第266話 Dead or Alive
内陸都市アルムダートからアベニールまで約40km。馬車だと1日で着く距離だが徒歩だと約2日の行程だ。主街道から少し離れた場所に、細く荒れた道が平行して走っている。その荒れた道を駆けているユウキの姿があった。
息を切らせて走るユウキの背後から何本ものナイフが飛んできた。ユウキはマジックポーチから鉄の槍を出すと、石突を地面のくぼみに当て、柄をしならせてその反動を使って高くジャンプし、ナイフを躱して着地する。
槍を構えたユウキの前に、ゆらりと姿を現したのは頬がこけた顔にモヒカンヘッド。裸の上半身に皮の胸当て、皮のズボンとブーツを履いた、薬でもやっていそうな男。両手の甲には長い3本爪の鎌を付け、カマキリのようなポーズで近づいて来る。
「クックック…。お前がユウキだな。死ね! キェエエエエエ!」
「賞金稼ぎね! どこの世紀末から来たのよ! たあっ!」
ユウキは頭を狙って槍を横に薙いだが、カマキリ男は片手の爪で受けると、もう片方の手をユウキ目掛けて振り下ろして来た。このままでは殺られる! ユウキは咄嗟に槍を顔の前で横にして振り下ろしの爪を受け止め、相手の脛を蹴り上げて後退させる。
「ククク…。少しはやるようだな。だが、抵抗もここまでだ。テメェの服を斬り裂いておっぱい丸出しにしてやる…」
「跳刀蟷螂斬首拳!」
カマキリ男が近くの木を目掛けてジャンプし、幹を蹴り上げて空高く跳躍した。放物線の頂点からユウキ目掛けて目を血走らせ、爪をクロスさせて真っ逆さまに突っ込んで来る。
「キェエエエエエ! テメェの乳首は何色だぁああああ!」
「キモ!」
ユウキはカマキリ男の落下コースを慎重に見定め、間合いに入る直前にバックステップで飛びのく。目標を捕らえたと確信し、爪を振り下ろしたカマキリ男は、ユウキが急に消えたように見え、狼狽えるがそれも一瞬。迫る地面にどうする事も出来ず「ドゴォオオン!」と轟音を立てて地面にめり込んだ。ユウキは気絶しているカマキリ男に近付いて木の枝でつんつんしてみる。
「うーん…。死んではいないけど、あちこちの骨が折れてる。再起不能だね」
「じゃあね、カマキリ男。わたしの乳首の色はひ・み・つだよ」
鉄の槍をマジックポーチに収容し、再びアベニールに向かって走り出すユウキ。しかし、お尋ね者となった彼女に安寧の時はない。30分ほど走って街道との合流点に出た。ここからはアベニールまで一本道だ。すっかり疲れたユウキが一休みできる場所はないかと見回すと、少し離れた場所に小高い丘があって、大きな木が生えている場所があった。転移魔法で移動すると木の下は丁度いい木陰になっていて、風の通り道になっているのかそよそよと気持ちいい風が吹いている。
「ふう、はあ…。手配書のせいで賞金稼ぎがわらわらと…。さっきので何人目よ」
『6人じゃ。モテモテじゃの』
「こんなモテ方嬉しくない…」
水分を補給して休憩していると、背筋がぞくりとして危険を察知する。慌ててその場から前転して立ち上がると、今までユウキが休んでいた場所に大きな分銅がドスッという音とともに突き刺さった。
「誰!」
「光あるところに影がある…。我が名はサイゾー。示現無心流鎖鎌術の使い手。貴様の命…、貰い受けるッ!」
「キェエエエエエィッ!」
「なんのっ!」
ユウキに向かって鎖分銅が飛んで来る。ユウキは鉄の槍を再び出すと、分銅をはじき返した。しかし、その一瞬の隙にサイゾーが接近し、首を狙って鎌を横に薙いで来た!
「ふぎゃあ!」
間一髪、屈んで鎌の一撃を躱すと目の前にサイゾーの足。ユウキはがっしとサイゾーの両足を抱きかかえるとラグビーのタックルのように全体重をかけて後ろに押し倒した。
思わぬ奇襲に対処も出来ず仰向けに倒れたサイゾー。丁度、頭の落下コースに人頭大の石が転がっていて後頭部に直撃する。
「ぐわあおおお! 頭が割れるように痛い!」
余りの痛さにのたうち回るサイゾー。思わず四つん這いになってユウキに向かって無防備に尻を晒す。ユウキはこのチャンスを逃さず、思いっきり肛門様目掛けて足をり上げた!
「必殺! アナル・デストロイ!」
「ぐうぉ…っ。菊は、菊は…美しく…散る…」
「強敵だった…。でも示現無心流鎖鎌術って、結局どんな技だったんだろう。でも、この世界にもあったんだね。鎖鎌」
「しかし、この国中の賞金稼ぎがわたしを狙っているみたいだね。何としてもあのババアをしばき倒して手配書を撤回させなければ…。体が持たないよ!」
『大勢の男たちに襲われ、体が持たない発言。エロ過ぎるんじゃない? ユウキさん』
「うっさい!」
ユウキは尻穴を押さえてピクピクしているサイゾーを置いて、急いでその場を去るのであった。
街道に沿って進むと畑や麦畑、放牧場が広がり、民家も点在するようになってきた。往来する人の姿や馬車も多くなっている。さすがに人気が多い場所では賞金首も狙ってこないだろうと安心したユウキだったが、その考えは甘かった。
「もうすぐ市街地に入る。雑踏に紛れて逃げ込めば…」
「ふふふ…。そう上手く行くかしら」
「また出た!」
周囲を歩いていた人たちの中からゴージャスなゴシックドレスを着て、美しい刺繍の入った日傘を差し、くるくるの縦ロール髪をした女が進み出て来た。近くを散歩していた子連れの女性や道端で草むしりをしていた男性など、大勢の通行人が不思議そうにこの騒動を見ている。
「ホーッホホホ! 私はブラッディマリー。さあ、貴女に血のダンスを踊ってもらうわよぉ。アーッハハハハ!」
「痛い女だった!」
「さあ、死になさい! 死んで私の婚活費用になるのよ。それぇっ!」
マリーが手に持っていた傘を放るとクルクルと回転しながらユウキに向かって来た。ユウキが傘のコースから外れるように横っ飛びに躱すと、傘は再びマリーの元に戻って行く。傘を手に取ったマリーが笑みを浮かべてパチンと指を鳴らした。するとユウキのブラウスが胸の辺りで横に斬り裂かれ、黒のセクシーブラに包まれたおっぱいが露になり、周囲のギャラリーから歓声が上がる。
「ひゃあああ! み、見るなあああ!」
「く…、妬ましいその巨乳、その谷間。お前は私たち貧乳の敵。死ぬべき女だ!」
目的が金から妬みに変わったマリーは再び傘を放って来た。ユウキはマジックポーチから鉄の槍を取り出し、えいやと思いっきり横に振って傘を弾き飛ばした。振った勢いでプルンとおっぱいが揺れて、ギャラリーの歓声が一層大きくなる。ちなみに傘は柄の中ほどで折れ、地面に落ちた。
傘を失ったマリーは「チッ」と舌打ちすると帯剣していたレイピアを抜いて向かって来た。ユウキは腰を落として高速の突きを繰り出す。
「うりゃああ! 烈風槍!」
マリーはレイピアを立てて防御しようとするが、烈風のごとく飛んで来る突きを躱すことが出来ず、ビシビシと音を立ててドレスが切り刻まれて行く。そして、突きを繰り出す度にプルプル揺れるおっぱいにギャラリーからたくさんの拍手が送られる。
「どうだ!」技を出し終えたユウキが頭上で槍を一回転させ、ビシッとマリーに向けて構えた。一方のマリーはドレスをバラバラに切り刻まれ、下着姿で呆然と立っていた。
「あらあら、見事な絶壁胸ですこと。おーほほほ。この勝負、バトルもおっぱいもわたしの勝ちね。もう関わって来ないでね、じゃあねぇ~」
「く、悔し~、巨乳が憎い~おっぱいが欲しい~。うう…、わぁーっ。うわああああん」
ぺたんと座り込んで大声で泣くマリーに、集まっていたギャラリーはよしよしと慰め、小さい男の子がそっと飴玉を渡してくれたのであった。
「美味しい…。お姉ちゃん、君のお嫁さんになりたい…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アベニールの市街地に入ったユウキ。人目の付かない物陰で斬り裂かれたブラウスは捨て、ワンピースに着替えていた。物陰から周囲を注意深く確認すると冒険者や兵士たちがうろうろしている。
「うう、きっとわたしを探しているんだろうな…」
隙を見つけて大通りに出た。夕方に近かったので買い物客が多く歩いていたので人混みに紛れて進み、何とか屋台で食べ物を買って、目立たないように路地裏を進んだ。少し行くと建物に囲まれた小さな資材置き場があったので、ここで休むことにして食事をしながらボールスに貰った地図を確認する。
「ババアの屋敷は高級住宅街か…。ここからは大分距離があるね。暗闇に紛れて進むしかないな…」
食事を終えて少し休む。恥ずかしかったが用足しは資材の陰に隠れて済ませた。空は夕暮れから日没となり、暗くなってきた。大通りの喧騒が少しずつ小さくなってくる。資材に腰かけてぼんやりと夜空を見ていると、シャキーン…。シャキーン…と金属質の音が聞こえて来た。
「な、なに…? この音…」
ユウキは鉄の槍を取り出して身構える。その間にもシャキーン…、シャキーン…という音が近づいてくる。ごくりとつばを飲み込んだユウキの視界に路地の角から音の正体が姿を現した。
それは目の部分だけが大きく丸くくり抜かれ。額の部分と頬の部分に小さな穴が多数開いた白いマスクを着け、皮のオーバーオールに、皮のズボンを穿いた姿。何より手に持っているのが巨大な鉄製のハサミ。先ほどから聞こえる音はハサミが開いたり閉じたりする音だった。
「ぎゃああああ! シザーマンだぁ! 怖い怖い、怖いよう!」
ユウキは大きな悲鳴を上げて資材の陰に隠れる。シザーマンはシャキーン…、シャキーン…と音を立てて近づいて来る。
「ヤダヤダヤダァ~。ふえええん、こんな賞金稼ぎは反則だよう。怖いよう。そうだ! 怪物にはエロモンを! エロモ~ン、お願いッ!」
ユウキは黒真珠のイヤリングに手を触れてエドモンズ三世を呼び出した。
『ようやく出番が来たか。ユウキよ、お主にも怖いものがあったんじゃのう』
「あ、あんなの誰が見ても怖いでしょうよぅ。エロモン、お願い。やっつけちゃって!」
『まあ、いいけどね…』
ユウキとエドモンズ三世が話をしている間にもシザーマンは不気味な音を鳴り響かせながら近づいて来ていて、巨大ハサミでエドモンズ三世の胴体をジャッキーンと両断した。
「わああ、エロモーン! カムバァーック!!」
シザーマンは分断されたエドモンズ三世を見向きもせず、ユウキを目標に定めると、再びシャキーン…、シャキーン…と音を立てて接近してくる。すっかリ涙目になったユウキが槍を抱えてガタガタ震えていると、マスクの奥の目が不気味に光った。それを見たユウキが再び悲鳴を上げる。
「キャアアアア!」
甲高い女の悲鳴を聞いたシザーマンは、満足そうに「グフフ…」と笑うと、ユウキの胴体目掛けてハサミを大きく開いた!
『そこまでじゃ』
シザーマンの背後に全身から青白い炎を揺らめかせ、死霊の王「ワイトキング」が立ち上がり、思いっきり王杖を横に振ってシザーマンを叩き飛ばした。
不意の攻撃に地面に転がったシザーマンは驚愕の眼差してエドモンズ三世を見る。
『馬鹿め…。儂は不死のアンデッド。その程度の物理攻撃なぞ、何ともないわい。さて、よくもユウキを怖がらせてくれたな。猛省するがよい! バイオ・クラッシュ!』
シザーマンに向けられた王杖の宝珠がピカッと光った。その光を浴びたシザーマンは内臓がもぞもぞと動き、崩壊していく気持ち悪さを感じると、腹を押さえて苦しみ出した。
「グ、グオオオオオ…オ…」
しばらく苦しんだ後、動きを止めたシザーマンを見てユウキが近づいて来る。
「し、死んだの…?」
『うんにゃ、気絶しただけじゃ。魔力を抑えたからの。こやつはこうしてやるのじゃ』
エドモンズ三世はシザーマンを素っ裸にして手足を縛ると、金の玉を挟むように巨大ハサミを置いた。ユウキは両手で顔を覆いながらもしっかり金の玉を見る。
『ワハハ、賞金稼ぎの末路じゃわい。目覚めた時のリアクションが見ものじゃのう』
「人が悪いね…。でも、シザーマンの顔、普通のおじさんでびっくり。頭禿げてるし」
『ククク…、笑えるのう。さて、そろそろ悪女退治に行くとするか』
「うん!」




