第259話 グレーターデーモン戦
エドモンズ三世の持つ王杖に装着されている宝珠がピカリと光り、グレーターデーモンの1体にまともに当たるが、それだけで何も起きない。
『なんだ? 何も起きないではないか。こけ脅ししやがって…、貴様の頭蓋骨を砕いてやるわ!』
グレーターデーモンが槍を振り上げてエドモンズ三世に迫るが、突然動きを止めて苦しみ始め、地面に膝を着き、次いで両手をついて四つん這いの状態になり、口から盛大に緑色の血を吐いた。
『がはあっ! 苦しい…、腹が…、内臓が破壊される…。き、貴様、何をした…。ゲホッ』
『儂のオリジナル魔法「バイオ・クラッシュ」じゃ。貴様の内臓の細胞活動を急速に停止させ、自己崩壊させたのじゃ。お前はもう死んでいる!』
『そ…、そんなバカな…。この俺が、グレーターデーモンのオレが、たかがアンデッドに負けるなんて…、何かの間違いだ…。がはぁ!』
バイオ・クラッシュを受けたグレーターデーモンは断末魔の声を上げ、ばたりと床に倒れるとそのまま動かなくなった。
『たかがアンデッドではない。死霊の王「ワイトキング」だっちゅうの』
『自称死霊の王、これを見ろ』
その声にエドモンズ三世が振り向くと、いつの間に移動したのか、プリムヴェールを抱いたダンテの背後にグレーターデーモンが立っていて、プリムヴェールの首筋に剣を当てている。目の前で光る剣にプリムヴェールが小さく悲鳴を上げ、ダンテにしがみ付いて声を出さずに泣き出す。小さく震える少女を守るため、ダンテは、プリムヴェールの頭をしっかりと抱いて自分の胸に押し付け、剣の切っ先を自分の肩に乗せた。
『くっくっく…、女を守るつもりか…無駄な事を。まあいい…。おい、死霊の王、お前のバイオ・クラッシュとやらを使ってみろ。オレだけでなくこの小僧も小娘も一緒に死ぬことになるがな…』
『さあ、誰から殺してやるか』
全員が固唾を飲んでグレーターデーモンとダンテたちを見つめる中、エドモンズ三世がさりげなくプリムの前に立って、デーモンの視界から隠す。そして、後ろに回した手でチョイチョイとしてプリムに側に来るよう手招きした。
プリムがそっとエドモンズ三世の背後に寄ると、マントの中に入るように手を動かす。半信半疑でマントの内側に入ると、エドモンズ三世の背にユウキが使っていた魔法剣があった。
『プリム。お主は剣が使えるだろう。よいか、儂がグレーターデーモンの気を引く。その隙にヤツの背後に回って、その剣でブスリとやるのじゃ。よいか、絶対に気づかれてはならんぞ』
「わ…、わかりました」
『うむ。では行くぞ』
エドモンズ三世はジロリとグレーターデーモンに視線を向けると、しばらくジーっと顔を見つめ、相手の視線を自分に集中させる。そして、急にある一点を指さして叫んだ!
『アーッ! あそこに素っ裸の女がいるゥ!』
その声にグレーターデーモンを始め、その場にいたもの全てが不意をつかれ、一斉にエドモンズ三世が指さした方向を見た。
『よし! 今じゃプリム! プリム…?』
見るとプリムも指さした方を見ていて「どこ、どこ」と裸の女を探している。エドモンズ三世はプリムの頭をぺシーンと叩いた。
『このバカチン! せっかくヤツの注意を逸らしたというに、お主まで気を引かれてどうする!』
「ふええ、ごめんなさ~い。だって、エロモンさんが急に言うからびっくりしちゃって…」
『ぬぬ、この骸骨野郎が…、よくも騙したな! 期待して探してしまったではないか! もう許さん!』
グレーターデーモンが剣を持った腕を振り上げて、ダンテとプリムヴェールを殺しにかかったが、剣を持ち上げた事により、2人との間に隙間が出来る。エドモンズ三世はその隙を逃さず、暗黒の槍を放った。
『ダークスピア!』
王杖の宝珠から放たれた暗黒の槍が高速でグレーターデーモンにまともに命中し、大きくはじけた。致命傷ではないが、大きなダメージを受けたデーモンは2人を離し、大きく後退する。それを見たエドモンズ三世は再度プリムに指示を出した。
『今じゃ! その剣で止めを刺せ! そこの男子ども。お主たちもプリムに続け! 男根を女子の体に突き立てるように突撃するのじゃ!』
「うおおおおお!」と雄叫びを上げて男子たちはプリムの後を追った。プリムは男子の興奮した表情に貞操の危機を覚え、ソニアとエレンは軽蔑度120%の視線をエドモンズに向ける。
『ぬふふ…。思春期美少女の侮蔑に満ちた視線は正に愉悦…。ゾクゾクするわい。そう言えば我妻エリザベートも、いつも儂にあんな視線を向けておったな。…もう1本撃っとくか』
エドモンズ三世は暗黒の槍を再び放ち、命中する度にグレーターデーモンはダメージに顔を顰め、たたらを踏む。しかし、何とか体勢を立て直すと接近してくるプリムと男子生徒に向かって強力な土系攻撃魔法を放った。
『ぐぬう…、おのれぇえええ! 死ね! ストーンバレット!』
「そうはいくか! アースウォール!」
プリムたちに石礫の嵐が襲いかかるが、アルムが土の壁を作り、プリムたちはその陰に隠れた。しかし、石礫が防壁に当たる度に壁が削られて行く。アルムが魔法を重ねがけして土壁を補強するが、石礫の勢いは強く、破壊されるのは時間の問題であった。
「くそ…、何とかならないか」
「アルムゥ…」
プリムが不安そうにアルムを見つめて来る。アルムはプリムの目を見て、ニコッと笑うと再び正面に向き直り、残りの魔力をすべて使って防壁魔法をさらに展開する。そして仲間たちに作戦を説明した。
「ここでこうしていてもジリ貧になる。右側からジョンとロイが飛び出してヤツの気を引いてくれ。ヤツの気が向いたらボクとプリムが左から出てヤツに攻撃を仕掛ける」
「了解だ」
アルムは離れた場所でダンテやソニアたちを守っているエドモンズ三世にも合図を送ると、攻撃開始の指示を出した。2人の男子生徒が飛び出したのを見てエドモンズ三世がダークスピアを連続で放った。
グレーターデーモンは魔法防壁でダークスピアを防御しながらジョンとロイに魔法で攻撃を仕掛けた。2人に気が向いたのを確認して反対側からプリムとアルムも防壁の陰から飛び出た!
『小癪な! アースランスッ!』
ジョンたちの足元から土の槍が何本も飛び出て来る。何とか躱す2人だったが、ロイの足に槍が突き刺さり、次いでジョンの足と腹に槍が突き刺さった。
「ぎゃあっ!」「ぐわっ!」
「きゃああああ! ジョン! ロイ!」
エレンの大きな悲鳴が響き渡り、グレーターデーモンが大声で笑う。その声を聞きながらプリムとアルムは走った。デーモンは2人に背を向けている。
「来い! プリム!」
「アルム、ゴメン!」
腰を曲げて馬乗りの馬の形をとったアルムの背に飛び乗ってさらにジャンプし、落下の勢いそのままに魔法剣をグレーターデーモンの背に突き刺した。魔法剣は頑丈な皮膚や筋肉をやすやすと斬り裂き、胸まで突き抜ける。
『グワアアオオオオオ!』
口から血を吐き、大きな叫びを上げたグレーターデーモンは、苦し紛れに体を揺すって、プリムを振り飛ばすと、力任せに腕を払ってプリムを殴りつけ、地面に叩きつけた。プリムは悲鳴を上げ、何度もバウンドして地面に横たわる。
「きゃうん! うぐ…、うう…」
「プリム!」
グレーターデーモンが憎しみを滾らせた目をしてプリムに迫る。アルムは「逃げろ!」と叫ぶがプリムは叩きつけられたショックで気を失っている。デーモンがプリムの脇に立ち、手に持った剣を振り被った。
アルムが逃げるように声をかけるがプリムは微動だにしない。グレーターデーモンが剣を力任せに振り下ろした! しかし、剣がプリムに届く寸前、王杖が刃を受け止めた。
『そこまでじゃ』
エドモンズ三世の王杖が剣を押さえ込み、もう一方の手で顔を掴んで動きを止める。
『グヌウウウウ!』
『アルムとやら、今じゃ。儂が抑えているうちに、背に刺さっている剣を持ってこやつを斬り裂け!』
「でもプリムが…」
『プリムちゃんは大丈夫じゃ。後で儂が治す。早くこやつを倒すのじゃ!』
「はいっ!」
エドモンズ三世の声に反応したアルムは、動きの止まったグレーターデーモンの背中に回り、突き刺さった剣を持って全体重をかけて下に向かって斬り裂いた。その瞬間、グレーターデーモンは断末魔の叫びを上げ、どさりと地面に倒れ落ちたのであった。
『よし、よくやったぞ。では、怪我をした者を治してやるとするかの』
エドモンズ三世はジョンとロイの倒れている場所に近付く。土の槍は術者が倒れたことで消えており、エレンとソニアが2人を介抱している所だった。
「うぐっ…、ぐすっ…。ジョンが…、ロイが死んじゃう…。死んじゃうよう」
エレンがボロボロと涙を流しながら、タオルで血止めをしてる。特にお腹に傷を受けたロイの状態が悪く、呼吸は浅く意識がない。一方のジョンも右足の太腿が完全に撃ち抜かれており、ソニアが治療薬をジャボジャボとかけているが、状態は思わしくない。顔は苦痛で歪んでいる。
『エレンちゃん、退きなさい。治癒魔法をかけるでの』
エドモンズ三世は、ロイの状態を確認して腹の部分から治癒魔法をかけた。傷は深く出血も多いが急所は外れ、内臓の欠損もないため、何とかなりそうであった。
傷口に魔力を流し込むと傷は塞がり始め、10分ほどでお腹の傷は完全に塞がった。次いで足の傷も治して全身に治癒の魔力を巡らせると呼吸も安定し、危険な状態から脱したのであった。
『次はこっちの小僧じゃ』
ジョンの傷を確認したエドモンズ三世は『うーむ』と唸ってしまう。それを見たソニアが不安そうな面持ちで尋ねる。
「エロモンさん。ジョンさんは大丈夫なんですよね…」
『うむ…、ちょっとコイツの傷は厄介じゃの。大腿骨が完全に粉砕されていて、再生は難しいかもしれん』
「どうして? 治癒魔法はどんな傷でも治すんじゃ…」
『いかに治癒魔法でも欠損した内臓や骨は無理なんじゃよ』
「え…っ。だ、ダメです。何とかしてください、何とか。お願いします! お願い…ふぇ、ふぇえええん」
ソニアがジョンに抱き着いて大泣きする。ジョンはソニアの頭を撫でて「仕方ないよ」と何とか笑顔を作って笑いかけるが、ソニアはいやいやをして泣き止まない。
『さて、どうするか…』
エドモンズ三世は周りを見回すとあることに気づいた。
『ふむ、デーモンどもはダンジョンに吸収されないのだな…。なにか原因があのか? しかしこれは好都合』
エドモンズ三世は一旦ジョンたちの元を離れ、アルムから魔法剣を受け取ると、斬り裂かれたグレーターデーモンの元に行き、足を斬り落として大腿骨を取り出した。
『これは使えそうじゃの』
再びジョンの元に来たエドモンズ三世は、ジョンの傷を確認し、骨の断面を綺麗にするため、ボロボロになった断面を斬り落とした。その痛みで呻き声を上げるが、エドモンズはお構いなしに、欠損部の長さに合わせて切ったグレーターデーモンの大腿骨をジョンの足の中に入れ、治癒魔法の応用である浄化の魔法で魔物の成分を完全に除去すると、治癒の魔力を流し込む。
ソニアとエレンが奇跡を信じて見守る中、徐々に骨同士がくっつき、筋肉や神経、血管が元通りに修復されて行く。30分ほど魔力を流していると、完全に傷は塞がり皮膚も元通りになった。
『立ち上がって歩いてみよ』
「は、はい…」
ジョンが恐る恐る立ち上がってみる。すると、足はしっかりと大地を踏みしめ、歩くにも支障がない。試しに軽く走って見ると、全然違和感なく走れるようになっていた。
「全然大丈夫です! ありがとうございます。エドモンズさん! わー! よかったー」
『お前さんだけじゃよ。儂を正しい名前で言ってくれるのは。まあ、思い付きで試してみたが、上手くいって良かったわい。次は子猫ちゃんか』
プリムも治癒魔法で回復させると直ぐに気が付いた。エドモンズ三世はプリムに魔法剣を渡し、全員を集めるとこのまま地上に向かい、ダンジョンの異変について管理事務所に説明するよう申し渡した。
『気をつけていくんじゃぞ。4階層のゴブリンは魔法剣とエレンちゃんの魔法があればなんとかなる』
「エロモンさんはどうするんですか?」
『儂はユウキのところに行く』
そう言うとエドモンズ三世は迷宮の奥に向かった。プリムたちはその背中を見送ると、一目散に地上目指して駆け出して行った。
「プリムヴェール、もう降りてくれないか」
「……いやです」
ダンテはやれやれと思いながら、何故か頬を赤らめるプリムヴェールを抱っこしながらプリムたちの後を地上目掛けて走るのであった。