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第240話 女王を狙う者

 翌日、王宮からグレイス女王の体調が完全に回復し、予定通り記念式典が行われることが大々的に公表された。また、貴族に対しては時間限定でお見舞いも受けると通知した。この通知を見て、女王の命が危険な状態と聞いていた貴族たちは大いに驚いたのであった。


 公表のあった次の日、再びお城にやってきたユウキは、メイド長に案内されて更衣室でメイド服(普通のヤツ)に着替え、女王の寝室にやって来た。入り口の騎士に挨拶し、許可を得て中に入る。中には既にリシャールを始め王子王女全員と執事長バートとステラがいた。ユウキは全員に挨拶し、ステラを連れて部屋の隅に移動した。旗目に見ると2人は女王の世話をするメイドにしか見えない。


 一方、起き上がってベッドに座っているグレイス女王は、普段の寝巻姿ではなく、豪華な寝間着に着替え、ヘアスタイルもメイクも整えている。顔色はここ数日で大分良くなった。賢者の鏡によると蟲毒の影響は全くなくなり、体力さえ戻れば普通に動けるようになるだろうとの事であった。その鏡はベッドの枕元に飾られている。


「母上、別室にはお見舞いに来た貴族たちが集まっています。受付順にお呼びしますが、よろしいですか?」


「ええ…」


 グレイス女王の了解を得たリシャールは、護衛兵に戸を開け放つように言い、バートに1人目を連れて来るように命令した。


 最初に入って来たのはヘクトール伯爵。イザヴェルの国防を担う王国軍の重鎮で、筋肉質で大柄な体躯、髭面の顔には刀傷があり凄い迫力だ。シェリー王女とアンリ王子は怖がってリシャールの後ろに隠れてしまった。

 伯爵は女王の側まで進み敬礼すると、大袈裟な手振りを交えて快復を喜び、早く元気な姿を国民に見せて欲しいと話した。その表情は本当に嬉しそうで、悪意があるようには見えない。上機嫌で帰った伯爵の後に入って来たのは、デュークス男爵夫妻。

男爵は神経質そうな顔をした男で、夫妻は女王に、次いで王子王女に敬礼すると儀礼的に快復のお祝いを言って帰って行った。


 次々に控室からお見舞いに来た貴族が呼ばれ、グレイス女王に快復のお祝いを述べる。女王もその都度「ありがとう。もう大丈夫です」と笑顔で答えるのであった。


 部屋の片隅に目立たないように控えているユウキは、相手に悟られないように言動や挙動を観察していた。素直に快復を喜ぶ者もいれば何か思う所があるような表情をする者もいる。しかし、女王に対して蟲毒という特殊な毒を用いるような悪意を持った者はいないように感じられる。


(今の所、みんな女王様が元気になられたことを喜んでいる様だね)

『ふむ…、そうじゃの』


 ユウキとエドモンズ三世はお見舞いに来た貴族たちを見て、不審な点が無いように感じている。では一体誰が…。

 さらに、何人かの貴族がお見舞いを終えた後、護衛兵がリシャールに次の貴族で最後であることを告げた。リシャールが女王に室内に入れることの了解を得ると、バートに連れて来るよう命令した。


(次で最後か…)


 ユウキが緊張して出入り口を見ていると、最後の貴族がバートに案内されて部屋に入って来た。その人物を見てリシャールとジョゼットの目が険しくなり、シェリーとジャン、アンリは2人の背後に隠れる。


 その人物は年の頃は40代前半ででっぷりと太り、カイゼル髭を生やした丸顔の男性。表情は柔和だが、その目は鋭く、値踏みをするように人を見て来る。もう1人はユウキと同年代と思われる少女。金髪縦ロールの髪型。肉付きの良い体をしているが決して醜くはない。しかし、人を見下した目付きと表情は陰険そのもの。知的で柔和なジョゼット王女とは正反対の女だ。


「マルドゥーク公オーギュスト様と御息女ナンナ様です」

 バートが女王に最後の訪問者の名前を告げた。


(ナンナ…、貴女は覚えていないでしょうけど、わたしはその陰険な顔、絶対忘れていないよ…。アリスたちの頑張りとわたしの思い出を踏みにじった事。絶対に忘れないから…)

 ユウキは努めて表情を変えず、トゥルーズで出会った貴族の女ナンナを見つめる。


「おお、姉上! 重篤だと聞いておりましたが…、本当にお元気になられたのですか?」


 大袈裟に驚いたように問いかけてきたオーギュストに、グレイスは優しく微笑むと、すっかり元気になったと返す。


「ええ、オーギュスト。もうこの通りピンピンしています。貴方に政務も任せっきりにして申し訳ありませんでした」

「いや、王家に連なる者として当然の事。して、お体の方は…」

「体力も大分回復してきました。間もなく公務にも復帰できると思います」


「……………」

「どうかしました?」


 女王の顔を見て黙り込んだ公爵を見て、グレイス女王は訝し気な視線を向ける。その視線を受けた公爵は一瞬冷たい目をしたが直ぐにそれを消すと、大仰にその場の全員を見回して、女王に向う。


「いや、姉上、今は良くなられたかもしれませんが、また病が振り返す恐れも無きにしも非ず。そうなれば国政もまた混乱するでしょう。どうです、この際引退なされては? 20年の長きに亘り、王として務めを果たされました。もうお休みになられても罰は当たらんでしょう」


「オーギュスト…。貴女の気持ち嬉しく思います。でも、わたしは大丈夫。この国と国民のため、まだまだ働きたいのです」


「姉上…、ご立派です。しかし、私は姉上が心配なのです。病の原因も不明であると伺っております。やはり、ここは私に任せて、ゆっくりと余生をお過ごしいただきたい。そのための別荘も用意いたしましょう」


「叔父上、やたら母上を引退させようとしておりますが、この国は代々女王の治める国。母上の後は継承順位第1位のジョゼットが女王になりますが? おじ上が何を考えているか分かりませんが、世の情勢に何の影響もないのではないですか」

「むしろ、母上が回復された今、身を引くべきはおじ上の方だと思いますが」


 リシャールがオーギュストに冷たく言い放つ。


「相変わらずクソ生意気な小僧だなお前は。だが、その気概は嫌いではないぞ」

「それはどうも…」


「ジョゼットは誰にでも優しく、下々から慕われておる。しかし、それだけでは女王にはなれぬ。王とは強い権力を持った者。その強権を持って下賤の者どもを支配し、強欲に生き、外国の諸侯とも互角に渡り合う豪胆さも必要だ。また、時に国民を犠牲にする決断を下す非情さを持たねばならない。力のない王なぞ、そこらの木石にも劣るわ! ジョゼットは正にそれよ」


「だが、我が娘ナンナには小さい頃から帝王学をしっかりと学ばせてきた。ナンナこそ次代の女王に相応しい。継承順位も第3位と申し分ない。若く経験が不足している部分は不肖、私が摂政となって支えます」

「姉上は十分に働いて参りました。ですので、後は我々に任せて、姉上はお体を労わっていただきたい。弟からの心からの願いです」


「叔母様、わたくし、十分に学んできましたし、隣国の国々も見て回り、市井の者達の生活というものを知る機会を得ました。彼らをどのように支配し、動かしていくか…理解しているつもりです。わたくしは女王の任、務められると思います」


(最悪な親子ね…。市井の住人を下賤の者としてバカにしてきただけでしょう)

 青ざめるリシャールと厳しい目付きでナンナを睨むジョゼットを見て、ユウキは公爵親子に対する嫌悪感を隠し切れない。


「私はそうは思いません」


 グレイス女王が公爵に向かって優しく、それでいてしっかりと自分の想いを語る。


「国は一人では動かすことが出来ません。多様な人材が集まり、人々が幸せに暮らし、安心して経済活動を行ってこそ国が成り立って行くのです。そのためには人々が集まりたいと思う何かが必要です。王とは他者を惹き付ける何かを持った者、そう、誰よりも周りを理解し、愛し、信じることが出来る者でなければなりません。そこに支配というものが入り込む余地はない。この国の後継には誰よりも国民に慕われているジョゼットこそ相応しいと思っています。ナンナ…、悪いけど貴女には無理です」


「でも、私もまだ若いですから、王位を譲る気はありませんよ」

「お母様…」


 ジョゼットが感動したようにグレイス女王を見る。ユウキは心の中で「ざまあ…」と思うのだった。


「これ以上話をしても無駄のようですな…。姉上、お体を御労り頂きますよう…。これで失礼いたします」

「叔母様、ジョゼットとわたくし、どちらが相応しいかよくお考えになって下さい。じゃあねジョゼット、また後で…」


 そう言って公爵親子は退室して行ったが、残った全員は2人の強烈な存在感に当てられ、疲労感を覚えるのであった。ユウキの側にいたステラもぺたんと座り込んでぐったりしてしまい、アンリ王子が慌ててステラの側に寄ってきて介抱している。


(あらあら、仲の良い事ですこと…)


『嫉むな。あのオーギュストとやら、どうも王位簒奪を狙っているようじゃな。女王に蟲毒を盛ったのもあやつの差し金じゃろう。女王を亡き者にした後、力づくで王子王女を排除するつもりだったのじゃろうな。女王が回復したお陰で目論見が崩れたというところか…。しかし…』


(しかし、なに?)


『グレイス女王だけじゃない。ジョゼット王女も狙われる危険がある。なにしろ後継者を明言したからの』


 ユウキはエドモンズ三世の言葉に、絶対に2人を守ろうと決めた。ロディニアの悲劇を繰り返してはならない。ユウキは心に強く誓うのであった。



 ウールブルーン市の貴族街の一角にひときわ大きな屋敷があった。その地下の一室で1人の呪術師が鞭で打たれ、悲鳴を上げていた。


「ぐああっ、お、お許しください公爵様、あうっ…」


「黙れ! 貴様が絶対に死に至るというから高い金を払ってまで任せたのに、女王は完全に回復していたぞ!」

「そ、そんなはずは…、100の毒虫から作る蟲毒は薬では絶対に消せない最強の毒。少しずつ体を蝕み、体内を腐らせて死に至らしめるはずなのに…」


「だが、女王は生きている。お前の蟲毒やらは効果がなかったということだ!」

「貴様は私との契約を守れなかった! 落とし前をつけてもらおう」


「お父様、こんなゴミクズの言葉を信じたのが悪かったのです。さっさと殺してしまいましょう」


「ひ、ひいっ。助けて…、助けて下さい。もう一度チャンスを…。ひい…」


 ナンナが鞭打ち人を下がらせ、後ろに控える暗殺者に、呪術師の男を殺すように命じた。暗殺者は男に近付き、ショートソードを一瞬煌めかせ、直ぐにナンナの後ろに控える。男は何が起こったのか分からなかったが、自分が自分の体を見上げていることはわかった。そしてその直後、男の意識は暗転した。


「お父様、妾は、もう待てません。早く女王になりたい」

「わかっている……」


 オーギュスト公は暗殺者に向かって手を振った。それを合図に暗殺者は任務を果たすべく、闇の中に消えて行った。


 ナンナは、床に転がる呪術師の首を蹴り飛ばしてクックッと笑い、オーギュストは王宮の方向を見て呟いた。


「姉上、残念です…」

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