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第246話 イザヴェル王国途中下車の旅(ソラリス湖~グランドリュー)

「ん…、んが…」

 馬車がガクンと大きく揺れ、そのショックで居眠りしていたユウキが目を覚ました。


「ふあ~あ、良く寝た…。ところでここはどこら辺だろう?」

「良く眠っていたようだな嬢ちゃん。もうすぐソラリス湖畔の町グランドリューだよ」


 同じ連絡馬車に乗り合わせた商人と思われる優しそうなおじさんが教えてくれた。車内には他に十数人が乗り合わせていて、外の景色を眺めたり、居眠りしたりしている。


「ありがとう。おじさん」


 ウールブルーン市の連絡馬車乗り場で目に付いた馬車に飛び乗って2日。居眠りする前は山の中の道だったのに、馬車の窓から見える風景は森の中に囲まれた大きな湖。湖面が太陽の光でキラキラ光っている。


(わああ…、何て美しい風景なの…。よし、ここで下車しよう)


 湖畔の町グランドリューから少し外れた街道沿いにある停車場で、御者に乗車賃として銀貨2枚を支払って降りたユウキは「う~ん」と背伸びをした。馬車は何人かの乗客を新たに乗せると、直ぐに目的地の町に向け出発して行った。

 停車場からグランドリューまでまだ少し距離があるようで、湖に沿って広めの道が続いている。ユウキはララの形見のリュックを肩に掛けると町に向かって歩き出した。

 森の緑と湖の青さのコントラストの美しさ。湖面を渡る風の気持ちよさ。ユウキはすっかりこの風景が気に入ってしまった。


 30分ほど歩いただろうか、緩い坂道を登り切ると下り坂となり、その1kmほど先に小さな街並みが見えた。


「うわ、可愛い街並みだねぇ。この風景、何か懐かしい感じがする。心の原風景ってやつかな…」


 街道は街の手前まで来ると土から石畳となって歩きやすくなった。街中に入ると街道沿いに家々が立ち並び、食料品や衣料品等の生活用品を販売する商店や露店が並ぶ小さな商店街もあった。


「んと…、宿屋さんはないかな…。誰かに聞いてみよう」


 商店街を歩いていたおばさんに宿屋はどこか尋ねると、町はずれに1軒の温泉宿があることを教えてくれた。おばさんが言うには、この町は風景は美しいものの、観光地として整備されていないため、観光客は少なく商売目的の業者くらいしか来ないので、部屋は空いているだろうとのことだった。


 宿に到着したユウキは受付を済まし、部屋に荷物を置くと早速温泉に入ることにした。1階の大浴場に入り、脱衣場で豪快に服と下着を脱いで浴室に入る。浴槽は10人ほどが入れるほどの広さで3人ほど先客がいた。ユウキは洗い場で体と髪を時間をかけて丁寧に洗ってから温泉に浸かる。お湯は透明な単純泉で温度も丁度良く、体の芯から温まって、馬車の硬い椅子で固まった体のコリがほぐれていくようだ。


「ふあ…ああ…。気持ちいい…。何て温かいの…」


 温泉にゆっくり浸かって自分の体をしげしげと眺めていると、少し離れた所で湯船に浸かっているおばさんたちの会話が聞こえて来た。


(地元の人かな…)


 話の内容は町の噂話や子供の事、姑の悪口など他愛もないものばかりであったが、意外と面白くてクスクス笑ってしまい、気づくとおばさんたちが怪訝そうな顔を向けていたので、慌てて顔を背け、知らんぷりをして浴槽から上がるのであった。



 翌日、遅めの朝食を終えたユウキは身支度を整え、宿の厨房に頼んでいた昼食のお弁当を受け取ると、湖畔を巡る遊歩道の散策に出た。季節は初夏に向かい始めた頃で、木々の間に流れるそよ風が気持ちよく、湖畔に広がる新緑が美しい。あまりの清々しさにユウキは思いっきり背伸びをした。


「う~ん、静かで美しくていい町…。サヴォアコロネ村とは違った良さがあるねぇ。湖の風景って素敵だなあ」

『恋人がいればもっと良かっただろうの』

「やかましい!」


 しばらく歩いていると、一旦湖から離れ、林の中を進む道となり、川のせせらぎが聞こえて来た。音の方に向かうと、幅2~3m程の小川が流れている。近づいて覗いてみると20~30cm程の大きさの魚が泳いでいるのが見えた。


「魚がいる。美味しいのかな…」

『お主はロマンのかけらもないのう』

「ふんだ!」


 川には小さな橋が架かって対岸に渡れるが、川に沿って湖に向かう道もあったので、ユウキは湖の方に向かってみた。20分ほど小川に沿って歩くと林が開けて雄大な湖が姿を現した。川が湖に注いでいる場所の周辺は砂浜になっていて、小さな波が打ち寄せている。


「へえ、こんな場所があるんだ。穴場的スポットだね。とってもキレイ…」

『恋人と並んで歩いたら絵になりそうじゃの』

「ぐすっ…」

『あわわわ…、すまんすまん。からかい過ぎた。泣くなユウキ、泣いちゃダメ!』


 エドモンズ三世のせいでちょっぴりセンチになったユウキが、サクサクと心地よい音を立てて小さな砂浜を歩いていると、砂浜の先に少し小高い場所が見えたので登ってみることにした。

 小高い丘のような場所に登ると、上は開けた草原になっていて湖との境界は高さ5m程の崖となっていたが、手摺が設置されていて安全に景色を眺められるようになっていた。丘からの眺めは雄大で、広々とした湖面の青と周囲の山や森の緑が美しく、鏡のような湖面に山と空が写し出され何とも言えない不思議な光景を見せている。


「うわあ、キレイだなあ。心に染み渡るような美しい景色だよ。湖を渡って来る風も気持ちいい。ステラにも見せたかったなあ…。そうだ! ここで…」


『すっぽんぽんになるのか?』


「そうそう…って違うわ! それじゃただの痴女だよ痴女! お弁当を食べるのよ!」

『なんじゃ、つまらん』

「アンタはわたしを何だと思ってるのよ…」


 マジックポーチからシートを出して広げ、宿で作ってもらったお弁当のサンドイッチや揚げ物、果物等を並べる。


「美味しそう。いただきま~す」


 湖から来る心地よい風に吹かれ、美しい景色を眺めながら食べるお弁当は美味しく、全部平らげてお腹が一杯になったユウキは眠くなって、ララのリュックを枕にゴロンと横になってしまった。


『おいユウキよ、不用心じゃぞ。昼寝するなら儂を出せ。周りを警戒してやるから』

「う~ん…、お願い~。わたしの体に悪戯するにゃよぉ~」


 黒真珠のイヤリングに触れたとたん、ぐっすりと眠り込んでしまったユウキを見て、エドモンズ三世はやれやれと苦笑いする。


『体を冷やさない様にしてあげなくてはの…』


 エドモンズ三世はマジックポーチから野宿用の毛布を取り出してユウキに掛けると、少し離れた木陰に身を隠して周囲の警戒をする。そして、ぐうぐう眠るユウキを見て、微笑ましく感じ、もし、生きているうちに自分に娘がいたらこんな気持ちになったのだろうかと思うのであった。


『色々な出来事があったからのう…、疲れているんじゃろうて。しばらくはゆっくりと休むがよい。儂はちゃんと見守っているからな…』


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌日、日の出とともに目が覚めたユウキは、朝食前に温泉に入ろうと、お風呂用具を持って部屋を出た。1階に降りて大浴場に向かう廊下に掲示板が掲げてあり、宿のその日のメニューや町役場からの連絡事項等が貼ってある。

 何ともなしに掲示板を見たユウキは、役場から提供された1枚の通知文を見つけた。その通知には、マルドゥーク公爵とその娘ナンナが流行り病により病死した事。家督を失ったマルドゥーク家は女王の3男アンリ王子が成人の後に継ぐことが簡単に書き記してあった。


(秘密裏に処刑されたんだな。バカな人たち…)

(ん…、そうなるとステラは将来の公爵夫人? 何という大出世…)


 温泉の湯船に頭の先までざぶんと沈んで、静かに浮かび上がりプルプルと頭を振って、先ほどの通知の事を考える。もし、ユウキとアンリが出会わなかったら、女王は蟲毒によって死に、マルドゥーク公の画策した政変は上手くいっただろう。そして、自分は今でもステラと旅を続けていたと思う。しかし、結果はそうならなかった。人の運命とは何か小さなきっかけで大きく変わって行くものだと思ってしまう。ロディニアにおける自分もそうだったから…。


(………もうわたしには関係のない事。忘れよう)


 温泉から上がって、部屋で美容の魔道具でお肌を磨き、身支度を整えると朝食の時間となった。食堂に行くと4~5人の客が朝食を食べている。ユウキは部屋番号が書かれたテーブルに座ると、給仕の女性が直ぐに朝食を運んできた。


『今日はどうするのじゃ?』

(うん、グランドリューの街中でも見ようかなって思ってる)


 朝食を食べ終えたユウキは可愛いワンピースに着替えると、宿を出てグランドリューの大通りに向かった。大通りといっても馬車がすれ違える程度の広さしかない道だが、石畳で綺麗に舗装され、歩道との境界には街路樹が整然と植えられている。道路脇に並ぶ石造りの建物が風景と一体化して、まるで絵本の挿絵のようである。


「この雰囲気、凄くいいね。今まで訪れた町の中で一番じゃないかなあ。永住候補地その2だね」


 商店街は衣料品や日用雑貨、魔道具を売る店が数店舗、アクセサリーや食料品、雑貨品をうる出店が数店舗あるだけの小さいものだったが、知らない町の知らない店に入るのも旅の醍醐味と、まずは衣料品店に入ってみた。


「へえ…、こじんまりしてるけど結構いい服あるね。わあ、これ可愛い」


 ユウキが手に取ったのは白い生地に小さな花柄模様がたくさん刺繍されたワンピースと青い生地の膝丈までのスカート。スカートの裾にも可愛い刺繍がしてある。腰の部分は鮮やかな糸で織り込まれた織紐で結んで止めるようになっていた。


「どう、可愛いでしょ。それ私の自信作なのよ。試着してみる?」

 ユウキが服を手に取って見ていると、店主の女性が声をかけて来た。


「いいんですか?」

「ええ、貴女みたいな美人さんが着たら服も喜ぶと思うの。どう?」


 それじゃあ…と言って試着室に入ったユウキが着替えて出て来る。ユウキの美しいスタイルに服は良く似合っており、店主は思わずため息を漏らす。


「いや、勧めた私が言うのも何だけど、凄く良く似合っている。どこかのお姫様みたい」

「あはは、誉め過ぎですよ。でもこの服気に入ったな。おいくらですか?」



 気に入った服の他にも何着か買って満足したユウキは日用雑貨の店や魔道具店も入ってみたが、こちらは特にめぼしいものはなかったので、露店を覗いてみることにして、アクセサリーなどを売っている店に行ってみた。


「おお、可愛いのがいっぱいあるね。綺麗なリボンもたくさんある。なに買おうかな。どれにしようか迷うな~」


 ユウキはあれこれ迷った末、気に入った髪飾りとチョーカー、リボンをいくつか買ってマジックポーチに入れ、今度は隣の露店を覗いてみた。この露店では湖で獲れた魚を主に売っているようだった。


「この店は魚屋さんか…、鮮魚だけでなく干物や佃煮みたいな加工品もある」

「お姉ちゃん見ない顔だね、旅行者かい。どうだい日持ちする干物や燻製もあるよ。美人にはお安くしておくよ」


「ヤダ、おじさん。美人ってホントのこと言わないで。そうだなあ、この干物はなに?」

「ははは、これはソラリス湖特産のマスの干物だよ。軽く火で炙って食べると美味いよ」

「確かに美味しそう。じゃあこの干物、一包み頂戴」

「はいよ。銅貨5枚だが、4枚におまけだ」

「ありがとう! あれ…、この瓶詰何だろう?」


 ユウキが露店の端に目立たない様に置いてある瓶詰に気が付き、手に取ってふたを開け、臭いを嗅いでみた。


「うげええ! げほっげほっ、く、臭い臭い。強烈な腐敗臭がする。おじさん、この瓶詰腐ってるよ!」

「わははははは! そりゃフナを極限まで発酵させたモンだ。味はいいんだが激烈に臭くてな。でも、これを好む輩もいるから置いてあるんだ」

「最初に教えてよ…。もう…」


「あ~あ、酷い目に遭った。まだ目がちかちかする…。おわっ!」

 ユウキが商店街を抜けると、突然路地から子供数人が走り込んできてぶつかった。


「危ないじゃないの。気を付けなさいよね!」

「うっせえ! 邪魔なんだよ! オバサン!」


「な、な、なんですとぉ!」

「やーい。オバサンオバサン。木偶の棒。ケツがでっかいケツでかババア」


「こ、このクソガキども。17歳の美少女に向かってケツでかババアだと…。許さん! 貴様らに地獄を見せてやる!」

「わーい、逃げろぉー。ケツでかババアが追っかけて来るぞぉ」

「待て、クソガキ!」


 子供たちがバタバタと走って逃げる。それを鬼の形相で追うユウキ。街行く人々は何事かと見てくるがユウキはお構いなしに「まて~」と叫びながら子供たちを追いかける。大通りを抜けた先で子供たちは「わー」と言いながら路地に入った。ユウキも子供たちに続く。路地の先は行き止まりの広場になっていて、建築資材等があちこちに置かれている。


「ぜーはー、ぜーはー、追い詰めたよ…って、あれ? ここ行き止まりなのにクソガキどもがいない…」


 ユウキが立ち止まってキョロキョロしていると、背後から1人の男の子がそ~っと近づいて来て、スカートを一気にまくり上げた!


「ふぎゃあああああ!」

「わーい、ピンクのパンツだ、ピンクのパンツだ。ちっちぇえパンツ!」


 どこからともなく子供たちが集まってきてユウキを囲み、小っちゃいパンツとはやし立て始めた。ユウキは涙目になってスカートを抑えている。


「もう怒った! 容赦しないからね! 出でよ高位強化死霊兵ハイスペックアンデッド!」


 ユウキを囲む子供たちの周囲に漆黒の鎧とマントを身に着けた4体の骸骨暗黒騎士スケルトンダークナイトが腕組みをして現れた。その恐ろしい姿に子供たちは声も出せずに青ざめ、立ち竦んでいる。


「クックック…。覚悟しなさい、クソガキども…。さあ、暗黒騎士たち! この子たちと思う存分遊んであげなさい!」


 ユウキの命を受けた暗黒騎士は素早く子供たちを抱き上げると、肩車をして広場を走り始めた。

 子供たちは最初何が何だか分からなかったが、暗黒騎士に悪意がないとわかると段々楽しくなってきて、きゃあきゃあと声を上げながら遊び始めた。肩車をされたり、大車輪をされたり、縄跳びをしたり、暗黒騎士相手におままごとをする強者の女の子もいて、みんな本当に楽しそうだ。そのうち、1人の男の子が寄ってきてユウキに話しかけて来た。


「お姉ちゃん凄いね。スケルトンの戦士を呼び出せるなんて。おいらたちいつも同じメンバーで遊んでいるから鬼ごっことかかくれんぼするくらいしか無くて、つまらなかったんだ。だから今日は凄く楽しいよ」


「うふふ~。わたしのことオバサンって言った罰だからね。今日は疲れ果てるまで暗黒騎士たちと遊んでもらうよ。あ、でもこのことはご両親や他の人にはナイショだからね」


「うん! わかった。ありがとうお姉ちゃん。そしてオバサンって言ってゴメンね!」


 男の子はそう言って遊びの輪の中に戻って行った。そして夕方までガッツリと遊びヘロヘロに疲れた様子で家に帰って行った。ユウキも子供たちにサヨナラすると暗黒騎士たちにお礼を言って送還し、宿に戻るのであった。


「楽しかったなあ。ままごとで旦那の不倫相手の役をやらされたのには参ったけど。凄くドロドロした話だったなあ…。もしかして実際にあった事…?」



 翌日、宿を出て連絡馬車乗り場に向かうユウキを見送るため、昨日遊んだ子供たちが来てくれた。ユウキはいつかまた再開することを約束し、全員と握手して別れた。子供たちはユウキの姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。


(グランドリューか。いい町だったな~。景色は美しいし、町の人もいい人ばかりで子供たちも可愛かった。また来たいな。うん、絶対来ようっと)


『儂、今回出番がなかったのう…。寂しい』

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