第264話 ギルドマスター「アリアンロッド」
アークデーモン戦を終えて数日後、ユウキは宿のベッドでゴロゴロしていた。
(あの後、女の子の日が来てお腹痛いからずっと宿で休んじゃっているな…。しかし、イベント後に女の子の日が来るのって、すっかり定番化してるよ。何でかな?)
「ふう…。お腹の調子も大分良くなってきたかな…」
ユウキが布団の中で、マヤに縫ってもらった腹巻の上からお腹をさすっていると、部屋の戸をノックする音がしてプリムとソニアが入って来た。
「こんにちは。ユウキさん、お加減はどうですか?」
「プリム。うん、もう大丈夫だよ。それよりプリムやソニアはどうなの」
「ハーイ! あたしたちは全然大丈夫です。エドモンズさんのお陰で怪我もすぐ治してもらったし、ダンジョンでの戦い方にも自信がつきました。それに、試験も合格にしてもらったんですよ」
「イジメもなくなりましたし、素敵な彼も出来ました。今は学園が楽しいです」
「ダンテもね、プリムヴェールとすっかり仲良くなって、今では学園一のバカップルって呼ばれてるんだよ!」
「ああ…、そうですか、そうですか。そりゃあよござんしたね。あっしには関係のない事でござんすよーだ」
ユウキは毛布を被って拗ねてしまった。
「出た! 非モテ女の妬み節」
「あはは。それはそうとユウキさん。体調が戻ったら一度ギルドに顔を出してほしいそうですよ。何でも大切な話があるからって」
「ギルドに? 猛烈に嫌な予感がする。行かなきゃダメなのかな…」
「うーん。どうなんでしょう。ダンジョンは冒険者ギルドが国から管理委託を受けてますからね。異変と戦った当事者と話がしたいんじゃないのかな」
「私たちも大分長い時間話を聞かれましたしね」
「うん。でも、エドモンズさんの話は誰もしなかったよ」
「そう。エロモンの事、黙っててくれてありがとう」
これからデートがあるからと言って2人の恋する女の子は帰って行った。ユウキの心に一瞬嫉妬の炎が燃え上がったが、直ぐに鎮火させるとギルドの呼び出しについて考えてみる。絶対にアークデーモンやグレーターデーモンの件に違いない。ユウキとしては行かない事に越した事は無いが、きっと何らかのペナルティがあるだろう。最悪、追跡者に狙われる可能性もある。
「はあ、行っても面倒、行かなくても面倒かあ。やだなあ」
ユウキはベッドから出てそっと窓の外を覗いてみる。通りを挟んだ建物の陰にユウキの部屋を伺っている人物が見える。
「監視されているし…」
ユウキは窓のカーテンを閉め、部屋の戸の内鍵をかけてゲイボルグと魔法剣を出すと、手入れを始めた。鍛冶神クレニスから貰った磨き布で丁寧に刀身を磨き、柄を綺麗にする。時間をかけて丹念に手入れをし終えるとゲイボルグを手に持ってビシッと構えた。寝間着の上に腹巻をした変な格好であることも忘れ、当面の問題にどう対処するか考える。頭の中はそれで一杯だった。
「ゲイボルグ。頼りにしているよ。いざとなったら…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、ユウキは朝食をしっかり食べた後、身支度をする。お気に入りの白い生地に小さな花柄模様がたくさん刺繍されたワンピースと青い生地の膝丈までのスカート。鮮やか鮮やかな糸で織り込まれた織紐を腰の部分で結んで止め、耳にはいつもの黒真珠のイヤリング。腰紐に魔法剣とミスリルダガ―を帯剣した。ちなみに黒の衣装は宿近くの衣装店に修繕をお願いしていた。
「行くか。エロモン、サポート頼むよ」
『任せよ。しかし、お主、儂の名前完全に忘れただろう』
「もう、馬鹿にしないで。ちゃんとわかっているよ。えっと、イヨマンテ・サンダース!」
『全く違うわ! 誰じゃそ奴!』
受付のお姉さんに挨拶をして宿を出てギルドに向かう。通りを歩きながらさり気なく後方を伺うと少し距離を置いて冒険者らしい人物が何人か尾行しているのが確認できた。
「美少女にストーカーは付き物だけど、あんま嬉しくないね」
『まあ、無料のボディーガードと思えばよろしかろうて』
「そうだけどね…」
宿を出て30分ほど歩くとアルムダート冒険者ギルドに到着した。正面入り口を開けて中に入る。中は相変わらず大勢の冒険者で混雑していた。受付カウンターで自分の名を名乗り、ギルドに呼び出されたことを告げると中に通され、ソファに座って待つように言われた。しばし、出されたお茶を飲みながら待っていると、以前手続きを行ったスキンヘッドの男性が来てユウキの対面に座った。
「御足労をかけてすまんかったな。オレは冒険者ギルドアルムダート支部の支部長ボールスだ。体調を崩していたと聞いていたが、大丈夫なのか?」
「えっ! おじさんが支部長だったんですか。ええ、体調は大丈夫です。話って何ですか」
「うむ…。アークデーモンの件はかなりの大事になっていてな。実は2日前から首都の本部からマスターと国軍参謀長が来ているんだ。お前に会いたいってな」
「ええ~。嫌な予感が当たった。帰っていいですか?」
「無理だな。解っていると思うがお前の周囲は既に見張られている。逃げたらそれこそヤバい事態になるぞ。ここは素直に会っておいた方がいい。ただし気をつけろ。マスターはとんでもないクセ者だ。自分の意見はハッキリ言った方がいい。でないと無理難題を押し付けられるぞ。ありゃ女狐だ」
「うう…」
ボールスと話していると女性職員が面談の準備が出来たことを伝えて来た。ユウキはボールスの先導で3階の特別応接室に案内された。ボールスが扉をノックしユウキを案内してきたことを告げ、ユウキの後ろに下がる。不安になったユウキがボールスを見ると、フイと目を逸らした。
扉が内側から開けられ、中からユウキより頭二つは大きく、スキンヘッド、上半身裸、並のボディビルダーすら可愛く見える筋肉むっちむちでいかつい顔をした漢が2人、ユウキを見降ろして来た。その威圧感は凄まじくオーガですら逃げ出すレベルで、おしっこがちびりそうになる。
「ヒイッ!」
あまりの気色悪さに、ユウキの顔から血の気が一気に引く。
漢たちはグイとユウキに顔を近づける。体からもわーんと汗が湯気になって立ち昇り、独特の臭いを発している。ユウキは完全に涙目だ。しかし、真の恐怖はこれからだった。
漢たちは右手親指を軽く噛み、内股で体をくねらせ、ポッと頬を赤らめてお姉言葉で話しかけて来た。
「やっだー。いやーん。この娘がユウキちゃん!? 想像してたのと違うわぁ。超らぶりーじゃないのよぉー。かっわぃいいん。おほ、いいおっぱいしてるわねぇ。つんつん、きゃっ柔らかーい」
「きゃーん。ホントに可愛いわぁー。お人形さんみたい。持ち帰って剥製にして飾りたいくらい。やだ、冗談よぉ。うふふ、泣き顔もら・ぶ・り・ぃ。きゃあああーん。チューしてもいい?」
ユウキは涙目でぶんぶん首を振る。心の危険信号は既にレッドゾーンを振り切っている。流石のエドモンズ三世もフォローできない。ユウキにとって目の前にいる存在はアークデーモンより恐ろしい怪物だった。
「これ。いい加減にせんか! 可哀そうに泣いとるではないか」
部屋の奥から女性の声がして、2人の怪物は「はぁ~い」と返事をして下がった。ユウキは命の危機が去ったことに安堵し、ハンカチで涙を拭くと声の主を見てまた驚くのであった。その余りにもエロい姿に。
「もう帰りたいよう…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ユウキは特別応接室のソファに座る。対面には年の頃30代位の妖艶な女性が1人肘に頭をのせて寝そべっている。赤く長い髪と深い緑色の目。100cmはありそうな爆乳には乳頭のみ隠し後は紐のブラだけを着け、大きなヒップにはデルタゾーンのみ隠す極小紐パンを穿いただけで、物凄いフェロモンを発している。その姿は数多のエロい格好をして男たちを悩殺して来たユウキですら真似できないほどエロい。
「お初にお目にかかる。ワシはビフレスト国冒険者ギルドを束ねる者じゃ。名はアリアンロッド。後ろの2人はワシの護衛じゃ」
「うふふ、ゴールドよ」
「わたしはシルバー。よろしくね、子猫ちゃん」
「それとこっちに控えるのが…」
「ビフレスト軍参謀本部のビュドッグだ。よろしく」
「……ユウキです」
ギルドの女性職員がコーヒーを持ってきてユウキとアリアンロッド、ビュドッグの前に置く。コーヒーを一口飲むと、騒ついていた心が落ち着くのを感じた。
(しかしエロいなー。わたしは無理だ。清純派だもん)
『あんまり変わらんと思うがの。エロボディバーサーカー殿』
(うっさい!)
ユウキが念話で会話している間、アリアンロッドはジーっとユウキを見つめて来る。そしてキセルにタバコの葉を詰め、火を着けて煙を深く吸い込み、ふうーと吐くとニヤリと笑う。
「お主、不思議な波動を持っているな。普通の人とは違うような。くくく、面白い」
「それに、その耳飾り。怪しいのう。何か潜んでいるような…」
「……………」
『……こやつ』
「わたしに何か話があると聞いたんですけど」
ユウキが膝上に置いた魔法剣の鞘を握り締める。
「ふふふ、そう怖い顔をするではない。話と言うのはダンジョンの事じゃ」
「………(来たか)」
アリアンロッドはコンと音を立ててキセルの灰を灰皿に落とすと、もう一度葉を詰め火を着けて一服する。その余裕の仕草がユウキには不気味に映った。
「あの後、ギルドと軍の共同チームが第1ダンジョンを調査したんじゃが、何故コアが変調を来したのか理由は分からなんだ。ただ、お主の言った通り現在は正常に戻っとる。ただ、当面は立ち入り禁止にして監視することにした。まあ、ダンジョンについてはこれで落ち着くじゃろうが、問題は調査を行った際に発見されたものじゃ」
「グレーターデーモンの死体が7体発見された。アークデーモンと合わせて8体の悪魔が死体で発見された事になる。グレーターデーモン1体でも熟練冒険者パーティが複数なければ倒すことが出来ん。アークデーモンとなれば尚更じゃ。これは一体どういう事じゃ?」
アリアンロッドはジッとユウキを見つめて来る。次いでビュドッグが話を引き継いだ。
「死体を見分したが、グレーターデーモンのうち6体は刃物で斬られ、致命傷を受けた形跡があったが、1体は内部から内臓を破壊されていた」
『あ、それ、儂がやったヤツ』
「アークデーモンは胸部を正面から物理的にぶち抜かれていた。これは本当に君がやったのか? 軍の兵にも傭兵隊にもアークデーモンと1対1で戦って倒すという芸当が出来る者は片手で数える位しかいない。同時に複数のグレーターデーモンを相手にするとなるとゼロだ」
(どうするエロモン。できれば言いたくない。言ったら「暗黒の魔女」であることがバレるかも知れない。そうなったらわたし、この大陸にもいられなくなるよ…)
『そうじゃの…。かと言って儂の存在を公にすれば騒ぎになるし、この女は儂共々利用しようとしてユウキを手元に置こうと画策するじゃろう。こやつは腹黒そうじゃぞ』
(もし、それを断ったら…?)
『他国に利用されないよう、始末しにかかるじゃろうな』
(困ったな…。どう答えようか…)
「どうしたのじゃ? 現場の状況からお主が倒したとしか思えんのじゃが、本当に1人でアークデーモンやグレーターデーモンを倒したのか?」
「えっと、もう調べはついていると思いますけど、わたし、今年の大陸最強戦士決定戦のチャンピオンなんですよね。自慢じゃないですけど強いんです。ですのでアークデーモンごとき、やっつけちゃいましたって事で…」
「ほ~っほっほ! 面白い娘じゃのう。自分は強いと自分で言うか。くっくっく…。じゃが、我々の問いに対する理由にはならんぞ」
(やっぱダメか…)
「ユウキよ、正直に話せ。お主がどのような秘密を抱えようが、ワシが守ってやる。アークデーモンを倒したのが事実ならお主の実力は本物じゃ。直ぐにでもA級…、いやS級にしてやろう。どうじゃ、ワシの庇護下に入らんか? 悪いようにはせんぞ」
「いや~。わたしはこの大陸を旅したいんで、どこかに属するとか考えていないんです。アークデーモンとグレーターデーモンはわたしが討伐しました。ということで、もう帰してくれませんか」
「……お主も頑固じゃのう。どうやって倒したか理由を話せ。そして、ワシの庇護下に入ると考え直せ」
「アークデーモンとは戦って倒しました。わたしは自由に旅したいです。よって庇護下には入りません。帰して下さい」
「そうか…、仕方ないのう」
アリアンロッドはタバコの煙を深く吸い込み、目を細めてゆっくり吐き出すと、パチンと指を鳴らした。
応接室の扉が開いて武装した冒険者や兵士が室内に入ってきてユウキを取り囲む。ゴールドとシルバーもポキポキと指を鳴らしてソファの側まで歩いてきた。
「マスター! これはやり過ぎです! ユウキにはユウキの都合ってものがあるでしょう。人は誰でも話したくない理由ってものがあります! マスターだってそうでしょう! お止めください」
「黙れボールス! たかが支部長の癖にワシに意見するな! ユウキには何やら秘密がある。ワシはそれが知りたいのじゃ。ただの小娘がアークデーモンを倒せるわけないであろうが! ユウキよ、ワシに話せ。そしてワシの片腕となれ!」
「イヤです。もう帰ります」
ユウキは立ち上がって部屋から出ようとするが、アリアンロッド配下の冒険者たちが抜剣して立ち塞がった。ユウキは悠然とキセルを燻らすアリアンロッドを睨む。
(このクソババア。何としてもわたしを利用したいんだな…。絶対お断りだ)
『ユウキ、転移魔法を使え』
(うん、わかった)
「そこのエッチな格好をした痛いオバサン。わたしはアンタの自由にはならない。わたしには秘密なんてないよ。アークデーモンとグレーターデーモンは戦って倒した。これはホントの事。わたし強いって言ったでしょう」
「後ね、ソファのお尻がくっついていた部分、肛門臭くなっていると思うから綺麗に拭いておいた方がいいよ。じゃあねー」
「くっ…、小娘が! ワシをバカにしおってぇ。お前たち、その娘を捕まえろ!」
冒険者たちがユウキを捕まえようと手を伸ばした瞬間、ユウキの足元に小さな魔法陣が形成され、全員の前から姿が消え去った。アリアンロッドは目を吊り上げ、バン!とキセルをテーブルに叩きつける。
「あの小娘、何が秘密がないじゃ! ワシらの前から消え去ったのは失われた古の秘術「転移魔法」ではないのか! この世に転移魔法を使える者なぞおらん筈じゃ!」
「お前たち、ユウキを追え。必ず捕まえるのじゃ!」
アリアンロッドの命を受け、冒険者たちが一斉に部屋を出て行く。ビュドッグはその光景を見ながら軍の協力を申し出て来た。
「アリアンロッド殿。彼女の追跡は冒険者だけでは手に余るでしょう。我々も協力します」
「うむ。あの娘の力は底知れぬ。ヤツは軍にとっても役に立とう。なんとしても確保するのじゃ。それが叶わないときは…」
アリアンロッドとビュドッグは頷き合う。
「ボールス! ユウキ追跡に懸賞金をかけろ。金額は金貨100枚。条件は無し。生死を問わずじゃ!」
「ほ、本気ですかマスター…」
「当たり前じゃ! 国中のギルドに通達を出せ!」
(な、なんてこった…。何でこうなるんだ…。ユウキ、逃げろよ…)
ボールスはユウキの無事を祈らずにはいられなかった。