第267話 ユウキvsアリアンロッド
街の住民も寝静まった深夜、高級住宅街の一角、闇の中を疾駆する2つの人影があった。
「はあ、はあ、はあ。もお、しつこい!」
走るユウキの足元にビシッと矢が突き刺さり、足を引っかけてバランスを崩してしまった。
「あうっ!」
何とか地面に手を着き、前のめりになった勢いを利用して体を前転させて立ち上がる。そのユウキの目の前にゆらりと黒のスーツにシルクハット姿の殺し屋が現れた。手には小型のクロスボウ。
「ククク…。闇の中に生き、闇に消える…。それが闇に生きる者の掟…」
「この国の賞金稼ぎって、痛い人しかいないの!?」
「ククク…。痛い人ではない。手配書の女よ、貴様に恨みはないが、その賞金首頂戴仕る!」
闇に生きる男はクロスボウをユウキに向けた。狙いは心臓だ。
(クロスボウの発射速度から逃げることは不可能。どうする…。そうだ!)
「死ねェエエエエ!」
「身体拘束っ!」
クロスボウから矢が発射される寸前、ユウキの暗黒魔法、身体拘束が闇に生きる男の体を捕らえ、硬直させる。
「ぐうっ! 体が動かん…。貴様、何をした…。ま、まさか、オレを動けなくして股間を弄ぼうって言うのか! や、やめろ! 来るなー、このエロおっぱい」
「なに妄想を全開にしてるのよ! んなことするか! お前はこうだ」
ユウキは、男からクロスボウを取り上げてマジックポーチにしまうと、服を脱がせてパンツ一丁にし、手足を動かして「シェー」のポーズにした。
「ぷくく…。そのまま朝まで立ってなさい。女の子をいじめた罰でーす。じゃあねー」
「お、おい! 行くな。助けてくれ。おーい、たーすーけーてー…」
ユウキは闇に生きる男を羞恥刑に処すと闇の中を走り出す。目指すはアリアンロッドの屋敷。間もなく目指す屋敷が見えて来た。想像以上に大きい屋敷に驚くが、ここまで来たら撤退の文字はない。ユウキは慎重に近づき、侵入口はないか周囲を偵察する。ちなみに、ユウキは目立たないよう、全身黒の衣装を身に着けているが、何故かバニーガールレオタードに黒の編上タイツ。黒のハイヒールという超絶エロ姿。頭には当然ウサ耳。
「だって、黒の衣装ってコレしかなかったんだもん。黒のブラウスとスカートはアルムダートの修繕店に置いて来ちゃったし…」
こそこそと屋敷の周囲を探索していると、裏口に小さな勝手口を見つけた。周囲に誰もいないことを確認して近づき、勝手口に手をかけると、小さな音を立てて開くではないか。
(ラッキー! 鍵が掛かってない。ここから侵入っと…)
抜き足差し足で屋敷の中に入る。
(あのババア。わたしにケンカを売った事、後悔させてやる。さて、どこにいるのかな…)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
屋敷の一室。アリアンロッドが寝間着を着てソファに腰かけている。既に一戦を済ませて来たのか顔は赤く上気し、全身から妖艶な色香を漂わせている。
しかし、当の女当主はイライラを隠せず、頻りにキセルを燻らせていた。
「あ~あ、ペットの男子たち、すっかり搾り取られてグッタリしてたじゃない。ヘロヘロになって帰って行ったわよぉ。相変わらずマスターの性欲は凄いわねぇ~」
配下の1人、マッチョマンのシルバーが隣室の戸を開けて入って来た。
「フン。あの程度で勃たなくなるとは、役に立たん奴らじゃ。もうあ奴らは要らん。ワシを満足させられる新たな男子を見つけて来るのじゃ」
「は~い。ホント、飽きるのが早いわねぇ~。マスター好みの男の子を探すのって、結構大変なのよぉ」
「それより、ユウキはどうなったのじゃ? まだ見つからんのか」
「まだみたいねぇ~。賞金稼ぎが何人も返り討ちになったって報告があるわぁ~」
「アベニールに入った事は確実って連絡があったから、この町にいることは間違いないけどね」
「ねー。うふふっ」
ゴールドとシルバーが顔を見合わせて可愛らしく言うが、スキンヘッドで筋肉隆々のマッチョマンがぶりっ子しても気持ち悪いだけ。それがアリアンロッドの苛立ちを一層加速させる。
「とにかくじゃ! 早くユウキの首を持って参れ!」
「は~い。でも、どっから探そうかしらね~」
「フン…。早くせいよ」
「探す必要はないよ…」
「誰じゃ!」
アリアンロッドとゴールド、シルバーが声のした方に目を向けると、入り口の扉がゆっくりと開き、ぼっきゅんぼんの黒バニーちゃん姿の姿をしたユウキが現れた。この場に似つかわしくない姿に全員が目を見張る。
「こんばんは。お・ば・さ・ん」
目一杯可愛くあいさつするが、目は笑っていない。
「オバさんとは失礼な物言いじゃな。それに、なんじゃその恰好は!?」
「バニーちゃんだけど。夜の闇に溶け込む黒色の衣装がコレしかなかったから仕方なかったの! アンタだって素っ裸の上にバスローブを羽織っただけじゃない!」
ユウキはズイと前に進み出て、アリアンロッドに向かって怒りを込めて話し始めた。
「オバさん。この手配書を取り下げて。前にも言ったけど、わたしは貴女の自由にはならない。わたしはこの大陸を自由に旅して冒険したいの」
「わたしを自由にしなさい。さもないと後悔するよ」
「断ると言ったら…?」
アリアンロッドがキセルをコンと鳴らすと、ゴールドとシルバーが女主人の両脇に立ち、腕組みをしてユウキを見下ろすが、ユウキは全く動じる気配がない。
「そう言えば知りたいって言ってたね。どうやってデーモンを倒したのか…」
ユウキはスッと黒真珠のイヤリングに触れる。すると黒い空間が出現し、その中から王冠を被り、豪華な王者の青で染められたチュニック、艶やかな模様が刺繍された緋色のマントを着け、大きな碧玉で装飾された王杖を持っている骸骨の姿をしたアンデッドがズズズィっと現れた。
『ク…、ククク…。ハァーハハハハハ! 恐怖せよ畏怖せよ! 我こそは偉大なるアンデッド。死霊王ワイトキング。名をエドモンズ三世と言う。フハハハハ!』
『驚きすぎて肝を冷やしたか、バカ者どもめ。儂はユウキと従属の契約を結んだ者。ユウキのためなら死をも恐れぬ…。あ、もう死んでたわ』
『ユウキの命により、我がグレーターデーモンどもを倒したのだ。恐れ入ったか。ワーハハハハハ…ゲフン、ゲホッ…。む、むせちゃった…』
「わ…、ワイトキングだと…。アンデッドを使役するだと。信じられん、アンデッドを使役する人間がこの世にいるとは…。お、お主何者だ…」
驚くアリアンロッドとマッチョマン2人を無視してユウキはゲイボルグを呼び出す。
「来て、ゲイボルグ! わたしに力を!」
空間を斬り裂いて巨大な漆黒の槍が現れ、ユウキの手に収まった。ユウキは頭上でゲイボルグを一回転させ、アリアンロッドの顔面に向けて構えた。
「この槍は「魔槍ゲイボルグ」。この世界で最強の槍よ。この槍は掠り傷を負わせただけで体の内部からも切り刻む魔の力を持っている。わたしはこの槍をもってアークデーモンを倒した。どう? 教えたんだからもういいでしょう。わたしの手配書を無効にしなさい」
アリアンロッドは最初驚いた目をしていたが、クックックと笑うと、キセルにタバコの葉を詰め、火を着けて肺の奥まで煙を吸い、フウーッと吐き出す。
「面白い…。面白いぞ! ユウキ、お前は最高じゃ。聞けば聞くほど欲しくなる。やはりワシのモノになれ! ワシの手足となって働くのじゃ。その力と転移魔法さえあれば何でもできる。国を乗っ取ることさえ可能だ。さすれば権力、金、色…。何でも手中に納めることが出来る。こんな国のギルドマスターで終わるのはワシには不本意なのじゃ。もっと大きな力を手に入れたい。お前と組めば出来る。どうだ! ワシと手を組め!」
「断ると言ったハズでしょ」
(このババア…。思考がマルムトと同じだ。他人をただの道具としか考えない女だ…)
「ワシと手を組んだ方が良いぞ…。断ればお前に待つのは死だけだ。世界中に手配書が回り、ずっと命が狙われることになる。ワシはな、自分のおもちゃを他人に使われるのは嫌いなのじゃ」
ユウキの目がスッと冷たく光る。黒バニーの格好と合わせ、異様な迫力があり、アリアンロッドが怯む。
「絶対嫌よ。どうせ利用価値がなくなれば、ゴミ屑のように処分するんでしょう。アンタは人を物としか考えてない下衆な女だよ」
ユウキの冷たい視線に自分のモノには絶対ならないと理解したアリアンロッドはパシンとキセルを手のひらに当てた。その音を聞いたゴールドとシルバーはズイと前に出て来る。
「オバさん、どうしてもわたしを自由にしないと?」
「ククク…、言ったはずじゃぞ。ワシはおもちゃを他人に取られるのが嫌いだとな。取られるくらいなら壊して消し去る。おお、そうじゃ、お前はいい体をしているなあ。こやつらに蹂躙されるのを眺めるのも悪くないのう。それから殺しても遅くないじゃろう。アハ…、アハハハハハ!」
『心底腐った女じゃな。やはり熟女はダメじゃ。欲望ばかり強くなる。女子は思春期真っ盛りに限るわい。巨乳の青い果実こそ最高じゃ』
「エロモンも欲望の塊だよ! もう、仕方ない…。この女に生半可な脅しは駄目だ」
ユウキは目を瞑って胸に手を当て、召喚魔法を唱えた。
「闇の世界に封じられし死の戦士たちよ! 今ここにその封印を解く。我、暗黒の魔女の求めに応じ、その力を行使せよ。出でよ、強化高位死霊兵!」
ユウキを中心として部屋の床に魔法陣が展開され、その中から骸骨大戦士と暗黒骸骨騎士が合わせて10体現れた。死霊兵たちはユウキを頂点とした三角形に整列してアリアンロッドたちに対峙する。
暗黒戦士の出現にアリアンロッド、ゴールド、シルバーが目を見開いて動きを止めた。そしてやっとのことで震える声で聞いてきた。
「あ…、暗黒の魔女…。お前、今、暗黒の魔女と言ったか…」
「スケルトンの死霊兵…、古の魔法…、黒い髪…。そうだ、報告書にあった通りだ…。ま、まさか…本当に、本当にお前が暗黒の魔女だと…。ロディニアで破壊と殺戮の限りを尽くした魔女…だと…。生きていたのか、暗黒の魔女…」
ユウキは一瞬悲し気な表情を浮かべたが、直ぐに表情を消し、冷たい眼差しをアリアンロッドに向けた。
「アリアンロッド。わたしが本気になればこの程度の都市を一撃で消し去ることが出来る。それだけの力がわたしにはある。貴女は元Sクラス冒険者だったと聞いた。でも、その程度でわたしに勝てるわけない。わたしは暗黒魔法の使い手。地獄の炎で塵すら残さずに消してあげるよ」
「どうする、アリアンロッド。全て貴女の返答次第だよ…」
「は、はったりだ…。はったりに決まってる」
精一杯虚勢を張るアイアンロッド。しかし、ユウキは小さく笑みを浮かべて言い放つ。
「魔女の力、その体で試して、みる?」
3人は顔を青ざめさせてピクリとも動かない。
『ユウキが手を下さずともよい。儂がこやつらをアンデッドにして永遠に使役してやるわ。女にはドエロい恰好をさせてやるかのう。ゾクゾクするわい。男は全裸フリチンじゃ』
「いや~ん。やだあ~ん」
ゴールドとシルバーが身をくねくねさせる。あまりの不気味さにユウキはドン引きだ。しかし、アリアンロッドは観念したように、ガクッと項垂れると、諦めたように言った。
「わ…わかった。言うことを聞く。お前に手を出すことは止める。手配書も撤回する。許してくれ…。二度とお前には関わらない…」
怯えたアリアンロッドは書棚から書類を取り出すと、手配書を解除する旨の公文書を作成し、サインしてユウキに手渡す。
「これをボールスに届けよ。さすれば全てあ奴が処理するはずじゃ」
「確かに…。最初からこうすればよかったのに…」
「お前がそんなバケモノとは思わなかったからじゃ!」
ユウキはピクリとこめかみに怒りマークを浮かべる。
「アリアンロッド。わたしは安住の地を見つけるために旅をしているの。魔女の烙印を捨て、1人の女として生きる。出来れば素敵な伴侶も…。それがわたしの願い。そういうことだから、貴女が言ったこと忘れないで」
『ユウキよ。お主の正体が知られた今、その程度では生ぬるい。こやつらには永遠にお主の正体を忘れてもらう必要があるのではないか』
「それが一番だけど、エロモン、出来るの?」
『まっかせい! うひひひ…』
エドモンズ三世の不気味な笑いに恐怖したアリアンロッドと2人のマッチョマンは震え上がった。




