第247話 イザヴェル王国途中下車の旅(サンエリル前編)
「どうしてこうなったの…?」
ユウキは今、サンエリル市の民族衣装美人コンテストのステージに立っていた。パフスリーブのブラウスの上に、体にピッタリとした胴衣を腰の部分で絞りスカートの上にエプロンをつけた格好をしている。ブラウスの胸の部分は大きく開いて胸の谷間がくっきりと見えていて、可愛い感じなれどエロスもあって色っぽく、純情少女のユウキにはとても恥ずかしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして時は少し遡る。
「グランドリューを出発して3日。ここはサンエリルっていうイザヴェル王国東方の山間部にある都市だよ。人口は10万人だってさ。結構大きい町だね」
『儂が生きていた頃は、この辺りは農林業が盛んな地だったな。町はずれに大きな川が流れていたから水運も発達し、食料や木製品の出荷で裕福な町であった。今でもそうなのかも知れんな』
グランドリューに別れを告げて連絡馬車に乗ったユウキは、途中の小さな村はパスして東方地域最大の都市サンエリルに来ていた。
「何かお祭りがあるみたいだね。タイミングよかったかも。早速宿を確保して冒険者ギルドに行ってみようか」
『うむ。良きに計らうがよい』
「偉そうに…、エロモンのくせに」
『お主、儂の名前完全に忘れたじゃろう。このツンデレっ娘』
ユウキは観光案内所で紹介された宿(もちろん大浴場付き。1泊2食で銀貨1枚と大銅貨5枚)にチェックインすると、荷物を置いて冒険者ギルドに向かった。しばらく冒険者登録証を更新していなかったという理由だったが、直ぐにこの行動について後悔することになる。
「ここがギルドだね。結構大きな建物だなあ」
入口の戸を開けて中に入ると、中は広く、正面に受付カウンターがあってその隣にアイテム買取所と購買所がある。ギルドの奥は食事とお酒を提供する冒険者の休憩所と依頼票の掲示板が並んでいて、大勢の冒険者が掲示板を見ていた。
カウンターの列に並んで、自分の番になると登録証と手数料の銀貨を出し、更新をお願いした。
ギルドの女性職員が奥の機具で更新登録を済まし、登録証を返す際にユウキを見て「ハッ!」としたような顔をして登録証を持ったまま再び奥に引っ込んで、職員仲間と何やらこそこそと相談をし始めた。そして時折、ちらちらとユウキを見る。
(あ、あれ…、何だろう? 何かおかしなところあったかな? 猛烈にイヤな予感…)
ふと気が付くと上半身裸で筋肉モリモリマッチョマンの漢たちがユウキを取り囲んで、腕組みをしつつ悠然と見下ろしている。
「ひ…、ひいっ!」
完全にビビっているユウキに女性職員が近づいて来て、有無を言わさない様子で話しかけて来た。
「ユウキ・タカシナさん。貴女に話があります。こちらに来ていただきましょう」
「ひえ…、全力でお断りしたいです」
女性職員はサッと手を上げるとマッチョマン2人が進み出て、がっしりとユウキの両腕をホールドした。
「や、止めて! わたし何もしてない! 離して! うわああああん、わたし何もしてないよぉ! 黙秘権を行使するぅうう!」
『こりゃまたトラブルの予感じゃのう』
マッチョマンに引きずられて行くユウキの絶叫がギルド内に響き渡る。冒険者たちは憐れんだ目でユウキを見送るのであった。
「いやぁああああ!」
ユウキが連れて来られたのは、ギルド3階の一室。6畳位の広さで真ん中に机がひとつと対面式に椅子がふたつ。小さな窓から入る光が部屋の中を照らしている。
椅子に座らされたユウキが恐怖でえぐえぐ泣いていると、部屋の戸がバーンと開いて年の頃は40代半ばの目付きが鋭く瘦身の男性が1人とマッチョマン、事務職員の女性が数人入って来た。
ビビるユウキの目の前に男性が座り、その背後に女性職員がずらりと並び、ユウキの背後にはマッチョマンが控える。もう完全に逃げ道はない。
(ひい…、こ、怖い怖い…。わたし何かした? もしかして犯されちゃう? ヤダよぉ)
『落ち着け。儂がお主を守る。大船に乗ったつもりでいるがよい』
(エロモンじゃ泥船だよ!)
「ふむ…。この娘がそうか」
「はいギルド長。どうです? かなりの美人で胸も大きくスタイル抜群。しかも冒険者。中々の逸材ではないでしょうか」
ギルド長はユウキを鋭い目付きでじいっと睨む。ユウキはその視線に射すくめられ、完全に涙目だ。するとギルド長はにっかりと笑顔を作って話しかけて来た。その笑顔に益々恐怖を抱くユウキ。
「いや、驚かせて悪かったな。ユウキと呼ばせてもらっていいか?」
「え…、は、はい…」
「ふむ、ユウキ・タカシナ17歳。身長167cm、体重52kg、B94W58H85か。合格だ」
「げっ、わたしの個人情報…」
「この登録証に全て記録されている。冒険者に個人情報保護なんてないのだ。ウワハッハッハ!」
「あ、あの…、どうしてわたしをここに…」
「ふむ、それはな…」
ギルド長が言うには、サンエリルでは3日後に「新緑祭」という祭りが開かれ、その中でこの地方特有の民族衣装を着た女性の美しさを競う「美人コンテスト」が開催される。しかし、この美人コンテストが曲者で、個人応募は認められず、学校や企業、各種団体が推薦する女性のみ出場が可能。なぜなら、優勝すれば出場者にトロフィーと金貨10枚が与えられるほか、推薦した企業・団体には1年間の税が免除されるという大きな特典が付くという大会なのだ。このため、各企業・団体は選りすぐりの美少女を選抜して必死に優勝を狙いに来るのだという。
「そのコンテストにユウキ、お前を冒険者ギルド代表として推薦したい。受けてくれるな?」
「ひぇ、やっぱり碌でもない事だった! 全身全霊をもってお断りします!」
「別にわたしじゃなくても、事務員さんにも美人さんがいるじゃないですかぁ」
「実はな…、このコンテスト、衣装を着た見た目の美しさだけじゃなくて、肉体的な強さ、精神的な強靭さが求められるのだ。そうなると登録冒険者から選ばざるを得なくてな」
「冒険者の女は猿人みたいなゴツイ奴が多くて美しさに欠ける。このため、ギルド代表は10年連続最下位…。ここらで一発逆転を狙わないとギルドの評価が地に墜ちるのだ…」
「お願いしますユウキさん。このギルド「猿の惑星」とか「猿人動物園」なんて言われちゃって…。もう嫌なの、嫁入り前の私たちまで猿人呼ばわりされるのが。私たちを助けると思って引き受けて!」
当然、ユウキは受けたくない。ロディニア時代を含め、今まで散々恥ずかしい思いをしてきたのだ。マッサリアの大陸最強戦士決定戦の悪夢が呼び起こされる。逡巡するユウキを見てギルド長は切り札を出してきた。
「ユウキ、これを見ろ!」
ギルド長が出したのは、ユウキに対する指名依頼票とコンテストの参加申込書。しかもどちらも受付済になっている。
「ひ、酷い…。本人の承諾なしに勝手にこんなことしてぇ! 断ったらわたしが悪者になっちゃうよ! うわああああん。ギルドなんかに来るんじゃなかったぁ!」
『ご愁傷様じゃのう…』
「みんな! ユウキが受けてくれたぞ! これからサンエリル冒険者ギルドは全力でユウキを支援し、優勝を目指すぞ!」
「おおーーー!」
「ヒャッハー!」
「ユウキちゃん万歳!」
机に突っ伏して大泣きするユウキを前に、サンエリル冒険者ギルド職員のボルテージは最高潮。コンテストに向け、心が一つになった歴史的瞬間だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして時は戻る。
ステージの上には10代半ばから20代前半の選りすぐりの女性たち30人が肉食獣のような目をして並んでいる。誰もがライバルを蹴落とすため、虎視眈々と周囲を伺っている。ステージの周辺には大勢の市民や観光客が集まって声援を送り、応援団と思わしき集団が気勢を上げている。たくさんの屋台も出ていて大盛り上がりだ。その中でユウキは1人呆然としていた。
「もう帰りたい…」
『定めじゃな』
ステージ上で1人呆然としているユウキを余所眼にサンエリル最大のイベントが始まった。
「レディース&ジェントルメン! 只今よりサンエリル「新緑祭」恒例の民族衣装美少女コンテストが始まります! 司会は私、サンエリル商工会の美人広報課員のレイラでーす。よっろしくーぅ。いっえーい!」
(なに…、このノリ…。早くもついて行けない)
「さあ、今年の参加者はいずれ劣らぬ美人ぞろい。誰が優勝するか分かりません! また、10年連続最下位記録更新中の冒険者ギルドが記録を更新するかという所も興味があります! さあ、参加者の商会でーす。あ、間違えました紹介でーす!」
順番に1人1人紹介され、可愛らしく自分のアピールポイントを話していく。その度に集まった観客や応援団から大きな声援が飛んで来る。さすが選ばれし美女、美少女たち。顔が良ければスタイルも抜群だ。それだけでユウキは気後れしてしまう。
(くう…、意外とレベルが高い。罠にはまったとはいえ、わたしはギルド代表。恥ずかしい戦をしたらギルドの皆に申し訳ない。いつまでも呆然としていられないよ。気合を入れろユウキ! ここまで来たら優勝目指して頑張るぞ! そう、わたしはこの世で誰よりも強く、そして美しい…)
『どっかで聞いたようなセリフじゃの。よし、儂もワイト・サーチでサポートするぞ』
(やめんか!)
「さて、最後は冒険者ギルド代表のユウキさんでーす! えっ…、ウソ…。猿人じゃ無い」
(誰が猿人じゃ!)
最後の登場となったユウキは、ゆっくりと優雅にステージの前に立つ。サラサラで風にふわりとなびき、天使の輪が美しく輝く黒髪。女神エリスとも見紛うほどの美貌。豊かで形の良い胸。細く締まった腰に形の良いお尻の線が民族衣装にピッタリ合って、とてもよく似合っている。首元に着けた親愛のチョーカーがアクセントになってとても可愛い。
「うおおおおお! ユ・ウ・キ! ユ・ウ・キ!」
「きゃああああ! 可愛いいー!」
ステージ下に陣取っているギルド長と事務員のお姉さん方に混じって、マッチョマンや暇な冒険者が大勢集まり、ユウキに声援を送って来る。一方で他の観客や応援団からは「大猿じゃない。人間だ…」「マジかよ…。筋肉女じゃねえぞ…」といった驚きの声が聞こえて来る。
(去年の出場者は一体どんなだったのよ…)
『興味あるのぉ。おっと、ホレ、自己PRじゃ』
「えっと、冒険者ギルド代表のユウキよ。この通りスタイル抜群の美少女でーす。趣味はお腹いっぱい美味しいものを食べる事。好きな男性のタイプは真摯でわたしのことを理解してくれる人かな。巨乳狙いの男は大っ嫌い。優勝目指して頑張るわ。よろしくねっ!」
最後に帝国兵士を悶絶させたポーズで決める。両腕で胸を下から支え、観客に向かって少し前傾姿勢になり、胸の谷間を強調して見せつけ、投げキッスとウィンクをした。その瞬間、ステージ周辺から大きな声援が上がる。主に男性陣からだけだが…。
「いやー、冒険者ギルド推薦のユウキさん。凄まじい美少女ぶりでしたねぇ。今年の大会は大いに盛り上がりそうです。では30分休憩の後、次のラウンドが始まります。5分前にはステージに集まって下さいねー」
レイラのアナウンスで、出場者の女性たちは三々五々応援団の元に散って行った。
「はあ…、恥ずかしかった…」
ステージを降りて冒険者ギルドの応援団の元に戻って来たユウキ。ギルド長を始め全員が笑顔でユウキを迎えてくれた。
「いける! いけるぞユウキ! 凄まじい美少女ぶりだったぞ。今年は優勝も夢じゃない」
ギルド長が大興奮している。女性事務員はユウキのメイクをササっと直し、マッチョマンはサムズアップし、男性冒険者は胸の谷間を覗き込んでくる。しかし、ユウキは恐怖に怖気づいていた。何故なら周囲の各応援団の元にいるコンテスト参加者が鋭い目付きでユウキを睨みつけていたから。
(こ、怖い…。女の妬みの視線が怖い。逃げ出したい…)
『あ、あれはエリザベートが儂に向けていた目付きと同じ…。汚物を見るような…』
ユウキが他の出場者の視線で震えていると、コンテスト第2ラウンドの知らせがあり、再びステージに上がった。ステージの上には直径3mほどの円が書かれている。
「はーい、皆さんお揃いですかあ。それではコンテスト第2ラウンド「尻相撲」を行いまーす! 尻相撲は1対1で戦ってもらい、勝者が第3ラウンドに進むことが出来まーす。毎年、本気になり過ぎて…、おっとこれ以上は言えません!」
「ルールは簡単、民族衣装のスカートを捲ってお尻を出し、激しくぶつけ合って相手をサークルの外に出した方が勝ちでーす。参加者の皆さん頑張ってくださいね!」
(ちょっとぉ、聞いてないよ! 何よ尻相撲って…。公衆の面前で尻を出すって…、恥ずかしすぎるよ。精神的な強靭さってこのこと? え、ヤバい、今日のパンツ紐パンだ。しかも布面積少ないヤツ。ユウキ、一生の不覚ッ!)
『お主、一生の不覚が多いのう』
「尻相撲スタートッ!」
司会のレイラが試合開始を高らかに宣言し、ここに女たちの熱い勝負が始まった。