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第265話 逃亡者ユウキ

 冒険者ギルドから転移魔法を使って宿の部屋に戻ったユウキ。大急ぎで荷物をまとめ、魔法剣とともにマジックポーチに収容した後、1階に降りてフロントで清算を済ませ、宿を出た。そのまま、連絡馬車乗り場に向かうが、そこには既に冒険者と国軍兵士がいて、乗客を1人1人確認している。ユウキは物陰に隠れてその様子を伺うが、とても馬車に乗り込める状況ではない。          


「さて、どうしよう…」


 思案に暮れるユウキ。思わず物陰から身を出してしまって冒険者に見つかってしまった。


「いたぞ! あそこだ!」

「あっ、やばっ!」


 連絡馬車乗り場に背を向け、大通りに向かって逃げる。後方から冒険者と国軍兵士が追って来た。彼らに突き飛ばされた人々の悲鳴が上がる。


「くそっ、あいつら…。これでも喰らえ、身体拘束!」


 ユウキの放った暗黒魔法で先頭を走っていた冒険者の足が急に動かなくなり、盛大に転倒すると、後ろに続いていた冒険者たちが次々と足を引っかけて悲鳴を上げながら将棋倒しに転んでいく。


「あはは、ざまあ見ろ。わっ、ヤバい!」


 ユウキが喜んだのも束の間、今度は正面から冒険者、大通りの反対側から国軍兵士が迫って来きた。後ろに逃げようにも転倒した冒険者で大渋滞。しかし、天の助けかエリスの加護か、ユウキのすぐ脇に小さな路地があったので迷わず飛び込んだ。

 細い路地は側溝があって道幅が狭い上に曲がりくねっていて走りにくい。後ろを見ると冒険者たちが大勢追いかけて来る。ユウキは再び先頭を走る冒険者に身体拘束の魔法をかけて転ばすと、次々と折り重なって転び、路地の両壁に挟まって身動きできなくなって悲鳴を上げる。


 ユウキはくるっと冒険者たちの方を向いてアッカンベーをすると、路地の奥に向かって駆け出した。20分ほど走ると広い通りに出た。通りの向こうは白い壁が延々と続いている。周囲を見回すと追っ手の姿は見えず、とりあえずホッとする。


「はあ、はあ、はあ。ここ、アルムダート中・高等学園だ…」

 ユウキが壁の上側を見ていると、抜けて来た路地から複数人の走る足音が聞こえて来た。


「うわ! もう追って来た。仕方ない学園に逃げ込もう。えいっ!」


 転移魔法を発動させて学園の敷地内に逃げ込む。壁に耳をつけて様子を伺うと、バタバタと通りを走って行く音が聞こえ、やがて遠くに去って行った。

 大きく息を吐いて呼吸を整えると、改めて周囲を見る。どうやらここは、初めてプリムたちと出会った林の中の様だ。ユウキは大きな木の幹に寄りかかってため息をつく。


「あのババア、本気でわたしを捕まえに来たね。はあ、これからどうしようかな…。プリムたちに助けを求める…? ううん、ダメ。あの子たちを危険に晒すことになる」

『どうするのじゃ?』

「とりあえず暗くなるまで身を隠そう。その後は…。ギルドに戻ってみる。敵を知りたいから」

『うむ。良い考えじゃ。逃げ回るのも性に合わん』

「あのエロババア。ぎったんぎったんにしてやるんだから」


『エロ女同士のエロ勝負。組んず解れつの肉弾戦を展開するのじゃな。胸が高鳴るのう』

「違う。そんなんじゃない!」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「お腹すいたなあ…」


 学園の林の中に身を潜ませる事数時間。端から見れば完全に不審者だ。お日様は既に天頂を過ぎている。


「しかし…、行く先々で色々な事に巻き込まれるなあ。イザヴェルのグランドリューやサンエリルはよかったなあ。のんびりしてて」


 ユウキが考え事をしながら空腹に耐えていると、林の向こう、花壇の方から話し声がしてきた。ユウキは見つからないように葉の生い茂った低木の陰に身を潜ませる。



「プリム、見たか?」

「うん。一体どういうことなの?」

「分からないが、何かトラブルがあったんだ。でなきゃこんな手配書が出回る訳ない」


 林に近付いてきたのはプリムとアルムだった。ユウキは出ようか出まいか悩んだが、手配書の事が気になったし、空腹に耐えかねた事もあって、茂みから出て2人に声をかけた。


「や…、やあ」

「ユ、ユウキさん!」


 プリムが購買に食べ物を買いに行っている間、アルムが持っていた手配書を見せてもらった。


「うへえ、賞金首になっている。罪状は…、え、第1ダンジョンのコアを故意に操作して悪魔を呼び出し、人間に危害を加えようとしたこと。居合わせた冒険者2名を悪魔に命じて殺害したこと。ですって!?」

「それになに? わたしの確保は生死を問わず(Dead or Alive)ってなによ! くそ、あのババア。やってくれる!」


 ユウキが憤慨していると、プリムがパンと牛乳を買って持ってきてくれた。それを渡しながら心配そうに聞いて来る。


「ユウキさん。一体これはどういう事なんですか?」

「うん…。実は…」


 ユウキはパンを食べながら冒険者ギルに呼ばれた経緯を話し、自分の力を利用しようと考えたアリアンロッドという女から示された、配下になれという要求を断固として断ったため、強硬手段に出たのではないかと言うことを話して聞かせた。


「自分の自由にならないからって、こんなの酷いよ」

「それで、これからユウキさんはどうするんですか?」


「うん。このまま逃げようかと思ったけど、それじゃ世界中に手配書を回されて、追われ続けてしまう。だから、わたしはエロババアと対決しようと思ってる。こそこそ逃げ回るのは性に合わないしね」


(エロババアって…)

 プリムとアルムは顔を見合わせて、ユウキの口の悪さに苦笑いする


「ふう…。お腹いっぱいになった。ありがとねプリム、アルム。わたし、後行くから。貴方たちと出会って、冒険したこと忘れないよ。今までありがとね」

「ユウキさん…。また、またいつか会えますよね」

「うん。またいつか会おう! じゃあね!」


 ユウキは転移魔法を発動させ一瞬で2人の前から消えた。


「ユウキさん、行っちゃったね。あんな魔法も使えたんだね。やっぱり凄い人だ」

「ああ、僕たちはユウキさんのお陰で生き残れたし、試験も合格できた。あれだけ強い人なんだ。ユウキさんなら大丈夫さ。エドモンズさんも付いてる」

「うん!」


 プリムとアルムはじっと見つめ合い、唇を重ねてキスをすると手を繋いで校舎に向かって歩き出した。その2人を憎々しげに見る瞳が2つ…。


「あんのふたりぃ~。チ、チッスなぞしおってぇええ~。妬ましや~」


 木の幹を素手でバキィ!と音を立てて粉砕しながらラブラブな2人を覗き見していたのはユウキ。周囲が暗くなるまではこの林に隠れているつもりだったので、魔法を使って2人の前から消えたように見せ、実は少し離れた大木の陰に転移して隠れていたのであった。


『妬くな妬くな。お主にもいつか春は来る。たぶん』

「くそ~、悲しくなんてないんだから。もらったパン、全部食べちゃう」


 やけ食いして、お腹が一杯になり眠くなったユウキは、エドモンズ三世を呼び出すと見張りを頼んで木の幹に寄りかかってひと眠りするのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 アルムダート冒険者組合の支部長室でボールスが手配書を見つめてため息をついていた。時間はもう深夜になり、ギルド職員も全て帰宅して建物の中には1人だけだ。


「もうこんな時間か…。ユウキは無事に逃げ果せているだろうか」


 ユウキの身を案じるあまり、帰宅する気にもならず椅子に座って、ぼんやりと部屋の窓から灯りもほとんど消えた街並みを見ていると、キイ~と扉が開く音がした。音に気付いたボールズが振り向くと閉めていたはずの扉が少し開いていた。


「なんだ、風か?」


 扉を閉めようとボールズが立ち上がった時、1人の女の子が静かに入って来た。


「ユ、ユウキ…」

「こんばんは。ボールスさん」


 ボールスはユウキをソファに座らせると、自ら入れたお茶を出して対面に座った。ユウキはお茶を一口飲むとボールスの目の前にチラシを出して切り出した。


「ボールスさん、わたし、大勢の冒険者と兵士に追いかけられました。何とか切り抜けましたけど、理由はこれですね」


「………そうだ」


「なぜ手配書なの? 生死を問わずってどういうことですか?」


「全てマスターの欲のせいだ。あの女は欲しいものはすべて手に入れる。どのような手を使ってもな。しかし、それが自分の手に届かなかったときは処分する。ヤツは自分の欲しいものが他人の手に渡ることを物凄く嫌うんだ」


「だから、こんな手配書を…」

「そうだ。だが、生死を問わずとしているが、実質、首を取ってこいという事だ」

「あんのババア…」


「なあ、ユウキ。マスターには逆らうな。あの女はとんでもないぞ。自分の体を使って裏の勢力や軍部とも繋がっているし、自身も戦闘能力が高く、人間の癖に2系統の魔法を使える化け物だ。なんせ、この大陸に10人といないSクラス冒険者だからな。元がつくが」

「アークデーモンを倒したお前でも勝てるとは思えん。逃げても世界中にこの手配書を回されて詰むだけだ。ユウキ、お前の気持ちは分かるが、あの女と和解した方がいい」


「ボールスさん。わたしの事を心配してくれてありがとう。でも、わたしはこの大陸を旅して、自分がいるべき場所を探しているんです。この世界で幸せになってほしいという、わたしの大切な人との約束でもあるんです」

「だから、わたしはあのババア。アリアンロッドとか言ったエロババアと対決します。ボールスさん。ババアはどこにいるんですか? 教えて下さい」


「お前、ババア連呼するなよ…。自分が縛られるくらいなら戦うというのか? 負けたら死ぬか良くて奴隷落ちするかもしれないんだぞ」


「はい。わたしは、わたしの生きたいように生きると決めているんです」


「…そうかわかった。そこまで言うなら教えてやる。アリアンロッドは首都アべニールに戻った。これが屋敷の住所と地図だ。ユウキ、繰り返すがあの女は危険だ。十分に気をつけるんだぞ。オレはお前を応援しているからな」


「ありがとう。ボールスさん」

「待てユウキ」


 立ち上がり、部屋を辞そうとしたユウキをボールが呼び止め、ユウキはソファに座り直した。ボールスはテーブルに皮の小袋と銀貨2枚と大銅貨4枚を並べ置いた。


「これは…?」

「袋には金貨30枚が入っている。アークデーモンを討伐した報酬だ。銀貨と銅貨はほら「夢の追跡者」の依頼の達成報酬だよ」


 ユウキは銀貨と大銅貨を手に取って両手で握りしめる。そうしているとプリムたちとの冒険が思い出され、心が温かくなってくる。


(プリム、みんな…。君たちとの冒険は楽しかった。またきっと再会しようね。アルムダートで出会った大切なお友達…)


 ユウキは「夢の追跡者」からの達成報酬のみ受け取ると、ボールスにお礼を言って部屋を出た。


「やはり、受け取ってくれなかったか…」


「ユウキ、すまん。力になれなくて。あの女はこの国の悪意だ。俺たちにはどうすることもできないんだ。だから頼む、勝ってくれ。そして自分の生きる道を勝ち取るんだ。がんばれよ…」


 ボールスは、窓の外に広がる闇をいつまでも見ながらユウキの事を強く想うのであった。

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