第255話 ダンジョン試験②
「うう、酷い目に遭った…」
アルムの魔法で塀を作ってもらって下着を穿き、予備のスカートに着替えたユウキはげんなりとしていた。ちなみに、ユウキが着替えている間、アルムとダンテはアソコを「もっこり」とさせてしまい、プリムとソニアから軽蔑の眼差しを受けていた。
「ま、まあユウキさん、元気出していきましょうよ。たまにはこういうお約束も必要です」
「うん…(わたしの場合「たまに」じゃないんだけどな…)」
一行は4階層の入り口を目指してマッピングをしながら進む。途中スライムと何度か遭遇したものの、集団で現れる事はなく、危なげなく3階層を抜けることが出来た。
4階層に続く門に到着した頃にはダンジョンの空が茜色になってきた。それに、1階層からここまで一気に進んだので疲労も蓄積している。
ユウキは当たりを見回すと湿地帯から少し離れた場所に、周りより少し高くなっている場所を見つけた。
「今日はここまでとしてあの場所でキャンプを張ろう。水辺から離れているからスライムに襲われる心配はないし、無理して進むよりしっかり休憩をとったほうがいいよ。期間もまだあることだしね」
「わかりましたー!」
ユウキの見つけた小高い場所に到着した一行はキャンプの準備をする。アルムの土魔法で平らに整地をし、少し離れた所に穴を掘り、土壁で三方を囲ってトイレも作った。
アルムとダンテがテントを張る作業の傍らで、プリムとソニアが火を起こして野菜と干し肉で簡単なスープを作り始めた。その間、ユウキは見通しの良い場所に立って見張りをしながら暮れて来た空を眺める。
(ちゃんと1日が再現されてる。どういう仕組みになってるんだろ…)
周囲がすっかり暗くなった頃、夕食の準備が出来たので、全員で竃を囲んで座り、プリムとソニアの作ったスープをいただいた。スープは塩だけで味付けした素朴な味ながら、丁度良い味で美味しく、ユウキは誰よりも早くお代わりしてみんなに笑われた。
「味付けはソニアちゃんがしたんだ。ソニアちゃん、料理が上手で可愛いし、いいお嫁さんになるよ」
プリムが褒めるとソニアは頬を染めて恥ずかしがる。それを見たユウキは(わたしに足りないのは、こういう恥じらいと女子力なのかも…)と思ってしまうのだった。
交代で見張りをしながら仮眠を取り、明けて翌日、朝食を摂って後片付けを済し、いよいよ4階層へ向かう。
3階層と4階層を繋ぐ門を抜けるとレンガ造りの入り組んだ通路に出た。通路は入り組んでいていくつも枝分かれしており、迷宮の様相を呈している。
「これは…、一筋縄では行けなさそうだね。本格的なダンジョンになっている。マッピングをしながら慎重に進もう。それと罠の存在も考慮しなければいけないし、魔物と咄嗟戦闘になる可能性もある。そうだね…、申し訳ないけどここはプリムとソニアに先頭になってもらうかな。亜人の優れた五感に期待する」
「わ、わかりました」
「がんばります…」
「うん、じゃあ先頭はプリムとソニア。中衛にダンテ。後衛はアルムとわたし。これで進もう。魔物に遭遇したらソニアが下がってダンテが前に出て。アルムは引き続きみんなに指示を出してね」
「はい!」
「よし、進み方は右、右と行こう」
「右?」
「そう。分岐に出たら右だけに進む。行き止まったら分岐まで戻って右に行く。そうして地図を作りながら進むんだ。時間はかかるけど確実だよ。部屋があったら入って確かめる。いい?」
「了解です。ユウキさんに従います」
「ありがとう。じゃあ進もう」
方針が決まった所でプリムとソニアを先頭に進み始める。門を潜って最初の分岐を右に曲がり、それを繰り返しながら進む。いくつかの分岐を進むと行き止まりに突き当たった。
「戻って、一番近い分岐を右に行こう」
ユウキの指示で一行は元来た道を戻り始めたが、急にソニアが立ち止まって耳をぴくぴくと動かし始めた。
「何か来ます。えっと、足音が複数…。裸足のようです」
「魔物だ。アルム!」
「はい! ソニアは下がって魔物が見えたら短弓で先制攻撃。ダンテは魔物の攻撃を受け止めてプリムが足止め。いつも通りに行こう!」
「了解!」「おっし!」「が、がんばります」
「来たよ!」
プリムが敵の姿を確認した。接近して来たのはゴブリンの群れ。数も10体以上いる。
「ソニア撃て!」
アルムの合図でソニアが短弓を1射、2射と放つ。狭い通路で密集しているため、矢は狙いたがわず先頭のゴブリンに命中し、倒すことに成功した。倒れたゴブリンに蹴躓いてゴブリン数体が将棋倒しに倒れた。ダンテは倒れたゴブリンに近付くとハルバードを叩きつけ、転んで動きの取れないゴブリンを次々と斬り裂いた。
ダンテがゴブリンにハルバードを叩きつけている間もソニアは短弓を打ち続け、後方のゴブリンにダメージを与えていく。プリムは矢傷によって動きの鈍ったゴブリンに素早く接近して、急所にショートソードを突き立てて倒していった。
10分ほどの戦闘でゴブリンを倒した一行は、魔石を拾って再び迷宮を歩き始めたが、直ぐにまたゴブリンに遭遇した。
(この群れも10体以上いる。おかしい…。このダンジョンは多くても5体までのはず…。それに、出会う頻度が早い)
プリムたちが戦う傍ら、ユウキは何か良くない不安を感じている。
この群れも撃退して進み始めるが、10分もしないうちに新たな群れに出会った。今度も10体以上いる。幸い狭い通路であったため各個撃破することができ、なんとか撃退した一行だったが、連戦で疲労が激しい。
「アルム、ユウキさん。戦い続きで疲れちゃったよ。休みたい」
プリムが泣き言を言い始めた。アルムが見るとダンテもソニアも疲れた顔をしている。
「ユウキさん、どうしますか」
「うん。わたしもみんなを休ませたいと思うけど、休める場所が…」
全員重い足取りで進むと三叉路に出た。プリムとソニアがビクッとして同時に耳を立てる。
「ふ、ふたつの通路から大勢の魔物の足音がする。マズイよ挟み撃ちにされちゃう」
「仕方ない、マッピングは中断して足音のしない通路を走ろう」
プリムが警告し、ユウキの指示で真ん中の通路を走る。後方からたくさんのゴブリンが追って来る足音がする。すると通路の壁に扉があるのが見えた。
「あそこに逃げ込もう!」
扉に手をかけると幸いなことに鍵はかかっていなかったため、急いで押し開けて中に入った一行が目にしたのは、魔物と戦っている中等部の男子生徒2名。床には女子生徒が倒れている。見ると大きな怪我を負っているようだ。
「ホブゴブリンだ、2体いる!」
ユウキは魔物がゴブリンの上位種であることを見抜く。
「マズイ…。プリム、アルム、みんなであの子たちを助けて」
「はい、でも後ろからゴブリンが…」
「ゴブリンはわたしが倒す! あの子たちが危ない。早く!」
「はいっ!」
プリムたちがホブゴブリンに向かったのを見て、ユウキは魔法剣を鞘から抜き放ち、通路に飛び出た。ゴブリンの大群が三叉路で合流し、30体以上の大群となっている。
「これは一気に片を付けるしかない! 超絶美少女の力を思い知れ! 真・暗黒焼殺黙示録!」
地獄の轟炎がゴブリンの群れを押し包み、あっという間に燃やし尽くす。燃え上がる炎を見ながら満足そうにユウキは笑みを浮かべる。
「ふふ…、思い知ったか。美少女の力を」
『何事かと思えば…。ただのダークフレイムではないか。今になって中二病か?』
「うっさい。ただ言ってみたかっただけなの! さあ、プリムたちを助けに行くよ!」
ユウキが中二病的発言でゴブリンを一気に叩いていた頃、部屋の中ではホブゴブリン相手にプリムたちが苦戦していた。ホブゴブリンはゴブリンの進化個体で、体は一回り大きく、筋肉質で力も強く、単体でも大きな脅威となる。2体は鎧こそ装備していないものの鉄の棍棒とバトルアックスをそれぞれ持って攻撃して来た。
「君たち、棍棒を持っているホブを頼む。僕たちは戦斧持ちと戦う。ソニア、君は彼らを支援して!」
「はいっ!」
先に中にいた2人の男子生徒の元に向かったソニアは、怪我をして横たわっている女子生徒の側まで行き、短弓を放って支援する。何本か放ったうち1本が腕に、1本が足に当たり、ホブゴブリンの動きが鈍った。
「助かった! ジョン、押し返すぞ!」
「おう!」
ジョンと呼ばれた男子生徒がハンドアックスをホブゴブリンに叩きつけ、もう1人の男子生徒がショートソードで斬りつけるが、上位種だけあって耐久力が高く、棍棒を振り回して攻撃してくるため、決め手が見いだせない。
ソニアは短弓を放ちながら、倒れている女子生徒の様子を見るが、肩と脇腹に酷い裂傷を負っていて血が止まらない。ソニアは背中に背負ったバッグからタオルを取り出し傷口に当て止血を試みるが、タオルはみるみる血に染まっていく。
「まずいよ、このままじゃこの子が…」
アルムはダンテとプリムに防御魔法をかけながら、なんとか突破口を見出そうとするが、ホブゴブリンの身体能力は高く、バトルアックスでダンテの攻撃を弾き飛ばし、返す勢いでプリムを近づけさせない。
「くそ…、このままじゃジリ貧になる。何とかしないと…」
「アルム、何か策はないの!」
アルムは焦るが何も打つ手は見当たらない。ホブゴブリンはニヤリと笑みを浮かべるとダンテに向かって力任せにバトルアックスを振り回してきた。ダンテは何とかハルバードの柄で受け止めるが、勢いで壁まで吹き飛ばされ、背中を強かに打って呻き声を上げる。そして、プリムに向かってバトルアックスを振り上げた!