、ベッドから抜け出したユウキは、机の上に置いたイヤリングにそっと触れた。すると、闇の中から1体のアンデッドが静かに現れた。


『ユウキ…。本当にドジっ子じゃのう。でも、別れ離れにならなくてよかったわい』


 ユウキはエドモンズ三世にそっと抱き着くと静かに涙を流した。エドモンズ三世はそれ以上何も言わず、優しくユウキを見つめるのだった。

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