第239話 ユウキとエドモンズ三世
ユウキは憂鬱な気分のまま、女王の寝室の前に来ると、護衛の兵士に礼をして「はあ…」とため息をひとつ吐き、女王の寝室の戸をコンコンとノックして少し待つ。少しして中から執事長のバートから「お入りください」と声がかかった。
護衛の兵士が戸を開けてユウキを中に入れる。部屋の中には第1王子のリシャールを始め、ジョゼット、シェリー、ジャンとアンリの王子王女、執事長のバートにステラがいた。女王はベッドの上でステラの作った薬粥を食べ終えた所であった。昨日に比べ顔色も大分良くなり、頬に赤みがさしている。
「いらっしゃい。ユウキさん。どうぞこちらに…」
女王がユウキに声をかけ、側に来るように言ってきた。
ユウキがベッドの側まで近付くとリシャールと目が合った。昨夜のハプニングを思い出し、思わず顔がカーっと赤くなって俯いてしまう。一方のリシャールも顔を赤くしてユウキと顔を合わせられない。2人の様子にその場の全員が不思議そうに2人を見る。
『ホレ、ユウキいつまで恥ずかしがっとる。全く見た目に反して純情じゃのう。仕方ない、儂を出せ』
赤い顔をして俯いたまま、ユウキは黒真珠のイヤリングに手を添えると黒い霧が渦を巻いてその中からエドモンズ三世が現れた。もう2回目の登場であり、キャラが濃いので皆すっかり慣れてしまっている。
『ユウキは昨夜、そこの男に不意打ちされてフルヌード、つまりおっぱいも乳首もお股も全て見られてしもうてな。このように恥ずかしがって使い物にならぬ。よって、今後の事は儂が話をしよう。その前にリシャール!』
「え、わ、私か?」
リシャールが狼狽えたように返事をする。
『そうじゃ。後でユウキにちゃんと謝るんじゃぞ。こやつはこう見えても、とっても純情なんじゃ。デリケートなんじゃからな』
「お兄様! なんて破廉恥な! 母様の恩人に対して狼藉を働くとは」
「え、エッチです。お兄様…」
「失望するね」
妹弟からリシャールに非難の声が上がり、グレイス女王もユウキに謝るとともに、リシャールを叱り、後で謝罪させることを約束させた。ユウキはこくんと頷いて、少し涙声で自分が悪かったと謝った。
「わ、わたしが悪かったんです…。個室だからって油断して、みっともない恰好をしてたから…。リシャール様は被害者なんです。悪くありません。だから謝らなくていいです。わたしが悪いんです。ごめんなさい…。グス…」
『全くお主は優しい子じゃのう…。よしよし泣くな。せっかくの美少女が台無しじゃぞ』
恥ずかしさですすり泣くユウキの頭をエドモンズ三世が優しく撫でる。泣く美少女をアンデッドのワイトキングが慰めるという、なんとも言えない不思議な絵面に、その場の全員が微妙な空気になるのであった。
ユウキが落ち着いたのを見計らって、エドモンズ三世が切り出した。というより仕切り出した。
『アンリ、賢者の鏡を女王の枕元に置け。うむ、それでよい。して女王よ。体の具合はどうじゃ?』
「ええ、あの苦しみが噓のように無くなって、この通り元気になりました。ユウキさんとエドモンズ様が下さった奇跡には本当に感謝しかございません。それに、ステラさんの薬粥のお陰で体調もとっても良くなりましたのよ。うふふ」
グレイス女王に褒められて照れたステラの手をアンリが握り、ぶんぶん振ってお礼を言っている。ジョゼットやシェリーは2人を見てニコニコと笑っている。いつもリア充に妬み全開のユウキはと言うと、まだ恥ずかしがっていてエドモンズの背中に隠れていた。
『では聞こう。女王よ、お主に毒を盛る人物の心当たりはあるか?』
「……………」
『ないのか? 昨日、お主の子供らはある人物の名を挙げておったようじゃが』
「心当たりは…あります。ですが、私の口からは言えません」
『何故じゃ』
「それは…、私がその名を言えば政変に繋がるからです。貴族同士で疑心暗鬼に陥り、政治の不安定化を招きます。その結果、王家の信用は失墜。最悪、国内暴動や内戦にもなりかねません。国王であったエドモンズ様には良くお分かりのはずです」
『ふむ…。アンリよ賢者の鏡に問うが良い。女王の言ったことについて』
アンリが鏡に呼び掛け、母の言ったことを再度問いかける。犯人の心当たりを発した後の国内の動きについて。しばらく待つと鏡は淡く光るとアンリに応えた。
『女王の言う通りだ。確信のない推測だけで物事を動かすと、人々の心の中に疑念を持たせる事になる。信用と信頼という言葉が失われ、疑心と警戒が支配し、裏切りが横行する事になりかねない。結果、動乱の世を招き、国が亡ぶことさえ起こりうる。裏にある背景とその中に潜む真実を見つけ、判断することが必要だ』
「賢者の鏡の言う通りです。女王である私の言葉は重いのです。私の一言で政変が起こることは避けなければならない」
「しかし母上、このことを放置すれば今後もお命を狙われるかもしれません。今回はたまたまユウキたちがいたおかげで助かりましたが、こんな偶然がいつまでもある訳ではないのです!」
リシャールがグレイス女王に詰め寄る。危険は排除した方がいいと訴え、ジョゼットやシェリーも同意するが、グレイスは首を縦に振らない。
『……………』
「どうするの? エロモン」
『お、ユウキよ復活したか。何よりじゃ。女王の件はそうじゃの…』
女王に詰め寄る王子王女と、目を瞑り黙っている女王を見て、エドモンズ三世は考えこんだ。
(……仕方ない、危険じゃが敵を懐に呼び込んで一気に決めるか。ユウキよ、お主も協力してくれるか?)
(何か考えがあるの? うん、いいよ。ここまで来たら乗り掛かった舟だもん)
『お主ら良く聞け。儂が策を授ける。リシャールとジョゼット。それと執事長の男、ちとこっち来い』
エドモンズ三世に呼ばれたリシャールとジョゼット、執事長のバートが集まった。ユウキは再びエドモンズの後ろに隠れる。
『いいかお主ら、間もなく女王在位20周年記念の式典があるじゃろう。女王の体調が回復したため、盛大に開催すると喧伝するのじゃ』
「でも、そんな事をしたら多くの貴族がお見舞いと称して、ここに集まって来るのでは? 危険じゃありませんこと?」
『ジョゼットの言う通りじゃが、それこそ狙いよ。よいか、貴族どもに女王の健康状態が回復したのを見せつけるのじゃよ』
「しかし、それでは母上の命を狙ったやつらが直接行動を起こす危険があるのではないか?」
『それこそ狙いよ…。こそこそ…』
「それは…、確かにその方法しかないですが、……が危険ではありませんこと」
『大丈夫じゃ…。よいか………』
その後もエドモンズ三世はリシャールやジョゼットに策を授け、準備の段取りを説明するのであった。
「わかった。バート、手配を頼む」
「は! 承知いたしました」
『それでは儂らは帰るとしようかの。行くぞ、ユウキ』
「うん。じゃあ黒真珠に戻すね」
ユウキがエドモンズ三世を戻し、女王に礼をして退室しようと扉に手をかけると、背後からリシャールが声をかけて来た。
「ユ、ユウキ…」
(ビク…)
ユウキは思わず身を竦める。恥ずかしくてリシャールの方を向くことが出来ない。
「ユウキ…、その…、あの…すまなかった。私の不用意な行動が君を傷つけてしまって…。本当にすまなかった。この通りだ。許してくれ!」
そう言ってリシャールはユウキの背中に頭を下げた。ユウキは再び顔を赤らめて俯き、リシャールの方を向いた。
「謝らないでください。部屋に鍵もかけず油断していたわたしが悪いんです。この国の王子様が、平民に頭を下げてはいけません。わたしはもう気にしてはいませんので。ホントです。だから…もう謝らないで…」
ユウキはリシャールに、照れたように「えへへ」と笑って見せた。その笑顔を見てリシャールはドキリとするとともに、許してもらえたことで、安堵するのであった。
お城の馬車で「さざなみ亭」まで送ってもらったユウキは、部屋に入ってベッドにゴロンと横になった。ステラはお城に泊まって女王様のお世話をするというので1人だ。何となくステラとはここでお別れのような気がしている。出会って旅を始めたばかりなのに何とも早い事だと思うが、これも人の人生。ユウキがとやかく言うことではない。
机を見ると、ステラに貸してあげたララのリュックサックが置いてある。ぽつんと置かれたリュックを見ていると、何となく寂しくなってしまい、エドモンズ三世を呼び出した。
『なんだなんだ純情娘よ。寂しくなって儂に会いたくなったのか。惚れたのか? だがな、お主は生者で儂はアンデッドじゃ。決して結ばれる事は無いんじゃぞ。ハッ! ま、まさかお主…、骸骨フェチ…。そうなのか! わ、儂の大切な恥骨を、いや尾てい骨を狙っとるのか。ダメじゃぞ、どっちも譲れん。でも、ちょっと見せるだけなら許してもいいかな。やだ、恥ずかし…』
出て来た瞬間から放たれる怒涛の話術に可笑しくなってしまい、ユウキは大笑いしてしまった。
「ぷっ、くくくく…、あははははは! 出て来た早々なんなのよアンタは…。あははは」
「はあ、笑った笑った。あ~あ、小さなことで落ち込んでいたことがバカみたい。笑ってスッキリしたよ。ありがとうね、エロモン!」
『気が晴れたようじゃの』
「………ねえ、エロモン」
『なんじゃ』
「旅に出会いと別れは付き物だけど、できれば暫くはわたしに付き合ってくれないかな。貴方といると心が安らぐの。昔を思い出して…」
(ステラとの別れを予感しているな。それに、ユウキを育ててくれた3人のアンデッドと儂を重ね合わせているのか…。この娘の心の内にある過去への想いは少しずつ消してやらねばの…。でなければ救われぬ)
『モチロンじゃ。ユウキがイヤだと言っても儂は着いて行くぞ。前にも言ったがお主の幸せ探しを手助けするのが儂の今の目的なのじゃ。お主が良き伴侶を見つけ、結婚する姿が是非見たいしのう』
「え~っ、結婚できるかなあ…」
『お主ほど心優しく美しい少女を世の男がほっとくわけが無かろう』
「そうかなあ…」
『そうだとも。自信を持て。そして儂はお主の連れて来た男に言ってやるのじゃ』
『お義父さん! ユウキさんを僕に下さい!』
『なんだと! 誰がお義父さんと呼んでいいと言った! 貴様のようなどこの誰とも知れん馬の骨に、大事な娘を嫁にやれる訳が無かろう! 1億光年早いわ、出直してこい!』
『お父さん、わたしと彼は愛し合っているの。お願い、結婚を認めて!』
『ユウキ! お前はこやつに騙されてるのだ。何が夢を追い求めている男だ、無職無収入の風来坊ではないか!』
『お義父さん。僕は本気でユウキさんを!』
『ええい! 絶対に許さん、帰れ帰れ! ガッシャーン』
「なに、ガッシャーンって」
『ちゃぶ台をひっくり返した音』
「……………」
『……………』
「ぷっ…、ふふっ、あははははは!」
『フハハハハハ! ワハハハハハ!』
ユウキとエドモンズ三世は互いの顔を見て大笑いする。笑い声はいつまでも部屋の中に響き渡り、沈んでいたユウキの心もすっかりと癒されたのであった。
『明日からは女王を陥れたヤツとの勝負じゃ。気合を入れて行くぞ』
「うん! ここまで来たら最後までやり遂げたい。それに、もしマルドゥーク家が関わっているなら尚更だよ」
『その意気じゃ!』