第257話 ダンジョン試験④
「はあ、状況は大体わかりました。本当に助けてくれてありがとうございました。部屋に入ったら突然大きなゴブリンが襲ってきたらと思ったら、あっという間にやられちゃって」
「助かってよかったよ。もうこの部屋は安全だから、休憩しながら今後の方針を決めよう。エロモン、通路の見張りをお願い」
『見張りは良いが、いい加減正しい名前で呼んでもらえんか』
「えー、エロモンはエロモンだし」
『まったく…』
閉めた扉の側に立ち、エドモンズ三世は気配探知を発動して感覚見張りを開始した。ユウキたちはシートを敷いて車座に座り自己紹介を始めた。
「わたしはエレン。エレン・アークハイト。アルムダート学園中等部3年C組よ」
「オレはジョン、こっちはロイ。エレンと同じクラスだ」
「あたしはプリム。中等部3年B組よ。こっちはアルムにダンテ。あたしたち幼馴染なの」
「よろしく」
「どうも…」
「私はソニア、D組です。最近プリムさんたちに仲間に入れてもらいました。あの、アークハイトって、エレンさんはアークハイト男爵家の御令嬢ですか…?」
「ええ、そうだけど」
男爵家と聞いてプリムたちが微妙な表情になり、エレンたちは怪訝な顔をする。アルムはクラスの貴族たちにいじめを受けていて、貴族には良い感情を抱いていないことを話した。それを聞いてジョンとロイが笑い出した。
「ははは、それなら心配ないぜ。俺たちの家も貴族だが、一代限りの準男爵なんだ。貴族の中では下位の存在。伯爵や侯爵なんかから見れば平民と同じさ。だから毛嫌いしないでくれよ。何ていったって君たちはオレたちの命の恩人なんだからな」
「そうさ。しかし、プリムヴェールか…。C組でも噂になっているぜ。嫌味が服を着て歩いている女ってな」
「ところで、そちらの女の人は…」
エレンがユウキをちらと見て、プリムたちに訊ねる。
「わたし? わたしはプリムたちの依頼を受けてダンジョン試験に同行している美少女冒険者のユウキよ。あそこのアンデッドはもう知っているよね」
「自分で美少女って言う人初めて見た。でもほんとに美人ですね」
(むふー)とユウキは胸を張る。強調された豊かなバストに男子たちの視線が集中し、女子たちは男子に怒りの視線を向ける。
「このダンジョン、ゴブリンやコボルドが多くても5体程度の群れでしか出ないし、最下層のボスはホブゴブリンが1体と聞いていたけど、この4階層ではかなりの数のゴブリンが集団で襲ってきた。それに、この部屋にいたのはホブゴブリンで、しかも、明らかに戦い慣れた個体だった。この階だけ難易度が急に跳ね上がっている。何かおかしい」
ユウキが、難しい顔をして全員に聞こえるように話し、今後どうするか訊ね、一度戻った方が良いと提案するが…。
「わたしとしては、一旦学園に戻って報告し、先生たちの判断を待った方が良いと思うけど…。みんなの考えはどう?」
「ユウキさんの意見は最もだと思う。でも、あたし…、最後までやり遂げたい。我がままだと思うかもしれないけど、どうしてもやり遂げたいの」
プリムが少し考えた後、おずおずといった感じで答える。
「プリム。気持ちはわかるけど、このまま進むのは危険だよ。4階層でこれなら最下層では何が起こるか分かったもんじゃないよ」
「あたしプリムヴェールには負けたくないの」
「プリム、そんな理由でみんなを危険に晒す訳には…」
「あたしがプリムヴェールにいじめを受けているのは知ってますよね。クラスの全員は見て見ぬふりをしている中、アルムとダンテはあたしを庇ってくれる。そのせいで2人もクラスメイトから無視されるようになって…。あたしが「かまわないでいいよ」って言っても「俺たち幼馴染だろ」って言ってくれて、いつも側にいてくれるんです」
「あたしがバカにされるのはいい。でも、アルムとダンテがバカにされるのは我慢できない。だから、ダンジョン試験は3人でやり遂げたい。あ、ソニアも入れて4人でやり遂げたいんです。そして、親の権力とお金の力で何でもできると思っているプリムヴェールを見返したいんです!」
「プリム! 僕たちも気持ちは一緒だ。絶対に試験をやり遂げようぜ!」
「オレも頑張るぞ!」
「アルム、ダンテ…。うん!」
「あの…、私も仲間です。プリムさん、私も行きます」
「ありがとう、ソニア」
(友情…か。いい響きだ。決して壊したくないな。わたしのようにしてはいけない…)
「わかった。そういう事ならわたしも精一杯協力させてもらうよ。試験の完遂は依頼主との契約だしね」
「ありがとう。ユウキさん!」
「いい話だな~。ロイ、エレン、俺たちも一緒に行こうぜ。プリムたちとなら試験を完遂できそうだ」
「ええ、わたしもそう思ってた」
「オレもだ。ここまで来たんだ。やり遂げようぜ!」
7名の少年少女たちはお互いの手を重ね合わせ、頷き合って試験の完遂を誓い合うのだった。
再びダンジョンの探索と移動を始めた一行。今度は気配探知が出来るエドモンズ三世がいるので、前衛にダンテ、ジョン、ロイ。中衛にステラと風の攻撃魔法が使えるエレン。後衛にアルムとプリムという順で並んでいる。
『ふむ…。あちこちの通路でゴブリンと学生が戦っている様だ。ゴブリンの数が多いの…』
『む…、前方からゴブリンが来る。数は約20体じゃ』
「わかった! ソニア、エレン。先制して!」
接近してくるゴブリンの数は多かったが、仲間が増えたことにより、中衛からの先制で足止めをした後、前衛組が飛び込んで圧倒するという戦術が取れるようになった。怪我をした仲間はエドモンズ三世が治癒魔法で回復させ、適時、プリムを前衛にローテーションさせて疲労が蓄積しないようにしている。ユウキはパーティの指揮をアルムに任せ、マッピングをしながら現在位置を確認していく。
そのようにして、少しずつであるが階層の奥へ進むことが出来た。何度かの戦闘の後、ようやく最下層である5階層への入り口に到着した一行。
「この先まで進んだのは今の所プリムヴェールのパーティだけだね」
ユウキが怪我をした生徒がいたパーティに治療薬を渡しながら聞いたところによると、5階層まで進んだのはプリムヴェールたちだけで、その他のパーティは連戦に継ぐ連戦でどのパーティも疲労の極致にあり、途中の部屋の中で休んでいたり、一旦地上への撤退を図っていたりしているとのことだった。
「ユウキさん、みんな。行こう」
プリムの言葉に全員が頷く。
4階層から5階層に繋がる石造りの通路を抜けると、天然の洞窟のような場所に出た。洞窟は広く幅20m、高さも10mはある。所々に炎の魔力が込められた魔法石が配置してあり、洞窟内を明るく照らしていて足元の不安はない。
「ここは一本道なんだね。凄い景色だ…」
ユウキが周りを見て感想を言う。
「プリムヴェールさんたちはいませんね…。もうボス部屋に入ったのかな?」
「魔物が出てこない。何か不気味だな」
「静かすぎる…」
ソニアやアルム、ダンテが静かな様子に不安を隠せない様子で周りを見る。ユウキもエドモンズ三世も4階層の件があるので最大限の警戒をするが、今の所気配探知にかかる魔物はいない。静かすぎる洞窟を30分ほど歩くと、洞窟の先に巨大な扉が見えた。
一行が扉まであと20mといった所まで近づいた時、突然「バン!」と扉が開いて、プリムヴェールと一緒にいたメンバーたちが悲鳴を上げながら真っ青な顔をしてバラバラと飛び出て来た!
「うわああああああ!」
「た、助けてぇええ!」
「ど、どうしたのよ。何があったの? プリムヴェールは?」
プリムが逃げて来た1人を捕まえて聞くが、その男子生徒はガクガクと体を震わせて、
「あ、あ、あくま…、悪魔が…。うわわわ殺される! お前たちも逃げろぉ!」
と言うと、プリムの手を振り払って逃げて行った。
「何かあったんだ…。プリムヴェールはまだ中にいるかもしれない。エロモンは一緒に来て。みんなはここで待機!」
ユウキはプリムたちに指示を出すと、エドモンズ三世を連れて中に入って行った。プリムたちは、全員で顔を見合わせて意思を確認すると、ユウキの後を追って中に入って行った。
プリムヴェールはあまりの恐怖で体が硬直し、声も出せずにペタンと地面に座り込んでいた。お尻の下には失禁した尿が広がっている。また、目の前には無残に切り裂かれた冒険者の死体が2体転がっている。
「あ、あ…、あう…。た、助け…て。だ、誰か…」
冒険者を殺した魔物が不気味で恐ろしい笑みを浮かべながら、ゆっくりと近付いて来きた。プリムヴェールの顔は恐怖で引きつり、目からは大粒の涙が零れ落ちる。
『く、くくく…。そんなビビんなよォ…。ファッハハハハ!』
「プリムヴェール!」
その声にプリムヴェールが振り向くと、プリムたちと一緒にいた黒い衣装を纏った美女が、豪華な衣装を着たアンデッドを引き連れて部屋の中に飛び込んで来たのが見えた。その後ろにはプリムたちもいる。
『よう…、いらっしゃいませ。ハアッハハハハ! 歓迎するぜぇ!』
『ユウキ! マズイぞ。アイツは悪魔じゃ。それも上級悪魔「アークデーモン」じゃ!』