第250話 学園都市アムルダート
「ここが学園都市アムルダートかあ。へー、学生さんがいっぱいだねえ」
『ユウキよ、何故首都ではなくここを選んだのじゃ?』
「うん、わたし結局ロディニア王国高等学園をキチンと卒業していないじゃない。だから、学園都市ってすっごく興味があって…、というのが理由かな」
『なるほど。あそこにいるような学生アベックを討伐するためかと思ったぞ…。おおう! 青い果実の思春期少女がいっぱいおるのう。ここはパラダイスか! 儂、ここに骨を埋めたい』
「アンタはわたしを何だと思ってんのよ。いいよ。いつでも埋めてあげる。ゲイボルグで真っ二つにしてやる…」
『冗談じゃって。そう怒るな』
「ふん、知らない!」
ユウキはアムルダート中心街から少し外れた通りの一角で「ヒマワリ亭」という小さな宿を見つけ、何となく名前が気に入ったのでそこに投宿することにした。中に入ってカウンターに近付き、ベルを鳴らすと50代位の品の良い女性が出て来た。
「あの、お部屋空いてますか? 1週間くらい泊まりたいんですけど…」
「ええ、空いてますよ。1泊朝食付で大銅貨8枚です。夕食はメニューに応じて別料金になりますがよろしいですか?」
「はい。お願いします」
「ただ、お風呂はないんです。お湯は提供できますが。通りを5分ほど行くと公衆浴場がありますよ」
「それなら大丈夫です」
「ではこの宿帳に記入をお願いします…。はい、結構です。部屋は2階の206です。ごゆっくりどうぞ」
前金で1週間分の銀貨5枚と大銅貨6枚を支払って2階に上がり、部屋に入ったユウキは窓を開けて外の景色を見る。もう夕方に近い時刻になっていることから、学校帰りの学生が大勢、楽しそうに話をしながら歩いている。制服姿の学生を見てユウキは懐かしく感じるとともに、ロディニアでの学園の事を思い出し、少し寂しい気持ちになった。
「夕飯食べたらお風呂に行こうっと」
夕食提供時間までまだ間があったのでベッドに寝ころび、宿備え付けの案内ガイドを開いてみた。
(ふーん、アムルダート市は人口15万。国や自治体・ギルド等の団体が運営する学校や大学が集まっていて、国中の中等学生以上はこの市で寮や下宿生活を送りながら学んでいる…か。だから学園都市なのね)
(その中でも国立アムルダート中・高等学園は生徒数3千人、文武両道の人材育成を目指す中核的教育機関である…。凄いね、こういう所で学んでみたい気もするけど、わたし、あんまり頭良くないからな…)
ガイドを読んでいるうちに夕飯の時間になったので1階の食堂に降り、空いている席に座ると、制服を着た女の子が水を運んできた。年の頃は14~15歳、猫耳と猫尻尾の笑顔が可愛い子だ。
「いらっしゃい! 何にします?」
「え、えと…、若鳥のステーキとサラダ、スープのセットを」
「は~い! 少しお待ちくださいね」
(アルバイトの子かな…)
『メイド服じゃないんじゃの』
(メイド服着たら可愛いだろうな~)
少し待って運ばれて来た料理を食べる。若鳥のステーキは香辛料がピリッと効いてて、とても美味しかった。食事を終えて少し休憩した後、黒真珠のイヤリングを外してマジックポーチに入れ、入浴用具を持って宿を出た。宿で教えてもらった共同浴場に来ると入浴料として銅貨5枚を払って脱衣場で服を脱いで浴室に入る。
洗い場で体と髪の毛を洗ってから湯船に浸かり、手足を伸ばすと、疲れが体の中から抜けていくようでとても気持ちいい。
(う~ん、ホッとするぅ。さて、明日はなにしようかな…)
ユウキが明日の予定を考えてると、少し離れた場所に入っていた学生と思わしき女の子数人がユウキを見てひそひそ話していたので、聞き耳を立ててみた。
「ねえねえ、あの女の人凄くない?」
「うん、美人よね~。それにスタイル抜群だ。モデルさんかな?」
「わたしもあのくらい胸が大きかったらな…」
(くっくっく…、もっともっと褒めるがよいぞ。超絶美少女のユウキ様にひれ伏すのだ)
すっかり天狗になったユウキ。しかし、その高揚した気分も替えの下着を忘れたことに気づくと一気に急降下するのであった。
翌日、朝食を食べて身支度を整えたユウキ。グランドリューで買ったお気に入りの服。白い生地に小さな花柄模様がたくさん刺繍されたワンピースと青い生地の膝丈までのスカート。鮮やかな糸で織り込まれた織紐を腰の部分で結んで止める。そして黒真珠のイヤリングをして可愛く決める。一応腰ひもの背中の部分にミスリルダガーを差し込んだ。
『今日はどうするのじゃ』
「えっとね、昨日街中に女性専用の理容店を見つけたから、まずそこに行く。その後、国立アムルダート中・高等学園を見て見たいな。どんなおっきい学校なんだろうね」
早速、大通りの商店街に向かうユウキ。昨日見かけた理容店に入ったユウキは女性店員に案内されて椅子に座ると髪を切ってもらう。最近は少し伸ばして肩下までのセミロングにしている。綺麗に襟足や髪を整えてもらって赤いリボンを使い、ポニーテールに結んでもらった自分を見ると、学生の頃の腰までのロングヘアより今くらいの方が良く似合うなあと思ってしまうのであった。
髪の毛がスッキリして気分が高揚したユウキはニコニコ笑顔で街を歩く。余りの美少女ぶりに街の男たちは誰もが振り向き、声を掛けたそうにするが、ユウキの美しさに気後れしてしまっていた。
アムルダートの中心街を抜け、市の西側に広がる学園区に来たユウキ。案内ガイドを頼りに国立アムルダート中・高等学園を探す。しばらくキョロキョロしていると、3m程の高い塀が長く続いているのに気づいた。
「もしかして、これかな?」
塀伝いに歩いて行くと中から学生の声と思える声が賑やかに聞こえて来る。
(楽しそうな声。ララやカロリーナたちとふざけ合ったこと思い出しちゃうな…)
20分ほど歩くと入り口らしき大きな門が見えて来た。ユウキはテテテと走って門の前まで行き、門の外から中を覗いてみる。門から真っ直ぐ通学路が伸びており、奥に大きな3階建ての建物が見える。門から建物まで100mはあるだろう。また、通学路の両脇にはよく手入れされた街路樹が並び、背後は色とりどりの花が咲いている庭園が広がっていた。
「わあ、学園とは思えないくらい綺麗だなあ」
「やあ、見学者かい?」
「え?」
ユウキが学園の景色に見とれていると、門脇の建物から声がかかった。見ると1人の警備兵が手招きしている。建物の前までユウキが歩いて行くと警備兵が再び聞いてきた。
「見学希望者かい?」
「えと、あの、見学できるんですか」
「ああ、結構、中を見たいって人がいるんだよ。教室とか研究室には入れないけど、それ以外の場所や敷地内は自由に見学できるよ。どうする?」
「じゃあ、見学させてください!」
「では、この用紙に記入して。それと、腰のモノは預からせてもらうよ」
ユウキは記入した用紙とミスリルダガーを警備兵に渡すと、紐が付いて首からかけるようになっている入館証を渡してくれた。
「じゃあ、授業の邪魔をしないようにね。見学時間は午後2時までだよ。食堂は来客スペースを使ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
美しい並木道となっている通学路を10分ほど歩くと校舎に到着した。中央の建物の両脇に大きく長大な学舎が建っている。
「で、でかい…。ロディニア王国高等学園よりはるかに大きい」
正面の大きな玄関の脇にあった来客入り口で、スリッパに履き替え、入り口脇の事務室で挨拶がてら見学者であることを告げると、学園の見取り図をくれた。
「中等部から見てみようかな…」
見取り図に従って南側の中等部の教室が並ぶ区域に向かう。今は授業の時間らしく、廊下を歩く生徒はおらず、ユウキのような見学者と思われる何人かが歩いている程度だ。廊下側の窓から教室を覗くと、可愛い制服を着た男女が熱心に教壇で説明している先生の話を聞いている。数えてみると、1クラス50人位いるようだ。
「1クラスの人数が結構多いね。今は数学の時間みたいだ。みんな真面目に聞いてる」
実験室で行っている理科の授業を見学したり、体育館で運動の授業を見たりしているとお昼近くになったので、案内図に従って食堂にやって来た。ランチセットの食券を買って料理を受け取り、食堂の端にある来客スペースに座って食事を始める。
(生徒のみんな楽しそうだったな…)
自分の過去と重ね合わせながら、食事を摂っていると、授業が終わったのか大勢の生徒がやってきて、友人同士グループを作り、楽しそうに話をしながら食事を始めた。その様子を眺めていると、友人たちと学園の食堂で楽しく時間を過ごしたロディニアでの思い出がよみがえり、視界が潤んで来る。
(おっと、いけない)
ユウキは急いで残りのランチを食べ終えると食堂を後にした。休み時間とあって大勢の生徒が廊下を歩いている。大概の男子生徒はユウキの姿を見て「誰だあの美人のお姉さん」とか「おっぱいでけー」とか話している。
(聞こえているよ、もう…。でもまあ、キミたちの気持ち分らんでもないかな。えへへ)
正面玄関で靴に履き替え、校舎外の周囲を回ってみることにした。しばらく歩くと花壇が整備されている場所に出た。そこはレンガで仕切られた区画ごとに様々な花が植えられていて色とりどりの花が咲き乱れていた。
「わあ、キレイだなあ」
花壇の前に屈んで花を愛でていると、突然男女の怒鳴り声が聞こえて来た。ビックリして立ち上がり、周囲を伺うとどうやら花壇の先にある林の中から聞こえて来る。一瞬どうしようかと思ったが、思い切って様子を見てみる事にした。
木々の陰から声のした方を見ると、亜人の女の子1人と人間の男子生徒2人を縦ロールの髪型をした気の強そうな女生徒と数人の男子と女子生徒が囲んでいる。
(あれ、あの子、ヒマワリ亭でバイトしていた子だ)
「あはははは! 笑わせないでよ。あなたたち平民の落ちこぼれがダンジョン試験に合格するわけないでしょ。目障りなのよね。さっさと退学したらどう?」
「そんなことない! 絶対合格して高等部に進級して見せる!」
「そもそもどうして、権威ある国立アムルダート中・高等学園に貴女のような獣人が入学しているのか。平民がのうのうと歩いているのか不思議でなりません。不愉快です」
「アンタバカなの!? この国の貴族制度は形式上のもの。数年前に身分制度は廃止されたのよ。人間が人間らしい生活をする上で、生まれながらにしてもっている権利が保障されることになった。この国に住まう者は全て平等に扱われるって授業で習ったでしょう」
「うふふ、そんな話こそ理想論であり、今でも貴族は平民より高い地位と権利が与えられている。貴女方とは違うのよ」
「違う! お前こそ間違っている。人間も獣人もない! それにプリムは亜人だ。そして俺たちの大切なクラスメイトだ!」
「ふん、これだから平民は…。仕方ないわね。痛い目に逢いたいのかしら」
縦ロールの女子生徒が手を上げると、取り巻きの男子生徒が前に出て来る。プリムと呼ばれた女の子側の2人はそれを見て怯んだ。
(あ、ヤバい雰囲気…。うう、面倒事には巻き込まれたくないけど、止めなきゃ)
「わーっ! ストーップ! 喧嘩はダメだよ、止めなさい!」
一触即発の雰囲気になったタイミングで、木陰から飛び出して来た女性に、その場にいた生徒たちは動きを止めて、一斉に女性を見た。
「誰ですの?」
「えっと、わたしは学園を見学していた者で、たまたまここに居合わせたの。話の流れから見るとあなたたち、クラスメイトでしょう。喧嘩なんかしちゃダメ。仲良くしなきゃだめだよ」
縦ロールの女生徒はジーっとユウキを見ると、フンと鼻を鳴らして「行きましょう」と取り巻きに声をかけて学園内戻って行った。その姿を見ていたユウキに、3人がお礼の言葉をかけてきた。