第242話 公爵親子との対決
カタン…。
小さな物音がして扉が音も立てずに小さく開く。薄暗い部屋の中にはテーブルに座ってワインを傾けている男女の姿…。
「帰って来たか、遅かったな。して首尾はどうだ…」
「殺った…」
「そうか! グレイスとジョゼットを殺したのだな!」
「ああ…」
「証拠は残さなかったのでしょうね」
「大丈夫。問題ない」
「はあっはっはははは! これで、これでイザヴェルは私たちのものだ! ナンナよ、これからはお前が女王として君臨し、高貴な血を引く私たち王家と、それに連なる貴族による支配と政治が行われるのだ! 貴族による社会支配、これこそが国家として正しい在り方ぞ、姉上はそれが分からなかった!」
「はい、お父様。叔母様…、いえグレイスもジョゼットも民を大切にすると言って、下賤の者どもを甘やかしてきました。妾はそれが許せない。下賤の者は下賤の者。妾たちとは血統が違うのです。彼奴らは貴族の家畜であって、対等の者ではないのです。家畜は飼い主に全てを捧げなければなりませぬ」
「そうだナンナよ。平民は我らに使えるのが生まれた時から定められた運命よ。姉上は人は神の元に対等であるとのたもうた! それは間違いだ。世は支配する者と支配される者がいて安定するのだ。呪術師による毒の呪いなぞ悠長なことをせず、もっと早くに手を下していれば良かったわ!」
「オホホホ! 家畜に神なぞいないのです」
「もういいか、契約は終了だ。報酬を寄越せ」
「おお、そうだったな…」
オーギュストはサッと手を上げるとバラバラと騎士が10人ほど入ってきて、バタンと扉を閉めると、抜剣して暗殺者を取り囲んだ。
「なんの真似だ」
「お前たちは秘密を知り過ぎた。この世から消えてもらおう」
「……………」
オーギュストはサッと手を上げると、騎士が距離を縮めてくる。暗殺者は背中合わせに騎士達を見ると、大声で笑い始めた。
「何が可笑しいのです!」
ナンナが怒りを込めた声で怒鳴って来る。
「これが笑わずにいられるか! 頼みもしないのに真実を暴露してくれたのだからな!」
「見よ、この水晶球を。これは「記憶の水晶」お前たちの話は全て記録させてもらったぞ」
懐から水晶球を掲げて見せた暗殺者は顔を覆っていた布を取り去った。布の下から現れた顔を見てオーギュストとナンナは驚いた。
「リ、リシャール…」
もう1人の暗殺者も布を取り、体に纏っていたマントを脱ぎ捨てる。現れたのは全身黒い衣装を着た、黒髪の超絶美少女。
「だ、誰じゃ…お前…」
「忘れたの? でもわたしは覚えているよ。トゥルーズの屋台でわたしの想いを踏みにじった下衆な女の顔を。ナンナという名前の貴族の女をね…」
「思い出したわ! 下賤の者の分際で妾に楯突いた、ふしだらな衣装を身に着けた女!」
「あの時は良くも妾を辱めてくれましたね…。何故お前がここにいるか分からないけど、良い機会だわ。リシャールともども地獄に送ってくれる!」
「騎士たちよ、こやつらは我々に仇成そうとしている奴らだ。公爵の名において命令する。2人を捕らえよ。抵抗したら殺しても構わん」
公爵の命を受け、騎士達が包囲を詰めて来た。ユウキはそっと黒真珠のイヤリングに手を触れる。さらにサッと右手を上げた。突然のユウキの行動に騎士たちは訝しげな表情をして動きを止めた。
「何をしている! さっさと殺らんか!」
オーギュストがイライラした様子で騎士たちに命ずるが、リシャール、ユウキと騎士たちの間に1体のアンデッドが立ちはだかる。
『フハハハハハ! フハハハハハ! フハハハ…グッ…ゲフンゲフン!』
(何やってんの! バカ)
『(ス、スマン…)儂は偉大なるアンデッド「ワイトキング」エドモンズ三世じゃ! お主ら王家に連なる者なら聞いたことがあるであろう! 300年前、この国の発展の礎を築いた偉大な王の名前を! それが儂! 心して聞くがよい。儂の名はエドモンズ! アベル・イシューカ・エドモンズ三世じゃ。お前ら、俺の名を言ってみろぉおおお!』
「もういいって、それは」
ユウキがエドモンズ三世の後ろ頭をぺシーンとひっぱたいた。
『え~、儂の見せ場なのにぃ…』
驚くオーギュストとナンナ、騎士が公爵親子を守ろうと2人の前に集まって、ユウキを見てさらに驚いた。いつの間にかユウキの背後に漆黒の鎧を身に纏い、巨大な両手剣ツヴァイヘンダーで武装したスケルトンの死霊兵が1体、何の感情もない表情でこちらを見ていたのだ。
「い、いつの間に…。ええい、何をしている。早く奴らを殺せ! スケルトンごとき叩き潰せ!」
公爵の命で騎士たちが雄叫びを上げ、飛び掛かって来た。
「暗黒騎士、迎え撃て!」
ユウキも迎撃を命じ、両者の中間で騎士と暗黒騎士が激突する。しかし、ユウキが密かに召喚したのは高位暗黒骸骨騎士。騎士たちは勇戦むなしくあっという間に叩きのめされてしまい、全員気を失って倒れた。
「な、なんだと。公爵家騎士団の精鋭がアッという間に…、たった1体のスケルトンに…」
「おのれ……、下賤の者の分際で小癪な真似を…」
騎士を倒し、接近して来た暗黒骸骨騎士に向け、怒りに満ちた表情をしたナンナが攻撃魔法を放とうとしている。それに気づいたユウキは骸骨騎士を後ろに下げると、リシャールと骸骨騎士の前に立って防壁魔法を唱えた。
「ファイアストーム!」
「ダークウォール!」
渦を巻いて襲い掛かる猛炎の範囲攻撃に対し、ユウキは暗黒の壁を展開した。エドモンズ三世もユウキの作り出した壁に魔力を注ぎ防壁を強化して炎の渦を防ぐ。炎の渦では突破できないと見たナンナは、新たな魔法を発現させた。
「ファイアアロー!」
今度は何十本もの炎の矢が、物凄い速さでユウキたちに向かって飛んで来た。
「エロモン!」
『任せよ! ダークウォール!』
今度はエドモンズ三世が防壁を展開してリシャールを守る。ユウキはナンナが魔法を放っている隙に、鋼の剣を抜いて一気に懐に飛び込んで鳩尾に剣のグリップを叩きつけた。
「グッ…」
一瞬で気を失うナンナ。それを見たオーギュストがレイピアを抜いてユウキに斬り掛かろうとするが、目の前に暗黒騎士が立ちはだかり、振り下ろされたツヴァイヘンダーによって肩口から腰にかけて深々と斬り裂かれ、口から盛大に血を吐いて倒れた。
「グフッ…。き、貴様、よくも…」
斬られて意識を失った公爵にエドモンズ三世が治癒魔法をかけた。ユウキは暗黒騎士に命じて公爵を運ばせ、自身はナンナを担ぎ上げた。
「ユウキのお陰で王位簒奪を未然に防ぐことができた。まだ後始末が残っているが、とりあえずは城に戻って休むとしよう。本当にありがとう」
リシャールの感謝の言葉を聞いて、アンリの依頼から随分と大変な事に巻き込まれたけど、無事に終わってよかったと思うユウキであった。